蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)


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竹本喜典さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を探る「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で山添村国保東山診療所長の竹本喜典さんと鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の5回目です。西洋医学だけでなく、そして東洋医学だけでもなく両方をうまく併用すれば、もっといい結果が出るはず…。これは「玉手箱」でいつも出る話ですが、なかなか現実にはうまくいかないのは、医療制度の“壁”だけではなく、患者側の意識や治療をする人間の力量にも問題があることが今回の対談で浮き彫りになっています。そのなかで、蓮風さんは積極的に「鍼灸救急医」活動を提唱しています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 先生の今の時点での漢方、鍼灸、それから西洋医学の薬との関わりというか、位置づけというかそういったものはどうなんですかね?

 竹本 やっぱり西洋医ですので、その立場を崩すのはなかなか難しいなと思っていて、特にですね、超緊急を要する場合とか西洋医学的な判断基準で動いている病気、たとえばコレステロールであるとか、糖尿病であるとか、漢方もつけ入る隙はもちろんあると思うんですけど、できあがっているスタンダードな治療からは離れにくいと思っています。血圧を下げる漢方薬もあるし、ちゃんと下がることもあるんですけども…。けども、降圧薬を使えば下がります。これと対抗しようと意地をはってもしゃあないかなということもあります。

 西洋的治療が優先されるが副作用で西洋薬を続けにくい、漢方でなんとかしたいというようなオーダーがあれば、「よっしゃ、漢方で!」というようなスタンスがひとつ。不定愁訴とか自律神経だとか慢性疼痛だとか、西洋医学的に良い治療が確立できてないような疾患に対しても、漢方の出番だと思っています。ただ、よく分からない訴えの中にも、もしかしたら西洋医学的に見逃してないかってことをいつも気にはしています。やっぱり最低限のチェックというんですかね、忘れないようにはしなきゃな、と思っています。

 蓮風 そうですね。じゃあ、西洋薬と鍼灸それからあるいは、漢方と鍼灸といった場合、鍼灸の役割は何だと思いますか?

 竹本 鍼灸の役割、僕の中では鍼灸でうまいこと治るときもあるんですが、まだまだ“勝率”が…。

 蓮風 はいはい(笑)。先生、鍼を持って何年になりますか?

 竹本 山添村に行ってからですから、3年か4年くらい(前から)少しづつさせてもらってます。実は山添村に行ったときにノイロメーターがありまして。

 蓮風 あぁ、はいはい「良導絡」の

良導絡とは、20世紀半ばに発明された、自律神経を調整する治療法で、ノイロメーターという良導点の測定器械を使って患者のツボを探るようである。

北辰会方式は、あくまで「手当て」の原点を重要視しており、この器械は用いることはしない。術者の手、指の感覚で、患者のその時点におけるツボのさまざまな反応を“衛気”という体表に流れている気の状態をも意識して察知する。専門的な内容の詳細は、藤本蓮風著『体表観察学~日本鍼灸の叡智~』(緑書房)を参照ください。(北辰会)

 竹本 そう「良導絡」のノイロメーター。ずっと前に赴任していた先生が使ってまして、患者さんが希望されるんですよ。これしたら次こっちもせい、あっちもせい、こっちも痛いといって。結局、痛いとこに鍼するばっかりになって全身鍼になっていくので、おもしろくなくて。それを何とか縮めたろうと、北辰会で勉強もちょっとさせてもらうようになっていましたので、ノイロメーターするのなら「弁証」して少数鍼で効かそうと、少しずつそういう練習的なことも兼ねつつ鍼をさせてもらうようになってます。

症状の原因をつきとめて、どの経絡・臓腑に問題があるのか、東洋医学的に「虚実(弱っているのかそうでないのか)」、「寒熱(冷えているのか熱が盛んになっているのか)」、「表裏(浅い位置で外邪が関与しているのか、深い部分の問題なのか)」を弁別し、陰陽の状態を把握すること(このことを「弁証」という)で、結果として様々な複数の症状があったとしても、少数のツボに施術するのみ(少数鍼)で、一度に多くのツボへ鍼するよりもはるかに気の流れが改善し、時に劇的に効を奏すことができる。(北辰会)

 蓮風 うんうん。
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 竹本 でまぁ、何でも治せれば一番いいなと思ってやってるんですけど、まだまだです。実際には「弁証」の一つの助けというんですかね。体表観察も含めて弁証して、鍼をしてみてどうなのか、それで上手いこといくんか、これでいいのかっていうのを次の証とか「弁証」にフィードバックできるものにしていきたいなという風には今思ってます。

 蓮風 今、そういう段階なんですね。なるほどね。

 竹本 あと、鍼って変化が速いというか。

 蓮風 そうです、そうそう。

 竹本 効く時には効くので、これやって“ほらな”というのがあると、患者さんも心が動くというんですかね。ぐっとこう信じてもらえるというか。

 蓮風 そうですね。

 竹本 あっ、そうかこの先生に懸けて、先生のいうこと聞いて、こういうことを変えていこうという意識づけになるので、そういう意味でも鍼をうまいこと使って患者さんの気持ちを変えていきたいなと思っています。鍼でハッと変わったら養生とかの動機づけにも大いに役に立つと。

 蓮風 そうですね。実は私も来年、臨床50周年です。

 竹本 50周年ですか。

 蓮風 半世紀、鍼と共に生きている。でまた、ブログ「鍼狂人の独り言」で見られたら分かるように「鍼狂人」と書いてありますが、ほんとに鍼の神様になりたいけどなかなかなれないので…。

 竹本 遠慮ですね(笑)。

 蓮風 「鍼狂人」というぐらいで許して頂いとるんですが。鍼がねやっぱり一番面白いのは急性の疾患にかなり効くということですね。これまぁ、先生も僻地におられるから急性の疾患の時かなり慌てはると思うし、これはどこかへ送らないかんなという場合がある。

 竹本 そうですね。あります。

 蓮風 あるでしょ? そういった時に巧みに鍼を使うと意外と大病院でなくても治る例があるんですね。例えば、村井和先生(和歌山・和クリニック院長)も鍼をもってあまり時間経ってなくて、和歌山の生協病院で、ある患者さんが何で起こるか分からんけど喀血するんですよ。喀血が止まらんので仕方がないから大きい病院へ送って救急車に一緒に乗って、でも自分医者やから何かせなおかしいということで…。

 竹本 刺絡されたんですよね。

 蓮風 そう、救急車に乗る前に刺絡してその場で喀血が止まった。それでその大きな病院まで無事にたどり着いて、結局手術せずに済んだ、という話です。

 竹本 そうですか(笑)。

 蓮風 …ということは、いかにそういう救急という場合でも、鍼は有効な手立てだと。実際、昔は漢方医は鍼・灸・漢方を使って、一般に急性の場合は鍼・灸を中心に使ってますね。ですからそういう意味でこれから先生は鍼・灸をされる場合に救急のものをできるだけやっていただくと面白いんですがね。

 竹本 だいぶハードルが高いですけど。

 蓮風 いやいや。

 竹本 できるようになりたいです。

 蓮風 できると思います。僕の考えでは救急鍼灸医というか、救急内科というのがあるでしょ? 西洋医学では。あれとよく似た感じで救急の時に何とか西洋医学でやるんだろうけど、どうしようもない、そういう時にパッパッと鍼打ったら…。

 竹本 (西洋医学と)併行してもいいと思うんですよ。

 蓮風 そうそう。そういう医療を僕は非常にありがたいなと思うし。死ぬ間際になったらそういうことやらさせて頂きたいなと思います(笑)。…というぐらいに思ってます。〈続く〉


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竹本喜典さん(写真右)と談笑する藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 「蓮風の玉手箱」は、鍼灸師で鍼灸学術研究会「北辰会」代表の藤本蓮風さんが山添村国保東山診療所長の竹本喜典さんを招いて行った対談の第4回目をお届けします。今回は「病気だけでなくて、人生とかそういうものも併せて診られるような医者になりたいなぁ」とおっしゃる竹本さんが「鍼」に関心を持ったきっかけについて語られています。病気の「部分」だけを診ても治療には限界があることを目の当たりにされたことも影響しているようです。(「産経関西」編集担当)

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 竹本 往診先の患者に孫がいれば一緒に診るんです。大家族が多いので、けっこう子供がいるんです。

 
 蓮風
 それは大切なことですよね。今の子供は、ほとんど人が死んでいく姿を見てないですね。ほとんど病院で亡くなる。家族が亡くなる時、おじいちゃんが…いつの間にか死んじゃったっていう、人が生き死にする大事を見ていないですね。

 竹本 文化やと思うんですね、「看取る」ということ自体。それをちゃんと伝承していかないと、さぁ看取りとなった時にアレルギーになっちゃいますよね。

 蓮風 そうですね。死は忌まわしいもので、生まれた事はめでたいか…。つらいことを言うけども実際は同じことなんで、人の生き死には一つなんだという事は早めに知っとくのは、いろんな面で大事やと思います。どうですかね、家庭医みたいなことをやっとって、やっぱり一般の病院でやってるのとは違って、おもしろいということがありましたか?

 竹本 そうですね。病院のテンポの速い仕事も、おもしろいんですよ。整形外科やってましたので。

 蓮風 整形外科ご専門でしたか?

 竹本 はい。元々大工が憧れやったんです(笑)。

 蓮風 大工、そりゃ~面白い(笑)。

 竹本 大工が好きで、大工っぽいっていうか、合わせてくっつけてとかステキやな~と思ってたんですよ。ホゾを作って合わすみたいな感じじゃないですか(笑)。自分の出来上がった“作品”がレントゲンで出てきますし、その結果がはっきり見えますので。それはそれで面白いです。ただ、病院で素早く患者さんをさばくことが日常化されるようなことをしていると、精神的なこととか、(病気の)背景とか、どんな人だろうとか、細かいことですね…。(それが後回しにされて)効率が優先されるみたいに感じられて…。

 鍼灸とか東洋医学やったら腰痛は精神的なもので起こるっていうのは大昔から当たり前のことです。整形外科でも、もうだいぶ経ちますかね、『腰痛は〈怒り〉である』っていう本が出てちょっと話題になったんです。「怒り」なんて考えていなかったですから。(そうすると)患者さんの悩みも愚痴も聞いたらなあかんし。いやいや、だから腰どこが痛いのよ?じゃあ注射しとこか、みたいなんが僕はちょっと、おもしろくなくなってしまったんです。田舎は逆に言うと、どうでもいい話もたくさんできます。診断治療の大事な部分を押さえておいて、人間観察がゆっくりできるんです。患者さんも僕も楽しんでいます。そういうとこが田舎の面白いとこかなって思います。

 蓮風 実際その、なんでもトータルに診ていくというか、一般の医学では見過ごしているようなところも、実は人間の営みとして非常に重要なんだってことをおっしゃったと思うんです。実は漢方・鍼灸っていうのはそういう目線が常にあるんですね。だから昔の漢方医、鍼灸医っていうのは全科ですわ。目が痛いって言ったら目を診るし、肩が痛かったら肩を診るし、それこそ「背中が熱い」って言ったらなんでかいなって(笑)。

 竹本 ほんと、背中が熱いなんて。

 蓮風 人間っていうのは色々な表現で広く症状を訴えますが、西洋医学やったら、教科書にないことを言われても困る…というような切り捨てが…(笑)。

 竹本 心がおかしいってなるんですよ。

 蓮風 そうそう。それをね、認めない傾向にあるけど、教科書に出ていないことにも向き合わなければ患者を治すことは難しい。否応なしにトータルに診ていかざるを得ないんですよ。

 竹本 興味を持って診られるようになりました。東洋医学勉強して。

 蓮風 やっぱりこれ、漢方・鍼灸に関わってこられたのは、そこらあたりがやっぱり背景にありますか?

 竹本 そうですね。やっぱり問題解決のために何をすべきかっていうのを探る中で漢方とは出会えたように思います。

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 蓮風 鍼灸より漢方の方が先ですか?

 竹本 そうです。田舎の診療所に在庫であったんです、漢方が。

 蓮風 はっはは(笑)。在庫で?

 竹本 こりゃ、こんなんほっといたら期限切れるし、使わなあかんやろということもありました。最初の患者さんは、よう分からんけど夜中に決まって山に登りに行こうとする、おばあさんというのがいまして…。睡眠薬を出したりするとふらつくし、飲めば寝るようやけど、また起きて、どこかへいってしまうし。そんなんどうしたらいいか分からへんわぁ、というので、なんか漢方でどうかというのが、たまたま当たったんです。今思えば本当に漢方で効いたか分かんないんですけど、何かおもろいやないかと。で、勉強しだすと、これまたおもしろいんですよね。

 蓮風 やっぱり勉強はほとんど書物から?

 竹本 そうですね。書物で勉強しつつ(医薬品)メーカーさんが勉強会をたくさん企画されてますので、そういうのに片っ端から行きましたね。片っ端から行っていると、いろんな人と繋がってきます。少しマニアックな勉強会もあるんですよね。徐々に入門編から深くなっていきまして、そういう中でだんだん漢方を一生懸命される先生ともお友達になりましたし、だんだん火ついてきたっていう感じです。

 蓮風 なるほどね。じゃあ、漢方を先やってそれから鍼灸に来られたわけですね。

 竹本 そうですね。漢方をやってる中で、だんだん中医学の方がやっぱり、おもしろくなってきました。

 蓮風 うんうん。中医学がね。

 竹本 そうですね。日本漢方といっても合理的なとこもあって、おもしろいし実際効果的なんですけども、やっぱりいろんな人と話をしようとか、これこうやからああやでとか、効かんかったらどうしようとか、そういう時にやっぱり(中医学の方が合理的で共通の)言語として整理されているぞ、と思って勉強し始めていました。ちょうどその時期に、患者さんの行かれていた院外薬局の薬剤師の先生から、「こんなところあるから行ってみない?」と声をかけていただきまして、で、一遍見せてもらおうと行ったのが「北辰会」との出会いですね。そしたら、すごく色々なことを勉強してはるんですよ。鍼灸師さんなのに漢方も詳しくて。

 蓮風 いえいえ。

 竹本 漢方の先生方にもすごい方たくさんいらっしゃるんですけど、“あっ、ここで中医学勉強させてもらおう”と、それが一番のきっかけですね。そうなったら自然と鍼の話にもなってきますので。

 蓮風 そうですね。

 竹本 それで、鍼も面白いなと。〈続く〉


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藤本蓮風さん=奈良市学園北「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を広く知らせる「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で山添村国保東山診療所長の竹本喜典さんと鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の3回目です。前回は医療に直接かかわることだけでなく地域づくりにも関わる僻地の医師の仕事が語られました。今回は患者さんが亡くなったあとの家族とのつながりなど「病気そのもの」だけを診ていても成立しない医療従事者の在り方に話が及びます。これは僻地だけの課題ではないことが浮き彫りになっています。(「産経関西」編集担当)

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 竹本 救急のとき以外は、数回の診療の中で判断する余裕があることも多いので、慌てる必要はないんです。分からんものはメールでいろんな先生に相談するとか…。デジカメで撮った写真データも送ることもできますので。

 蓮風 僕ね、若いころから開業してるんです。21歳ですよ。恐ろしいことに(笑)。そのころも、おじいちゃん、おばあちゃんがたくさん来てました。「よくこける」って言うから足を見たらやっぱり爪が伸びとるんですよ。けつまずくからよく爪を切ってあげました。

 竹本 今(私)もよく切ってます。

 蓮風 そうですか。一般に医療でないように思うけど、けがをするとか生活のなかで支障があればね、それはカバーしてあげないといけない。

 竹本 そうですね。「その靴危ないで!」って言ったりとか。実際の診療ってそういう部分が多いです。今日あったのは、おばあちゃん(の例)ですが、家族から「畑に行ったらあかん」言われてる。どうも、仕事したら後であちこち「痛い痛い」って言うらしい。でも、ご家族に「いやいや、これは、ばあちゃんの生き甲斐やから、とられたら、つらいんちゃうかな」とかそういう話をしました。あまり医療じゃないような部分で、患者さんの問題を何とかちょっとずつ良くするような努力というか…。

 蓮風 これこそが実は医療の一部分なんですよね。僕もこないだ認知症、いわゆる昔で言う「ボケ」。非常に活発に動いとったのに、急になんか舌で正しく味を感知できないとか、ちょっとボケた事をするっていう事で来られたんです。よく診てよく問診してみたらほんとは身体よく動くのに「もう年やから動くな、こんなしたら危ないからやるな」って言われてからだんだん萎縮してね。本人もそれが気になったんや。それを私が、その家の方に「この人は体力があるから動ける」って説明したんです。そうして身体を動かせるようにしてもらって、鍼もしたんですけどね、そう時間かからんと普通の人並に治ってきましたね。

 竹本 生きがいは大事です。何もするなって、存在の否定ですね。

 蓮風 そう。決めつけてやらんとね、やっぱり認知症っていったかていろいろあると思うんですよね。だから本当はそんなにボケてないんだけど、こういう風に周囲が押し込めてしまって。

 竹本 家族は厳しいんですよ。遠慮がなくて、娘とか息子とかがまた…。

 蓮風 そうそう。

 竹本 自分の親やと思ったら好きなこと言いますから。
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 蓮風 そのあたりが面白いところで、ちゃんと聞いて治療に生かすことがもっと広がれば、いいと思うんです。先生(の活動)は、家庭医としてとか、訪問診療が主になるんですか?

 竹本 そうですね。どこから家庭医でどこからが僻地診療かとか、(総合的・全人的に対応する)プライマリ・ケアやとか、このへんの定義は僕もよう分からへんのです(笑)。まぁ結局みんなおんなじ様なことをめざしてやってて、小さな問題も含めて一つ一つなんとか解決しようという方向性やと思います。

 また、訪問診療として「看取り」っていう問題があります。だんだんお年寄り増えてきますし、だんだん亡くなる方も増えるんですけど、戦前戦後はお医者さんに診せることもできずに死んでいった人がほとんどで、そういうかわいそうなことをするのではなく、最後は病院で看取ってあげるのがベストやと、そういう価値観が大きくなったと思うんです。しかし今は、だんだん病院もいっぱいになるし、それには医療費もかさんでくるし、患者さんも病院で死ぬ事がそれほど幸せでもないぞという事がみえてきたというか、出てきた。なので、だんだんまた在宅という方向に進んで来ています。

 蓮風 我々がね子供のころっていうのは、病院で死ぬよりも家族に看取られて逝った人が多かったように思いますね。

 竹本 多分そういう経験がなくなっているんですよ、今。(若い内弟子たちを見て)お家でおじいちゃん亡くなったのを一緒に見てた方とかがあまりないと思うんです。病院に呼ばれたらおじいちゃん死んでたとか。そういう感じが多いんだと思うんですけど。まぁ山添村っていうのはそういう意味ではちょっと古い時代が残っているんです。良い意味で遅れてる。大家族が多くて看取りの文化が残っている。

 蓮風 そうか。田舎やからね。

 竹本 そうですね。家で死ぬとか、結構元気に病院にも掛からんと過ごしてはるような人っていうのがまだたくさんいらっしゃったりして。

 蓮風 焼き場がなくて土葬にするとか。

 竹本 本当に今も土葬なんですよ。「あかんようになったら、最後に診断書だけ書いてくれ」って言うぐらいの家もたまにあるんです。こんな所なんで、在宅での看取りには積極的に関わろうと思っています。「癌でもう長くない。痛みもある程度コントロールできたんで後は頼みます」って在宅に帰ってくる方とか、そんな中でいかにこの人のこう最後を…。映画監督みたいな感じかもしれませんけど、周りの人がそういう今の病気の状況を受け入れつつ、良い形で、ありがとう的な雰囲気の中で、見送れる様な環境作りのお手伝いが出来ればと思っています。たとえば、家で死んでいくのを家族が分からない、恐い、どうしたら良いの? みたいなのがありますんで、そういう不安をとっていくような仕事ですね。

 蓮風 病院で、いわゆる集中治療室で亡くなるのと全然意味が違うんで。その辺りの人間同士の温め合いの中で亡くなっていくっていうのは、そういう意味では地域医療の方が勝っているのかもしれませんね。

 竹本 患者さんが亡くなった後も家族とは会うんですよね。会えるというか。やっぱり地域の中で会ったり、患者さんの奥さんが患者さんだったりとか。そういう事もありますので、家族の思いなんかも後々に聞けたり感じられたり。病気だけでなくて、人生とかそういうものも一緒に併せて診られるような医者になりたいなぁと思いますね。

 蓮風 そうですね。<続く>


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竹本喜典さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を様々な角度から検証する「蓮風の玉手箱」は「鍼狂人」を自称する鍼灸師、藤本蓮風さんと、医師で山添村国保東山診療所長の竹本喜典さんとの対談の2回目をお届けします。前回は僻地(へきち)医療に従事する竹本さんが医師を志した理由や教科書通りにはいかない現場の実情などが話題になりました。今回は僻地ならではの医師の役割や地域の人々との人間関係に話が及びます。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 田舎やったら、先生みたいに活気があればお嫁さんの世話してあげようかとかね、あるでしょ。

 竹本 ありました、ありました(笑)。

 蓮風 いらん心配や世話をしてくれんでもええけど、お互いに、そこまで入りこむことによって、その人達と深く繋がっていく。そういう意味では医療の本質に関わる問題だと思うんです。でも、ある程度深くいかないかんし、同時に(親密になりすぎないように、医者と患者という一定の距離を保つために)切らないかん面と両面あると思うのですが、どうですかその辺りは。

 竹本 そうですね。こちらからはなかなか切れないですね。

 蓮風 うん、そうですね。

 竹本 どうしても状況によって、もうこれ以上この診療所で診たらあかんとか、これはやっぱり紹介しなあかんというのがありますので、適切なタイミングで後方病院に送ることが必要です。それが切ることにあたるかもわからないですけど、実際には、戻ってきてまたこちらで診させてもらう、また紹介する、そういう連携もあります。
    

 蓮風 陸の孤島というか、離れ島のね、漫画の『Dr.コトー診療所』みたいな世界がやっぱり展開されるわけですね。

 竹本 今の山添村はそれほどではないんですけど、南の方へ行っていた時は、かなりそういう感じはありますね。やっぱり奈良市の(中心部の)方に出ようと思ったら、やっぱり2、3時間かかりますので。

 蓮風 山添でしたか、先生のおられるところは。それ以前はどこにおられたのですか?

 竹本 下北山村って先生ご存じですか?

 蓮風 あ、下北山村。吉野の。

 竹本 吉野の。

 蓮風 ああ、あれもほんまの田舎ですわ。あれこそ陸の孤島ですね。

 竹本 いいとこでしたね。いまの山添村の人口は4000人位なんですね。で、下北山は今なら1200人くらいかもしれませんけど、このくらいの人口規模がちょうど全体をとらえやすいんだと思います。僻地では診療以外に、福祉だとか検診だとか、子供の予防接種だとか、健康教育とか管理だとか地域づくりみたいなことにも関わります。関わりの中で、村民性とか生活とか人間関係だとかが分かってきます。あの人の子供がここに嫁いでるとか。

 蓮風 よくわかりますよね。

 竹本 そうですね。「ここの家は色々もめていて難しい」「あぁそうかこの子こんな感じか」とか、重要でないことも多いですが、そういう意味で色んなことが見えます、患者さんが言わなくても色んな「前情報」っていうのは、たくさん入ってきます。看護師さんが、生き字引みたいなんです。
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 蓮風 一般の病院でも保健師さんと看護師さんとか、そういう人達は当然関わっているけども、僻地医療の場合にはそういう人達との繋がりというか、連携プレーちゅうのはかなり?

 竹本 もの凄く。そっちの方がメインで。

 蓮風 そういうことですね。

 竹本 そうですね、後ろ盾になって、医療的な立場で仕事をするんですけど。なるべく出しゃばらないようなかたちで。

 蓮風 前にはそういう人達に立ってもらって。

 竹本 そうですね。やっぱり、それぞれができる範囲でその患者さんの問題を解決しようとしますので、たとえばケアマネさんであるとか、介護のヘルパーさんであるとか、看護師さんとか、介護タクシーのようなものとか。色んなサービスを利用して村ぐるみで行います。ひとり暮らしで大変な人とか、病気されているお母さんと2人やとか。そういう色んな問題を抱えた家庭をどう支えたら一番いい形でできるのか。「もうこけそうやから、もう無理やろか。そろそろどっか施設入らなしゃあないんとちゃうか」。こんなことをうまく話して考えていったりとか、中身は若造ですけども、それなりにドクターやって白衣を着てしゃべると、患者さんは「あぁそうか」って思ってくれるところがありますので、切り込み隊長を期待されることもありますし、いろんな立場でいろんな物事をスムーズに、みんなを取り持ってやっていくというのが田舎らしい仕事かもしれませんね。「ケアマネージャー」の略称

 蓮風 なるほどね。

 竹本 問題解決というんですかね。

 蓮風 そうですね。そういう陸の孤島みたいなところでやるということが、非常に、ある意味では特殊になってくるでしょう。

 竹本 そうですね。都市部で開業されている先生も都会の孤島をある程度見てはるんだろうと思いますので、大きく変わらない部分もあると思います。ただ、紹介とか、大病院へちょっと行ってもらうとかそういう部分でハードルが高いですから、無理してると感じることもあります。また、田舎はコミュニティとしてはカチッと固まってますので(慣れない都市部の病院への移送のデメリットもある)。

 蓮風 どうですかね。僻地の医療の場合は、おっしゃるように全科に渡って関わってくると思うのでそこら辺りの面白さとか、しんどさとか。

 竹本 そうですね。もしもお産がきたらどうしようと思った事はありますけど、実際はなかったですね(笑)。

 蓮風 残念でしたね(笑)。

 竹本 残念です(笑)。来てもほんとに救急車に同乗するだけなんですけど。でもいざとなったらという思いはどこかに。そういうドキドキ感はありました。特に下北山の時はありましたね。交通事故で死にそうな人とか、(狩猟で)間違って鉄砲で撃たれてしまう人とか、まれにですがあり得ますので、そうなった時に、いつスクランブルかかるかって緊迫感はあります。〈続く〉


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初回公開日 2013.9.7
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竹本喜典さん

 鍼(はり)の力を探る「蓮風の玉手箱」は今回から若手医師と鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の第2弾をお届けしていきます。登場していただくのは奈良・山添村国民健康保険東山診療所長の竹本喜典さんです。まずは、僻地医療に取り組んでいる竹本さんが医師になったきっかけから、お話が始まります。(「産経関西」編集担当)

竹本喜典(たけもと・よしのり)さん
 山添村国民健康保険東山診療所長。1972(昭和47)年、奈良県生まれ。自治医科大学医学部卒業後、1997年から県立奈良病院に勤務し初期研修。99年、同県下北山村国保診療所に赴任、その後、県立奈良病院救命救急センター、国家公務員共済組合立大手前病院整形外科などを経て2009年から現職。※現タケモトクリニック(奈良県大和郡山市)院長

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 蓮風 「蓮風の玉手箱」へようこそいらっしゃいました。色々と、お聞きしたいのですが、まず、色んな職業があるのに、先生はなぜ医者をめざしたのでしょうか。

 竹本 実はですね、医者をめざしてはいなかったんです。僕、高校が西大和学園(奈良県河合町)なんですけど、(西大和学園を)ご存じないですか。

 蓮風 知らないですね。

 竹本 今では、だいぶ賢くなってきたみたいですけど(笑)…。その頃は、まだでき立ての3年目で、遅くまで授業する学校やったんですよ。で、帰りの電車でカップ酒を飲みながら竹輪をかじってグターってなってるサラリーマンを見てたんです。その頃の僕には、サラリーマン生活はなんともつらい、人生の墓場のように見えまして、サラリーマンだけにはなりたくないと…。で、その時に上手いこと勉強のペースが乗ったというか、ハマった時期だったので、選べたというか、小ちゃい頃から昆虫博士みたいなタイプでしたし…。

 蓮風 生物が好きだったんですね。

 竹本 そんなんで、理系でサラリーマンにならない方法を考えて、医者やったら大丈夫やろうと(笑)…。結局サラリーマンでしたけど。そういう思いがあって医学部を選んだんです。(僻地医療の向上をはかるための)自治医大は、ちょうど学費が免除っていうのがありますし、田舎に行くことになるんですけど、釣りも大好きですし、生き物が大好きですんで、そういう意味でもちょうどええやろうということで…。もう本当に僕はそういうタイミングだけでフラフラっと生きているんだと思います。

 蓮風 ご親戚とか、その他自分が子供の頃にかかった先生で、ドクターとして尊敬できるような先生がおられたとか。

 竹本 そうですね。残念なほどいないですね。

 蓮風 そうですか。

 竹本 あまり病院にもかかりませんでしたし。

 蓮風 そうですか、まずまず健康で。

 竹本 そうですね。医者みたいなものの世界も分からないですし。

 蓮風 でもよく入ってきましたね。普通は親がやっている仕事とかね、親戚がこうやったとか、で、自分がかかったドクターが凄かったからそれになりたかったからというのはよく聞くんですけど。

 竹本 入学のときの論文には、そうやって嘘を書きました(笑)。

 蓮風 そうですか(笑)。

 竹本 「いい先生がいて、医者をめざしました」みたいなことを書きましたけど、本当は嘘です。

 蓮風 わかりました。先生が2012年4月に開催された北辰会主催のドクターのシンポジウムでもおっしゃってたと思いますけど、僻地医療について、かなりご興味を持っておられるし実際に実践もされている。その辺りのお話を聞かせてください。

 シンポジウムの詳細内容は、『鍼灸ジャーナル』Vol.27(緑書房刊)に「医師から見た鍼と将来の展望 鍼灸医学は如何にあるべきか」に掲載されている。

 竹本 田舎で一人でやらなあかんっていうプレッシャーは大きいんですよね。で、その地域の色んな患者さん、色んなニーズを、やっぱりなんとかしないといけない。「あっこ行ってもしゃあないで」ということになったら、もうそこにいる価値がないので、それほどつらいことはない。なんとかせなあかん、ということで、研修のときから田舎で一人になるというプレッシャーの元で勉強させてもらったのは凄い糧になっています。その結果ですけれど、ちょっとずつ色んな問題が出る度に、それに対して一つ一つ取り組んだんです。異動3年目で田舎に行きました、経験や知識はあまり多くはありませんので、それを一つ一つ積み重ねて行くということでした。
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 蓮風 例えばそれはどういう問題が起ってくるんですか、僻地では。

 竹本 病院では風邪をひいたらこの処方しときなさい、痒(かゆ)い時はこれや、痛かったらこうや、色々そういう勉強をしていくんですけど、実際にはなんやらよく分からんことを言いはるんですね。「背中が熱い」と言うてみたり…。

 蓮風 ああ、ありますね。

 竹本 そのときの知識では「『背中熱い』って、なんじゃそれ???」と、もうなんのことやらわからんようになってしまう。で、本調べたって「背中が熱い」なんて病気は、ないわけです。そんなんが沢山あったんですよ。で、本当に田舎の人というか、普通の街の中でもそうだと思うんですけど、実際の患者さんの言葉って独特で変なこと沢山言わはるんですよね。そういう時に自分のキーワードに当たらないものは相手にできない。で、不定愁訴と一括りにして…。しかし、こういうことを繰り返していると、これじゃあかんというか、なんとかせにゃならんということになってきたわけです。

 蓮風 そうですね。

 竹本 素直にこの患者さんというか、人というか…。

 蓮風 とにかく、その患者さんが苦痛であるということ自体が病気なんで、そういう視点からすると通常の医学常識にないものがあっても不思議はないんだと。

 竹本 そうですね。

 蓮風 はい。で、それをなんとか究明しようと。

 竹本 そうですね。

 蓮風 凄いですね。

 竹本 全然究明できなかったんですけど、究明できずに苦しんでいたというのが赴任したての僻地時代ですね。僻地診療っていうのは、田舎の雑貨屋さんというんですかね、鍬(くわ)も売ってるし、食べ物も売ってるし、服もちょっと置いてあったりする。

 蓮風 昔は万屋(よろずや)と言った。

 竹本 万屋。そういう何でも屋さんをしてるというのが、田舎の仕事かなと思います。

 蓮風 それねぇ、私はよく言われるんですよ。東洋医学をやっている先生にも、西洋医学をやっている先生にも「先生何がご専門ですか?」というから、「私はゼンカ(全科)者や」と(笑)。何でもかんでも。それよく似ていますね。

 竹本 せなあかんのというか、しゃあないんですわ。万屋としてなんでも置くことが必要なんだと思います。ニーズがあるんだから。

 蓮風 そうですね。で、だからこそまた本当の人間像というか、病気とは何かという問題がね、つきつけられると思うんですよね。もう、どうしても病院やったら分科してね、眼科やったら眼科、整形外科は整形外科でやっている。で、実際訴えているのは本人一人なんで、そういう部分を気づかれたというのは非常に面白いですね。で、僻地に行ったらどうしても個人的な付き合いも多くなるでしょ。

 竹本 そうですね。

 蓮風 どうですか、それは負担になりますか?

 竹本 しんどい部分もあります。嫌とかではなくて、隣の人を診なあかん、という意味で負担というか、プレッシャーはかかるし、ありがたいプレッシャーなんですけど…。「あかんかったわ、あの人来ないようになったな」で終わらないところがありますね。「よくしてあげられなかったな」と思いつつ、お祭りとか何かの機会には、また会って話をしたりしますので、「気まずいな」という時もありますし、「上手いこと治してあげられなかったな」という反省もあります。〈続く〉

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