薬師寺で執事をつとめる大谷徹奘さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も今回でひとまず最終回となります。「生」「老」「病」「死」などをめぐって、それぞれの立場から率直な考えが示され、宗教と医療の関係への見方が変わった方もいらっしゃるのではないでしょうか。大谷さんの口からは仏教への厳しい言葉も出ています。時代の岐路に立っているといわれる現代社会で、自分が所属する「場所」の在り方を否定するのも大切な試みかもしれません。現状に安住せず、あえて破壊することによって本来、組織や団体が持っていた「力」が再発見される可能性もあるからです。長い歴史を持った東洋医学も現在の医療体制のなかで本領が発揮できているのか、どうかを考えるヒントも与えてくれそうです。(「産経関西」編集担当) 

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 大谷 人間って言うのは、自分は死なないと思っている。自分は病にならないと思っている。で、いつ無常観を感じるかって言ったら、やっぱり死に出会った時です。

 蓮風 そうなんです。
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 大谷 その死に出会った時に、お坊さんが説法するようになった。それが葬儀の時のお坊さんの話だったのに、今は忙しい。火葬場の時間もあるからって、それをやめちゃったから、お坊さん達はもう、死んだ人だけを扱うっていう風に思われるようになってしまったんです。

 蓮風 葬式仏教。

 大谷 はい葬式仏教です。もう死人仏教かもしれません。

 蓮風 生きている人間こそが、非常に大事なんであって、人の命のありがたさ、そういったものに対する、洞察というんかな、この深い理解が今の世にも必要だと思います。だから私は、自分の仕事で鍼を持って、こういう風に捉まえるべきだと弟子や患者さんらに諭しているんです。

 大谷 うん。

 蓮風 それも僕の仕事やと思う。だから、鍼は苦痛を取るから、薬を持っていくのと一緒。でも苦痛を取っただけでいいのでしょうか。

 大谷 違います。

 蓮風 そうですよね。

 大谷 その昔はですね、先生。人間は例えば家族が病気になった、好きな人が病気になった時にですね、手が出せない訳ですよ。医学も発達していないし。だから祈ったんだと思いますけどね。今は違うと思うんですよ。僕は凄く沢山のお医者さんを知っているんですね。それは、なぜかって言うと、自分は医学的なことはできないけども、名医と呼ばれるような人が薬師寺には来るから(病の)悩みのある人には、その医師を紹介するんです。薬の代わりに。

 蓮風 なるほど。

 大谷 僕は自分の子供を誰も坊さんにしようとは思っていないんですね。何故かって言ったら、僕は、その宗教者は一代で、もし息子のうちの誰かが、大人になって坊さんなりたいって言ったら、良い先生につけて勉強させたらいいと思っているんです。やっぱりね、人間は肉親に弱い。

 蓮風 うん。

 大谷 特に、人の前に立って指導しなければならない者が、甘やかされて育つとですね、甘やかしたこと言っちゃう。やっぱり僕らでも、厳しいこと言われて先輩から殴られたからこそ、自分があると思っているんですよ。

 蓮風 うんうん。

 大谷 その時は凄く辛かったけれど…。自分が、育てたいと思うお弟子さんがあれば別に僕は自分のすべてをその人に投げてもいいと思っているんですね。

 蓮風 なるほどね。

 大谷 それこそですね、やっぱり血脈の世界だと思います。
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 蓮風 うちは14代も続いて来て、で、私のおじいさん、「てっぷう」っていうんですけど「鉄」の「風」と書いて、やはりこの名前の通りごっつい人なんですね。で、その息子が私の親父。穏やかな風、「和風」というんですよ。その息子が私(蓮風)です。代々同じことをやって、伝統の部分もあるけどね、僕の代で大きく変えているんですよ。

 大谷 そうですか。
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 蓮風 それは何故かというとね、ウチの親父はどっちかというと名人芸的な鍼を打っておった。それだけど、時代が変わったし、名人芸はその人間ひとりのものじゃないですか。

 大谷 そうですよね。

 蓮風 だけど、今の世の中に東洋医学を広めようと思えば、限りなく名人に近いものをたくさん育てるということが重要になってくる。粗製濫造で終わったらいかんわけやけども、ある程度の能力はある者を、こう出来るだけ名人に近づける、それが大事やと思う。というわけで私は独特の自分の医学を作り上げてきたんです。うちの親父はそれをちゃんと認めましたね。今、おっしゃっていることと、近いことだろうと思います。

 大谷 僕は今、仏教は凄く世間から距離があいてしまったと思っています。お寺には葬式の時しか行かないみたいな。または仏様を観光で見に行く。僕はそれを求めないんですよね。僕は弟子なんか無くてもいいと思っているんですよ。

 蓮風 うん。

 大谷 その代わり、自分の持っている精神性を講演で自分が大事だと思っていることを、どんどん、どんどん伝えていこうと思っているんですよ。それがキッカケで学ぶ人が出たらいいんです。

 蓮風 非常に大事なことだと思いますね。

 大谷 だから、最終的にはですね、坊さんだけが悟っても仕方ないんです。街を歩いている人達を皆幸せにすることが僕の務めであって、特殊な訓練をしたとか、特殊な場所にいたとかっていうんだったらば、それはですね、本当にストイックな人達の集まりでしか無いと思うんですよ。薬師寺でですね、座ってたらね、普通の人より良い生活できますよ。

 蓮風 うん。

 大谷 薬師寺のお坊様というだけで。だけど、僕は全然そんなこと望んでないんですね。

 蓮風 うん。それ、それが先生のいいところなんですよ。それもう手に出てますやん。

 大谷 そうですか。

 蓮風 もうとにかく人を救おうというその手というものがね、やっぱちゃんと出てますね。だから、もう先生の思いの通り。ただお身体を気をつけて頑張って頂きたい。今日はどうもありがとうございました。

 大谷 ありがとうございました。<終>

 

 

次回からは春日大社権宮司の岡本彰夫さんと蓮風さんの対談をお届けします。