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「蓮風の玉手箱」は、まだまだ鍼灸師の藤本蓮風さんと杉本雅子・帝塚山学院大学教授の「鍼(はり)談義」が続きます。おふたりの話から、鍼は「まじない」でも「奇跡」でもない古来からの知恵だということを再発見した思いがする方も多いのでは? 今回も、そんな眼からうろこの話題がいくつもありますよ。(「産経関西」編集担当)
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 杉本 この間、虫にさされて腫(は)れ上がってたときにやっていただいた、鑱鍼(ざんしん)。あれって普通にもやるんですか。

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 蓮風 普通には使わない。それこそ(「東洋医学のバイブル」といわれる)『素問』『霊枢』の中の古代九鍼。その中のひとつで、皮膚にある熱を漏らす。だから風邪(かぜ)をひいて発熱性の疾患にも使うし局部的な皮膚の熱にも効くし、いろいろ使います。 

 杉本 ふむふむ。あれ皮膚の軟らかい赤ちゃんなんかはやっぱり無理なんですか。

 蓮風 いや、加減してやればいい。

 杉本 あ、さては先生、私が歳やと思って、おもいっきり(笑)。

 蓮風 それこそあのー、そういう赤ちゃんの場合やったらあの、バターナイフで撫(な)でるだけでいい。

 杉本 あっ、なるほどね。

 蓮風 もう頭柔らかくして、もう古典を読んどったらもう様々なこと言ってるわけですよ。一言で。でそれをね、原典はとにかく応用できるように考えればいいんですよ。僕はそういう古典の読み方してるから。

 杉本 実践から理論ですね。

 蓮風 まぁまぁそうですね。

 杉本 それ結構キーワードだと思いますよ。中国医学を今やっていく上では。

 蓮風 我々、北辰会によって『体表観察学』という本が間もなくできるんですね。あれは中医学(=中国医学)にはないんです、ほとんど。だから(中医学の権威として有名な)鄧鉄涛先生もね、それを知ってるから日本の腹診を取り上げておられるんで、できたらあの辺りをね、穴埋めさしてもらったらね、中医学自体が良くなる。

 杉本 そうですよね。あれ(体表観察)は日本の発祥ということですか。じゃなくて中国にも元々あったけど消えちゃった?

 蓮風 そうそうそう。でそれを日本人ちゅうのは手の感覚がいいから手で触ることを中心に診断学を発展させたっていう。

 杉本 難しかったのかもしれないですね。やっぱり手で触るんやからね。

 蓮風 あーやっぱり難しいですよ。だけどこの間、鄧先生と握手したら…。

 杉本 柔らかい手でねぇ。

 蓮風 いい手ですわ。だからあれはたくさんの人を治したなっちゅう感じしますわ。

 杉本 手技すごかったじゃないですか。ビデオで見た筋無力症の治療手技。こう、こうやってだんだんよせてって。先生が亡くなったら(術が)消えちゃうから、だからそういう治療法を残しておかなきゃいけないっていう、つまり広州中医薬大学の中でそういうプロジェクトを組んで、やってるんですよ。で、治療法を撮ってるんですね。ビデオにね。鄧先生の治療法、なんかこう背中にどんどん波寄せていくみたいに…。

 蓮風 それはね先生、だからそういう鄧先生のあれもすごいんだけど、また民族学の小山修三先生(国立民族学博物館名誉教授、吹田市立博物館長)がね、「お前、手を研究するんやったらこれ見とけ」言うて(オーストラリア先住民の)アボリジニーのね、ヒーラーの手を写真を見せてくれた。それがね、我々と同じような手してる。

 杉本 へぇー。

 蓮風 だからねぇ、あのいろんな理屈とかいろいろあるだろうけど、とにかく人を癒やしてるっていうのはすぐわかる。鄧先生の手に触れた時に、あっ、これはたくさんの人を治したなと、わかりましたねぇ。
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 杉本 なるほどねぇ。

 蓮風 とにかく病気は治してることはわかる。うん。それじゃさっきの話に戻そか。

 杉本 本当にね、でもあんなの(鄧先生の治療)見たことないですよね。びっくりしました。で手当てっていう言葉があるじゃないですか。

 蓮風 そうそうそう。

 杉本 その手当てって言葉は一体何って言ったら、やっぱりこう痛いところを、こどもが転んだ時なんかにお母さんが、なでてさする。それだけで痛いのが治まるっていう。

 蓮風 小さい子供がおる母親が、子供がこけて「痛い痛い」言うたら「どこ!?」ってこう触ってる。あの癒やしこそが原点なんです。

 杉本 うんうん、やっぱりねぇ。
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 蓮風 自分でもこう(手を当てて)やってるけども、母親がもってきたその手っちゅうのは、そういうぬくもりがねぇ、もう医学そのものなんです。

 杉本 うーん。手当てっていう言葉は本当にそういうことですよね。

 蓮風 だからそれを忘れた医学…。だから体表観察学いうのは深い意味があるんですよ。

 杉本 そうですよね。そりゃそうだと思います。

 蓮風 サーモグラフィとか使って温度差で体表観察の一部はわかる。せやけどほら、さっきの話、形にしないとわからん連中ばっかりでほら、こういう風に形にも出るよという手段にはええけどね、あれでもって体表観察の全てじゃない。

 杉本 それだけでやったらね、絶対ダメですよね。

 蓮風 だから人間の感覚いうのはずっと上なんですよ。

 杉本 そうですよねぇ。

 蓮風 だからね、このいい手で触られるとね、もうそれだけで癒やしですわ。

 杉本 うんうん。まぁ手当てって言葉自体が、なんか報酬でもらえるお金みたいになっちゃったから、手当て自体もあんまりわかんなくなっちゃったのかもわかんないですけどねぇ。たぶんね、日本にね、手当てって言葉が入ってきたときはそのまんまちゃんとそういう意味だったと思うんですけどね。ほら、「病は気から」っていう言葉なんかもね、みんなが病は気(気持ち)からって言うけど、私は病は「気」からって言うんです。

 蓮風 なるほど。

 杉本 「病は気から」って言ったらみんな、気の持ちようでしょって。違うよ、病は「気」の流れが乱れるからだよって。どっかの「気」の流れが乱れるから、病になる。だから「気」からなんだよって言うと、みんなが納得してね。オォーって言うんです。なんか日本人が勝手に解釈して、気持ちからになってしまってるけれども、やっぱり本質は

 蓮風 それは気の中の一部なんだけどね。

 杉本 ほんとにそうなんですよ。

 蓮風 この前、僕が杉本先生から中国語のレッスンを受けているとき、中国人が病気治すのは「ティアオティアオ・シェンティ」っておっしゃった。身体を整えるんだという。あれこそが東洋医学。

 杉本 「調調身体(ティアオティアオ・シェンティ)」ですよね。

 蓮風 うん。病気治すんじゃない。あの病治すんじゃない。身体を整えるんだというあの発想こそが『素問』の考え方なんでね。

 杉本 養生とかね、全部そういうことですよね。 いや、私自身ね、先生、昔からね、医者が血液検査すると、白血球が異常に高いとか出るんです。でも原因不明って言うんですよ、医者は。そしてしまいには特異体質ですねって。

 蓮風 あぁいうこと言うねん。

 杉本 私、特異体質かよ。みたいな。エイリアンじゃあるまいしとか思うけど、わからないと特異体質だって言うんですよ。でも特異体質って言ってもなんかやっぱりあるんですよね。でやたらになんか免疫力が強いらしくって、あのー自分で、自然治癒能力みたいなのがある程度高いらしいと。盲腸(虫垂炎)しても3日ぐらいですぐに病院から退院させられるとか、抜糸もしないうちに。赤ちゃん産んだ後も、病院がちょっと混んできたら3日ぐらいで、「すいません、杉本さん一番元気そうなんで退院して下さい」とかって言われてね。うちで子供のへその緒を取らないといけないことになってえらいことだったんですけどね。やっぱりね、身体っていうのは自然に治そうとする力を持ってるはずで、その治そうとする力をどうやって助けてやるかっていうのがたぶん東洋医学だと…。
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 蓮風 だからそれを専門的に言うと「補瀉(ほしゃ)」と言うんです。

 杉本 あーなるほど。

 蓮風 人間の中にある、そのまぁ味方が身体を護ろう護ろうとする。これを正気。正しい気。それを歪めてくる、邪気の邪。これ歪ますっていう意味があるし、あの中に。だから気を歪ます因子を邪気という。そうすると、戦に例えると、戦は勝ち戦もあるけれども、負け戦もある。で勝ち戦の時はその邪気を刈り取っていけばいいけど、負け戦の時はそれでやると相手もやられるけど、自分がやられちゃう。その場合は自分の味方の兵糧を足したり、それから軍を強くする。(足りないものを補う)「補法」です。結局先生がさっきおっしゃった、人間が元々持ってる力をどういう風に引き出すか。それが具体的、専門的に言うと「補瀉」という概念なんだと。
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 杉本 ま、そこが西洋医学とはね、違ってますよね。西洋医学っていうのは診断はある程度一つですよね。「はい、C型肝炎です」でおしまい。この人はこういうタイプのC型肝炎ですとかいうことはないので、そうすると治療法は同じになる。だけれども東洋医学でやると、鍼で治療しようと思うと、そのC型肝炎っていう病名よりは、その人の身体の状態がどうかっていうことを診て、そこに合わせてやっていかなきゃいけない。これ完全にね、オーダーメイド医療なんですよね。

 蓮風 だからそれをね、あの昔の概念で言うと陰陽。

 杉本 ですよね。

 蓮風 陰陽をよく診て、そしてそれに合わせて治療せよと。

 杉本 でまぁ難しいのは結局ね、オーダーメイドの治療なんで、工場生産みたいな西洋医学ではできない。究極のオーダーメイドですからね。ということは、オーダーメイドということは、やっぱり、腕の差が出る。先生いつもいい背広とか着てらっしゃいますけど、仕立てる人の腕がいりますよね。ね。工場生産ならみんな同じですから、どれ着ても同じで、差が出るのは、それは着る人がきれいかどうかってことでね、私みたいな。ハハハ。

 蓮風 ハハハ。

 杉本 それは置いといて。だけども、ほんとにね、オーダーメイドっていうところをね、やっぱり受ける側もね、認識したいと思うんですね。私西洋医学受ける時はいつも、もうこれは工場生産やからみんなどの人にも同じようになるって自分にも言い聞かせる。このごろ日本の漢方で、こんななんていうの、顆粒になってる…

 蓮風 エキス剤?

 杉本 エキス剤。あれもね、あの、だし方がね、西洋医と同じ基準でだしてる気がして、私個人としては、これ本当の東洋医学じゃないよねっていう気がして。東洋医学の材料は使ってるけど、西洋医学の薬として出してるんだよねっていう風に思ってる。っていうのは、みんな体質違うから、本当は中の材料は同じでも配合を変えなきゃいけないはずなのに、みんな同じ配合になってますからね、症状をパターン化して出す。これが東洋医学だって言われると、これもまた困ったなっていう気がしてるんですけど。便利は便利なんですけどね。

 蓮風 まぁ大雑把にやる場合はね、あれで十分なんでしょうが、でも、ただやっぱりデリケートな操作はね、鍼も昔からやっぱりさじ加減。

 杉本 そうですよね。ほんとはさじ加減。さじ加減が大事ですよねぇ。

 蓮風 さじ加減。うん。たぶん鄧先生もそういうところは巧みだろうと思うんですよね、ご本を読んでも。やっぱりあのーある程度のところへくるとやっぱり名人芸的になるんですよ。でその名人芸的いうのが難しいんですよ。

 杉本 うーん。

 蓮風 そら患者さんの側からしたら名人芸でやってほしい。ほな名人になる人言うたかてそんなようけ(そんなに多く)おらへん。そこで北辰会も、もう名人が昔は百人に一人出てくりゃいいって言うたけど、今はねぇ、そういう時代じゃない。百人が百人とも名人芸に近いけども、限りなく近いやつをたくさん輩出せないかん時代やというのが僕の認識。

 杉本 まぁそうですよねぇ。

 蓮風 はいはい。だから難しいんですよ。あんまり一般化しすぎるとさっきのエキス剤なるし。かといってその名人芸だけを追求するとその、そのあたりをたぶん鄧先生があの、徒弟制度が大事だということをおっしゃったんだろうと思いますがね。

 杉本 一人一人を育てていくって感じですものねぇ。〈続く〉