蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)


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対談する杉本一樹さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市の藤本漢祥院

 伝統鍼灸に基づく臨床研究や後進の育成を行なっている一般社団法人「北辰会」代表で、鍼灸師の藤本蓮風さんが鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。蓮風さんが正倉院事務所長の杉本一樹さんを迎えた対談の6回目です。正倉院の時空を超えたイメージを「タイムカプセル」や「宇宙」と重ねる方は少なくないはず。今回は杉本さんがあらためて正倉院を「生命」と重ねて語ってくださっていて、身体を「宇宙」とも捉える東洋医学の思想との歴史学の共鳴が興味深い内容になっています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 我々素人は、正倉院といえば「校倉造」という言葉を思い浮かべます。湿気の多い雨の時にはちゃんと木が膨張して穴を塞いで、お天気が良くて乾燥してくると木が縮んで窓が開くという、すごい仕組みです。

 杉本 あれもちょっと俗説みたいなところもあってね、非常に面白い話なんですけれど、まぁハッキリ目に見えるように隙間が開いたり閉じたりということはないんです。

 蓮風 ああそうですか。

 杉本 ええ。ただ、全部木でできている建物の中にものが置かれた場合、しかも、あれだけ広い空間になるとですね、木が吸放湿します。木も呼吸してますから。この結果、温度も湿度も変動が、外に比べた場合、中ではずっと緩和されて、格段に良い環境ではあるんですよね。ただまぁ湿度は全体に高め安定ですから、ずっと昔からカビが生えやすいとかそういうのはある。まぁそのための知恵で虫干し、曝涼(ばくりょう)が行われていましたけれど。

 蓮風 なるほど。なるほどね、正倉院自体が木造で、しかも高床式ですね?あれ。

 杉本 そうですね。

 蓮風 高床式で校倉造ということが非常に意味があるんだということですね。

 杉本 まぁ、奈良時代当時では最先端のやり方でしょうね。

 蓮風 あの当時としてはね。

 杉本 礎石の上に建てるというのも、仏教と共に入ってきて、その後主流になる工法です。

 蓮風 非常に合理的で。iPS細胞の話のとき、先生はサラッと、「私は毎日新陳代謝するんで、いつの間にか人間が変わってるかもしれんけど私は居るんだ」という趣旨のことをおっしゃいました。これは非常に興味深いご意見だと思います。西洋医学はどうしてもそういう方向でずっと突き進もうとしていますよね? そういう中にあって東洋医学っていうのは全体として、そして、その全体は単なる個体としての全体じゃなしに大宇宙としての全体としての調和というか、そういうものを目指しております。そういう中で西洋医学と東洋医学がどのようなあり様をしたらいいのか、あるいは医学的にどのような協調ができるのかなど、何か先生のお考えがあればお聞かせ願いたいのですが。

 杉本 お答えが全部、正倉院のお話になってしまいますが…。

 蓮風 そうそう。それでいいんです。

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 杉本 正倉院も西洋医学に相当する科学分析の方を非常に重要視しています。やはり客観的なデータで分かること、正倉院の環境ひとつにしても温度・湿度の環境を絶えず数値化してやっていますしね。そこが大きく狂わないようにという配慮をしています。若い頃は多少過酷な状況に置かれていても大丈夫であっても、人間と同じように暑くなく寒くなくじゃないですけど、超高齢になってきますと、手厚くしないと…。

 蓮風 はい。いい環境の中で。

 杉本 いい環境の中で。気温が急激に上下する環境はやはり品物の“身体(からだ)”にはよくないので、そういう意味で科学的なデータに基づいた保存というのは心がけています。最近、一番進んだところでは、材質の調査にX線を使って解析するとかね、そういう手法がある訳です。その材質が何か、ってのは、やはり一回触っても分からない。見たところ似たような色をしている絵具だけれど、やっぱりこれは材質が違うというようなこと。科学の力を使って見極める訳です。それは、材質が違えば何をすると、そのものに悪いか、それぞれ違うわけで、そういうところは西洋医学の科学分析、検査みたいなものを非常に重視しています。で、重視するのと同時に、一方でそれだけにならないようにする。

 「もの」の立場に身を置く、といいますか、その品物自体がどういう状態で、どうされると本人にとって楽なのか、ということ。それを忘れない限りは、科学分析みたいなものも非常にプラスになる、武器になるということですね。我々は品物の保存と同時に、それを調べて分かったことは、学術的な成果としてどんどん出していく。だけれどやっぱりものから教わったことですから、その「もの」に返してお礼がしたい。「もの自体」のより良い保存に役立つようにって。これを御題目のようにくり返している訳ですけど、医学でもそうなのかなと思います。

 蓮風 ああ、そうですか。

 杉本 つまり先生が治療することを通して分かったことは個別の患者さんに返っていくんだろうなと考えるわけです。そういうような、ちょっとおこがましいですが先生のような立場に身を置いて普段の仕事をしたいなというふうに自分では思っています。また、正倉院の、周りの人にもそう思ってほしいなと思います。

 蓮風 なるほど、分かりました。命というものを大切にしながら、しかし、それをある程度分析できるときには分析したほうがいいと。やっぱりその両面を大事にせにゃいかんのやという、そういうお話だったと思いますが、それでよろしかったでしょうか。

 杉本 まぁ一番当たり障りない結論ではありますが、そういうことをまぁ仕事を通じて時々感じますので。<続く>


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杉本一樹さん=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の5回目です。杉本さんとのお話だけに限らず、「玉手箱」ではこれまでにも人間は“部品”の寄せ集めか?という話題は出ました。今回もまた、その問題に話が及びます。実感として“部品”の集合体が個人の肉体になるという意見を肯定する方はほとんどいらっしゃらないと思いますが、実際の現代医学の現場では、その“部品”だけに着目して治療がなされているように感じるのも確か…。おふたりの対話から、人間を巡る様々な問いの答えを考えるヒントを見つけてくださいね。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 経穴(ツボ)というのは非常に敏感です。だからツボのある部分に鍼を慎重に近付けると反応するけど、適当に、その周辺の複数個所に鍼を刺すと効能が薄れてくる。それがセーフティネットにもなっているので素人にはありがたい面もあるんですよね。

 けれども我々専門家はそうはいかないので、やっぱりプロとしての本格的な認識と技術を持たないかんわけです。私も21歳で開業しましてね、50年近くもかかってちっとは分かるかというと、なかなか奥深い。こちらが鈍感なのかもしらんけど、なかなか難しい世界なんですよね。だから簡単に「鍼で人は死なない」だとか言われるのは私にとっては非常に困る世界なんです。だから若い人たちを育ててもっともっといい部分を引き出して、この医学が世の中に認められたら素晴らしいなと、こう思っているわけなんです。本質としての源流はやっぱり『黄帝内経』。2500年前から起こった漢方医学のバイブルですね。これに則らんことには本当の東洋医学は発揮できないと信じて50年近くやってきたわけですけども、やはりそのとおりですね、今のところ。特に西洋医学が難病だとする病に対する場合にはこの考え方に徹しない限り、うまくいかないですね。

 杉本 先に(「律令」のなかの)「医疾令」の話が出たけれど、ここには奈良時代の医学専門コースの教科書が列挙されています。

 蓮風 あぁそうですか。

 杉本 入学したら、最初に、医生は『本草』、針生は『明堂』『脈決』を読めと。次の段階で『素問』『黄帝鍼経』です。

 蓮風 ああ、もう書いてありますか、『素問』『霊枢』ね。

 杉本 ええ。日本の律令っていうのは実は「医疾令」の部分について言うと、中国の唐の条文をそのまま引き移して…。

 蓮風 スライドしてる訳ですね?

 杉本 ええ、だからそれに相当する実態が先にあって、条文が成立した訳ではないんです。逆にあるべき医療行政体制の姿の基底として、まず持ってきた。だけど(中国で新しい史料が出てきて、日本と中国の)両方を比べることが可能になりました。それによって何を採用して、何を受け入れなかったというのが、ちょっと見えてきたらしいです。たとえば中国の方に「吸い玉」の治療があるけれど、日本ではどうも受け入れなかった。それから日本では内科重視っていうか、そういうような傾向がありそうだとか。これやってるのが歴史学の方からのアプローチ、あるいはもうひとつは薬学の方のアプローチで、鍼灸の専門家からのアプローチってのはたぶんないと思いますので、(蓮風さんの弟子に向かって)みなさん、どなたかこのあたりで論を立てると、オリジナリティのある一言になると思います。
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 蓮風 iPS細胞を作り出すことに成功して山中伸弥教授にノーベル賞が贈られました。これは今の西洋医学を、ある意味で象徴する出来事やと思うんですよ。これが医療に大きな貢献をすることは間違いはないと思うんです。ただその考え方自体は部品を寄せ集めて一つの生命体ができるという考え方が根底にある訳です。確かに、そういう考え方での治療もあるんだけども、一方、我々がやっている東洋医学は、個々の部分は正常なんだけど全体として何か狂っているというアプローチです。この事についてどうですかね?先生。

 杉本 これはもう、もっともな事でね(笑)。別に毎日暮らしてる時に自分が部品の集合体という意識で暮らしてる訳じゃなくて、何となく自分がそこに居て、まぁ細胞レベルで言うと日々置き換わってある程度すれば別人になってるかもしれないけど、何となく相変わらず本人当人で過ごしてますからね。

 蓮風 これに関して、手塚治虫か誰かの漫画がありましたね。医学が発達して、あちこち内臓を全部入れ替えていく。で、やってるうちに段々、段々、脳が傷んだから脳を替えたら全然別の人間になったという話がまぁ非常に象徴的に出てる訳なんですけども。この全体と個の部分の問題、これはやっぱり大きく東洋医学と西洋医学を分ける部分だろうと思うんですけれども、先生はこの点に関してどうお考えですか?

 杉本 そうですね…。哲学的な話ですよね。

 蓮風 いやまぁ元々東洋医学というものは『素問』『霊枢』見ますと哲学的なんですよね。

 杉本 そうですね。

 蓮風 あの、人の病気を治すこと説いてるけれども、人はどう生きないかんとか、大自然とともに大自然の中で生きて行く、大自然に抱かれて生きてるという思想があるように思う。だから四季の移り変わりを物凄く重視するんですね、東洋医学では。だから春には春の身体、夏には夏の身体、脈も舌もそういう風に変化すると考えてる訳です。そういう大自然の動きに協調する、或いは大自然の中に抱かれて生きるという考え方が根本にあるから、西洋医学はそういうことないですよね?

 杉本 はい、そうですね。

 蓮風 ね?そういうことがやっぱり一つは東洋医学を特徴づける部分だろうと思うし、先生が仰るように確かに哲学的と言えば哲学的なんだけど、そういうことはやっぱり大事なことじゃないかなと僕は思うんですけどもね。

 杉本 それはそうですね。あの、周りの環境といえば、ちょっと意味合いは違うとは思うんですけれどね。正倉院のことをずっと考えているうちに、やっぱりあの正倉院っていうのは、ひとつ《場所》っていうのは否定出来ない要因だな、って。

 蓮風 はいはい。

 杉本 結局、今の正倉院という存在も奈良に置かれるべくして始まり、その本来置かれるべき場所にずっとそのままある。その事が非常に大きい意味を持っている。

 蓮風 あぁそうですか。

 杉本 これ、こう根っこから切り離してどっかへ持って行ったとして、それはそれで価値がある、まぁ別の多くの人が見るとかそういう風な意味では、あるのかも知れないけれど、でも切り離すことで失われる価値もあるだろうなと。

 蓮風 大きいでしょうね。

 杉本 宝物、宝物と言ってますけれどもね、中には本当の庶民の使った麻布の服、それがボロボロになったようなもの、みたいなものも…。

 蓮風 入ってる訳ですか?

 杉本 入ってますね。ですからそれ、仮に、正倉院という場所から離れて世間に出てもね…。

 蓮風 あまり意味持たないですよね。正倉院の存在自体がもう東洋医学的なんですね。

 杉本 そういうことは、よく感じますね。<続く>


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藤本蓮風さん=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は、宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の第4回目をお届けします。前回、鍼灸医療に違和感はなかったという杉本さんが今回は歴史研究者ならではの視点で東洋医学の診療についてお話しされます。生命への畏敬あふれる、そのユニークな考え方を知ると正倉院の宝物への見方が変わると思いますよ。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 西洋医学は画像診断とか、血液検査などで症状の原因を探ったり、病状を判断したりするわけですが、我々のほうでは、五感を頼りに生体を探っていくという立場で患者に対峙していきます。先生は、このような感覚的なものを使って診断することにもご興味はお持ちですか。

 杉本 そうですね。非常に共感できる。角度を変えてお話をしますと、私は正倉院に入って勤めて30年で、最近は、管理職みたいな立場で、まぁさすがに現場の仕事とはちょっと距離を置かざるを得ないような状況になってきましたけれど、それ以前は、奈良時代の古文書などの調査をずっとしていました。他に、紙のものだけではなくて、工芸品、あるいは非常に壊れやすい繊維製品、そういうものも含めて、正倉院というのは非常に小さい組織ですから、やはり全部に関わっていかなくてはならない。

 そう思って周りを見渡すと、そこにいるのはみな非常に超高齢の患者さんみたいなものなんですよね。で、そこからまず我々が何をしようかというと、その人にできるだけ長く寿命を保ってもらって、天寿を全うしてもらいたいと思うんです。そのためのいろんな工夫をするというのが、正倉院のひとつの仕事であるわけなんですね。その際ですが、科学的な分析も、もちろんあります。でも、それと同時にやはり主には目を通じてですね、触ると壊れますんで。やむを得ない場合は触るなりなんなりしますが、まず、その品物がどう扱われたいかということを最初に掴まえてやらないといけません。やっぱり受けたくない治療、修理みたいなものは、その品物にとっても気の毒だろうし。

 蓮風 なるほど。先生にとっては、そういう品物というものがひとつの生命体みたいな感じで受けとめられていて、だからそこからどういう風に扱ってほしいか、触ってほしいかということが聞こえてくるということなんですね。

 杉本 いきなり検査で、手荒い検査をすると壊れちゃいますのでね。まず検査して大丈夫かというような気持があって、その前にまずは問診がやっぱりあるわけですよね。まず触らずにじっと眺めて、それからすでに今まで調べられてる過去の、その患者さんのカルテをじっくり読んだりする形で品物に対していく。ある意味でそれが全ての仕事のベースになっているので、自分が患者さんになった時も「それはそうあるべきだろうなぁ」とは納得できるんです。

 蓮風 そうすると先生は今は事務職でおられるわけですけれど、現場はむしろ長いわけですね。

 杉本 そうです。

 蓮風 それ大事ですね。

 杉本 いまでも隙を見て現場に…。(笑)

 蓮風 隙を見て…(笑)。むしろその方が面白いですか。

 杉本 面白いですね。だから五感を通じて、というのは非常に共感できます。

 蓮風 そうですね。

 杉本 専門といっていいのか自信はありませんけれど、紙というものでも、触る、それから見ること、ですね。それでまぁわかることが多いですね。でも、逆に新人が入ってきますでしょ。そうすると触っちゃダメと。まず見るだけ。(笑)

 蓮風 (身体に触れないで診る「望診」「聞診」や身体に触れる「切診」など東洋医学の診察法の)望聞問切をやろうという…。(笑)

 杉本 「見ることの中からどれだけのものを引き出せるの?」ということですね。まぁこれは時と場合でね。これがまた金科玉条で、それオンリーの硬直したものになってしまってはいけない。触って初めてわかることもあるんだけど。

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 蓮風 そうそう。我々の漢方医学、鍼灸の方では、五感でやるんだけれど、まず「望診」といいましてね、見るんですね。それも西洋医学みたいに「視診」という言い方はしない。望むという字を書くんですね。それは遠くからずっと見るんだけど、その本質を見極めようとする…。単に客観的に見るんじゃなしに。そういうところから始まって、「聞診」というのは患者さんの発する音、声、それから臭(にお)いですね。鼻で嗅(か)ぐ、これも聞診に入る。それから「問診」をやりまして、どこがどうやと患者に尋ねて情報を引き出す。そして最後にやるのが「切診」で、先生の仰るように触れてやっとわかる。これは生き物に対して非常に敬意を払ったひとつの姿だと思うんですけどね。そうですか、古代の物を触るのはやっぱりそのように慎重でなければいかんと。そういうことが本当の東洋医学の本質に近いものだろうと思うんですけども。どうですかね、先生は一般の鍼灸師とのお付き合いはありますか?

 杉本 そうですね、鍼もそれほど打ったことがないんですけどね。

 蓮風 そうですか。

 杉本 「耳ツボで痩せる」じゃないけど、体重を落とそうと思って。それは経験あるんですけどね。逆に、鍼灸師じゃないですけども、ウチの家内(中国研究者の杉本雅子・帝塚山学院大教授)の専属マッサージ師をやって。(笑)

 蓮風 先生が??(笑)

 杉本 昔からね、触るとなんとなくツボの感じはわかるんで。

 蓮風 でもそれは非常に大事なことなんで。そうですか、まさしく実践ですね。必要に迫られて(笑)。でもその中で感覚は練られていくわけなんです。戦後まもなくの時代と今と比べるとだいぶ慎重にね、患者さんを扱うようになったし、それから問診とかそういったこともだいぶ進んではおるんですけども、未だにまだまだ知見が浅い専門家、鍼灸師が多いんですね。例えば、これは悪口じゃなしに、鍼灸だけでやりゃいいのにほねつぎと兼用してやる、柔整鍼灸師って私は言うんですけども。こういった人たちが、それなりに2つの顔を持ってやることによって、沢山の人を救うという側面もあるんだろうけども、同時に両方やることによって鍼灸の独自性みたいなものを失っている面が現代にかなり多いと思うんですよ。そういったことに対して我々はある意味では義憤を感じているということがあるわけですが、こういう医療に関して、何かご意見ありますか?そこら辺り。

 杉本 医療に対しては素人ですからね(笑)。せいぜい患者の立場ということになりますが。

 蓮風 その患者の立場で結構ですが。あまりあちこちの鍼灸を知らないということでしょうかね。

 杉本 そういうことですね。鍼を刺すんですからやっぱり失敗したら恐いだろうなとかね。

 蓮風 そうですね、これね、結構プロでもね、いい加減なことを言う人がおるんですわ。「鍼は身体を良くすることはあっても、悪くすることはない」と断言する有名な方もおられるわけですけども、僕はけしからんことやと思うし、実際下手に扱ったら危ないですわやっぱり。それをいくつか経験しておるんですけどもね。

 例えばね、脈を診てしっかり力がある。これを《実》と言うんですけども、そういう人に例えば「内関」という穴があるんですね、手首の内側。ここに刺すと、我々の方では「肝鬱」と言うんですが、あるいは「肝鬱化火」とか、それから「心肝火旺」という証名がつくんですが、それには非常に良く効く。ところが、脈を診て非常に力がない、正気がない。舌を診てもすっと力が入らないという人にここをやるとショックを起こします。こんなところ一本で。決して脳とか胸とか刺さんでもショックを起こさせることはできます。漢方医学、鍼灸医学独自の医学としての原理とか、考え方を無視してやる人達が多いんですよね。今回のこういう話自体もそういう人達に対しても実は違うんだぞという啓蒙の意味もあるんですけども。なかなかね、一遍にいかないですけども。そういうことに対してどうですかね先生。例えば先生が今、奥様を手当てする場合にここを押したら危ないなとか(笑)。

 杉本 たぶん表層の所に留まっているので(笑)。治療に通い始めて最初の頃にね、割と足ツボマッサージなんていうのが好きですから、中国に行ったりすると施術を受ける。それはカミさんがやってくれないので(笑)。だから「併用しても大丈夫ですか?」と蓮風先生に聞いて、そういうお楽しみのマッサージは大丈夫だと…。僕らがやるのは素人のお楽しみレベルでしょうね。<続く>


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宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さん=奈良市・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の第3回目。正倉院という偉大な“タイムカプセル”を媒介にして壮大な物語が続いていますが、今回も時を超えて東大寺大仏開眼の際の華やかな風景を彷彿とさせるような内容です。悠久の歴史を感じてください。記事の末尾に1、2回のお話の中で出た正倉院所蔵の「種々薬帳」に記載されている薬品を藤本漢祥院のスタッフらがまとめた表も掲載しています。

(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 正倉院の宝物のなかでも一番興味があるのが「蘭奢待(らんじゃたい)」なんです。なんでか言うと、やっぱり香木としては、どでかいものが残ってるということ。それから各歴代の為政者がちょっとずつ削ったという伝説があるんでね、少しそういった話を、お聞かせいただくとありがたいですが。

 杉本 香木としても非常に上等らしいですね。よく匂いますしね。我々は毎年その宝物の点検の折にその入れ物の蓋を開けて、異常がないか顔を近づけて見るわけですけど、今でも香ります。

 蓮風 今でも香りますか!? やっぱすごいね。

 杉本 ただ、残念なことに、と言いますか、なぜ正倉院にあれがあるのか、どんな経緯で入ったかがよくわからない。

 蓮風 あ、謎ですか? ほぉー。

 杉本 聖武天皇が亡くなった後で納められた品というのは、ちゃんときちんとしたその品物のリスト、献物帳という目録がありますので、この時に間違いなく入ったんだなとわかるんです。でも、蘭奢待はそのリストの中に入っている品ではないんです。ですから、どこで入ったかなということになりますが、私は個人的には、大仏の開眼会がありましたね、この時ではないかと思っています。

 先に(正倉院に薬が納められた)756年という年号を出しましたけど、それより4年前、西暦752年のことですけれど、東大寺大仏開眼会の時に一大イベントが行われて、その中で、とても珍しい物が国内外、色々な国や地域から運ばれ、大仏様に献じたという記録がありますのでね。まぁ正倉院の場合、長い時代のどこかで、いつの間にか知らないうちにものが出たり入ったりしている、というような体制ではないわけです。やはり厳重な管理の倉ですから、入るなら入るで、しかるべきタイミングというのがどこかになければいけない。そうすると一括りで珍しい珍奇な物ということで、名前は挙がっていないがその中のひとつとして、献上された可能性もあるんじゃないかと。

 蓮風 やはりもともとは香木として使うべしということで入ってきたものでしょうね。

 杉本 そうですね。一義的にはというか、仏様の供養の仕方として花を添えるというものに並んで、香供養、お香を焚いてその香りで供養をするということがあると思います。ただ何々香と名前のつく漢方薬もあるわけで、丁香、丁字の丁香なんていうのも薬の方ですし、香薬というのがひとつの大きいグループとしてあるのではないかなと思っています。

 蓮風 なるほど、一つの世界なんですね。どこからどこまで薬で、どこからは香木とは言えないわけですね。実際、今でも中国に行ったら沈香というのが売られています。沈香のかなり性質のいいのが蘭奢待だと思うんですけれど、まずマッチに火をつけて「嗅いでみろ」とよく出してくるんですけれど。非常に有名な漢方処方の中に沈香が入っております。

 杉本 それは煎じて飲むのですか?

 蓮風 煎じるんです。ただ匂いのいいものはよく効くみたいで、臭いを嗅(か)がすんですね、マッチに火をつけて。そやけど、蘭奢待がいまだに匂うというのはすごいですね。

 杉本 香木というのは火にくべて、香りが上るということですが、蘭奢待はやはり樹脂分が濃いんじゃないでしょうかね。

 蓮風 そうですね。大体、今でいうベトナムとかあの辺りで採れるということを聞いたことがありますが、やはりそういう所から入ってきたんですかね。

 杉本 その方面じゃないかと思います。大仏の開眼会の入場の際にも(ベトナムなどに由来する)林邑楽(という舞踊)が使われたそうですし…。

 蓮風 そういえば雅楽などを見ますとインドネシア辺りのお面みたいなのに近いものが登場するのですけれど、やはりそれと関係あるんですか。

 杉本 南方、南海の要素がだいぶ入っていますね。

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 蓮風 ああそうですか。さて、いよいよ、直接この医学についてのお話を聞かせて頂きたいと思いますが。先生もうちの患者さんであられるわけですが、問診でいろんなこと聞きましたね。あれは何でこんなこと聞くのかとか、なかったですか。

 杉本 いやいや、丁寧に聞いてくださるなとは思いましたが…そうですねぇ…。最初はなんで来たのかもう忘れてしまいましたが。たぶん、くたびれたとかだったと…。

 蓮風 そうですね。くたびれて、手が痛いとかなんとか仰ってたと思うんですよ。だけどまぁ、受けてみてわかると思うんですが、その人の身体を中心にして、様々な環境とか仕事とかが影響して人間の病気をつくると考えるのが我々の医学なんです。まぁ一見、素人の方からすると、なんでこんなことまで聞くんやということはあると思うんですが。先生はそういう違和感はなかったんですか。

 杉本 いや、なかったんですね。

 蓮風 ああそうですか。

 杉本 あの、私は元々ね、ツボだとか、それこそマッサージしてここを押すと内臓のどこに響くとかいうのが好きでね。

 蓮風 ああそうですか。経絡とか。

 杉本 昔はね、『主婦の友』なんていう雑誌の付録にツボの一覧の小冊子があったりしました。ああいうのを一生懸命見て。それでまぁ、やっぱり鍼灸みたいな手法で自分の身体を良くするというつもりでこちらに伺ったわけですから、問診の細かさにしても、当然だなと思うんです。

 蓮風 ああそうですか。でも、考えてみるとああいう経絡なんていうのは、ある意味では神秘的に見えますでしょう…。素人の方には、今の西洋医学で言うところの神経系とかホルモン系とかということで説明するんですけれど、先生はそういうことに関しては、これはこれとしてあるんだとお考えなのですか?

 杉本 もともとそうなんです。

 蓮風 はははっ(笑)。なかなかそういう患者さんは少ないのですが。

 杉本 その意味では、何だかスレていて、あまり面白くない患者かもしれないです。全然反対のことを考えてた人がコロッと傾くのではなくて(笑)。<続く>

《参考》

「正倉院薬物について」
藤本漢祥院・各務祐貴

はじめに

正倉院所蔵の「種々薬帳」に記載されている薬品(現存38品目、亡佚22品目)について、議論がなされた。以下に「蓮風の玉手箱」の付記として、種々薬帳の概要と、薬品の効能をまとめた。効能については、一般社団法人「北辰会」の藤本蓮風代表ならびに特別専門講師・島内薫氏が確認をした。

種々薬帳の品目構成と効能一覧

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※全部表が入らないので別に保存

参考文献
1)神戸中医学研究会『[新装版]中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社、2011
2)鳥越泰義『正倉院薬物の世界 日本の薬の源流を探る』平凡社、2005
3)杉本一樹『正倉院』中公新書、2008
4)渡邊武「正倉院薬物が語ること」『日本東洋医学雑誌』第51巻第4号、2001


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談笑する杉本一樹さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語り現代の医療を考える「蓮風の玉手箱」は宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談をお届けしています。第1回の前回は杉本さんもおっしゃったように「お経を読むみたいに」正倉院に納められた薬の名前が並びましたが、今回も薬の名前から対談が始まります。そこから浮かび上がってくる千年以上も前の「国」の医療制度の輪郭や医学の姿に思いをはせてみてください。医療の進歩について考えるときにまた別の発想が浮かんでくるかもしれません。「鑑真」という名前が出てくるのも興味深いですよ。(「産経関西」編集担当)

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 杉本 まだあります。芒消、蔗糖、紫雪、胡同律、石塩、●皮、新羅羊脂、防葵、雲母粉、密陀僧、戎塩、金石陵、石水氷、内薬。そして最後には、狼毒、冶葛という、これ毒薬みたいなもので、容れもの、置き場所まで別になっている。以上が60種なんです。(●=けものへんに胃)

 蓮風 そうですか。

 杉本 今の残り方を見ますと、やっぱり使いやすい薬とか、人気薬もあるんだなと思います。

 蓮風 はい。

 杉本 逆に不人気だった薬もある。毒性の強いものっていうのは使いこなすのが難しかったと思いますけど。

 蓮風 そうです、そうです。やっぱり名人級でないとね。

  杉本 化石のもの、例えば龍骨とか、そちらの系統の薬は、割に手つかずで残っているんですね。それから巴豆というのは、下剤なんですね。

 蓮風 巴豆。あれなんかも恐い薬として有名ですね。

 杉本 これもやっぱり使いこなし切れなかったのか、大分残っています。逆に、少量の貴重な良い薬っていうのはやっぱり使われたようで、人参も、まぁ残ってるんですけど、よくよく見るとその根っこだとか殻の部分だけだったり…。

 蓮風 多くは、やっぱり大陸から入ってきたものですね?

 杉本 ええ、そうですね。日本で栽培できたものもあるかもしれませんけれど、やっぱり大陸から、由来はそちらということですね。特に、大仏様にセットとして納めるにあたっては、全体の監修者じゃないですけど、鑑真さんが一役買ったんだろうなというふうに私は考えています。目はきかなくなっていたというふうに言われていますけど、それでも鼻で薬を嗅ぎ分けていたということですし。

 蓮風 そうそう、嗅ぎ分けることできますねぇ。利き分ける。

 杉本 本当に名人だったら、舐めてみたらその質の良し悪しもわかるだろうと思います。

 蓮風 そうそう、全くそうですね。こういう中で、ほとんど薬が中心ですが、鍼灸についての記録みたいなものは…?

 杉本 これがあるんです。

 蓮風 ああ、あるんですか!それ、是非教えてください、我々はそれが知りたい。

 杉本 ちょうど今日も持ってきました、これ書名にそのものズバリ『律令』(日本思想大系)というタイトルがついてるんですけど、要するに8世紀、奈良時代は、これが六法全書です。

 蓮風 ほぉ、いわゆる律令ですね。

 杉本 ええ、律と令なんです。この中に色々な部門がありますけれど、医疾令っていうのがあるんですね。要するにこれ医学、それから病気関連ということですけど、中を読んでみますとね、国家の医療制度について定めてあるものなんです。

 蓮風 医療制度はもう既に『律令』の中に入っとったわけですね。

 杉本 入ってます。きちんとそこの中にセットされて、国に憲法があり、民法がありというセットの中で欠かせない一つの部門としてあるわけです。ただ、これは当時としてやむを得ないことですけれど、やはり国を支えるお役人といいますかね、そちらに対する制度であると。一般の人々は地方自治体に相当する、都で言えば京、地方で言えば国というレベルで面倒見るようにということになってますけど。これ、拾い読みしていくだけでおもしろいです。

 蓮風 ああ、そうですか。

 杉本 この中に出てくるのが、今度は医業関連の専門家集団の話ですね。一番が「医」のグループ。「医」という医師があり、「医博士」もあり、それから「医生(いしょう)」、学生もいるということです。二番目が「鍼(しん)」、はりです。そういう位置づけで出てきます。その後に按摩が出てきて、呪禁(じゅごん=おまじない)が出てきて、あとは薬草を管理するという、そういう体制による国の医療システム。

 蓮風 その順序というのは、一つの医学としての序列を示すものなのでしょうか?それともただ並列したものなのでしょうか?

 杉本 そうですね、やっぱり「医」という方を一番上においてあったんだと思いますね。それはね、官位という基準をモノサシとして当てると、はっきり序列で見えますので。まぁ、単なる上というよりは、より包括的なものであるから、ということもあるかもしれません。

 蓮風 なるほど。中国なんですけれども、周の時代の、これもやはり『医疾令』に出てくると思うんですが、「食医」というのを一番上に置いてますね。食べ物で調節するという。それで、「疾医」というのはいわゆる鍼灸とか漢方薬を使って治す者で、「食医」の方が上だというのは学者さんの説なんですけれども。そういうようなものはまだなかったわけなんですね?

 杉本 そこは…。そうですね、令の条文に直接には出てこないですね。

 蓮風 ああ、そうですか。とりあえず鍼灸が出てくるわけですね。で、それはやっぱり実施されとったんでしょうかね?実際に。
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 杉本 まぁ、実施しようとは思っていたと思います。必ずしもその、内実が本当にそれだけのことができて、どの程度機能したかどうかっていうのはちょっと確かめようがないですけれど。

 蓮風 そうですね。

 杉本 でも制度としてね、医のシステムの中に置くんだと。

 蓮風 一応あると。意識されとったわけですね。我々素人が、古い時代の医学についてちょっと興味持つと行き当たるのが『病草紙(やまいのそうし)』という書物です。『病草紙』というのは平安時代の医療状態を鎌倉時代に筆写されたと。その中にはあきらかに鍼でもって血を出したり、ちょっと図が出てきて詞書もあるんですよね。そういうようなものは…?

 杉本 そうですね。眼の治療やら何やら…。

 蓮風 そうそう、血出して。

 杉本 あれ面白いものですから、切れ切れになっていろんなところに行ってますね。

 蓮風 そうそう。そういったものはまだこの時代にはないわけなんですね?

 杉本 ええ、そういう絵で描いて示すことは必要だったはずですが、実物はちょっと残ってないですね。

 蓮風 わかりました。とりあえずその鍼のことについてね、正倉院にそういうのが残ってる…。

 杉本 正倉院の中にというかね、写本の形で『律令』…。

 蓮風 『律令』の中には残ってる。だからその時代の医療には鍼灸があったということですね。

 杉本 はい。まぁ日中古代史にまたがる分野ですがね、中国で天聖令という北宋時代の令が見つかり、そのなかにこの『医疾令』に相当するものが出てきた。日本の律令の手本になった唐の規定が分かってきたのでね、また研究が進んでいくと思います。

 蓮風 ああ、そうですか。まだこれからですね。

 杉本 またあの、機会があったらこれ(医疾令)、お読みになると面白いですよ。えーっとね、一番面白かったのがね、鍼の実習をするのに、名人が施術するところを付き従って傍で見とれと、いうのが書いてあって。ああ、ここ(藤本漢祥院)と一緒だなと。

 蓮風 ほぉー。ちょうど正倉院ができる100年位前に、大体、仏教と共にこの鍼灸医学が入ってきたという風に聞いてるんで、100年でどこまでそれが浸透しとったかなというのが私の興味対象の一つやったんですけども。

 杉本 それでね、やっぱりここでも医術、そういう特殊な技術を持った氏族、世襲のところからそういう幹部クラスの人は取るようにというような規定がありますのでね、やはりそういう、まぁ、医学だけではないかもしれませんけど代々蓄積された知識、それがまた継承されてどんどん厚みを増していくというところ、そこが、この令が日本で成立した8世紀初頭の時点で、特に医術に関してははっきりと重視されてるなと、読み取れるわけですね。

 蓮風 なるほど。まぁしかし、この鍼灸がこういった時代にもちゃんと出ていたというのは嬉しい話で、たぶん皆もまだそこまで知らないと思うんですよ、薬物に関してはね…。

 杉本 それこそ『黄帝内経・素問』、2500年前ですか? そうすると、この中間の折り返し点くらいの所にこの医疾令が来て、そして、今があると。

 蓮風 なるほど、折り返し点と見ることできますか。

 杉本 折り返し点というのはあれかな、ちょっと適切じゃないかもしれませんけど、数字としてはそうなる。<続く>


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