医学ランキング

初回公開日 2012.9.29
松田1-1

鍼灸ジャーナリストの松田博公さん


 「鍼(はり)」の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は、今回から鍼灸ジャーナリストの松田博公(まつだ・ひろきみ)さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談をお届けします。松田さんは1945(昭和20)年、兵庫県生まれで、2005年1月まで共同通信編集委員として医療や女性運動、子ども、宗教などを取材されてきました。在職中に東洋鍼灸専門学校で学んで鍼灸師の資格も取得されています。主な著書に『鍼灸の挑戦』『日本鍼灸へのまなざし』などがあります。

(「産経関西」編集担当)

松田1-3
松田1-2

 蓮風 「蓮風の玉手箱」へようこそいらっしゃいました。ありがとうございます。(関東から)遠い所、来ていただいてほんとに感謝いたしております。いろいろ考え方は違うと思うけれども、鍼灸のことを真剣に考えているという点は一緒だと思うんです。私は臨床家ですので、ひとつずつ治しながら、しかも鍼はこんなものだぞということを、外へ出来るだけ訴えていくために、このような(「蓮風の玉手箱」)試みもしています。まぁ「鍼狂人」ですから、何言うやわからない。狂人ですから(笑)。まぁそこら辺りは許していただいて…。

 じゃあ早速、鍼灸ジャーナリストとして、権威ある鍼灸家、医家との対談をなさっておられますが、その活動の中で日本鍼灸としての共通項を見出されたでしょうか。そもそも日本鍼灸とは何なのでしょうか。中医学とはどこが共通で、何が違うのでしょう。これは主なテーマになると思うんですけれどね。まず好きに喋っていただいて…。

 松田 そんなにたくさんの鍼灸家に会っているわけではないです。蓮風さんとお話しするのは大変苦しいんですよ。なぜかというと、僕が話すことは釈迦に説法みたいなことになっちゃうから…。

 

 蓮風 いやいやそんなことはない。
松田1-4

 松田 喋りにくいんですが、とにかく、いろんな方にお会いして、ある一定の印象はあります。まだまだ分析というより、印象の段階なんですけれど。この間の(月刊鍼灸専門誌)『医道の日本』で、関西医療大学(大阪府)に1年間、留学された金春蘭さんという中医師の方が、日本の鍼灸と中国の鍼灸を比較して、話しておられました。金さんは以前、北京に行ったときにお世話になった方で、知り合いなんですが、彼女曰く、鍼灸というのは「理法方術」だと。これはもう先生よくご存じですが、一般の読者のために言いますと、理論の「理」、方法の「法」、どの穴に処方すべきかという「方」、そして「術」。その「理法方術」のうち、中医学は「理法方」が得意で、日本鍼灸は「術」が得意なんだと言っておられて、なるほどと思ったんです。

 たしかに日本の鍼師を訪ねて歩きますと、鍼の技は非常に繊細です。それに比べて理論の方はシンプルです。手で触って、全体を見て、バランスの失するところに鍼を刺していく。結果としては(気を補ったり出させたりする)補瀉になっているわけでしょう? そういう中で、一貫して日本の鍼灸師が持っておられるのは、日本人特有のある種の生命感覚といいますか、命の状態に対する敏感な感受性といいますか…。突き詰めていきますと、我々が施術するけれど、最終的に鍼が効くか効かないかを決めているのは、患者さん自身の生命力であって、それを自然治癒力と言ってもいい。で、我々は患者さんが治っていく自然治癒力の働きを支援しているのだ、と。そこに我々の技の決め手があるので、その技が下手であれば自然治癒力を助けることができないし、上手くいけば助けることができるというように、自分をちょっと退かせて、患者さんとの関係を語る。

 こういう生命観が日本鍼灸のある種の共通項であると、思想のレベルでは言えるのではないか。で、そのための技としては、強引にぐいぐい患者さんの身体を動かして、自分の望む方向へ持っていく先生はいるんですけれども、どちらかというと繊細な、患者さんの身体の気の動きが流れる方向に沿って、上手く調整していく、補瀉を使って調整していく、というような繊細な技がかなり目立つんじゃないか。そのためにもどこに配穴すべきかを触って確認する、ということが一つの特色になる。

 中医学の場合は、「理法方」に重点を置くために弁証して、陰陽虚実を明確にして、その結果、配穴が決まっていく。まぁ、中医学といっても、いろんな方がおられて、一概には言えないのですけれども、スタンダードな、中医薬大学で教えているような鍼ですと、患者さんの個体の違いをそんなに見ないで、かなりパターン的に配穴して「得気」という、これまたパターン化された手法でやっている。そのようなところが、かなり違っているのではないかなと思います。どうしてそうなるかというと、背景には中国と日本の古代以来の文化の違い、論理的、構造的思考性と感性的、実感的指向性の差異があるのではないか、という気がしているんです。
松田1-5

 蓮風 この話とは必ずしも関わるかどうかわかりませんが、この間も内科小児科でね、ある有名大学出の医者で、今は私の弟子になったと本人が言ってるんですけれど、その人に質問したんです。「今、西洋医学から抗生剤とステロイドを取ったら、どれだけ治せる?」と。そうしたら、賢いからね。「先生、なんとか6割くらい治せるんじゃないですか」と言ったんです。6割治せるということはどういうことかというとね、その医者が、もともと治す力があるから、ちょっとやれば効くんだ、抗生剤とステロイドがなくてもやれますよ、と言ったけれど、ちょっと強弁してるんですよね。西洋医学も、内科、外科いろいろあるけれども、その中で抗生剤とステロイドを取ってしまったら、はっきり言って、諸手を取られたようなもんだと私は認識しているんです。これ現実だと思うんですけれども、賢いからね、6割だと言われた。

 松田 そうですよね。今の、たとえば小児科なら、抗生剤とステロイドを抜くということ自体が考えられないので、この6割というのも…。

松田1-6

 蓮風 この間、医者が名古屋の小児病院というところから患者を送ってきたんですけれど。その送ってきた医者は、もともと学生の頃から天疱瘡という病気で、治らなかったやつを僕が治しちゃった人で。ステロイドやなんやで色々使ってて、確かに急性期は良かったんですが、慢性期に入ると全然ダメで、どうかするとまた悪化する。それを私が鍼一本で治してね。だから私の信者みたいなもんなんです、若いけど。で、自分のネフローゼの小児患者にステロイドから免疫抑制とかいろいろやったけど、ムーンフェイスになって、むくんでしまって全然治らん。「先生どないしたらいい?」と言うから、「連れて来い」と。

※ネフローゼ:大量のタンパク尿と低タンパク血症(あるいは低アルブミン血症)が認められる腎疾患で、高脂血症や浮腫が2次的に発症する。特に、浮腫は、ひどい場合には、尿量が減少し、1日に1キログラムも体重が増えることもあり、胸水や腹水に至ることもある。(『今日の診断指針 第5版』より)

 松田 患者さんを?

 
 蓮風 はい。打鍼用の金の鍼と銀の鍼を当てるだけで、良くなっていった。少なくとも、降圧剤を飲んで、上が110~120、下が90台。

 松田 子どもさんですか?

 蓮風 はい。私がその鍼をやってから、その降圧剤を飲み忘れても、いま、上が80、下が40になった。これ、現実なんです。そして汗がどんどんどんどん出ます。まだ2週間しか経たないのに、余分な水が抜けて、体重が500グラム減った。むくみが治ってきた。ちなみにその子は、3歳くらいです。

 松田 そんなに小さいんですか。

 蓮風 3歳の子がね、2週間以内で500グラム減るというのは大きな意味がある。

 松田 その子、そのまま薬漬けになってたら、やばいですよね…。

 蓮風 だからね、そういう現実を見ると…。ほんとに鍼灸はしっかりせんといかんぞと、あらためて身が引き締まるような思いをしました。

 松田 出来ることはあるんですよね。鍼でしか出来ないことがある。

 蓮風 だからそういう部分を本当にわかってやれば、素晴らしいことになると思う。さっきの話に戻すと、日本鍼灸は「理法方術」と仰った。「弁証論治」という一番のメイン・タイトルがあるんだけれども、いま仰ったのは、「弁証」の部分は希薄であって「論治」の部分は感覚でやっているという、そういうことですよね。

 松田 そうです。

 蓮風 これが日本鍼灸の特徴だと、仰っている。

 松田 現実がそうだということですね。

 蓮風 しかしながら、いま我々が(東洋医学のバイブルといわれる)『素問・霊枢』を見たときに、そういう感覚的な部分を非常に重視はしているけれども、同時に、理論がよく出来ていますね…。もう(先生は)『内経』(=『素問・霊枢』をもとにしたと言われる医学書『黄帝内経』)の専門家やから、どっちかいうと。我々以上に『内経』をよく読んでらっしゃる。

 松田 そんなことないですよ。僕は感覚で大づかみに読んでいるだけですよ。

 蓮風 いやいや。僕も感覚ですよ。臨床家だから。漢文がよく読めるわけじゃない。ただ(『中国医学の起源』などの著書があり東アジア科学史を研究している京都大学名誉教授の)山田慶児さんが、試しにちょっと僕の書いた本を見て、「読めてますよ」と仰ったんで。まぁまんざらじゃないなと(笑)。

 松田 いやぁ、あの怖い先生がねぇ。厳しい方で、滅多に人を褒めないんだそうですよ。<続く>


医学ランキング