春日大社権宮司の岡本彰夫さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談をお届けしている「蓮風の玉手箱」。今回は「祈祷」に話題が及びます。医療の源流をたどると、お祈りやお祓いをしていた祖先の姿が見えてくるようです。それが「煙」や先端の尖った道具といった「目に見えるもの」の利用につながってくる。祈りと医術が表裏一体だった時代もあったようです。もしかすると現代の医療に欠けているのは祈りなのかも…。そして祈りと「真心」と言い換えられるのかもしれません。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 西洋医学でよく使う喘息を抑えるエフェドリンがありますね。あれは麻黄(マオウ)という漢方薬から作ってる。ですから元々そこらにあるものをなんとか医療に使えないかというのがあったみたいですね。それが伝説になって、神農さん(=古代中国で医療と農業を教えたという伝説の皇帝)がいる。『神農本草経』という経典があるんですが、神農さんがいろんな薬草を食べて、毒にあたったり、それから身体が良くなったりする。それを記録したって言われてます。そこから医学が始まったという伝説があります。
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 岡本 結局最先端の医学が求めてるものは、やっぱり生薬に帰ってくるさかい。ほんで漢方なんですよね。

 蓮風 そういうことなんです。自然のものをそのまま活かそうという発想は、むしろ現代の方が大事なんです。昔の人は当たり前なんです。ヨモギを止血剤に使ったりね。そういう事が発展したんじゃないですかね。特にお年寄りとか、村の長老のような方はよく知っているというのがあったみたいですねぇ。それと先程お話し頂いた「肉体・身体」と「心・魂」の問題ですね。先生は、日本ではとにかく心が先で、健全な肉体に健全な精神が宿るという西洋とは反対なんだとおっしゃった。

 ところが、我々の漢方医学のバイブルで、『素問』『霊枢』というのがございます。その中には非常に面白いことが書いてある。2500年前の人が言うところの一番古い時代、これを上古と言います。それから中古。それから現代ですね。その上古、一番古い人達は何やっとったか言うたら、お祈りで治してた。ところが、年が経つにつれてだんだん人間には罪業が強くなってそれ(お祈り)だけではいかんので、鍼や漢方を使うようになったいうようなこと書いてあるんです。だから、そういった「祝由(しゅくゆ)」と言うんですけどね、そういうお祈りで治すのが古くから、一番正統なものやったらしい。『素問』の移精変気論篇というところに出て来まして、要するに、昔は、お祈りをして治しとった、ということが書かれています。

 岡本 神社には社務日記言うて毎日記録を綴っています。鎌倉時代から日記つけるんですけどね、その中にね、「祷医効無く」という表現が出てきますねん。御祈祷と医術と両方で手を尽くしたけどもついにダメやったと…。これ大事と違いますかね。

 蓮風 今我々に残ってるのは「薬石に効無く」ですね。「祷医効無く」は神道の言葉ですか。

 

 岡本 いえ、神道の言葉っちゅうか、江戸時代の記録に出てくるんです。いい言葉や思ってね。祈祷と、それから医術と両方でお願いしたけどダメやったっていうね。これ今日の人、忘れてますからねぇ。

 蓮風 そうです、そうです。鍼灸の起源を辿れば、山田慶兒さん。中国学者で、漢方医学もよく勉強してはる山田慶兒さんは、お灸の起源は煙だとおっしゃるんですよねぇ。であのー、民俗学の小山修三先生(国立民族学博物館名誉教授)に言わすと、オーストラリア(先住民の)アボリジニーがどうやって病気治すかいうと、煙で燻すって言うんですよ。

 岡本 あーそうですか。

 蓮風 だから地域は全然違うけど、発想自体はよく似たもんがあって、お灸は煙を出す。煙を出して、いろんなものを祓いながら、身体の病気を治す、という方向に行ったみたいですね。それから鍼はね、これ私の独特の解釈なんですけど、お正月、お宮さんに行ったら破魔矢っちゅうのございますな。矢の先っぽは、弱ったときに入ってくる邪気を祓うんじゃないかと思うんです。源氏物語で、光源氏が弓の弦をパンパンと弾くとこありますね。あれは邪気を祓ってるんです。形は無いけども、実は矢を放ってるんだと僕は思うんですよ。

 岡本 なるほどなぁ。
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 蓮風 先年ね、チベット行きまして、お守りを買って来たんです。その中に鍼の形をしたものが入っとるんですわ。ゼンマイを巻いた様なものも入っている。これ本当はお守りやから開けちゃいかんねやけど、私はこういうのを開けてみるのが好きで。ハハハ。

 岡本 ほほう。

 蓮風 これが鍼の形してるんです。それにこういうもんも入っとるんです。なんかゼンマイみたいな…。

 岡本 はぁ、渦巻き。
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 蓮風 こういうの神道にはございませんか?

 岡本 いや、渦巻きっちゅうのは、しめ縄がそうです。あれ二重螺旋(らせん)構造になってる。それでね、これちょっと話飛ぶけど、昔NHKが世界中の螺旋を特集したことがあるんです。で、神道でも非常に回るっちゅうことが大事でね。でその、オノコロ島そうですやん。イザナギとイザナミの神さんがね、天の御柱(あめのみはしら)の周りを回らはるんです。で、回り方が反対やったんで…。

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 蓮風 そうそうそう。

 岡本 今度逆に回ったっていう。神事でもね、回る神事ってものすごい多いんですわ。でこれとね、NHKはあの時、DNAが二重螺旋構造でしょ。世界中にいろいろな渦巻き形のものがある。せやから古代の人は渦巻きというのに対してね、もっと我々より敏感な感覚をもってたんやないか、という番組でしたけどな。私もちょっと渦巻きが気になっていろいろ見ますとね、神事の中で非常に回る神事っていうのが多い。お百度もそうでしょ。

 蓮風 はぁ、面白いなぁ。

 岡本 せやけど、このお守りは鍼にぴったりですな。

 蓮風 そうそう。そういうことなんです。だから結局ね、何かこう人間を守る為にこう先っちょの鋭いやつが必要なんだという考え方があるんでしょうね。

 岡本 仏教でも「五鈷(ごこ)」とか三鈷「(さんこ)」とかがですしね。

 蓮風 そうですね。

 岡本 あれ武器ですからね。

 蓮風 そうそう。特に真言系の修法で使いますねぇ。

 岡本 そうです。

 蓮風 いやー面白いなぁ。

 岡本 なんぼでも話はあるんです。どうしても目に見えない世界があるということがわからんとね…。〈続く〉