薬師寺執事の大谷徹奘さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談をお届けしている「蓮風の玉手箱」は「死」についてのお話が続きます。とはいえ前回とは少し視点が違っています。誰もが一度は「死」について考えたことがあるはず。でも「死」という得体の知れないものに圧倒されて自分が生きていることを忘れていないでしょうか?「そんなことはない」という方が多いでしょうが、実は生きていることを当たり前に思って、忘れていることがあるのではないか…。今回は、そんなことを考えさせてくれる会話となっています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 私は長女を悪性リンパ腫という病で亡くしました。こたえましたな。父母が亡くなったのもこたえたけれども、これは歳がいってから亡くなっておりますのでね…。

 大谷 逆縁だったんですね。

 蓮風 私は最後まで戦いましたよ。あっちこっちが痛いと言いましてね。鍼をやってやると、スヤスヤ眠って。そのおかげで、癌の痛みをある程度取ることが出来るようになった。「形(=器)」が無くなるというのは、特に自分のね、娘が亡くなったのは、それはこたえました。
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 大谷 そうですね。今回、僕、ずっと震災地に入ってまして、4月9日から入ってるんですが、もう30日以上入りました(2011年11月2日現在)。人の死が近かったでしょ。年寄りだけが死んだわけじゃない、子どもも死んだ。そうした時にですね。面白いですよ。衣(ころも)着ていくでしょ。そうするとですね、閉鎖されている所に行って「ご供養しに来ました」と言うと、どこでも入れたんです。

 蓮風 なるほど。

 大谷 師匠(高田好胤・薬師寺第124世管主)亡くした時に、僕、一緒に死のうと思ったんです。師匠好きだったから。昔から薬師寺には言い伝えがあって、優秀なお坊さんは必ずお供をつれていく、と言って、そのお師匠さんが一番愛していた弟子がお供で連れていかれるという勝手な伝えがあって。じゃあ、俺が一番愛されてたことにしようと(笑)。いやほんとにショックでショックで。で、そのショックが原因で、僕は病気になったんです。病気で入院してまして、そのベッドの上で、師匠が死んだことが悲しかったんですけれど、何が悲しいのかな、と思ったんです。そこで人間ってずるいなと思ったのは、逝ってしまった人が、逝ったことが悲しいんじゃなくて、その人から残された自分が悲しいんだと思ったんですね。

 蓮風 うーん。

 大谷 だからお師匠さん、逝っちゃったわけじゃないですか。それで一緒に逝きたいんだけれども、置いていかれたから、僕は、死って、親父が死んだ時もそうだったんですけれども、親父が逝ってしまったことも悲しいけれども、実は親父から置いていかれた自分が悲しいんじゃないかな、って思うようになったんです。残されたことは残されたことで意味があるから言葉悪いかもしれないけれど、先に逝った人の命を、ちゃんと自分の肥やしにして、お釈迦さんがご覧になった生老病死を自分の中で頂いて、そしてそれを自分の中で人の法を説く材料にして、また次の人たちのために、っていうふうに…。

 蓮風 それはとても大事な考えですね。

 大谷 死はものすごく人の肥やしになると僕は思ってるんです。被災地でも、もういっぱいいろんな死を見てきたんですよ。で、その死をいっぱい見て思ったことは、死を見れば見るほどに、強く生きようと思ったんです。

 蓮風 そうですか。

 大谷 いつ自分が死ぬかもしれない。いつ地震が来るかわからない。津波が来るかもしれない。いつ交通事故にあうかもしれない…。だからその刹那刹那を手を抜かずに生きなきゃいけない、っていうふうに極端に思うんです。そうすると、身体の酷使にいっちゃうんです。

 蓮風 そう、そこですね。
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 大谷 以前に、テレビだったか、お人に会ったか、「西洋医学と東洋医学の違いは」っていうのをどなたかから聞いたんですけど、その方が、ドブにボウフラが湧いたら薬を入れて殺す、これが西洋医学。東洋医学はボウフラが湧かないようにドブごときれいにしちゃうんだと、いう話を聞いたときに、ああこれが西洋の刹那主義と、我の教育だと思うんですよね。それに対して東洋の教育って「中今(なかいま)」教育=前回参照=だと思うんです。ですから、そういうのを見たときに、ああ東洋の考え方は実にすばらしいと思いました。ですから先生の本を読んでも、繰り返し治療する、ここ(=蓮風さんが治療している「藤本漢祥院」)に来たら、精神的には諦めないけど、仕事することは諦めて、とりあえず、ゆっくりしていきなさいと、そういう考え方が東洋の考え方かな、と思って。
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 蓮風 そうですね。生命の発露をあまり邪魔しないように、だからブログにも書いているんですけれども、「なにをやっても嬉しいな、楽しいな」と思えるように、いま書いてるブログは、最終的に笑顔になるということが要訣やと書いています。で、あのご存じですかね、ずいぶん古いですけれど、落語家に柳家金語楼という…方がいて非常に名人でした。テケテンテンテン…とお囃子が入って、ひょこひょこで出てきて、ツルツルの頭で、高座へ座る。で、じっとしてる。それだけで皆、笑う。しばらく金吾楼さん見とって、「まだ何にも話しておりませんが」と言うと、またドッと笑う。そういう笑いの名人がね、高野山の金剛峰寺へ行って、向こうの偉い方が「あんた、名人やから、何かひとこと書いてくれ」と墨と紙を出してきた。それで何を書いたかというと「怒りは迷い、笑いは悟り」。彼の笑いの中には、そういう無理のない、そして怒り自体が本来の生命の姿ではないという教えがあったと思いますねぇ。やはり一芸に秀でた方のお話というのはすごい。

 大谷 僕、薬師寺に30年お世話になってるんですけれどね。すっごく穏やかになってきましたね。ものすごく気性が激しかったんですね、もともと。もう負けん気は強いし、もう舞台の上に人がいたら、ぜんぶ落として自分だけひとり残る…みたいな(笑)。そんな性格だったんです。

 蓮風 ほう。

 大谷 今まったくそういうことがない。

 蓮風 それは衰えたのか、それともお悟りですかね。

 大谷 そうではなくて、我を通しても結局ツケしかこないというのを知ったからだと思います。

 蓮風 うーん、なるほどね。

 大谷 35(歳)の時に劇症肝炎やりましてね。

 蓮風 よう助かりましたな。あれ怖い病気ですよ。

 大谷 はい。もうあと3日って言われてましたから。入院したのが看護師さんの隣の部屋でしたもん。だからもういつ容態が変化してもおかしくない。その時にお医者さんがですね、しょっちゅう血採って検査した時に思ったんです。(医師は)「(数値が)50から100までの間はOKです。それよりも越えても低くてもダメですよ」と言ったんですが、人間はやっぱり生き物だからこう暴れる(=数値に揺れ幅がある)んでしょうね。その暴れ幅が小さくなって緩やかになっていって、最後この枠(=検査でいう正常値内)に収まっていく。で、ここですね、幅がないとダメなんです。これ一直線にはならない。感情はこれが出てるんじゃないか、と思うんですね。もう相手によってもコロコロと心が変わってくる。修行は、この揺れ幅をすごくゆったりさせていく。そして可能な限りこの許容範囲の、その命の鼓動の範囲の中に落とし込んでいくことじゃないかなと思うんですね。
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 蓮風 私もね、若い人を教育してるんですけども、まぁいろんなのがおりますなぁ。特にねぇ、私大学の講師もやってるんで行きますけど、ひどいですね。もうなんのために勉強に来とるんか全然わからない。こういう問題は先生どう思ってはりますか。

 大谷 一人一人はいい人ですよ。一人一人はいい人。だけどこの社会がおかしい。あのやっぱり朱に交われば紅くなるで、やっぱり今の日本民族がなぜこうなったかは、やっぱり日本民族の色があるんだと思うんですよ。申し訳ないですけど、戦争時代は戦争時代の色があったと思う。だからそういう国民性になった。戦後には戦後の、バブル期にはバブル期の国民の色があったんです。私達はそれを除いては生きていけないです。その環境の中に生きてる間は。今一番、日本民族に欠けているのは「敬い」だと思います。

 蓮風 そうです。

 大谷 これが日本人の一番悪くなったベースだと思います。「中今」の話で言いますと、やっぱり「我」の教育は「今」が一番賢い、「自分」が一番すばらしいっていう考え方だから他人を敬わないんです。

 蓮風 とんでもない錯覚なのに、錯覚に気づかないんですよなかなか。俺は偉いんだと。せやけどその偉さ自体も今おっしゃるようにですねぇ、先祖からいろんな伝わってきたものや、それから周囲の環境のおかげでなってる。それから自分達に教えてくれた師匠のおかげ。考えたら全部自分であるようで実際はないんですよねぇ。

 大谷 ないんです、ないんです。なにもないんです。

 蓮風 ないですよねぇ。

 大谷 お与え頂いたもの。例えば今日こうやって元気でいるんだってお与え頂いたもんですよね。私よく施設に行くんですけど、そうすると、脳梗塞で手が不自由とか、例えば交通事故で脚が不自由だって人がいると、俺達憐れだろ、みたいな顔する方がいたら僕は言うんですよ。「生きてんじゃん」って。この前の津波、生きたくても生きられなかった方がいる。いいじゃん片手くらいきかなくたって反対の手動くじゃんって。脚がなくなったって車椅子あるじゃんって。今日こうやってここまで来てるじゃない。それを喜ばないで欠けたとこだけガタガタ言ってそんなんおかしいよ。命に対する敬いが足らないよっていつも言います。

 蓮風 まったくそうですね。患者さんの中にも鍼でもって良くなっていっているのに次々と不平不満が出てくる方がいます。「あっちが痛いこっちが痛い」。終いにね、あんまり「あっち痛いこっち痛い」と言うから「それはあの世とこの世がね、引っ張り合いしてるんや。痛いの当たり前や」っちゅうようなことをね、まぁ親父ゆずりの冗談で言うんです。感謝というかね、素直に喜ばないかんのが喜べない人達が多すぎる。それはねぇ、やっぱり病気を作りますよ。患者さんを診る。で、いろいろな苦痛がある。それを取っていくわけですけども、「先生なんでこんだけ鍼が効くの?」って聞かれる。「あんたが生きてるからだよ」って…。「死んで冷たくなったら効かないんだよ」って言います。さっきの話で言うと、生きてること自体がありがたいことだ、という感謝の念がないんですね。だから生きてるということは本当に凄(すご)いことなんだけど、なかなか気づかない。

 大谷 思い通りが〇(まる)で思い通りでないことは×(バツ)だっていうそういう論理だから。最近ですね、子供にゲームやらせるとすごくよくわかるのは、簡単なゲームって子供は1回やったら次やらないんですよ。解けないゲームはしつこくやる。だから僕も人生はゲームみたいなもんだと思ってるから、解けないから面白いっていう風に思った方がいいんじゃないのって。学校で大学受験失敗した人が来るんですね。「落ちました」って。よかったなぁお前。今のお前では入れないっていうことを学校が教えてくれたんだよって。だけど彼は落とした学校が悪いって言いますから。足らない自分が悪いじゃなくて落としたお前が悪いって。これが逆恨み現象。今の無差別殺人は全部この逆恨み現象ですよ。自分は、例えば80点ないと評価されない。だけど60点。だけども評価されたい。そうすると評価しないお前が悪い。こんな社会は無くてもいい。そんな幸せそうにしてる奴はみんな死ねばいいんだっていうのが今の大量の無差別殺人の根本だと僕思います。秋葉原の通り魔殺人事件なんかはもうその典型だと思いますね。

 蓮風 だから自分の命をまず大事にする。自分の命に感謝できない者は他人の命に対しても軽率になりますね。  〈続く〉