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今回は蓮風さんと小山修三・国立民族学博物館名誉教授の2回目をお届けします。よもやま話のようなやりとりの中に「医療」への深い洞察が…。じっくり読んで「知恵」や「医学」についてみなさんも考えをめぐらせてくださいね。(「産経関西」編集担当)

 小山 体系化しないと生き残らないものがありますよね。学問でも同じで、梅棹(忠夫)先生みたいにグッと理論で引っ張るんで皆がついてきて全体が変わっていく。

  蓮風 (鍼灸)業界の中ではなかなかそうはいかなくて。余程、力がないとね。

 

 小山 でも、地域のカリスマみたいな人が時々いますよね。名医というか。そこをどうしていくかですよね。中心になって理論化してくれる人がいれば、あとはついていけばいい。

 

 蓮風 そのあたりは、我々には『黄帝内経』というバイブルがあって、非常に膨大な内容を持っているのだけれども、医学の原理を説くんですよね。今の医学書みたいに、どこをどうせよじゃなしに、どこに気の歪(ゆが)みがあるか、どこに陰陽の差があるのか、それは飲食起居、つまり食べ物飲み物の間違いなのか、生活の仕方の間違いなのかとか、「上古天真論」という ところで、しきりにそういうことを言いますね。

鍼の鮮烈な記憶
小山修三4

小山 僕は民族学者 なので、アプローチが違うのだけど、最近、四国の少年時代のことを思い出す。えーと、こういう鍼(はり)、今ないの?(管を叩く仕草をして)チョンチョンとやるの。

 

 蓮風 ありますよ。管へ通してね。

 

 小山 そういうので寝小便しないようにチクチクやられたり、お灸されたり、舞台に出る時、ステージフライト(舞台などで、あがること)しないために奇応丸舐めたり、僕は今でもビオフェルミンと正露丸とかのんでますよ。暗い座敷で、お山の婆ちゃんみたいなのが鍼や灸にやってくる、そういう伝統を感じますね、自分の生活の中で。アメリカ人が急にお灸見たり、そういうのじゃなくて。

 

 蓮風 生活の中に身近にあったんですね。今は特別“医療にかかる”という意識があるかもしれないけれど、昔はそれこそ、いいか悪いかは別として、おじいちゃんおばあちゃんがやってくれたり、隣りのおっちゃんが やってくれるとなんか良うなったなぁというのはあったと思うんです。それはそれで医療の形として面白いと思うんです。

 

 小山 僕が一番効いたのは、ここ(手の背側の親指と人差し指の間を指して)、合谷(ごうこく)か、めばちこが出たときに灸をすえるとホントに治った。それはやっぱり「効いた!」「治った!」という鮮烈な記憶でした。

 

 蓮風 生活の中にもちゃんとあったわけや。医療にかかるとか、かからんとかいう以前の問題としてね。

 

 小山 芭蕉は三里に灸をすえながら奥の細道を歩いた、とかね、ははぁとわかるし。なんでやろな、という気もしますけどね。そういうふうに効くもんがあるんでしょうね。

 

 蓮風 僕らのお婆さんあたりが、山に行ってセンブリ採って、これは胃に良いんだとか、お茶みたいなの沸かして飲ませてくれたり。ああいうのが発展したのかなぁ、昔、大阪でね、夏場に冷やし飴っていうの知ってます?

 あれ、大変な知恵ね。子供が夏、暑いと冷たいの欲しがるでしょ。単なる水を与えるのでなしに、飴湯を溶かして冷やして、そこに生姜(しょうが)を入れるんです。冷たい水やから美味しくて生姜の味がして、それでいて飲んだら冷えなくて身体を(生姜で)温める。これはね、すごい知恵だと思うんです。そういう生活に根ざした医療の考え方というか、それはそれで僕は大事なことやと思うんです。

 

 小山 食生活でそういうの感じたのは、オーストラリアではあまり感じなかったけれども、雲南では、学者が調べると、ものすごく苦い植物を好んで採集していること。なんかあるんだな、ってね。

 

 蓮風 大体、昔から苦いものは、苦味健胃薬でね、胃腸に効くんだと。高野山などの「陀羅尼助(ダラニスケ)」もそうでしょうね。ああいうのはやっぱり、あれはあれで大事にしなくちゃいけないと思っているんだけれども、そういう民間薬的な発想と、医学としての発想はちょっと違うんで。
〈続く〉