医学ランキング

ひこ10-1

藤本蓮風さん

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」でお届けしている児童文学作家、ひこ・田中さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も終盤に近づいてきました。10回目の今回のテーマは「近代医学の功罪」とでも言えばいいでしょうか。それは日本の近代化の功罪にもつながるようです。何かを得れば何かを失う、光があれば陰がある…。それが道理ですが、合理性や効率化を追求する場合、プラス面ばかりを見がち。マイナス面への想像力も大切なようです。とはいえ臆病になりすぎてはいけないのは当然ですが…。(「産経関西」編集担当)

ひこ10-2
ひこ10-3
ひこ10-4

 蓮風 近代医学について、よく言われることですが、日本に西洋医学をもたらしたドイツ系の人々は、かなりキリスト教の影響を受けていたようですね。ところが、日本の医学部で講義されるのは、そういう宗教的なものを背景にしていないらしい。まぁ、それがいいかどうか、わからんけども、少なくとも西洋医学には西洋医学なりの宗教性、哲学があるわけであって、そういうものを明確にしないままに来ているために、統合医療やプライマリ・ケアのように「人間とは何か」ということに、もう一回、目を向けないと答えが出てこなくなってきたんですね。そういうことで、東洋医学の在り方とだいぶ違うわけですよ、やっぱり。(ひこ・田中)先生は「どっちでもええ」って言うけどな。「それを分ける必要もない」と仰るんだけど、これはハッキリ分けないかんと私は思う。もう一度反論しますが…。

 田中 日本は明治から西洋化するわけです。教育、医学もそうですけど、西洋のあらゆるシステムを取り入れていって、廃仏毀釈もし、城も潰して、自国の文化を、すべてとは言わないですが、否定するか、横に置くことによって、急速な近代化を果たして来たわけですね、日本っていうのは…。

 蓮風 そうですね。

 田中 自国文化にこだわらなかったお陰で、植民地にならなかったともいえるかもしれませんね。

 蓮風 そうそう。あの辺りがね、私は坂本龍馬とかが考えた、下手すると西洋列強にやられるから、西洋列強に伍するほどの力を持ちたいという…富国強兵ですよね。そこまでは正しいと思うんや。医学に関しては、どっちかというと軍人医学です。軍人医学というのは切ったり貼ったり、それから伝染病を予防することに力点が置かれている。そういう意味では東洋医学より優先されてきた。だけど、徳川幕府以前の医療はみんな東洋医学をやってきたわけですよ。その実績全部消したという点がね、この医療文化としても大きな間違いがあったと思うんですよ。だけど、ある程度それをやったから、先生が仰るように、植民地にされずに生き延びたことも事実です。

ひこ10-5

 田中 それが正しかったかどうかはとりあえず横に置くとしまして、藤本先生が仰った西洋の医学の背景に宗教があるということを私は存じ上げなかったんです。なるほどな、と思ったのは結局、西洋の近代化を日本は急速に推し進めるわけですけども、西洋の場合はなぜ近代社会が生まれてきたかというと、中世があったからです。中世なしには近代というシステムは生まれてないわけですよ。で、中世は王権と宗教が支配するシステムです。

 宗教がハッキリと生活に根ざしていて、それがひとつの支えとなっていた。そういうものを前提として、背景に持った上で、近代というものを作っていくわけです。宗教と科学の関係は実は色濃いものです。たとえばニュートン力学は、神をその座から追い落とし近代科学の扉を開いたというイメージがありますが、実はニュートンは神によって創られた世界がいかに美しい秩序によって成り立っているかを示したくて研究をしていたのですね。ケプラーは元々プロテスタントの聖職者であったりもします。近代科学はそうした土台の中から生まれてきました。そして、そのように宗教が色濃く日常に存在する世界だからこそ、科学は魂から離脱したし、離脱してもやっていけたのです。魂は、宗教の内にありますので。だから今でも常に宗教というのは大きな意味を西洋では持っていますよね。

 なんぼ近代医学や近代文明が発達しようと、ちゃんと日曜礼拝も行くし、良くも悪くも、未だにアメリカだったら進化論を認めない州があったり、色んなことがありますよね。ところが日本の場合は、そのシステムと知識だけを持ってきました。だって、日本には西洋のような中世はなかったわけですから。江戸時代までを切り離して西洋近代だけを受けとめたことが、やっぱり医学の問題も含めて、非常に無理があったことは、これは確かだと思うんですね。

 蓮風 そうですね。

 田中 これは教育もそうなんですけども、日本の明治の時に西洋から色んなものを入れてくるのですが、本当は西洋でも違うわけですよ。近代の西洋といっても大きく分ければ、ヨーロッパ文化とイギリス文化です。

 蓮風 そうですか。
ひこ10-6

 田中 ヨーロッパの中ではその頃一番進展していたのはドイツですよね。で、イギリスは産業革命もあって一番発展していた。

 蓮風 そうですね。

 田中 その時に、どっちのシステムを採用するかを明治政府は考えるわけです。で、結局、学校教育システムの基本はドイツ式を採用して、で実際小学校1年の教則本というのは、ドイツの1年が使っていた本で、それはグリム童話なんですよ。

 蓮風 はぁ。

 田中 だから日本の明治の子供は、グリム童話で西洋文化を知ったわけですよ。

 蓮風 うん。

 田中 もう一つは先生が仰った医学です。一方、鉄道とか軍事とか政治システムの方はイギリス式を採用したんです。JRの線路の幅はイギリスで一般的に使われている幅です。だから、そういう歪(いびつ)な近代を日本は持っている。だからといって単純に、じゃあ江戸に戻るんか、中世に戻るんか、奈良時代に戻るんか、というとこれはやっぱり、何度も言いますけど、無理は無理なんです。で、近代医学の方は、仰ったように、西洋の近代医学の人だったら、もしかしたら「魂」という答えが出せるかもしれないですけども、日本の人が出せないというのはそういう意味も、おそらくあると思います。

 蓮風 うん。

 田中 そうした場合、じゃあそれはあかん、という風に切り捨ててええのかというと、やっぱりそうではなくて、藤本先生が色々と活躍されているように、東洋医学が持っている自然全体を捉える形での治療とか考え方、これは別に宗教とかかわりなくても存在できる魂の問題ですよね。

 蓮風 そうです、そうです。

 田中 そういうものが、どっちが主とか従ではなくて、上手く融合、もしくは連携を取りながら、治療というものが(治療だけに狭める必要は全くないと思いますが)行われていけば、とても素敵な展開をするんじゃないかなぁと私は思っているんですね。それは逆に西洋に行って、西洋の近代医学の方に、鍼灸を含めた東洋医学を持っていくよりも、違う展開をする可能性は確かにあるとは思いますね。

<続く>