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談笑する杉本一樹さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語り現代の医療を考える「蓮風の玉手箱」は宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談をお届けしています。第1回の前回は杉本さんもおっしゃったように「お経を読むみたいに」正倉院に納められた薬の名前が並びましたが、今回も薬の名前から対談が始まります。そこから浮かび上がってくる千年以上も前の「国」の医療制度の輪郭や医学の姿に思いをはせてみてください。医療の進歩について考えるときにまた別の発想が浮かんでくるかもしれません。「鑑真」という名前が出てくるのも興味深いですよ。(「産経関西」編集担当)

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 杉本 まだあります。芒消、蔗糖、紫雪、胡同律、石塩、●皮、新羅羊脂、防葵、雲母粉、密陀僧、戎塩、金石陵、石水氷、内薬。そして最後には、狼毒、冶葛という、これ毒薬みたいなもので、容れもの、置き場所まで別になっている。以上が60種なんです。(●=けものへんに胃)

 蓮風 そうですか。

 杉本 今の残り方を見ますと、やっぱり使いやすい薬とか、人気薬もあるんだなと思います。

 蓮風 はい。

 杉本 逆に不人気だった薬もある。毒性の強いものっていうのは使いこなすのが難しかったと思いますけど。

 蓮風 そうです、そうです。やっぱり名人級でないとね。

  杉本 化石のもの、例えば龍骨とか、そちらの系統の薬は、割に手つかずで残っているんですね。それから巴豆というのは、下剤なんですね。

 蓮風 巴豆。あれなんかも恐い薬として有名ですね。

 杉本 これもやっぱり使いこなし切れなかったのか、大分残っています。逆に、少量の貴重な良い薬っていうのはやっぱり使われたようで、人参も、まぁ残ってるんですけど、よくよく見るとその根っこだとか殻の部分だけだったり…。

 蓮風 多くは、やっぱり大陸から入ってきたものですね?

 杉本 ええ、そうですね。日本で栽培できたものもあるかもしれませんけれど、やっぱり大陸から、由来はそちらということですね。特に、大仏様にセットとして納めるにあたっては、全体の監修者じゃないですけど、鑑真さんが一役買ったんだろうなというふうに私は考えています。目はきかなくなっていたというふうに言われていますけど、それでも鼻で薬を嗅ぎ分けていたということですし。

 蓮風 そうそう、嗅ぎ分けることできますねぇ。利き分ける。

 杉本 本当に名人だったら、舐めてみたらその質の良し悪しもわかるだろうと思います。

 蓮風 そうそう、全くそうですね。こういう中で、ほとんど薬が中心ですが、鍼灸についての記録みたいなものは…?

 杉本 これがあるんです。

 蓮風 ああ、あるんですか!それ、是非教えてください、我々はそれが知りたい。

 杉本 ちょうど今日も持ってきました、これ書名にそのものズバリ『律令』(日本思想大系)というタイトルがついてるんですけど、要するに8世紀、奈良時代は、これが六法全書です。

 蓮風 ほぉ、いわゆる律令ですね。

 杉本 ええ、律と令なんです。この中に色々な部門がありますけれど、医疾令っていうのがあるんですね。要するにこれ医学、それから病気関連ということですけど、中を読んでみますとね、国家の医療制度について定めてあるものなんです。

 蓮風 医療制度はもう既に『律令』の中に入っとったわけですね。

 杉本 入ってます。きちんとそこの中にセットされて、国に憲法があり、民法がありというセットの中で欠かせない一つの部門としてあるわけです。ただ、これは当時としてやむを得ないことですけれど、やはり国を支えるお役人といいますかね、そちらに対する制度であると。一般の人々は地方自治体に相当する、都で言えば京、地方で言えば国というレベルで面倒見るようにということになってますけど。これ、拾い読みしていくだけでおもしろいです。

 蓮風 ああ、そうですか。

 杉本 この中に出てくるのが、今度は医業関連の専門家集団の話ですね。一番が「医」のグループ。「医」という医師があり、「医博士」もあり、それから「医生(いしょう)」、学生もいるということです。二番目が「鍼(しん)」、はりです。そういう位置づけで出てきます。その後に按摩が出てきて、呪禁(じゅごん=おまじない)が出てきて、あとは薬草を管理するという、そういう体制による国の医療システム。

 蓮風 その順序というのは、一つの医学としての序列を示すものなのでしょうか?それともただ並列したものなのでしょうか?

 杉本 そうですね、やっぱり「医」という方を一番上においてあったんだと思いますね。それはね、官位という基準をモノサシとして当てると、はっきり序列で見えますので。まぁ、単なる上というよりは、より包括的なものであるから、ということもあるかもしれません。

 蓮風 なるほど。中国なんですけれども、周の時代の、これもやはり『医疾令』に出てくると思うんですが、「食医」というのを一番上に置いてますね。食べ物で調節するという。それで、「疾医」というのはいわゆる鍼灸とか漢方薬を使って治す者で、「食医」の方が上だというのは学者さんの説なんですけれども。そういうようなものはまだなかったわけなんですね?

 杉本 そこは…。そうですね、令の条文に直接には出てこないですね。

 蓮風 ああ、そうですか。とりあえず鍼灸が出てくるわけですね。で、それはやっぱり実施されとったんでしょうかね?実際に。
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 杉本 まぁ、実施しようとは思っていたと思います。必ずしもその、内実が本当にそれだけのことができて、どの程度機能したかどうかっていうのはちょっと確かめようがないですけれど。

 蓮風 そうですね。

 杉本 でも制度としてね、医のシステムの中に置くんだと。

 蓮風 一応あると。意識されとったわけですね。我々素人が、古い時代の医学についてちょっと興味持つと行き当たるのが『病草紙(やまいのそうし)』という書物です。『病草紙』というのは平安時代の医療状態を鎌倉時代に筆写されたと。その中にはあきらかに鍼でもって血を出したり、ちょっと図が出てきて詞書もあるんですよね。そういうようなものは…?

 杉本 そうですね。眼の治療やら何やら…。

 蓮風 そうそう、血出して。

 杉本 あれ面白いものですから、切れ切れになっていろんなところに行ってますね。

 蓮風 そうそう。そういったものはまだこの時代にはないわけなんですね?

 杉本 ええ、そういう絵で描いて示すことは必要だったはずですが、実物はちょっと残ってないですね。

 蓮風 わかりました。とりあえずその鍼のことについてね、正倉院にそういうのが残ってる…。

 杉本 正倉院の中にというかね、写本の形で『律令』…。

 蓮風 『律令』の中には残ってる。だからその時代の医療には鍼灸があったということですね。

 杉本 はい。まぁ日中古代史にまたがる分野ですがね、中国で天聖令という北宋時代の令が見つかり、そのなかにこの『医疾令』に相当するものが出てきた。日本の律令の手本になった唐の規定が分かってきたのでね、また研究が進んでいくと思います。

 蓮風 ああ、そうですか。まだこれからですね。

 杉本 またあの、機会があったらこれ(医疾令)、お読みになると面白いですよ。えーっとね、一番面白かったのがね、鍼の実習をするのに、名人が施術するところを付き従って傍で見とれと、いうのが書いてあって。ああ、ここ(藤本漢祥院)と一緒だなと。

 蓮風 ほぉー。ちょうど正倉院ができる100年位前に、大体、仏教と共にこの鍼灸医学が入ってきたという風に聞いてるんで、100年でどこまでそれが浸透しとったかなというのが私の興味対象の一つやったんですけども。

 杉本 それでね、やっぱりここでも医術、そういう特殊な技術を持った氏族、世襲のところからそういう幹部クラスの人は取るようにというような規定がありますのでね、やはりそういう、まぁ、医学だけではないかもしれませんけど代々蓄積された知識、それがまた継承されてどんどん厚みを増していくというところ、そこが、この令が日本で成立した8世紀初頭の時点で、特に医術に関してははっきりと重視されてるなと、読み取れるわけですね。

 蓮風 なるほど。まぁしかし、この鍼灸がこういった時代にもちゃんと出ていたというのは嬉しい話で、たぶん皆もまだそこまで知らないと思うんですよ、薬物に関してはね…。

 杉本 それこそ『黄帝内経・素問』、2500年前ですか? そうすると、この中間の折り返し点くらいの所にこの医疾令が来て、そして、今があると。

 蓮風 なるほど、折り返し点と見ることできますか。

 杉本 折り返し点というのはあれかな、ちょっと適切じゃないかもしれませんけど、数字としてはそうなる。<続く>