蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)


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佐々木恵雲さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」


 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回は僧侶で医師の佐々木恵雲さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談(第2弾)の3回目です。宗教と医療は本来、不可分のものだったのに、なぜ“住み分け”をするようになってきたのか? 対談では、その理由を分析しながら終末期ケアを行う「ホスピス」の問題点にも迫っていきます。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 宗教と医学医療との役割みたいなものについて聞かせていただきたい。本当は一つの融合した世界で、先生の、お話を聞いていても、どこからどこまで(が宗教で、どこまでが医学医療)という境界はないんだと思うんです。けれども役割分担していると考えるほうが自然ですよね。

 佐々木 長い歴史から言いますと、医療の発端は宗教であることは間違いないですね。いわゆるキリスト教でもキリストが信者さんを治しておった。あるいは仏教でもお釈迦さんが呼吸法を使って治しておった。仏教医学といいますか。医療の原点が宗教であることは間違いない。西洋医学の場合、それが分かれて専門化していく上であまりにも高度化してる点で(原点から)外れてきている所はあるんですね。それに対して反発するというか、原点も見直すという意味で生まれてきたもののひとつがホスピスですね。

 蓮風 あの発想はだいたいあれはアメリカ医学ですか?

 佐々木 あれはヨーロッパです。

 蓮風 ヨーロッパですか。

 佐々木 特にイギリスです。あれは、どういうことかというと、医学をもう一度教会に…。つまり原点に戻ろうではないかという、教会の運動なんですね。

 蓮風 そういう発想のもとにホスピスというのが出てきたわけですね。

 佐々木 すべてを病院に任せるというのはおかしいではないかと…。つまり教会のルネサンスといいますか、もう一回医学を、医療を教会の側に取り戻そうという発想です。ホスピスというのは基本的にはキリスト教の思想がないとホスピスではないわけで、「緩和医療・イコール・ホスピス」とするのはおかしいんですけどね。

 今の時点ではただ大きく言うと宗教というのは精神的に心の問題にタッチしている。それと医学医療…西洋医学ですけれども身体的な問題に主に関与している。精神科は心を扱いますけれども…このように住み分けている状況であるかもしれませんね。ただ後でお話しできるかもしれませんが、原点は一緒なんです、源流は…。そこをちょっと考えないといけないかなと思っていますね。
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 蓮風 父親から聞いた話なんですけれども、お釈迦さんの場合は耆婆大臣(ぎばだいじん)がついておられて、この人はお釈迦さんの主治医というか、鍼と薬の袋を持って産まれたという伝説のある方なんです。お釈迦さんが人々を救うにはどうしたらいいか、という話をなさる時は耆婆大臣が傍らで聞いています。人の身体を病気から守るにはどうしたらいいか、また病気を治すにはどうしたらいいかという話の時には耆婆大臣が表に立ってお釈迦さんが逆にお話を聞いておられたというような話を父親が言うてたんですけれども非常に面白い。

 子供の時から聞かされておって不思議な話やなあと思っとったんです。やはり根本は一つなんだけれども、そこに徐々に分化というかそういうものが表れて、それぞれの専門的なものが成り立った。医学の歴史というのは西洋医学でもそうでしょうけれども、東洋医学ではシャーマニズムが原点なんですね。

 だから、医学の医は「醫」。現在に伝わる原点なんですけれども、もっと古いものになるとこういうふうに(「●(=醫の酉が巫)」を黒板に書く)なってるんですね。“巫”が下にあるということはシャーマニズムが根底にあって、箱構えの中に矢があるというのは、人間が矢を受けて、ルマタ(●の殳の部分)でもって矢を抜くんだという字で医療そのものですね、そういうことを祈りながらやるんだと。こっち(「醫」)の“酉”は、サンズイをつけると酒、すなわちアルコール(消毒)になりますね。進化というと進化なんだけど、根底に「●」があるというのが大事なんですね。

 先々代住職だった佐々木先生のおじいさんの話を聞くと、お坊さんでありながら檀家さんなんかが病気になったら「これがいいで」「あれがいいで」と世話をするというのは「●」こっちなんですね。
    

 佐々木 そうなんです。浄土真宗では祈りという言葉はあまり使わないとは言っていますが、基本的に祈りというのは医療の原点ですね。

 蓮風 口はばったいですけれども、浄土真宗の場合は、祈るというよりは祈られている立場なんですよね。

 佐々木 願われているというんですね。

 蓮風 主体的に見るか客観的に見るかというだけの違いで、祈りと言えますよね。これものすごく大事なんですよね。浄土真宗の場合は、一面ではきざに見えるし、一面では本音を言っているんですよね。一番いいのは、やっぱり融合した世界がいつまでも保たれることですよね。

 そうなってくると先程のホスピスの話にしても、本来は治すためにやっている。結果として亡くなることはある。だけど、死にゆく医学という風に分けてしまう所に非常に僕はちょっと矛盾を感じるんですよね。

 昔の漢方医や、鍼医師は、周辺の者がこれあかんなと思っても必ず治療したというんですよ。これを止めて薬籠の蓋を閉めて帰ってしまったら、患者さんが見捨てられる。それをさとられないためにも、最後まで投薬し最後まで鍼をしたという話を聞いているんですね。そこにはホスピスなんかないんですよ。結果的にはホスピスみたいになっているかもしれないけれども。そこには混沌としたもっぱら医療として治そうという努力が前提にあって、治らないからこっちに行きなさいというのではないということは非常に重要な部分だろうと思うんですがね。

 佐々木 それは非常に重要な指摘でして、この時点で先生がおっしゃるように緩和医療をあまりに強調しすぎるのも注意が必要です。極端な言い方をすれば、具合が非常に悪いからといって、死なせていいのか、やはり医療の本質は患者さんの命を救うということですから、死なせていい命はありませんよね。

 蓮風 命を救うんですよね。

 佐々木 死なせる命ではなく、見守る命という視点が大切なんです。(生死については)見守るという継続性の中で判断すべきなんだと思います。〈続く〉



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佐々木恵雲さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は、僧侶で医師の佐々木恵雲さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談(第2弾)の2回目をお届けします。前回は親子2代で浄土真宗の寺の住職で医師の佐々木さんは寺が嫌で嫌でしかたなかったという、お話でした。では、なぜ結局、住職を継がれたのか…。今回はそんな話題を交えながら、蓮風さんが鍼の世界に入った理由の一端も語られます。おふたりに共通するキーワードは「運命」のようです。(「産経関西」岡崎秀俊)

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 佐々木 父親も医師だし「ドクターになれ」というプレッシャーもあったんでしょうね。だから、大学は医学部に入りましたが、大学に入ってから、本当に寺が嫌で…。寺は継ぎたくなかった。

 蓮風 もっぱらドクターでいこうと。

 佐々木 ええ。だけども、得度だけはしてくれと言われましてね。

 蓮風 おじいちゃんがですか。

 佐々木 父親も母親も。

 蓮風 檀家さんもいらっしゃいますからね。

 佐々木 それで得度して僧侶にはなったんですが、実際ずっと医学一本でほとんど家にも帰りませんでした。それが、40歳前ごろですかね、父親の身体の具合悪くなりましてね、いわゆる認知症がちょっと出て来たんです。

 蓮風 認知症が…。その時は、お父上はおいくつぐらいですかね。

 佐々木 70歳はすぎてましたね。ちょっとお寺の仕事が…「法務」という言い方をしますが、それができない。

 蓮風 嫌でもやらなければ仕方ない。

 佐々木 やらざるを得ない。それで大学の医学部を非常勤になったんですね。その時ちょうどたまたま西本願寺の診療所に…。

 蓮風 西本願寺の「あそか診療所」ですね。

 佐々木 そこに勤めることになったのです。ちょうどその変わり目の時、先生の所(奈良市の「藤本漢祥院」)に僕、初診で参ったんです。

 蓮風 ああそうですか。治療に来られたんですね。ちょうどその頃なんですね。


 佐々木 大学辞めて、ちょうど39歳の時でした。
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 蓮風 先生も長く、漢祥院に通われているんですね。

 佐々木 15年です。

 蓮風 うちの患者さんの“主”みたいな感じになってきている(笑)。今の話を聞いていて私の中に非常に共感が産まれました。うちも先祖伝来、浄土真宗で、その教えが根底に流れています。そういう発想の原点みたいなものが一緒で、そういう点でも以前から共感していたんですけれども、そういうわけなんですね。

 佐々木 まあ独特の生い立ちですね。

 蓮風 どちらかというと、お医者さんになって、それだけで終わろうとしたけれど逃げられなかった、極端に言ったら。

 佐々木 先生がおっしゃるように根底に仏教といいますか、浄土真宗があったんでしょうね。それが自分でも…。

 蓮風 それはね、僕も抵抗しました。鍼医者みたいに薄暗い世界は嫌いやと言ってね。一回は抵抗するんですわ。しかし、色んな大学を受けようと思ったんですがね、そこで僕は運命があるんやったら、これはもう、ひとつ諦めて…断念じゃなしに明らかにするという意味での諦める。18、19歳の時に、悟ったというか、やるんやったら一流になりたい。もう極端な話が、父親が「おまえはこういうふうにやれ」っていうから、反抗したんですよ。あんたに学んでばっかりいたらあんたを乗り超えることでけへんから一流一派を立てるんやって。そういう反感でやったんですが、先生もそういう所を通っておられるわけですね。

 佐々木 父親に対する反発というか対抗意識というのはずっとありましたね。一応職業としては同じ医師と僧侶ですからね。性格もタイプも考え方も全く違いましたけれども、非常に意識はしていました。反発していましたね。

 蓮風 分かりました。非常にめったにない状況の中でドクターとお坊さんをやっておられる。お医者さんをめざしたのは、やっぱり、おじいちゃんのおやりになったお布施の行とか、それからお父さんの影響もあるんですか。

 佐々木 あるでしょうね。そういう風にしむけられたかも分かりませんね。

 蓮風 そうですね。運命と言えば運命ですね。

 佐々木 運命と言えば運命ですね。〈続く


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初回公開日 2014.8.2

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佐々木恵雲さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんが各界の方々と「鍼(はり)」について語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回から対談のお相手は、滋賀・西照寺(浄土真宗)の住職で医師の佐々木恵雲さんです。佐々木さんは「玉手箱」では2012(平成24)年6月2日から同年7月28日まで9回にわたって登場されていて、今回は対談の“第2幕”となります。今回は医師との対談シリーズの流れのなかで、医療現場からの視点に重きを置いて語っていただきます。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 先生は僧侶でありながら医師でもありますから、宗教との関わりについても深く聞いていきたいと思っています。まず、医師と僧侶の、どちらが先でどちらが後ということになるんですか?

 佐々木 先生にはそういう生い立ちのことはお話していなかったかもしれないですね。私は、寺としては13代目の住職なんですけれども、実は僕の父親、先代の住職も内科医でして。

 蓮風 先代からお医者さんとお坊さんと両方やっておられるというわけですね。
   
 佐々木 お寺の裏に小さな内科の医院を開業していたんです。

 蓮風 ああそうですか。

 佐々木 世の中に僧侶と医師の両方を仕事としている人は結構おられるんですよね。ただ2代続けて僧侶と医師、住職と医師をやっているというのは少ないですね。

 蓮風 確かに少ないですね。

 佐々木 ほとんど聞いたことがないですね。この生い立ちというのが僕にかなり影響を与えています。つまり産まれた時から、仏教と医療というのが当たり前のようにあった。

 蓮風 違和感なく。

 佐々木 違和感なく。変なプライドといいますかね、ドクターにたまにありますけれど、そういう変なプライドなしに自然にその中にあったんですね。ただまあ、小さい時はよくいじめられたというか、一番堪(こた)えたのは、友達から「お前は線香くさいし薬くさい」と言われたことでした。

 蓮風 (笑)
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 佐々木 うちの祖父…先々代の住職だったんですが、これがなかなか凄い人で。

 蓮風 おじいちゃんですね。

 佐々木 おじいちゃんに育てられたというか、父親が忙しかったんでね。明治20年から30年ぐらいの生まれの人ですけれども。あの頃の明治の人は凄い。先生のお父様は何年ぐらいですか?

 蓮風 大正5年ですね。

 佐々木 何でも自分でやらなくちゃいけなかった。当然家事とか、すべてできますけれども。漢方といいますか、熊の胆(くまのい)とかをですね、檀家さんの調子が悪くなったら持って行ってあげる。自分でお灸もやっていましたし、そういうお灸、漢方…民間療法的なことかもしれませんが、そういうことの知識もあったんですね。

 蓮風 その方は、お医者さんではないんですね。

 佐々木 ではないんです。

 蓮風 仏教徒のお布施というか、ご奉仕が。

 佐々木 ものすごい熱心な仏教徒ですね。ただ非常にそういう仏教的な、僕は東洋の目と言っているのですが、それだけじゃなく非常に合理的な部分もあって、僕の父親にドクターになれ、仏教と医療をやれと勧めた。強引に父親を医師にしたというところもあるんです。

 蓮風 そういう風にしむけたのはおじいちゃんなんですね。

 佐々木 小さい時は、僕は仏の子、光の子になると言っていたらしいですけれどね、ただ中学・高校ぐらいになってくると、もう寺が嫌で嫌で。

 蓮風 そういう時代ありますよね。<続く>


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蓮風の玉手箱で対談に参加してくださった小児科医の鈴村水鳥先生が、ご紹介が遅れましたが2021年4月より名鉄病院(名古屋)にて"小児漢方内科"という新しい外来を開設され、ご担当されることになりました。

ご自身の難病を東洋医学で克服され、今はママとしてもご活躍されている鈴村先生。これからの益々のご発展とご活躍を楽しみにしております。


名鉄病院/小児漢方内科HP



鈴村先生チラシ1

鈴村先生チラシ2



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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回で倉敷中央病院初期研修医(対談当時、現・市立堺病院外科後期研修医)の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談もひとまず最終回となります。僭越ながら「玉手箱」を担当している私も質問をしております。対談をうかがっていると身体のそれぞれも部分も心も一体と考えるほうが合理的な印象を受けます。たとえば、極端な話、足の指の先と眼だってひとりの身体の中では一体のものでは無関係だとは思えないのですが、実際の医療現場ではそのような考えとは違うようです。(「産経関西」編集担当)

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「産経関西」編集担当(以下、産経) 笹松先生のお話を伺ってますと、病気の原因を探ったり治療方法を検討したりするときに、東洋医学は患者さんの生活環境なども考慮することを高く評価されていました。僕ら一般人の側からするとそちらのほうが理に適ってて、西洋医学というのはそういうことは全く考慮していないのかっていう驚きがあるんです。実際に西洋医学では、あまり個々人の環境などは考慮しないで、スタンダードに分類された病状で診断するというのが主流なんでしょうか?

 笹松 そうですね、そういうことに気づいている先生も少なからずいることはいるんですが、実際に大部分のドクターは、こういった言い方は失礼なんですが、あまり配慮されてないなという印象を受けています。

 産経 それは教育の問題なのでしょうか、それとも制度の問題なんでしょうか? 

 笹松 そうですね、もちろん教育の問題だとか制度上の問題は大きいと思います。もうひとつ考えられるのは、西洋医学がだんだん進歩していて非常に専門化してきたというので、物事をパーツに分けて診る傾向がある。

 たとえば身体は身体、心は心で。心は精神科におまかせします…身体は私たちが診ます…と。身体でも整形外科は手足は診ますけど、お腹は診ませんと。逆に腹部外科の先生はお腹は診ますけど手足の骨折だとかは診ませんと…。そもそも西洋医学は物事を分解して研究するという発想です。西洋医学というより西洋の思想が昔からそういう発想なんですが、今もどんどん分解していって、「統合」するっていう発想がなく、さらに細かくさらに専門化っていう流れがあるので、そういう流れに乗ってるとやっぱり、全体で診ようだとか患者さんの周りの環境に配慮しようだとかっていう発想は生まれにくいですし、そういうことに気づいても、周りの環境がそういう流れなので、「ああ、こういうことやってる場合じゃないかな」って、周りに潰されてしまうっていうことがあるんじゃないかなと…。

 産経 世界全般的にそういう…?

 笹松 はい。


 産経 先生は医学部に入る前に心理学を勉強されていましたね。ダニエル・カーネマンは心理学者ですけど、経済学と心理学を統合して行動経済学の研究を進めて2002年に心理学者として2人目のノーベル経済学賞を受賞しました。いろんな学問が融合していく流れの一方で細分化も進むという反対の動きもあるのでしょうか?

 笹松 そうですね。その矛盾に気づいて学問を統合しようだとか、いろんな学問をつなぎ合わせてもっと大きい事をしていこうという流れがひとつと、突き詰めてもっと細かく分けていこうという2つの流れがあるような気がします。

 産経 先生はその2つの流れがあるとしたら…。

 笹松 性格的な問題があると思うんですが、分割するより融合する方が自分の性格に合ってるなという気はします。

 産経 ありがとうございます。
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 蓮風 最後にね、僕が質問したいのは、iPS細胞のことです。いわゆる人工多能性幹細胞でいろんな臓器を作ろうとしてますね。それで、あらゆる難病が治るようなことを言っておるわけなんですが、東洋医学の立場では<気一元>ということで、あくまでもひとつのまるごと全体を意識するというのが生命だという考え方です。

 ところが、西洋医学は細胞レベルで良くなればいいという発想ですよね。昔、手塚治虫の漫画だったかなぁ。自分の身体が悪くなったらその臓器だけを機械に変えていって全部ロボットにしていく。最後に脳が悪くなったら脳を変えて、自分でなくなったという話で、そういう漫画があったと思うんです(笑)。そういう部分についてどうですか、先生のご意見は?

 笹松 iPS細胞が今後どこまで発達していくかっていうことはちょっとわからないですが、たとえば、指が取れてもまた仮に完全に生えてくるとしてですね、それで終わりかなという気がしますね。結局、心と身体ってつながっているので、身体の空白が埋まっても心の空白が埋まるわけでもないですし。

 蓮風 ああ、なるほど。

 笹松 もちろん、それで前向きな気持ちになって楽しい人生を送れるんであれば、それはそれでいいんですけど、逆に治ってしまったがために心の問題…。たとえば、考え方を変えることによって、病気になって初めて家族が協力して、今まで仲が悪かった家族が一つになっただとか、逆に失敗を経験することによって考え方が変わって、そこから今までダメだった事業が上手くいきだしただとか、病気をきっかけに心が変わることってよくありますよね。

 でも簡単にですね、たとえば、なくなった腕が生えてきたりすると、逆に無謀なことをするとか、交通事故に遭っても治るからいいじゃないかと言って乱暴な運転をするかもしれないですし、病気になってもどうせ治るからいいやと思ったら心の問題を解決しようとは思わないですよね。

 蓮風 そうですね、その辺りが大きな課題になってくるでしょうね。わかりました、今日はありがとうございました。<了>

次回からは医師で僧侶の佐々木恵雲さんと蓮風さんの対談が始まります。佐々木さんは「蓮風の玉手箱」への2回目のご登場です。

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