「鍼(はり)」の力をさまざまな視点から探る「蓮風の玉手箱」は前回に続いて九州大学大学院医学研究院教授(麻酔・蘇生学分野)の外須美夫さんと藤本蓮風さんとの対談をお届けします。今回は「痛み」が話題にのぼっています。患者さんにとって検査の数値がいくら改善しても楽にならなければ、しょうがない。反対にいくら数値が悪くても楽になるのならば救われる。そんな素朴な考えからおふたりの話は「病」を局所ではなく身体全体の「歪(ひず)み」に広がり、患者本位の医療について考えるヒントを与えてくださっています。対話に出てくる局所を“叩く”という治療からモグラ叩きの際限のなさを思い起こす方もいるかもしれません。(「産経関西」編集担当)
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 蓮風 ペインクリニックということでは、大阪医科大学の故・兵頭(正義)教授、それから鍼を(理学療法の)「良導絡」というかたちでもっていった中谷義雄先生(故人、医学博士)。中谷先生に鍼を教えたのがうちの親父なんです。中谷先生が兵頭教授に話をして、ペインクリニックに使えないかと。当時、京都大学でそういう東洋医学をもうちょっといい方向に持っていけないかと、笹川久吾先生(生理学者、故人)らが集まって、「東洋医学談話会」というのを作った。その中にうちの親父がいれてもらっていろんな話をした。

 外 兵頭先生はペインクリニックの大御所です。

 蓮風  私も大阪医科大学で講演したことがあります。

 外 東洋医学に強く興味を持ったひとつのきっかけはですね。痛みの患者さんをみる中で、石田秀実という人が書いた「気のコスモロジー」という本に出会ったことです。

 蓮風 石田秀実さん、はいはい。
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 外 これはなかなかすごい本だと思いました。身体が発する声というのでしょうか。私たちは脳に心がある、脳がすべてをコントロールしていると思っているけれども、そうではなくて、身体そのものが心というものを表出する。この本や、彼の他の本の中には、鍼のことや経絡のことや、東アジアの身体に関する考え方が書かれています。そんな本との出会いから、私自身も東洋医学の神秘や、現代における意義を感じるようになりました。

これまで西洋医学をずっとやってきましたが、なんでも薬、薬になってしまいます。製薬会社の言いなり、といってはいけませんが、あまりにもお金がかかるし、患者さんの負担も大きい。そういうこともあって、もっと違う世界があるのではないかと思っていました。

 

 蓮風 たしかに西洋医学の医療手段としては薬の位置が大きいですよね。あまりにもね。
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 外 多くの医者は、診断までは考えながらやりますが、それから先、ある診断が下れば、治療薬が並べられて、それで治療することになります。その薬が病気を本質的に治すというよりも、ある悪影響を与える物質の作用を抑えようという目的で薬を使うことになります。医療は進歩しているのは事実で、昔治らなかった病気が治るようになりました。癌(がん)の治療もだいぶ進んでいます。高血圧の治療薬もあります。

しかし、あまりに薬に頼っている世界があります。たとえば、ある物質の作用を抑えようという目的で薬を投与すると、そこだけに効くのではなくて他のところにも影響が出ます。だから全体的に見ると、ある機能を変化させると他の所までに歪みが生じてきます。部分では治療できているようでも、全体からみると歪みはもっと大きくなっている。そういう要素を西洋医学は持っています。

 
 蓮風 先生に一本取られたような感じで、あの、身体の歪みという考え方、局部がどうのというより、全体の歪みという考え方自体が、気の医学につながっていくんですよねぇ。

今日もあるお医者さんと話していたんですけれど、インターフェロンがC型肝炎の治療法だということですけれど、インターフェロン自体が人間の身体の中で生産される物質だと。ところが、人間の身体の中で生産されて動いている限りは、一種の免疫として働くんだけれど、薬として注入した場合には、いい面もあるけれども、先生のおっしゃるように、いらんところまで行って、身体を歪ますという面がある、ということを聞きました。
そこでC型肝炎の患者さんに鍼をしましてね。ほかの方法をなにもやらずに、鍼をしたところ、C型肝炎ウイルスが消えていく現象があるんです。あるいは全く消えなくても、減少する傾向にあるという西洋医学的なデータもあるんですわ。 

 外 不思議ですよね。

 蓮風 だから、もしね、無理なく、人間の身体から出てくるとするならば、いま先生がおっしゃったように、薬剤として投与した場合とは意味が違ってくる。いらん所へ行っていたずらして、歪みを大きくすることはまずない。もし鍼が関与するということになると、大変なことなんですよね。
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 外 そうだと思いますよ。先生の診療現場を見ると、不思議なことが起きていますよね。それは人間にそもそも備わった力というものを鍼が導いているということになります。西洋医学はそういうところを叩こう、叩こうとしている。本来持っている力を叩こうとするところがあります。

 蓮風 結局は、自然治癒力というか、漠とした概念かもしれないが、そういうものが働かないと、実際、人間の身体は治らんのですよね。

 外 そうだと思います。

 蓮風 まさしくもう、なんか、先生に最初から一本取られた感じで。気という医学は、そういうことが根本命題なんですよね。だから局部が治っても、全体がダメになるとまたダメなんだと。そういう発想からいうと、面白い現象があるんです、臨床をやっていると。あの例えば鍼をやっとっていろんな病気を良くしていくわけですけども、患者本人の自覚症状はかなり改善してきているのに、西洋医学のデータでは全然良くなっていないという結果が出ることもあるんですよ。

 外 ほう。

 蓮風 例えば今日来とった、あのおばあちゃん。肺の非常に重い病気。その人なんかはもう西洋医学ではもうまぁ言うたらデータが全然悪い。

 外 肺の機能としては悪いけれども元気なのですか。
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 蓮風 ところが、ちゃんと診たてて鍼を頭へ1本するとねぇ、脈が良くなって。もうどんどん咳がでて痰が出てたのがうんと減ってきとるんです。

 外 はぁ。

 蓮風 だから西洋医学の基準とズレてても実際にある部分でまた改善できているんですよねぇ。

 外 うん。そうだと思いますよ。それはデータには表れない。

 蓮風 はい。逆に言えばデータ中心とする西洋医学から見るとまさしく珍奇な現象で。

 外 うん。そう思いますね。

 蓮風 ところが患者さんは「救われるか救われないか」という点から言うと、先生がさっきおっしゃったように、もうとにかく「痛みとってくれ」と言った場合に、とれればそれは一つの患者さんの救いになりますよねぇ。

 外 まさしくそうだと思いますねぇ。患者さんが何を求めているかということですよね。そこに合致するかどうかが大事だと思います。

 蓮風 このカルテの人は緑膿菌肺炎。

 外 結構重症じゃないですか。

 蓮風 重症ですよ。それでもう本人は死ぬ死ぬ言うからね、「ちょっと待てよ」て。舌診て脈診て、「あんたまだまだそんな簡単に死なんで」て。「残念やったなぁ」という話をするんですがね。で、鍼するとやっぱり良くなる。ところが西洋医学の検査受けるたびにまた肺が白なったとか(炎症反応を表す値の)CRPが上がったとか言われてね、でもそれを十何年やってきて落ち込んでいったんやろうって。せやけど今僕があなたに、別の方法で助かるかもしれないって言ってるんだからいっぺんこっち(東洋医学)の方に向けたらどうやということ言って今がんばって治療には来てるんですがね。

 外 おーそうですか。

 蓮風 はい。

 外 なんて言うのですか、免疫力の低下とかいろんな病気になる基の身体の具合っていうのがあるのでしょうね。そういうところを気で説明できるのかもしれません。

 蓮風 そうですね。

 外 不思議ですね。それも頭に。

 蓮風 (頭のてっぺんにあるツボの)百会に1本。おもしろいです。

 外 その辺がね。

 蓮風 だからまたね、お忙しいだろうけども、時々診療所へ来てこの怪奇現象を見て頂いて。ハハハ。

 外 それが不思議でならないのですね。

 蓮風 先生はそういうところに関心を示されて北辰会で勉強なさる気持ちになったと思うんですけど、でも実際は鍼の勉強はどうなんですかね、先生の…。

 外 実を言うと昔に西洋鍼というか、とにかく背中の圧痛点に鍼を刺す方法をやったことがあります。

 蓮風 はいはいありますねぇ。

 外 そういうトリガーポイントに似たようなことをしたことはあります。

 蓮風 それとまぁ先生の今のお話しから言うと、魅力的なのは癌でどうしょうもない痛みが、(拳をつくると小指の根元にできるしわのあたりにある)「後溪」というツボを使いますとですねぇ、かなり…。

 外 それはどうしてでしょう?

 蓮風 だからこれは東洋医学の五臓論から言うと、五臓には木・火・土・金・水の五臓でそれぞれ各臓に神さんがあるという。「五神」と言うんですがね。で一番それを統轄するのが「心神」ですわ。まぁ西洋医学で言うと脳みたいな働きをするやつがあるということを言っとるわけで。でその心神が最終的には支配するから、痛みに関してもその心神が痛くないと思えば痛くないんです。

 外 ほぉー。
 
 蓮風
 「神主学説」といいます。

 外 ほぉ。

 蓮風
 こういう考え方があるんです。

 外 うんうんうん。

 蓮風 「神主学説」。でそれを思うとこの後溪がなぜ効くかいう説明ができます。それと、これを昔の人もやっとったかもしらんけど、直々にやりだしたのは私なんです。なんでか言うと、私の娘が急性悪性リンパ腫でもうここ(のどの辺り)が痛い痛い言うてもう夜これまたひどかったんですよ。半年かかって亡くなったんですけども、朝・昼・晩と治療しとったんですよ。せやけど、夜になって治療院を出て帰ったら「痛い痛い」と言う。もういろいろやったけど治らんで、最後にこれ(後溪)にやることによって、最初は鍼を捻るからちょっと「響く響く」と言うとったんですけど、やがてスヤスヤ寝だしたんですよ。:「響く」というのは刺鍼部位にズンズンとした刺激感(人によっては軽い痛みに感じる場合もある)を覚えることがあり、これを「鍼の響き」という。

 外 そうですか。

 蓮風 自分の娘だからやってみたんですが、これは凄い事を発見したと。それが「神主学説」概念の応用のあの鎮痛法なんです。

 外 そうなのですか。〈続く〉