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初回公開日 2012.3.10
春日大社は平城京の昔から日本の信仰と文化を伝えてきました。今回から「古都奈良の文化財」として世界遺産にも登録されている、この神社で権宮司をつとめている岡本彰夫さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談をお届けします。岡本さんと鍼(はり)との不思議な出会いから始まり、「目に見えない世界」の話など、初回から深遠な世界が語られています。日本人は「魂」をどのように捉えてきたのか…。風土と身体と精神の関わりについて考える示唆深いお話が始まります。さぁ「玉手箱」からまた新しい「宝物」が出てきましたよ。(「産経関西」編集担当)

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 岡本彰夫(おかもと・あきお) 昭和20年奈良県生まれ。国学院大学文学部神道科卒業後、春日大社へ奉職。権宮司。(現奈良県立大学客員教授) 主な著書に『大和古物漫遊』『大和古物拾遺』『大和古物散策』など。
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  蓮風 岡本先生、今日はお忙しい中、ありがとうございます。(産経新聞大阪本社の情報サイト)「産経関西」で多くの方に東洋医学を理解していただくため啓蒙をしております。鍼も色々あるんですけど、いい鍼にかかれば助かるのに、西洋医学一辺倒というのが普通の、国民の常識なんですが、そういうことは非常にもったいない。古いけど、非常に有効な医療なんで、各界の著名な方に来ていただき、お話させていただいて鍼の力を知ってもらおうコーナーでございます。ひとつよろしくお願いいたします。

 岡本 よろしくお願いします。

 蓮風 先生は春日大社の権宮司さんということで、私は深いご縁があると思うんです よ。私は藤本でしょ。藤原系です。氏神さんは春日大社なんです。

 岡本 そうですね。

 蓮風 だから亡くなった私の親父は生前、春日大社にお参りさせていただき、ご縁があって御祭りでは、競い馬まで奉納させていただいて。

 岡本 えらいご縁がございますね。

 蓮風 だから今日は本当に楽しみにしておったんです。

 岡本 そこで先に先生とのご縁を言うておかなければいけないと思います。うちの次男坊がね、骨折しましてね、学校で、あばらを。それから体調がおかしくなって、学校へ行けなくなったんですわ。で、学校の先生は登校拒否やないかって言うんですけれど、私はそうではないと思いましてね。これは絶対、身体のバランスが狂っとるんやろうと思ったんです。で、初めは西洋医学の医者にずっと診てもらい、で、某医療器具メーカーの秘書部長という方が、「なんでも困ったことがあれば言うてきてくれ」と、とにかく「適切な西洋医学の先生を紹介するさかいに」と言うてね、紹介してもらったんです。で、大阪まで行って入院させて、頭の先から足の先まで診てもらったんやけれども、わからしません。で、私はこれ絶対に西洋医学でカタつかんと、東洋医学でないと絶対あかんと思うてた時にですな、これまた不思議に、神社に岩波新書が届きまして。それは鍼の話やったんです。

 蓮風 そうそうそう『鍼灸の挑戦』(松田博公著)。

 岡本 そうです。それでその本を見てたらね、先生のお名前が出てたんです。これは間違いない、この先生の所へ行けと。これはもう神様のお示しや、御神縁やと思うて家内に言うて、子どもを連れて来さしていただいたところが、お蔭さまで治ったんですわ。

 蓮風 そうでしたねぇ。

 岡本 それから随分ねぇ、困ってる人がおったら、ここへ行けと言うてね。

 蓮風 薬師寺の大谷(徹奘執事)先生も、先生のご紹介で。

 岡本 はい。某病院の医務部長も、長いこと五十肩でね、リハビリやるんやけど手が挙がらないと言うので、「そらあかんわ」言うて、藤本先生の所へ行かせたら、治ったんです(笑)。そんなことでね、私は東洋医学というものには、元々から、大変興味がございましてね。

 蓮風 はい。

 岡本 東洋医学というのは、目に見えない世界があるということがわからないと、理解できない世界やと思うんです。

 蓮風 まさにその通りです。
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 岡本 そやから唯物論の西洋医学ではわからない、裏にもっと深い大きなものがあるので、その背景がわからんといかん、ということを常々思っておりましてね。実は神道のほうに「鎮魂(たましずめ)」というのがございましてね。
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 蓮風 いわゆる普通に言う「鎮魂(ちんこん)」ですか。

 岡本 はい、鎮魂なんですけれどね。普通、西洋で言う鎮魂は、死者の魂を鎮めるという鎮魂なんですが、日本の場合は、「フリタマ」なんです。静かにしている魂を振り動かすという。

 蓮風 ほぅ。

 岡本 実は、健全な肉体には健全な魂が宿る、というのが西洋の考え方と言われてますけど、東洋の方は、精神や霊魂を健全にすれば、肉体が健全になる、という逆の考え方なんですね。「フリタマ」というのはどういうことかと言いますと、魂というのは、「玉之緒」という緒で身体に結びついているというのが、日本の考え方なんです。

 蓮風 玉之緒。

 岡本 はい。百人一首にね、「玉之緒の 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの 弱りもぞする」。これ、恋歌でね。私、これほど恋焦がれて、もうこのまま死んでしまうのいやや、と。いっそ、玉之緒切れてしもうてくれ、というのがこの歌で、だんだん身体が弱ってくいく、という歌です。そうしますと、魂が玉之緒で身体に結びついているということで、魂が切れたら死んでしまうわけです。宮中に鎮魂祭というお祭りがあるんです。天皇様が11月の卯の日に、中の卯の日か下の卯の日か、大体、卯の日に新嘗祭というのがありますけれども…。

 蓮風 ありますね、新嘗祭。

 岡本 これはご存じのように、お米は人間が生きていくために食べるもんやからと神様がおっしゃって天孫降臨の時にお渡しになった。高千穂の峰にそれを持って降りてこられて、それを撒いたというのが日本の稲の発祥ですよね。その感謝を申し上げる新嘗祭というのを11月の卯の日にするんです。で、その日の前日の寅の日に鎮魂祭というのがあるんです。鎮魂祭とはどういうことかと申しますと、「令義解(りょうのぎげ)」という本がのこってるのですが、律令格式いうてね。律は刑法、令は行政法ですが、国家が1年間にするお祭りをちゃんと決めてるんです、日本の場合は。そのまま中国の思想を入れたのとは違って、日本は神様を大事にする国やから、神様のことを先にやろうとしたので、神祇官という役所を置いて、で、法律の中でも神様のお祭りのことを事細かに規定してあるんです。その中に鎮魂祭が出てくるんです。その意味がどういう意味かというのを書いたものに「令義解(りょうのぎげ)」という本があるんです。令の説明をした本。「令集解(りょうのしゅうげ)」と「令義解」の2種類あって、その「令義解」のほうにね、「遊離の運魂を身体の中府に鎮む」という鎮魂祭の但し書きがついているんです。鎮魂祭の注釈です。

 これを見ますと、魂というのは玉之緒でつながっているけれども、方々をうろうろ歩くわけです。これが遊離の運魂ですわ。ところがこれが外に出てたら身体が弱ってくると。それで身体の中府に、真ん中に鎮めるためのお祭りやと書いてあります。この中府というのは、日本語で言うと「なかご」なんです。この「なかご」はどこにあるのか、というと、おそらく丹田にあるんだろうと。丹田に鎮めるんだろうと言われているんですわ。日本にのこっている鎮魂法というのは、ひとつは天皇陛下の鎮魂をするために宮中に残っている鎮魂法があるんです。もうひとつは奈良県の石上(いそのかみ)神宮。石上神宮は物部氏の根拠地なんですが、物部氏が伝承した石上式の鎮魂法というのがのこっておりましてね。この鎮魂法というのは、石上神宮の秘伝なんですが、臍(へそ)から始まって臍に終わるんです。あぐらを組んで、手を回していくんです。こうして(おへその前で円を描きながら)右ふりとか左ふりとか、前ふり後ろふり中ふりとか、振るんですが、それが必ず臍から始まって臍に終わるんです。

 蓮風 これは非常に重要なことですわ。

 岡本 ものすごい大事なことでしょ、先生。

 蓮風 あの、淡路島に、オノコロ島というのがありますね。

 岡本 はい。

 蓮風 あれがどうも人間の臍(へそ)に当たるみたいで。そういうことを書いた本にヒントを得まして、身体が非常に弱りきった人を治療する場合に、お臍の周辺に鍼灸をやるんです。これはもう本当に弱りきった人にはその術を使わないと戻らないんですわ。いまのお話を聞いていますと、玉之緒、中府に鎮むのはどこか、丹田か、とおっしゃった。この話は非常に素晴らしいですね。感動しますね。

 岡本 ああ、そうですか。

 蓮風 だから臍というのは、心―身体―魂をつなぐ部分ではないでしょうか。

 岡本 まさにそうですね。

 蓮風 弱りきった人は、ここ(臍)が冷たくなってきます、我々臨床家から見ると。他の部分は温かいのに、なぜか臍は冷えて、しかも盛り上がってきます。

 岡本 だから臍は大事なんですね。〈続く〉