蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

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藤本蓮風さん(写真左)と松田博公さん(同右)

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も今回で、ひとまずは終了。「鍼だけに可能な治療あり」「東洋医学に足りないもの」「世界標準の鍼灸は可能か」…。これまでの見出しをざっと見ただけで、松田さんと蓮風さんのお話の幅広さ、奥の深さがうかがい知れます。現場での治療から、医療の歴史やグローバルスタンダードの問題まで、縦横無尽でした。日本の鍼灸界への厳しい見方もあり、最終回でも辛口の指摘がなされていますが、そこから、おふたりの鍼灸への信頼や愛着がにじみ出てくるようです。(「産経関西」編集担当)

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 松田 中国の強みはねぇ。これはマイナスの面もあるんですけど、中国革命の時に、毛沢東を中心とする人達が、中国式のマルクス主義を定着させ、その唯物論的哲学を国家公認の学問にしましたよね。中国の知的エリート、共産党エリートは、鍼灸界にも勢力を占めるわけですけど、彼らは弁証法的な哲学を英才教育で身につけているので、中医学の論文書くときもエンゲルスの自然弁証法だとかを引用する、この鍛えられた頭脳の論理性が強みなんです。日本の鍼灸家の場合、戦後、マルクス主義の影響を受けた世代は柳谷素霊の周辺にも、竹山普一郎がいましたし、丸山昌朗、藤木俊郎、島田隆司もそうだし、福島弘道もそうでした。けれど、そういった思想性、哲学的スタイルは今、どんどん風化してしまって、日本的な、ただただ情緒的な、感性だけというような事になってしまっている。

 もともと日本人は古代以来、論理的思考が弱く、理論不信と実感主義、実用主義の傾向が強かったというのは、山田慶児さんが(日本で現存する最古の医学書の)『医心方』の研究を踏まえて言っていることなんですが、戦後は特にアメリカ文化の影響もあり、更に過剰な感性主義、技術主義に流れ、鍼灸家自身の中から、論理構築がしにくくなっている。先生はマルクスだけじゃなく、老子、荘子も含め、いろんな思想家を押さえて、哲学的な表現をされる。それが多くの鍼灸師には出来なくなっているという弱さがやっぱりあるんですね。

 蓮風 だからそこら辺りもね、やっぱり、どっちを愛するかですな。鍼灸を愛するのか、鍼灸師を愛するのか。だからこの間の、若手の医師を集めてシンポジウムやった時、(医師に)「あなた方の方がずっと勉強のプロや。だからこれから鍼を持って治療するのはあなた方ですよ」って言った。もう鍼灸師はいらないかもしれない、って、極論を言ってやった。そしたら、彼らは、やっぱり鍼灸の先生はおってもらわないかんと言った、僕らは確かに勉強のプロやけど、だからといって鍼がうまいわけじゃない、ということを上手に言いましたね。その通りだと思うんだけど、鍼灸師を発奮させようと思ってわざと言ったわけです。
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 松田 いやぁ。西洋医学のお医者さんと話をするとね。彼らの好奇心というのかな、向学心というか、レベルが違うと思わざるを得ない方がおられるんですよ。彼らは日ごろ、死に直面していますから、死亡診断書書かなきゃいけないしね。それだからかな。
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 蓮風 そうそうそう。

 松田 命についても、死についてもね、考えている人は考えている。その気迫と好奇心の幅が、イマイチ鍼灸界には乏しい。

 蓮風 うん。それはね、やっぱり鍼灸を医学と考えてないということです。一番の根源はそこにあるんですわ。鍼をもって医学と思っている人が何人おるか。私はね、自分の家族を最後まで看取っています。医者にかからなかった、うちの親父に「おい、あんたの命もらったぞ」って言った。「どういうことや」って訊くから「あんたを鍼で看取ってやるからな、安心しろ」って。そしたら、さすがですな、先代も。「わしはな、鍼のおかげでここまで来れたから、鍼の供養になるから是非そうやってくれ」と言った。どうですか?これ藤本の鍼は偽もんじゃない、医学なんや、あくまで医者なんや、鍼を持った医者なんや、という意識をずっと植え付けられてるわけ。だからそういう本当の医者たる鍼灸師、鍼灸医がやっぱ出ん事にはダメじゃないんですかね。

 松田 そういうことですね。僕はね、やっぱり柳谷素霊をなぜ評価するのか、もう一言だけお話ししたいんですけど。

 蓮風 はい。

 松田 彼は、哲学なくして鍼灸医学なし、と思っていた人なんです。じゃあ今の日本に、哲学的な医学としての鍼灸について語れる鍼灸師が何人いるか。

 蓮風 うん。

 松田 藤本先生はそうですよ。

 蓮風 いやいや。
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 松田 もちろん小林詔司先生とか、何人かの方はいらっしゃいますが、数少ないでしょ。じゃあ過去に誰がいたのか。戦前、戦中、戦後、誰がいたか。さっきあげた丸山ほかの人たちの中心にいたのが柳谷素霊です。臨床家としての柳谷については、批判があるかもしれないが、少なくとも彼は、当時、時代を席巻した西田幾多郎の生命論哲学や西洋の宗教学や量子力学などの先端科学にも目を向けながら、鍼灸を基礎づけようとした。彼は大学院まで行って集中して6年間くらい宗教学を勉強した時期がありましたし、そういう思想的苦闘と鍼灸学構築の作業とを一緒にやった人物として、そのスタイルは、引き継がなきゃいけないなと思うんですよ。

 蓮風 そうですね。それは全くそうですね。ただね、私も酒飲みで、このごろ、三種混合。ビールと泡盛と、それからこの頃はウィスキーでやりますな。

 松田 そうですか(笑)。

 蓮風 で、柳谷素霊さんも大酒飲みで、胃潰瘍で亡くなったっていうけど、やっぱり飲みが足らんかったんちゃうかと…。

 松田 胃潰瘍から胃癌(がん)にまでなった。あれはねやっぱり、酒に殺されたんですね。

 蓮風 そうでしょ。飲まれちゃったんだ。結局。僕から酒を取ったら何も残らん。

 松田 (笑)

 蓮風 で、酒を飲んだうえで、元気になって鍼を持つと、面白いことができる。だからそれもね、やっぱり人生哲学ですよ。やっぱり、今死ねない。とにかく俺の思っている事、ひとつずつ活字に直していかんと絶対に死ねないという強い意図があるんですよ。うん、だから恐らく死なないと思いますよ。

 松田 (笑)

 蓮風 まぁ、90歳くらいまで馬で障害飛ぶっていうのが私の考えですから。その力をね、なんとか鍼にね、向けてやりたいなと。ちょっと様々な話になってあっちこっちに散ってしまったけど、長くなったから、また続きは後日ということにしましょ。こういう対談は今後も何回かやったほうがいい。これからさらに開拓される世界ですしね。先生にはがんばってもらわないと。

 松田 いやいや、もうだいぶへこたれてるんですわ。

 蓮風 酒飲むんやったらしっかり飲んで下さいよ。三種混合くらいやると一番良く効きますからね。ということで、どうもありがとうございました。

 松田 先生には益々ご活躍してもらわないと困るんですよね。幸い(蓮風さんが代表をつとめる)「北辰会」はずいぶん、いろんな方が、頭角を現しておられて、頼もしいですね。

 蓮風 そうです、そうです。

 松田 人材生産力といった意味でも「北辰会」は天下一だと思いますよ。

 蓮風 いや、やっぱりね、(文章を)書かなダメなんですよ。結構みんな賢いから、こういう方向で書きなさいと言ったら書きますよ。一冊ずつ、みんな。「藤本先生も偉いけど、お弟子さんが偉いね」って言われてます。「うん、そうやな俺はあんまり大した事無いけど弟子が偉いからここまで引き上げられたんかもしらん」って(笑)。

 松田 師の偉さは弟子によって測られるわけですよね。それ以外に測りようがないです。<終>

 
次回は児童文学作家、ひこ・田中さんとの対談をお届けします。

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藤本蓮風さん(写真左)と松田博公さん(同右)

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も7回目となり終盤が近づいてきました。鍼治療のグローバルスタンダードについての議論が続いています。時の流れ、時代の背景、気候、風土…。さまざまな要素で構成される人々の生活環境は千差万別で、さらに人間の身体もそれぞれ違います。「スタンダード」とは何かという線引きも難しそうです。しかし、治療が名人の“技”にとどまるならば超能力になってしまい、コンスタントな継承は不可能になってしまいそうです。そんなことも意識しながら読んでいただくと、一層おふたりのお話が面白くなってくるはずです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 私は治療するには(患者の)全生活を把握する必要があると思っています。しかも子供のころから、どのような環境で育って、どういう精神的な生活を送ってきたか、食べ物はどうだったかとかね。こういうことをやらなくちゃ。脈があぁだからこうだとか、それは、単なる“考え”。『素問』の「三部九候論」だったかな、人の気色から脈からそれらを総合検討して初めてこの病気はどうだという事を決定せよ、と書いてある。私はそれを「多面的観察」と呼んでいます。それを実行しなければ、いけないですよ。なるほど脈診も重要です、急性病は非常に変化が早いからね。しかし、それだけで何でもかんでもっていう訳にはいかんのですよ。

 特にここ20年ほどやってきてる「舌診学」がもの凄い有効です。日本人だけどアメリカで現地の医師免許を取って精神科の医者をやっている女性がいます。彼女は「東洋医学こそ本当の医学じゃないか」と言って中国の四川まで行ったんですよ。でもあれで本当に治るのかと…と思ったし見てきたけど駄目だったそうです。その先生は、僕と同じ年で、ここの近くの医師の妹さんなんです。(兄弟)みんな医大を出ていて。(私のことを)ちょっと変わった男だが鍼に夢中になっているからあそこ行けっていうことになったらしい。で、(帰国中に)来たんですよ、彼女が。「先生(蓮風さん)の鍼こそ本当の東洋医学なんだろうな」と思ったそうです。それでアメリカに帰ってから、白血病の患者の治療をやっているから診てくれ、ということで、その患者の舌の写真を送ってきたんですよ。地球の裏からネットで送ってきました。便利な時代ですね。その舌の色と状態を診て、「先生、これもう半日以内であかんで」って伝えました。すると、その通り、亡くなりましたね。

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 松田 そうでしたか。

 
 蓮風 舌一枚で。「二枚舌」やったらあかんけど…(笑)。で、『鍼灸Osaka』という雑誌がありますな。そこに載ったんですよ、そのことが。

 松田 はい。

 蓮風 ちゃんと残っていますよ、記録に(2003年発行の『鍼灸OSAKA』=Vol.19、No.2=に「舌診がどれくらい有効か」として掲載されている)。で、それを広州中医薬大学の鄧鉄涛先生のお弟子さんの士英先生が見て、「凄い舌診学者が日本におる」ってということで、評価してくれたんや。それが、鄧鉄涛先生主編の『実用中医診断学』(人民衛生出版社刊)という中国で出版された専門書にその症例が引用紹介されとるんです。それからおふたりと仲良くなった。そういうこと一つずつ取り上げてみると、東洋医学はほんま宝の山なんですわ。

 松田 そうですよね。

 蓮風 それをもっと、もっと気づいてやれば鍼は効きまっせー。

 松田 本当にそうですね。

 蓮風 だから、そういう『黄帝内経』の根本の根本を踏まえながら、そういう色んな時代に色んなこの学問が発達したから、それをやっぱり生かさなくちゃ。

 松田 グローバルスタンダードというと何か難しい話のように感じる鍼灸師さんもいるかもしれないけど、基本的には『内経』(=『黄帝内経』)の「陰陽論」なら「陰陽論」をちゃんと踏まえるということですよね。『内経』の「陰陽論」は、単に陰陽を概念的に語っているだけでなくて、天地宇宙がまず陰陽の構造になっているんだから、じゃあ天の健康な状態はなんなのかというと、カラッと晴れていて涼やかで、何の憂いもなく雲一つない青空だっていう状態です。大地の健康な状態っていうのは、あらゆる生命を包んでどっしり重く温かいという状態なんだから、それに合わせて身体も陰陽に分けて、陽である上半身はカラッと晴れて涼やかで、鬱の状態がないと、雲一つない。陰の下半身はどっしりと落ち着いて温かい、すべてを包んで生命の宿っているところだ、と。天地の構造に合わせて身体を養って、そしてそれが、逆転して頭寒足熱じゃなくて、頭熱足寒、上実下虚になっているのだったら、鍼や灸で元へ戻してやればいい。これがグローバルスタンダードの一番のベースです。それがわかれば、後はより複雑に「経脈論」や「病因論」を考えて、じゃあ「温病論」を入れようとか、そういうことになっていくわけだから。
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 蓮風 そうそう。大体ね、その中医学がその現代中国によってまとめられたのは色んな歴史的背景があるんだけど、僕が歓迎しているのは非常にスッキリした論理。もともと私は数学好きやから、キチッとせんと気分が悪い。そういう意味では、日本の鍼灸、漢方というのはもうひとつ解せなかった。ずばり言ってね。で、中国の医療政策の中で、毛沢東が応援した事もあって、素晴らしい医学の宝庫やから研究せないかんということになり、それをまとめた時のね、一番の基本は明代の張景岳※にあるんですわ。張介賓ですわ。
 ※補註:張介賓とも言う。中国・明代の名医で、『景岳全書』や『類経』といった書物を遺した。

 
 松田 『類経』ですね。

 蓮風 うん。それから『景岳全書』とかね。歴史的にはあれを基本にして現政府がまとめたのが現代中医学。ところが、そこの一番根底のところを唯物史観でやっちゃった…現代中国の。だから気というものに対する解釈は、現代中国がやった、言わば中医学の建設事業の中の、大きな問題点ですね。だけど、ひっくり返せばいいんですよ。ちょうどヘーゲルがやった弁証法を…。

 松田 マルクスが継承したように…。

 蓮風 うん、マルクスがひっくり返してやったようにね。もう一回戻してやればいいわけ。だけどね、(現代中国が)あそこまでまとめたというのはね、大変な我々にとってはプラスでしたね。特に北辰会のみんなに、そこそこの教養を身につけさせて、腕を持たすためには、非常に重要なもんになっています。昔は、あるグループに名人が一人おれば良かったんやけどね、(今は)そうはいかんですよ。で、たくさんの患者さん抱えてね、治すには、どれだけの名人であっても一人では限界がある。だから、限りなく名人に近い人達を作るにはどうしたらええかということが、私の心の中にあった。中医学にベースを求めたのはそこなんです。

 松田 なるほど、そうでしたか。

 蓮風 これまでも言ってきたように中医学にも問題点はあると思うんですが全てじゃないけど、とりあえずここまで、現代において、学問をまとめてくれたというのは大きな功績じゃないでしょうか。これからグローバルスタンダードの中での中医学の位置づけは、やっぱり僕は依然として大きいと思います。はい。だから柳谷素霊(故人、素霊鍼灸塾=現・東洋鍼灸専門学校=を創立)が「鍼灸は素晴らしいけど、鍼灸師がそれをやっておらん」と仰ったのは、誠に我が意を得たり。はぁ。鍼灸は悪くないんですよ。鍼灸は最高なんやけど、やってる人間がもうひとつだね。<続く>

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藤本漢祥院で対談する松田博公さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市学園北

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の6回目は、東洋医学のバイブルと言われる『黄帝内経』の“力”のさらなる深みに迫っています。疲労と病気の関係から「性」にも踏み込んで人間の身体についての考察が広がっています。さてさて「玉手箱」を開いて、ご自身の健康について考えるヒントを見つけてくださいね。
(「産経関西」編集担当)

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 松田 先生の所に来ておられる西洋医学のお医者さんは、鍼灸医学は西洋医学とは全く違う別の…。それこそ生命観、人間観が異なり、独自の診断論があり、治療論がある別のシステムなのだということを認識して入ってこられるのですか?

 蓮風 最初はそうではなかった。だけど、けっこう頭のいい人たちが多いので「これは違うな」と思ったらそのまま受け取りますね。むしろ鍼灸師の方が頑固ですわ。自分たちの医学も大切だけど、もっと素直になって患者のためにいかにあるべきかという視点が欠けている。やっぱり医療っていうのは、患者があっての医者。だから生徒があっての学校の先生なんであって、その関係を忘れちゃいけない。我々がやろうとしているのは、より良い医学。それも『黄帝内経』に基づいて、あの大きな大きな知恵を借りながらやっていく。それが我々の仕事かなと思っています。

 松田 先生、今素晴らしいことおっしゃって僕の心にグサってきたんですけど、僕は鍼灸に関わる前に教育記者をやっていたんです。2冊くらい教育関係の本を出しているんです。そこで僕が一貫して言っているのは、生徒がいないと学校が成立しない。生徒がいて初めて教師が成立する、そう考えないから教育がおかしくなっている、ということだったんです。先生は今、同じことおっしゃった。モノの見方というのは、本来、全部一貫しているはずなんです。鍼灸の思想の素晴らしいところは、政治のあり方から社会のあり方、人間関係いかにあるべきか、どう生きるべきか、全部が統合された全体論的な思想、生き方、技術であるってことだと僕は思っています。『黄帝内経』は、そういう意味で、人のトータルな生き方について書かれているから、魅力的なんです。

 蓮風 全くそうですね。やっぱり中国の書店で真ん前に置いてある意味が深いと思うんですよね。医学は医学だけど、本当の意味で人が救われるのはどうすべきか、という事と繋がっているんです、結局。『素問』の「上古天眞論」に「恬淡虚無なれば、真気之に従い、精神内に守り、病いづくんぞ従い来たらん」と書いてある。しかも「上古天眞論」の中には、人がお金持ちでいい生活してて、もそれを羨(うらや)んだらいかんって書いてある。おそらく老子の考えが入っていると思うんだけれども、素晴らしいですね。心を非常に安定させて、肉体と精神の両方の面を整えれば病気なんて入ってこないと言い切っているんですよね。あれはすごいですね。僕の考えでは難病は色々あるけれど、大抵は多くの疲労を抱え、それを放ったらかしにして病気というものが起こる。だからその根底にある疲労というものをある程度解決すれば難病がもっともっと治りやすいという考え方なんです。
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 松田 鬱(うつ)病なんか、典型的ですよね。根底に疲労があるからストレスに耐えられなくて、鬱という状態でしか耐えられない、鬱という状態で耐えようとする。
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 蓮風 この間、学校の先生でね、教育委員会の仕事までやっている患者さんに問診を2時間、弟子にやらせた。そして私が、「あんた柄にもないことしたらいかんな。僕が早く治してあげるから教育委員会なんて辞めて近くのマンションでも借りて生徒集めて塾の先生でもやりなさい」と言ったら、「先生わかりますか?」と。これで治ったわと判断したら、本当に1回でガラっと変わった。あんなに長くかかった鬱病が。だから、その人の心の歪みは歪みだけど何でそういうことが起こったかという事を問診で詳しく聞く。これも中医学の基本なんだけども。もっと踏み込んで精神生活と肉体生活どうなっているかを「北辰会」では詳しく聞く。おまけにこの頃は嫌がられるけども男性カルテまで取っている。勃起の具合であるとか、射精したその精液がどうだとか。

 松田 そういう質問って、最初で答えられます?(笑)。

 蓮風 それがね、年寄りほど答えない。多分あなたも答えないだろう。

 松田 僕は答えますよ(笑)。

 蓮風 若い人は比較的正直に書く。大体50歳を過ぎたら書かない。何で僕がそういうことをやるのかというと、前にも言ったかもしれないが、安藤昌益という江戸時代の漢方医で哲学者が『自然真営道』の中で「男女」と書いて「ヒト」と読んでいる。だからヒトというものは男と女。婦人科で勿論、性の状態を聞く、婦人科じゃなくても女性のバロメーターとして性を聞くんですよ。そうすると男性のバロメーターはやっぱりSEXに関わる事だと私はみた。それからその人の身体の虚実がわかり易くなった。これは中医学もやってないんです。だから今度中国に持って行ってね、これが中医学に足らないんじゃないかって言ってやろうと思う。

 松田 日本よりは重点を置いているみたいですよ。中国人男性には昔からある種の民族的心性があると言われています。複雑な心理の絡みとして去勢コンプレックスがあるそうなんですよ。宮廷で宦官が制度化されていたこととも絡むんでしょう。男性の生殖能力というものに対して中国医学は昔から関心があったので、先生の意見も受け入れられますよ。<続く>

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対談する松田博公さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の5回目です。鍼灸も西洋医学と同じようなグローバルスタンダードを確立できるのか…。今回の話題は一見、患者の側からは関係ないようですが、社会の高齢化などのさまざまな要因にともなって膨張している医療費とも関係してくるテーマです。医療システムのなかに、正式なかたちで広く東洋医学を組み込むことで医療費を低減できる可能性もあるからです。そんな観点からも「玉手箱」を開いてみてくださいね。(「産経関西」編集担当)

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 松田 先生は前から「鍼は(体調を)悪くする事もできるんだ」と、おっしゃっています。だから昔から鍼に副作用がないとか危険性がないとかありえないと言ってますよね。

 蓮風 「鍼は良くなっても悪化させることはできない」と大家が言ってるんですよ。その場で怒ろうと思ったけど怒っても駄目だと思ったんで。

 松田 その方はそういう鍼をやってるということですよね。

 蓮風 そういうこと。そんないい加減な事ではね…。それが学校の先生をやっているんですよ。きょうは、なんか僕の愚痴を言う回になっていますね(笑)。いや、鍼が可哀想なんや、一言で、言ったら。

 では、早速、グローバルスタンダードの問題に行きたいと思いますが。先生は中国の覇権主義というような感じでおっしゃっているけども。

 松田 覇権主義は良くないです。

 蓮風 覇権主義というよりもやっぱり患者のためにある医学でしょ? そうすると西洋医学のまともな医者にかかると、こういうふうに診立てるというのがあるじゃないですか。東洋医学にも国が違っても、東洋医学的にみると、陰か陽か、少なくともね。そういう判断ができなくちゃいけないと思うんですよね。だから覇権主義とかなんとか言うより患者さんのためのスタンダードが東洋医学にもあっていいんじゃないかと私は思うんですがね。

 松田 それにはなんの異論もないです。そうでなくちゃいけないと思います。覇権主義と言っているのは、それを世界に広げようとする政治的テクニックが陰謀的で、例えば学会運営なども民主的じゃなかったり、国際会議で何も議論されてないことがどんどん決まっていってしまうとか、手続きの問題についてなんですね。
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 蓮風 (蓮風さんが代表をつとめる)「北辰会」も広州中医薬大学と学術提携しているんだけども、中医学自体は、ハッキリ言って大まかなところはできているけれどもキチっとしたものができていない。だからその中にいろんな奴がいると思うのですよ。広州中医薬大学っていったら中医薬大学の5大校の一つですよ。日本でいうと旧帝大系ですわ。その連中が非常に(蓮風さんを)尊敬してくれます。この間も50周年記念で大学に呼ばれて向こうで凄く大事な扱いを受けて。私が日本の打鍼(=鍼を刺入せず、皮膚表面に当てて木槌で叩いて刺激する日本古来の鍼法)をやると、あれは素晴らしいと言ってくれましたよ。香港の人たちも言ってくれたしインドネシアの人達もこんなものがあったらなぁって。だからどっちでもいいようなことよりも、僕に言わすと皆で団結して東洋医学をやろうよっていう話で行ったらいい。日本の鍼灸が中医学をもし包括できれば私はそれでもいい。

 松田 今のままでは包括できないでしょうね。
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 蓮風 できないでしょう。大は小を兼ねるけれど、小は大を包むことができない。じゃあ現代中医学はいいかというとこれまた、これだけでは完成品とは言いがたい。だから今度ね、緑書房から7月の末に『体表観察学』=写真=という本を出すんだけれども(対談は5月30日に行われ、本は既刊)、サブタイトルが「日本鍼灸の叡智」。

 松田 どーんと出ましたね(笑)。

 蓮風 それも広州中医薬大学の終身教授(鄧鉄涛氏)、日本でいう漢方医の人間国宝が、推薦の辞を書いてくれた。日本人は手の感覚を使いますが、(目、耳、鼻、言葉、手を使って診察する)「望聞問切」の中の一つなのであって、中医学はそれが抜けている、ずれ落ちている。

 松田 (東洋医学のバイブルともいわれる『黄帝内経』の元になったとされる)『霊枢』にも、触って確認して鍼をしろと明確に書いてありますよね。

 蓮風 だけど同時に日本が逆に論理的でない部分もあるわけで、お互いに弱いところを突いたところで意味がない。私は足らざるは補うべきだと思う。だから互いに中医学は中医学なんだけれど、足りない所は補ってやればいいし、間違っていたら直してやればいい。

 松田 僕も、いずれはそのように相補い合って世界鍼灸が統合されていくであろうと思いたいですね。

 蓮風 そうすると、日本の体表観察なんかあんまり(中国では)やってないから、こういうのがあるから入れておきなさいと言えますよ。なかったら言えないけどね。そういうことを北辰会はよくやっているんですよ。

 松田 単に日本の鍼灸というのはこうですよ、と紹介するのが日本鍼灸学でも何でもなくて、『黄帝内経』からの歴史を踏まえ、系譜上で総合的に現状を語るのが日本鍼灸学です。グローバルスタンダードというときに、今、日本の各流派にグローバルスタンダードはあったほうがいいのかどうなのか、いくら聞いても答えが返ってこない。だから、別の言い方として、あなたの流派で日本鍼灸学を創ってみなさいよと言いたいんです。創れないんですよ。創ろうと思ったらグローバルスタンダードが何なのか考えざるを得ないんです。僕は今の日本でグローバルスタンダードはこれだと言える流派は「北辰会」以外では「漢方鍼医会」。あそこは総合性を意識していると思っています。「東洋はり医学会」から出て、色んな流派の色んな文献を学んで学習会やったりして、総合性への傾向を持っている。小林詔司先生の「積聚会」も、根源に太極という全てを包含する生命論を設定するので、そこから説き起こし、『黄帝内経』を位置づけることで日本鍼灸学を創れると思います。

 蓮風 これを創ることによって世界に通じる東洋医学みたいなものをね、最初はぼんやりしたものだろうけど、徐々にそれを作っていって。西洋医学も素晴らしいけどこっちはこっちで素晴らしいぞと。彼らができないことをやれるぞと言ってやればね、まさしく『黄帝内経』に対して恩に報いることができると思う。<続く>

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松田博公さん(写真右)と藤本蓮風さん(同手前)

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は、鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の4回目をお届けします。鍼灸といえば、マッサージと同じような“慰安”の手段と考えている方は多いようで、そこが正面から病に取り組もうとしている鍼灸師のジレンマにもつながっているようです。一方、それには日本の鍼灸界にも責任があるようで…。今回はそんな話題もまじえておふたりが熱い討論を繰り広げています。(「産経関西」編集担当)

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 松田 (蓮風さんが代表をつとめる「北辰会」が「総合的な日本鍼灸学を作るための準備をしている気がする」と自身が発言したことを受けて)ぜひともそれは、やっていただかないと困るんですよ。誰かが日本鍼灸学を作り出さないといけない。僕が柳谷素霊(故人、素霊鍼灸塾=現・東洋鍼灸専門学校=を創立)を持ち上げていることに、先生は異論がおありになるんではないかなと思うんですけど、僕が柳谷素霊を評価しているのはどういうことかというと…。彼は70年前に、「日本に鍼灸学が存在しないのは鍼灸人の怠慢である」と言い切ってるんです。
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 蓮風 うーん、まったくその通りですね。

 松田 僕はそこにおいて柳谷素霊を評価しているんです。柳谷素霊は、こう言っちゃなんだけど、蓮風先生と似てますよ、志向性において。

 蓮風 ああ、そうですか。

 松田 哲学思考、歴史や伝統への関心、総合的な視野。僕が彼を評価してるのはそこです。

 蓮風 いや、亡霊を呼び起こしてね、何を騒ぐんかなと、思ったんですが…。まぁ似たところがあって、それは非常に深い意味があるということが、分かってきたんですけれども。実は、僕は鍼を持って一番最初に、うちの先代(和風さん)に教わったのは、柳谷素霊の考え方が一番いいんだということです。あの弟子たちはアカンから、あれ読むなと(笑)。先代もまた端的にもの言う男で。僕は21歳で開業したんですけど、柳谷素霊については、その頃から尊敬は申し上げている。ただもう亡くなったね、亡霊ですからな。

 松田 彼はなにしろ52歳で亡くなったでしょう。未完成なんですよね。彼が残した箱の中には、玉手箱みたいに色んな物が、ごちゃごちゃ…。おもちゃ箱ですね。玉手箱じゃない、おもちゃ箱みたいにごちゃごちゃーと入っている、その未完成の可能性っていうか、それがあるような気がするんです。

 蓮風 それはあるでしょうね。私はもう68で、まもなく70歳になりますけどね、未だに血気盛んすぎてね、人に迷惑かけている(笑)。でも、鍼に対しては本当に深い思いがあります。

 松田 いやーもう、鍼を愛しておられますよねぇ。

 蓮風 はい。

 松田 日本鍼灸界に足りないのはその愛ですよ。

 蓮風 そうですかね? まぁ、みんなそれなりには鍼灸をやっているとは思うんだけど、ただ、なんで今この鍼灸がこの世の中に存在せないかんかとかね、そういうことがとても私は気になる。電気治療でも治ることをね、やっとってもダメなんであって、西洋医学がバンザイ(降参)したやつをね、なんとか治らんか、と挑むことに存在意義がある。(東洋医学のバイブルとされる)『黄帝内経』はそういうことまで含めて治ると言ってる。特に、(『黄帝内経』を構成する)『素問』の「陰陽応象大論」のごときは「病を治すにはその本を求む」と書いてある。これは陰陽の問題であって、21歳で『内経』(=『黄帝内経』)を読んだ時に、あー、これは鍼でなんでも治るなと僕は信じました。信じられました。あの文言で。結局、陰陽なんだから、その陰陽を整えるには鍼が一番いいんだという事、分かりましたよ。

 (情熱を持ったのは)それからですね。もともとそんなに鍼に情熱を持っとったわけじゃなくて、今から50年前のね、鍼灸家の姿といったら、ショボショボしたもんですよ。今は、そこそこね、ビルでやったりなんや、形だけは非常に華やかになっておりますがね、あの当時はやっぱり薄暗い感じでしたな。医者はあないして同じ病気治しとんのに、華やかで、なんで鍼灸はこんなに暗いかなと(笑)。

 松田 鍼灸師になるって言ったら、親から勘当されたりね。親族会議開いて反対されたり(笑)。
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 蓮風 そんな時代でしたからね、当時、そんなに漢文は読めたわけじゃないけども、やっぱり『黄帝内経』の文言はドキッときましたよ。陰陽応象大論「病を治すにはその本を求む」。陰陽さえ整ったらなんでも治るんだなと思った時もう嬉しくて。うちの親父はいろんな助言をしてくれたけどね。何よりもその文言が嬉しかった。それからですわ、鍼狂人になっていくのは(笑)。

 松田 やはり皮膚に施術するということの大きな意味があるんでしょうねぇ。
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 蓮風 ありますねぇ。はい。

 松田 皮膚の可能性というか、ブラックボックスで、どういうメカニズムで、どういうように機構が働くのか、部分的にしか分からないけれども、結果から見れば確実に治癒する力が働いて、それが引き出されてるわけですからね。

 蓮風 そうですね。そういうことはもう、ちょっと敏感な先生(鍼灸医)とか、敏感な患者さんはみんな(自分の身体を指し示し)「ああ、ここからこう入って、こう来てこう抜けました」って言いますねぇ。だから、それはもう昔の人もたぶん経験してると思うんですよ。で、まぁブラックボックスと仰ったけど、気とか経絡なんちゅうのはやっぱ、大した発見ですな。まぁね私は、極端に言えば、臓腑経絡もかなり勉強したから、それを乗り越える気の世界はないかなって、見つめたのが実は「上下左右前後の法則」※になっていくわけ。まだもうひとつ見えそうなんです。

※藤本蓮風氏が臨床実践の中から導き出した診断治療の理論。生体の空間的な気の偏在を診て治療していく。詳しくは『鍼灸治療 上下左右前後の法則』(メディカルユーコン刊)参照。

 松田 また!? 次のですか? ほう!

 蓮風 はい。だから、楽しみですなぁ、一言で言ったら。今日の対談は、ちょっと目的通り動かないことが…。これはこれでまた面白いんじゃないですかね。

 松田 先生の所に来られる、西洋医学のお医者さんで、お弟子さんになる方は西洋医学の限界を実感して来られてるわけですよね? 何か自分は西洋医学の小児科医・内科医として上手くやっていて、プラスアルファでもうちょっといいのを足してやろうという、こういうことじゃないでしょ?そしたらほかの流派に行きますよ。わざわざ先生の所に来ないでしょ。

 蓮風 まぁ、縁があるというかね。病気治しに真摯に向き合って、本質を見抜くことのできる人がうちに集まってきていますよ。(患者を総合的に診る)プライマリ・ケアの学会で重要な役割をになっているらしい医師もいます。

 松田 ほう。僕も、今日その話をしなきゃいけないと思って来たんですが、鍼灸こそ本来、プライマリな医学ですよね?

 蓮風 だから、この間も話したけどね、プライマリ・ケアというものは立派な事やと思う。全人的医療だけども、西洋医学が言うプライマリ・ケアっていうのは元々個別に見ていたものをもう一回統一して見ようという試みであって。しかし東洋医学の場合、先ほど先生がおっしゃったように大宇宙も含めて気というものを見ている。だからプライマリ・ケアというならば全宇宙と人間の関係の中から人間を見つめている。だからちょっと違うと思うんですよ。だけどそういうことに気づく医者はいいですよ、まだ。彼らは面白いことに「先生、どうして鍼一本でこれだけ効くのでしょうか?」という。あんた何を言っているんだ。人間の身体は完成品なんだ。完成品だからちょっとした歪みを治すだけで治るんだ。宇宙も完成品だけど我々の身体も古代の中国人は宇宙とみている。だから完成品なんだと。

 松田 まさにそうです。

 蓮風 大宇宙と小宇宙は構造的に同一性を持っている。だから治って当たり前で治らなかったらおかしいんだと言いましたら、ギャフンとしてました。

 松田 ほんとに、古代の中国人は宇宙は未完成なものだ、欠陥があるものだとは考えていなかった。天人地の三層構造も完成された形で人間の身体に映し出されていて、人間の身体も構造が同じなんだから、先生もおっしゃったとおり、完成されているものなんだ。それが何らかの形で欠陥を生じる。気血の乱れあるいは足りないとか多過ぎるとか出てくる。それを調整するのが鍼だ。

 蓮風 だからね、治って当たり前なのであって。それを治すどころか悪化させる輩もいるのは実にけしからん事だと思う。これは後で削ってもらって(笑)。<続く>

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