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藤本漢祥院で対談する松田博公さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市学園北

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の6回目は、東洋医学のバイブルと言われる『黄帝内経』の“力”のさらなる深みに迫っています。疲労と病気の関係から「性」にも踏み込んで人間の身体についての考察が広がっています。さてさて「玉手箱」を開いて、ご自身の健康について考えるヒントを見つけてくださいね。
(「産経関西」編集担当)

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 松田 先生の所に来ておられる西洋医学のお医者さんは、鍼灸医学は西洋医学とは全く違う別の…。それこそ生命観、人間観が異なり、独自の診断論があり、治療論がある別のシステムなのだということを認識して入ってこられるのですか?

 蓮風 最初はそうではなかった。だけど、けっこう頭のいい人たちが多いので「これは違うな」と思ったらそのまま受け取りますね。むしろ鍼灸師の方が頑固ですわ。自分たちの医学も大切だけど、もっと素直になって患者のためにいかにあるべきかという視点が欠けている。やっぱり医療っていうのは、患者があっての医者。だから生徒があっての学校の先生なんであって、その関係を忘れちゃいけない。我々がやろうとしているのは、より良い医学。それも『黄帝内経』に基づいて、あの大きな大きな知恵を借りながらやっていく。それが我々の仕事かなと思っています。

 松田 先生、今素晴らしいことおっしゃって僕の心にグサってきたんですけど、僕は鍼灸に関わる前に教育記者をやっていたんです。2冊くらい教育関係の本を出しているんです。そこで僕が一貫して言っているのは、生徒がいないと学校が成立しない。生徒がいて初めて教師が成立する、そう考えないから教育がおかしくなっている、ということだったんです。先生は今、同じことおっしゃった。モノの見方というのは、本来、全部一貫しているはずなんです。鍼灸の思想の素晴らしいところは、政治のあり方から社会のあり方、人間関係いかにあるべきか、どう生きるべきか、全部が統合された全体論的な思想、生き方、技術であるってことだと僕は思っています。『黄帝内経』は、そういう意味で、人のトータルな生き方について書かれているから、魅力的なんです。

 蓮風 全くそうですね。やっぱり中国の書店で真ん前に置いてある意味が深いと思うんですよね。医学は医学だけど、本当の意味で人が救われるのはどうすべきか、という事と繋がっているんです、結局。『素問』の「上古天眞論」に「恬淡虚無なれば、真気之に従い、精神内に守り、病いづくんぞ従い来たらん」と書いてある。しかも「上古天眞論」の中には、人がお金持ちでいい生活してて、もそれを羨(うらや)んだらいかんって書いてある。おそらく老子の考えが入っていると思うんだけれども、素晴らしいですね。心を非常に安定させて、肉体と精神の両方の面を整えれば病気なんて入ってこないと言い切っているんですよね。あれはすごいですね。僕の考えでは難病は色々あるけれど、大抵は多くの疲労を抱え、それを放ったらかしにして病気というものが起こる。だからその根底にある疲労というものをある程度解決すれば難病がもっともっと治りやすいという考え方なんです。
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 松田 鬱(うつ)病なんか、典型的ですよね。根底に疲労があるからストレスに耐えられなくて、鬱という状態でしか耐えられない、鬱という状態で耐えようとする。
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 蓮風 この間、学校の先生でね、教育委員会の仕事までやっている患者さんに問診を2時間、弟子にやらせた。そして私が、「あんた柄にもないことしたらいかんな。僕が早く治してあげるから教育委員会なんて辞めて近くのマンションでも借りて生徒集めて塾の先生でもやりなさい」と言ったら、「先生わかりますか?」と。これで治ったわと判断したら、本当に1回でガラっと変わった。あんなに長くかかった鬱病が。だから、その人の心の歪みは歪みだけど何でそういうことが起こったかという事を問診で詳しく聞く。これも中医学の基本なんだけども。もっと踏み込んで精神生活と肉体生活どうなっているかを「北辰会」では詳しく聞く。おまけにこの頃は嫌がられるけども男性カルテまで取っている。勃起の具合であるとか、射精したその精液がどうだとか。

 松田 そういう質問って、最初で答えられます?(笑)。

 蓮風 それがね、年寄りほど答えない。多分あなたも答えないだろう。

 松田 僕は答えますよ(笑)。

 蓮風 若い人は比較的正直に書く。大体50歳を過ぎたら書かない。何で僕がそういうことをやるのかというと、前にも言ったかもしれないが、安藤昌益という江戸時代の漢方医で哲学者が『自然真営道』の中で「男女」と書いて「ヒト」と読んでいる。だからヒトというものは男と女。婦人科で勿論、性の状態を聞く、婦人科じゃなくても女性のバロメーターとして性を聞くんですよ。そうすると男性のバロメーターはやっぱりSEXに関わる事だと私はみた。それからその人の身体の虚実がわかり易くなった。これは中医学もやってないんです。だから今度中国に持って行ってね、これが中医学に足らないんじゃないかって言ってやろうと思う。

 松田 日本よりは重点を置いているみたいですよ。中国人男性には昔からある種の民族的心性があると言われています。複雑な心理の絡みとして去勢コンプレックスがあるそうなんですよ。宮廷で宦官が制度化されていたこととも絡むんでしょう。男性の生殖能力というものに対して中国医学は昔から関心があったので、先生の意見も受け入れられますよ。<続く>