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日本での西洋医学の歴史について語る川口洋さん=奈良市・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。歴史地理学者の川口洋・帝塚山大学教授と、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の7回目です。前回は完成品としての身体の「歪み」を取るという鍼治療の“メカニズム”について蓮風さんがあらためて説明してくれました。今回は川口さんが研究者としての立場から日本で西洋医学が定着していく歴史に言及しています。新しいものが本当にいいのか、「進歩」に見えることに「退歩」の可能性がないのか…。時代の分岐点とも言われている現代を検証する参考にもなりそうなお話です。(「産経関西」編集担当)

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 川口 黒崎千晴先生(歴史地理学者、故人)の御研究によれば、漢方のトレーニングを受けた従来開業医と、明治政府が創った医学部や医学校を卒業した無試験免許医、あるいは自分で勉強して内務省の医師開業試験に合格した試験免許医といった西洋医学のトレーニングを受けたお医者さんとの割合が、半々になるのは明治の終わりです。

 蓮風 明治の終わりまでかかりますか?

 川口 20世紀に入った時にちょうど半々になります。長い歴史を考えると、今はお医者さんと言えば国家試験に通って…。

 蓮風 ドクターですけどね。

 川口 ドクターになるわけですが、それが医者の過半数に達したのはわずか100年前の話です。長い歴史のごく一時期の現象にすぎません。医学教育がスタートした幕末維新期から、西洋医学はすごい実力を持っているのではないか、という幻想があったのではないでしょうか。しかし、明治維新から医制が確立する明治10年代まで、日本に伝わった西洋医学と東洋医学を比べて、どちらに実力があったか判定するのは簡単ではないと思います。

 蓮風 いや、あれは記録が残っているんですよ。実は「脚気相撲」※といいましてね、ご存じですか?

脚気相撲:1878(明治11)年、政府が脚気病院を開設して、漢方医学と西洋医学に、当時難病の一つであった脚気に対して治療成績を競わせた。当時の人たちは、これを「漢洋脚気相撲」とはやしたてた。漢方医は、適切な食事指導をとりいれて、巧みに脚気を治した。明治天皇も西洋医の処方を拒み、麦飯で脚気を克服した。脚気の治療では、当時は西洋医よりも漢方医の方が優れていた。

 川口 はい。

 蓮風 まぁ、西洋医と漢方医が、公式に競い合って、漢方医学が実際は勝っているわけですね、結果的には。だけど一般の医者を全部集めてやったわけじゃないんで。だからサンプルを作ったということでしょうね。

 川口 オランダ、ドイツからやってきた医学の外科治療は、漢方より優れていたと思います。一方、感染症の要因がはっきりするのは1880年代以降です。コレラ菌の発見ですとか、ペスト菌の発見ですとか、結核菌の発見とか、1880年以降、コッホとパスツールを中心にドイツとフランスで細菌学の華が開いたわけです。1870年代に明治政府が、医制、つまり医学行政の方針を決める時に、西洋医学が優れていると判断する根拠があったのか、もう一度考えてみる必要がありそうです。

 蓮風 そうですね。

 川口 江戸時代の終わり頃になると、漢方医であれ蘭方医であれ、熱心なお医者さんは、自分が読める漢訳の医学書を読むわけです。漢訳というのは、漢文に翻訳された西欧の医学書です。
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 蓮風 あれって先生どうなんですかね? 向こうから直接日本語訳したものより、漢訳の方が多かったですか?

 川口 江戸時代は漢訳の方が多いのではないでしょうか。中国へは西欧から人も書物もたくさん来ましたから。

 蓮風 交易やなんやもありますからね。

 川口 ヨーロッパの最新医学書が漢訳されるんです。その漢訳医学書で…。

 蓮風 日本人が勉強したと。

 川口 はい。漢方医のなかにも、漢訳の西洋医学書を勉強していた臨床家が少なくなかったと思います。そうでなければあのように劇的に明治前半で変化しないと思います。勉強家が多かったという気がします。今のように、お医者さんと言えば、医学部を卒業して西洋医学のトレーニングを積んだ方々だということになったのは、それほど長い歴史があるわけではないのです。自分が国外で見る限りでは、漢方だけではなくて、代替医学と訳される地元の伝統療法、ヨーロッパで言えばハーブを使って身体の不調を改善させるような、その地域その地域で身体の不調を整える方法は、伝統的に持っているわけです。そういったものが見直されてきたのかなという印象は持っています。

 蓮風 「自然と人間は一体」という僕の考え方。これが、現代のエコロジーというか…、自然環境を大切にせなあかん(そうしないと)結果として人間の身体に影響するんだという発想が今やっと出てきたんじゃないかなぁという気がするんですね。

 「生気論」と「機械論」の問題も実は古くからあったんだけども、なかなか医学の中で徹底できなくて漢方医学を本当に忠実にやると当然そんなことになるんです。そうでない文化に対しては違和感を持つ人が多いわけですよね。一般にはなかなか分かってもらえないですね。どっちかというとちょっと怪しげな雰囲気を持っているという印象をもたれるわけです。でも生命を本当の意味で説明するにはこっちの考え方でないと説明できないことが多い。特に先生のように不定愁訴を持っておられる方(笑)、西洋医学がなんぼ頑張ったかといって私の身体を何にもわかってないじゃないかという論に繋がってくるわけですね。そういう考え方が今後の科学とか、哲学に影響するかどうか知らんけど、そういうものによって影響した場合、文化が大きく変わるような気がするんですけどね。

 川口 そうかもしれないですね。我々は、分析的な考え方のトレーニングを生まれた時から受けています。戦後教育は、日本の伝統的なトレーニング方法というよりも、アメリカのトレーニング方法に大きく影響されて、幼稚園からずっと機械論的にトレーニングされています。そのため、『素問』や『黄帝内経』を訓読することは不可能ではないにしても、教育の土台が東洋風になっていないので、何が書かれているのか、考え方の基本を理解するのが難しくて意味が分かりにくいのではないでしょうか。

 蓮風 それはありますよね。<続く>