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初回公開日2013/2/16

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川口洋・帝塚山大学教授(写真右)と、鍼灸師の藤本蓮風さん
=奈良市の藤本漢祥院

 お花見の季節がやってきました。自然が失われているとはいえ、人間と四季のうつろいが織りなす習慣はなかなか変わらないものです。社会が自然と文明が融合した姿の一つだということを実感します。では文明を築いた人間は自然そのものなのか、自然と対立する存在なのか…。今回の「蓮風の玉手箱」はそんな問いに思いを巡らせるときのヒントになるかもしれません。では、歴史地理学者の川口洋・帝塚山大学教授と、鍼灸師の藤本蓮風さんの対話をお楽しみください。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 鍼や灸は単純に見えますが、これが病に効果があるのは、なぜだと思いますか?

 川口 なぜかは、私にはわかりません。(藤本漢祥院の)待合室では様々な患者さんがいらっしゃいますね。身体の不調じゃなくて、精神を病んだ方もみえているのではないでしょうか。

 蓮風 それはかなり多いですよ。

 川口 私は通院するまで、鍼灸の治療は痛みを取るものと思っていました。しかし、待合室で様々な病気の患者さんを見ていて、病の種類を問わず癒やしておられるのだと気づきました。私は長く通院しているので、どんな患者さんがみえるのかわかりますが、通院の経験がない方は、わからないでしょう。それが残念です。

 蓮風 たとえばですね、認知症は(高齢化に伴って)増えてきています。昔は“老人呆け”とか“痴呆”とか言ったけど、症状としては、ある種の“呆け”ですね。これは西洋医学ではある種のタンパク質が脳の神経細胞に蓄積し、神経細胞が破壊されて脳が萎縮してしまうんだ、と言うんです。アルツハイマー型とかいうんだけど、それがあまりなくても起こる場合もあるし、そういったものはやっぱり気の歪みという考え方からするとですね、ある部分は確かにかなり改善します。

 内科小児科の先生で京都大学を出ている医師が毎週研修に来られて「何でこんなに鍼が効くと思う?」と聞くと、「効くという事実を私は目で見た。しかし何でだろうなぁ」と言うので、「先生、人間の身体は完成品ですよ、未完成じゃないんだ」と説明しました。ところがね、よく考えてみると、西洋医学は未完成だと根底には考えている。何でかというと要らない物が出来たら取ってしまえ、足らないものがあったら足せという。「機械論」ですよね。東洋医学はそうではなく、「元々は完成品なんだから、完成品が未完成になることはない、完成品のままだ」ということになるんです。完成品のままで何かの状況の中で病気を起こす。東洋医学では病気は気という存在が歪んで起こってくると考えているわけです。

 ですから人間の身体が良く出来ているから鍼は効くということになる。極端に言うと、それを推し進めると、今度は鍼灸が効かなくなったら何をやっても効かんぞと…。そういう世界に私は気づいているわけです。ほんのちょっとした皮膚の接触によってですね、治るという現実もある。それはやっぱり生命というのは非常に完成しているからじゃないかなと私は思うわけなんです。だからどんな病気でも鍼の反応が悪くなったらダメなんですね。この間も癌(がん)でギリギリまできていたケースがありました。

 胃癌で(手術で)開いたけどどうしようもないから塞いで。それでぼつぼつ治療しとったんやけど、亡くなる前日まで来て脈やなんやを診て「これは明日来ない方がいいよ。もちろん本人が来たかったら来てもいいけども、多分しんどくて来れないだろう」と予言したら、その通りになりました。完成品の気の歪みの信号を読み取る事が出来れば、脈とか舌でそれがわかるわけなんですね。それくらい人間の身体っていうのは良く出来ているんだというのが私の考え方なんですがね。どうですか?この完成品だという考え方。

 川口 私は患者として来ていますので(笑)。

 蓮風 思ったとおりそのままの感想で結構です。

 川口 先生から「緊張しすぎ、もっとリラックスして」とご注意いただきます。緊張が続くと、お尻に現れたり、肩に現れたり、時によって、現れる症状は違うようです。不調の原因は、簡単には分からないでしょうが、自分で原因を考えるきっかけになります。先生にお目にかかると普段の私の生活態度が全部透視されているような気になります。
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 蓮風 元々は灸は煙が立ちますね。中国学というか、中国古代の考え方を研究している、京都大学名誉教授の山田慶兒という先生がいらっしゃいます。その先生は煙を出すというのは、燻(いぶ)すことなんだ。あらゆる邪気を払い除ける為にあるんだということを本の中に幾つか書いておられるわけですね。

 鍼は何かと言うと、春日大社権宮司の岡本彰夫先生とお話ししたんですけども、破魔矢というのがありますね、先が尖っていて魔を破る。そのことは源氏物語の中で光源氏が時々邪気というか、変なもんがあったら弓の弦を引くんですね、弓矢を引いている姿を模してやっているわけですね。だから針先の尖ったもので邪気を砕くという、あるいは封じる。だから「鍼」という字は金偏に咸(かん)。これが一番の正字なんですよ。「針」もあるけど「鍼」の咸(かん)という字は糸偏をつけると緘(かん)、封書の裏に緘と書いて、封ずるという意味ですよ。だから鍼でもって病を封ずる。こういう意味がどうもあるみたいで。ですからこの鍼灸というのは人間が持っている根源的な一番古い病に対する考え方、邪気にやられると。それを封ずるんだという考え方、それは艾(もぐさ)では燻すし、鍼では突き刺して魔を取るという考え方にどうも繋がっているみたいで。人間の病気に対する願いというか、そういう意思が物凄い強く出た医学じゃないかとも思うんですよ。

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 川口 中医学は、薬の治療と鍼とか灸など様々な療法の組み合わせではないのかと思います。広い中国で、薬を主に使う場所、薬の種類が非常に豊富な場所、鍼やお灸を主に使う場所があるのでしょうか?

 蓮風 そうそう、それこそ地理によってね、南の方は草が多いけども、乾燥地帯、砂漠地帯では無いですよね。そういった事も鍼の発生と繋がりがあるという学説もあります。

 川口 場所によって、自然環境によって、その場所に適する療法もあるのでしょうか?

 蓮風 あります。(東洋医学の聖典の)『素問』の「異法方宜論」というところには海辺で塩辛いものをよく摂る人間は血液がおかしくなる。だからそれは鍼灸で治すんだという説がある。薬はずっと南の方から起こったと。(医薬と農業を司る神の)神農さんみたいなね、ああいったのも、南の方から起こったと書いてある。それから『素問』の中には湯液、薬ですね、この薬は身体の内側を治す。鍼灸は外側を治す。両方でもって内も外も治るという事が書いてある。

 川口 役割分担ですね。

 蓮風 そう。必ずしも内に入るから内、外からやるから外というわけじゃないけども、役割分担があることを言っているわけですね。「薬師」と書いて「くすし」と読むんですね。これは元々くすぐるという言葉がありますね。

 川口 はい。そうですね。

 蓮風 触るんですよ。昔は医者を称して薬師と言っているわけですね、鍼灸師もそうなんです。だけど薬を中心とする医療と、鍼灸を中心とする医療が分かれていたと。中国の宋の時代に『鍼灸資生経』という本があるんですけども鍼・灸・薬の三つを用いて本当の医療なんだと説を打ち立てていますね。ですから手で触れて手当てをやるという事では根源的に一緒なんですがね。ただ先生がおっしゃるように確かに薬がよく取れるところと砂漠地帯のように取れないところとあるんでそういった地域性の問題もある程度医療を限定する要因の一つかなとも思いますね。今日はなかなか面白い話が出ているわけで、私の一番の課題はここなんですがね。この医学の考えは今後の文化、学問に与える影響は何かあると思われますか?

 川口 将来予測はしにくいので、過去のことをお話ししたいと思います。先ほどから話が出ていますが、江戸時代には、ほとんどの医者が和風漢方でした。蘭方医は、わずか“0.何パーセント”といった割合です。明治政府が医制を改革して、医師開業試験を始めましたので、その割合は少しずつ変わっていきます。それでも急に変えることはできないわけです。江戸時代の終わりまでお医者さんといえばほとんど全部が漢方医であったのに、明治政府が方針を180度変えると、西洋医学のトレーニングを積んだ方がいきなりワッと出て来て、入れ替わるという事はありえません。

 蓮風 ありえないですね。<続く>