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 鍼灸師の藤本蓮風さん(藤本漢祥院院長/北辰会代表)と中国を研究している杉本雅子・帝塚山学院大学教授との対談の2回目をお送りします。今回は前回からの流れで伝統文化としての鍼(はり)の話題で始まります。またこれまでとは違った鍼の姿が浮き彫りにされそうですよ。(「産経関西」編集担当)

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花2


 

 





杉本
 先生が片手間によくティッシュペーパーを丸めてそれに墨を付けて芸術的な面白い字を書かれますけど(笑)、それも文化ですからね。毎日、絶対それを見てなくちゃいけないというわけではなくて(笑)、でも先生の鍼(はり)を毎日受けなければならない人もいる…。だからそこが全然違うんですよ。芸術はもう、見てたらいいわけですから。自分でそれが毎日必要かというと、必ずしもそういうわけでもなくて。でも中国医学だけは違うんですよ。本当に実用であって、なおかつ文化であるという、ものすごく珍しい。

 

 蓮風 ここんとこ、大事ですね。

 

 杉本 北辰会の皆さん、ものすごく勉強してらっしゃるので、やっぱりこういう形で中国医学ももう一回、本物にかえっていかないと、と思っているんですよね。日本では鍼を受けられる患者さんの数や鍼を受ける目的というのは統計で出てるんでしょうか?

 

 蓮風 この頃、ぼつぼつ出てきてるみたいですよね。厚生労働省が年間にどのくらいかかっているかとか、西洋医学を正統とすると、正統でない医学がどれだけ使われているか、お金をどのくらいかけているかというデータは出てるみたいです。

 

 杉本 まぁ、西洋医学を正統として、その他は…というのがねぇ。そういう感覚になったのは、いつからですか。明治以降ですか?

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 蓮風 明治以前は完璧な漢方医学ですよ。明治に近づいてくるとだんだん蘭方医学が入ってきて、やがて明治政府によって、世界に出ていかないと取り残されるんだと、下手すると清国のようにやられてしまうんだと。だから西洋の文化を取り入れて改革しようと。そこまでは良かったんだけど、自分たちの持っている伝統文化の良いものを全部捨ててしまって、そこが違うんですよね。

 

 杉本 中国でも「中体西用論」というのがあって。大事なところは中国の思想・文化をもとにして残しておくんだけれども、西洋の使える所は全部使おうという考え方が清の終わり頃にあって、その考えとたぶん同じようなものだったと思うんですけれども。でも中国でも成功しなかったですからね。なかなか難しいですよね。先生が前に、「木に竹を接ぐような」と仰ってましたけれど、ほんとにそんな感じなのでしょうね。

 

 蓮風 日本でもやっぱり、伝統文化であり、実用的でもあるけれども、それより科学的でなければ今後は認められないから、科学という光を当てなければ、鍼灸がなんぼ効いた効いたといってもダメなんじゃないか、という流派があるんです。でもそこが違うんですよね。大体、効いた効かないという話は、むしろホントにダメだったら、三千年も続かないですよ。歴史が証明しているし。そんなことよりも、より純粋に『黄帝内経』みたいなバイブルがあるわけだから、それに則ってね、もう一回昔の世界を取り戻して、しかも現実の患者さん、いま病める人たちを治せなければダメなんですよ。ところが面白いことに、古代の学問をやると、漢文が面白かったり、古代の中国理論が面白かったりして、それに留まる人が多いんですよ。あくまでも「実践のための医学」なのに、そういう極端な人たちが沢山いる。その中にあって、北辰会は伝統文化を大事にしながら、しかも鍼の本質は何だろうと、古典とか原典に学びながら、しかも生きた病める患者さんに試しながら追究するという立場に立っているわけなんですけれども。

 

 杉本 先生の本のタイトルで『鍼灸医学における実践から理論へ』というのがありますが、あれはまさに今のお話のことだと思うんです。科学って言っても、今の科学ですよね。二十年前の科学と今の科学は違いますよね。そんなこと言ったら、ガリレオが地球が回っていると言った時にね、それがどうなのよ。

 

 蓮風 それがね、レッテル貼りですわ。これはキリンビールだよ、というのと同じ。科学的なものなんだよ、というレッテルが欲しいんです…。

 

 杉本 科学は科学で自分の都合のいい所に科学という言葉を使うんですよ。で、効かなくなると、統合医療とか、そういうのもやってみるのも価値がある、というふうに言われる。要するに、科学では治せないところを、逃げてるみたいなところがあって。もっと積極的に良い所を認めたらいいのに、と思いますけれどね。

 

 蓮風 伝統医学の中にもすでに科学があると思うんですよ。なぜかというと、病気治しなんていうのは、まずこれこういう理論で成り立つなと思ったら、まず仮説を立てなくてはいけない。それを鍼1本打って、実験やる。それで効いたか、悪化したかと、その中で検証していく。明らかに仮説→実験→検証という形で、科学のパターンを踏んでいる。ただ、その土台になるものが形を中心とする哲学なのか、形でないものが世の中の本質なのだという世界観の違いがある。科学という点では、私は立派な科学だと思う。だからこのツボをこうしたらこうなるよ、というふうに皆に教えることができるんです。

 

 杉本 要するに西洋医学の科学はミクロ科学なんです。範囲の狭い。東洋思想の中の科学というのはもっとマクロな、天まで宇宙まで引き込んだ科学なんです。自分たちの狭小な科学という概念をもってきて測ろうとするから、理解できないんですよ。そうでなければそんな昔から今まで残らないですよ。自分たちの使っている科学という言葉の定義と相手のものが違うというだけで、認めないんですね。いつかこれが逆転する時がくるかなと思いますけど。所詮、現時点での西洋の科学で解明できることだけが科学だと思う「科学万能主義」なんでしょうね。先生の著書『鍼狂人の独り言』にも書いてありますが、先生が治されている色んな症例がありますよね、あれを西洋の医者たちはどういうふうに説明するんでしょうね。よく言いますよね、「奇跡だ」、とか。

 

 蓮風 いまね、不思議なことに北辰会にはね、ドクターが近づいてくるんです。昔の医者はあんなんじゃなかったんだけれど、本当に治ればいいじゃないかと、科学的証明なんかできなくても事実が大事なんだと言いますね。そういう人たちがだんだん集まってきて、医学生も学びに来ている。

 

 杉本 いいことですね。

 

 蓮風 いいことなんですよ。僕はとにかく事実を見てくれと言う。事実から色んな理論が出てくるから。ひと昔ならね、僕はこの病気をこういう鍼で治してるというと、医者はすぐに説明するんです。「ここの自律神経が刺激して…」と(笑)

 

 杉本 (笑)

 

 蓮風 もう説明はいいじゃないか、僕らがやってる事実を見てくれと思うんですけれど、医者たちは自分たちが持ってる医学で説明しようとするんですね。

 

 杉本 今自分たちで説明できるものだけが科学なんですよね。でももし科学が万能なら治せない病気はないはずだし、奇跡なんて言葉も存在しないはずだし。だからその辺は、西洋医学の人たちも自分たちの限界はわかっている、あるいはわかっている人が北辰会に見に来るのかもしれないですね。私も、自分の周りの人にも鍼、薦めてるんですよね。同僚の赤ちゃんがものすごいアトピーだったらしくて、スーパーで買い物してると大阪のおばちゃんが赤ちゃんの顔をみて絶句するくらいだったというです。それで先生の本『アレルギーは鍼で治す!』を見せたら、試す気になったんです。その人もいろんな所に行ってたみたいなんです、漢方薬もやったり…。でも鍼に行ったらよくなったそうなんですよ。〈続く〉