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初回公開日 2011.12.4
「鍼(はり)」の力と可能性を探る「蓮風の玉手箱」は今回から藤本蓮風さん(鍼灸師、北辰会代表)と九州大学大学院医学研究院教授(麻酔・蘇生学分野)の外須美夫さんとの対談が始まります。人の苦しみのひとつである「痛み」と向き合う外さんが鍼に興味を持ったきっかけなどを語ってくださっています。患者の「幸せ」を重視する外さんの考えと東洋医学との出会いは「本来の医療とは何か」という問いの答えになっているかもしれません。(「産経関西」編集担当)
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外須美夫 (ほか・すみお) 九州大学大学院医学研究院麻酔・蘇生学分野教授。 昭和27年、鹿児島県生まれ。九州大学医学部卒業後、同学部手術部助手、米・ウィスコンシン医科大学麻酔科留学、北里大学医学部麻酔科教授など経て現職。著書に『眠りと目醒めの間― 麻酔科医ノ-ト』『痛みの声を聴け―文化や文学のなかの痛みを通して考える』など多数。



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 蓮風 外先生、今日は大変お忙しい中、お越しいただいてありがとうございます。産経新聞大阪本社の情報サイト「産経関西」、もうご存知だと思いますが、そこで蓮風の玉手箱で対談を連載しております。第1回目は民族学者の小山修三先生、第2回は中国学の杉本雅子先生、そしてこの3回目に外須美夫先生と対談させていただいて、我々としては大変嬉しく思っております。

 外 私こそ、誘っていただいて大変感謝しております。力不足かとは思いますが、私も蓮風先生のセミナーや教えを少し学びましたので、何かお役に立つことができればと思っております。

 蓮風 恐れ入ります。まぁ、先生のことやから、おそらく東洋医学とは古くからお付き合いがあったと思うんですけれども、まぁ男と女でいうと、馴れ初めみたいなものがあると思うんですけれどね、あの出会いというかなんかは、いつ頃どのような形でなさったんでしょうか。

 外 以前から興味はあったのですが、私は医学部を卒業して西洋医学にどっぷり浸かって医療をしてきました。特に手術の麻酔はまさに西洋医学の力が大きく発揮される場所です。人の生死に関わる場面で西洋医学を駆使しながら医療をやってきました。ただなんとなく、西洋医学の中にいながらそれがすべてだろうか、という思いはずっと持っていました。麻酔に関しても、歴史を振り返りますと、華岡青洲が世界に先駆けて全身麻酔を成功させております。華岡青洲のことを読んだり、調べたりして興味を持っておりました。200年以上も前のことですが、華岡青洲は自分の患者さんを助けてあげたい、手術を成功させたいという思いで、勉強をして、通仙散(つうせんさん)を自分で調合しました。朝鮮朝顔が主成分です。

 蓮風 そう、曼荼羅華(まんだらげ)。

 外 調合を間違うと怖い薬ですが、困難を極めながらも、やがて全身麻酔を成功させます。華岡青洲の信条に、「内外合一」という言葉があります。内と外を一緒にする。それはたぶん、内科と外科、オランダ医学と東洋医学を合一させながら進めなければならないということだと思います。そして苦難を乗り越えて、全身麻酔を成功させます。西洋ではそれから遅れること40年して、エーテルを吸わせることで全身麻酔を成功させて、一気に世界中に広まっていきました。

 華岡青洲のことも東洋医学に興味を持つひとつの理由でしたが、私は麻酔科で手術の麻酔をしながら、痛みにずっと興味を持っていました。手術の痛みは、麻酔薬を吸わせたり、意識をなくせたりすることで取れますが、ペインクリニックや緩和ケアで長く続く痛みをどう治療したらいいのか、西洋医学だけでいいのか、東洋医学の力はないか、そういう気持ちもずっと持っていました。そういうなかで今回、北辰会のことを、去年のペインクリニック学会で(医師の)藤原昭宏先生との出会いがあって、知ったわけです。

 蓮風 いまの先生のお話を伺っていると、まず麻酔を使っての手術で、日本の偉大な科学者といいますか、西洋と東洋の折衷というか、そういうことから麻酔術を使って乳がんの手術をやった華岡青洲先生に非常に感動なさった、ということですけれども。私どものほうから言いますと、中国の唐の時代に、(中国・後漢時代の伝説的名医の)華陀が、麻沸散(まふつさん)というのを使って全身麻酔をやっているんです。また、「内科と鍼灸でもって治らんやつを、外科術でやるんだ」と。そのことは実は華岡青洲先生もおっしゃっているんです。で、意外かもしれませんが、華岡先生は舌診の専門書を遺しておられます。華岡青洲の口授とされる『舌診要訣』という書物が存在するようです。我々臨床家のほうから言うと、身体の全身の状態がよくわかるんですね、舌1枚で。たとえばショック状態で、もう意識が朦朧としているが、でも意識があるという場合に、脈が触れないんですよ、私が診たのでは。ところが舌出すと、これは助かるか、向こうへ行くかというのがわかるんです。だから、おそらく、華岡先生も舌診を術後の判定に使ったのではないかと。

 外 そうですか。

 蓮風 だからそういう東洋医学の、単なる麻酔とか、外科術ではなしに、総合的に診断学を見事に使っているのではないかと。当時の西洋医学の診断学いうのは、まぁそうたいしたことはないですよね、実際のところ。そうするとまぁ脈診たり舌診たりするのがせいぜいだと思いますが、その中で舌診を使ってられたことに、まず感動しました。それとやはり、彼がやったのは、(江戸時代に広がった蘭方医学の)カスパル流の外科学ですかね、西洋では。それをやってしかも、漢方専用の外科学があるんですよ。たとえば戦で矢が刺さった、引っこ抜いて傷を治す。それから刀傷なども。そういうことを漢方でもやってるんですね。だけれど先生のおっしゃるように、乳がんのような、とんでもない病気を外科術においてやる。内科でも治らない、鍼灸でも治らないものをなんとか治らんか、命を助ける立場から他の方法がないかといったときに、あの人ははっきり、外科が適用になる、そのために麻酔というのが必要なんだ、とおっしゃってたと思うんです。そういうことを外先生もお気づきになってたとのお話を伺うと、もう感動しますね。
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 外 以前、ニクソン大統領が訪中して、鍼麻酔のことが話題になりましたが、その後、脚光を浴びなくなりました。最近、私は100人位の中国人の麻酔科医の前で講演する機会があって、その中で鍼麻酔を実際に臨床で使っている先生はおられますか?と質問したのですが、手を挙げたのは1人だけでした。ただ最近、医学雑誌に心臓手術の麻酔を鍼で電気刺激して行う方法が紹介されていました。西洋の麻酔薬と少量一緒に使いますが、呼吸を残したまま行うという特殊な麻酔法です。左右6所の経穴を電気刺激していました。

 蓮風 それは鍼に電気を通すんですか?

 外 はい。
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 蓮風 麻酔科の先生からすると、西洋の薬、エーテルとかを使うより、安全度は高いですか?

 外 私たちから見ると、麻酔薬を使ったほうが安全ではないかと思います。気道確保を行った方が安全ですし、患者さんにも負担は少ないと思います。ただ、鍼麻酔は医療費が安く済みます。

 蓮風 それは非常に重要な部分でしょうね、特に中国では。

 外 そうですね。しかも術後の経過が良い。集中治療室にいる期間も、入院の期間も短いし、術後の経過も良かったと書かれています。ですから、鍼麻酔もまだ使われているということですね。

 蓮風 鍼麻酔というのは、ある意味で政治的に中国が巧みに使った術なんであって、日本の鍼灸師がまたワッと乗ったんですよ。「我々は麻酔だ」とかなんとか。そんなん、なるわけないんであって。ただ中国がアメリカと外交をやりかけ、日本と外交をやりかけたときの、ひとつのセンセーショナルな出来事をうまく使ったんだろうと思うんです。

 外 そうですね。

 蓮風 麻酔と鍼とはもともと関係ないかというと、「止め鍼」というのがありまして。痛みをなんとかして止める術を研究した学派もあるんですわ。ですからあながち根拠のないことではないんですけれども。あの当時は、テレビで、頭を開いてね、(開いたまま)物を言ったりして、もうびっくりするようなことをやったけれども。ちょっと解剖を学んだ人間にとっては、実は、ここ(頭)を開けても、なんともないんですよね、ものを喋 が、患者さんを幸せにしているかというと必ずしもそうでもありません。

 蓮風 その点に関してね、また、先生に数時間、聞いていただかないといけない臨床事実があるんです。ただ時間がないので、1例だけ。脊柱管狭窄症あるでしょ。

 外 あれも難しい病気です。

 蓮風 それで間歇性跛行(かんけつせいはこう)あるでしょ。ある人がひどい場合はブロック注射するんだけれども、もうひとつ効果がない。それを私がやりましたら、数回で痛みが取れてきた。そのあたりをもしよかったら先生に伝授して、先生が直々にやっていただけたら…。

 外 いや、僕にできますか。

 蓮風 できます、できます。

 外 そうですか?

 蓮風 ほんとにちゃんとやればできると思う。それがまた鍼の魅力なんです。

 外 僕は先生の診療風景を見て、ほんとうに奥深いと思いましたね。北辰会との出会いは、ペインクリニック学会で藤原先生のお話を聞いてからですけれども、その時も「本当に効くのかなぁ」と半信半疑でした。印象的だったのは、「帯状疱疹後神経痛は鍼で治せる」と藤原先生がおっしゃった。私は帯状疱疹後神経痛で自殺された方を知っています。それぐらいつらい痛みです。藤原先生の発表を聞いた後、すぐ藤原先生をつかまえて、「どうしてできるのですか。先生の診療を一回見せてください」とお願いしました。そうしたら「私の診療より、蓮風先生の所へ行かれたらどうでしょう」と紹介していただきました。

 蓮風 それが北辰会との出会いということでしょうね。

 外 そうです。 〈続く〉