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宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さん=奈良市・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の第3回目。正倉院という偉大な“タイムカプセル”を媒介にして壮大な物語が続いていますが、今回も時を超えて東大寺大仏開眼の際の華やかな風景を彷彿とさせるような内容です。悠久の歴史を感じてください。記事の末尾に1、2回のお話の中で出た正倉院所蔵の「種々薬帳」に記載されている薬品を藤本漢祥院のスタッフらがまとめた表も掲載しています。

(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 正倉院の宝物のなかでも一番興味があるのが「蘭奢待(らんじゃたい)」なんです。なんでか言うと、やっぱり香木としては、どでかいものが残ってるということ。それから各歴代の為政者がちょっとずつ削ったという伝説があるんでね、少しそういった話を、お聞かせいただくとありがたいですが。

 杉本 香木としても非常に上等らしいですね。よく匂いますしね。我々は毎年その宝物の点検の折にその入れ物の蓋を開けて、異常がないか顔を近づけて見るわけですけど、今でも香ります。

 蓮風 今でも香りますか!? やっぱすごいね。

 杉本 ただ、残念なことに、と言いますか、なぜ正倉院にあれがあるのか、どんな経緯で入ったかがよくわからない。

 蓮風 あ、謎ですか? ほぉー。

 杉本 聖武天皇が亡くなった後で納められた品というのは、ちゃんときちんとしたその品物のリスト、献物帳という目録がありますので、この時に間違いなく入ったんだなとわかるんです。でも、蘭奢待はそのリストの中に入っている品ではないんです。ですから、どこで入ったかなということになりますが、私は個人的には、大仏の開眼会がありましたね、この時ではないかと思っています。

 先に(正倉院に薬が納められた)756年という年号を出しましたけど、それより4年前、西暦752年のことですけれど、東大寺大仏開眼会の時に一大イベントが行われて、その中で、とても珍しい物が国内外、色々な国や地域から運ばれ、大仏様に献じたという記録がありますのでね。まぁ正倉院の場合、長い時代のどこかで、いつの間にか知らないうちにものが出たり入ったりしている、というような体制ではないわけです。やはり厳重な管理の倉ですから、入るなら入るで、しかるべきタイミングというのがどこかになければいけない。そうすると一括りで珍しい珍奇な物ということで、名前は挙がっていないがその中のひとつとして、献上された可能性もあるんじゃないかと。

 蓮風 やはりもともとは香木として使うべしということで入ってきたものでしょうね。

 杉本 そうですね。一義的にはというか、仏様の供養の仕方として花を添えるというものに並んで、香供養、お香を焚いてその香りで供養をするということがあると思います。ただ何々香と名前のつく漢方薬もあるわけで、丁香、丁字の丁香なんていうのも薬の方ですし、香薬というのがひとつの大きいグループとしてあるのではないかなと思っています。

 蓮風 なるほど、一つの世界なんですね。どこからどこまで薬で、どこからは香木とは言えないわけですね。実際、今でも中国に行ったら沈香というのが売られています。沈香のかなり性質のいいのが蘭奢待だと思うんですけれど、まずマッチに火をつけて「嗅いでみろ」とよく出してくるんですけれど。非常に有名な漢方処方の中に沈香が入っております。

 杉本 それは煎じて飲むのですか?

 蓮風 煎じるんです。ただ匂いのいいものはよく効くみたいで、臭いを嗅(か)がすんですね、マッチに火をつけて。そやけど、蘭奢待がいまだに匂うというのはすごいですね。

 杉本 香木というのは火にくべて、香りが上るということですが、蘭奢待はやはり樹脂分が濃いんじゃないでしょうかね。

 蓮風 そうですね。大体、今でいうベトナムとかあの辺りで採れるということを聞いたことがありますが、やはりそういう所から入ってきたんですかね。

 杉本 その方面じゃないかと思います。大仏の開眼会の入場の際にも(ベトナムなどに由来する)林邑楽(という舞踊)が使われたそうですし…。

 蓮風 そういえば雅楽などを見ますとインドネシア辺りのお面みたいなのに近いものが登場するのですけれど、やはりそれと関係あるんですか。

 杉本 南方、南海の要素がだいぶ入っていますね。

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 蓮風 ああそうですか。さて、いよいよ、直接この医学についてのお話を聞かせて頂きたいと思いますが。先生もうちの患者さんであられるわけですが、問診でいろんなこと聞きましたね。あれは何でこんなこと聞くのかとか、なかったですか。

 杉本 いやいや、丁寧に聞いてくださるなとは思いましたが…そうですねぇ…。最初はなんで来たのかもう忘れてしまいましたが。たぶん、くたびれたとかだったと…。

 蓮風 そうですね。くたびれて、手が痛いとかなんとか仰ってたと思うんですよ。だけどまぁ、受けてみてわかると思うんですが、その人の身体を中心にして、様々な環境とか仕事とかが影響して人間の病気をつくると考えるのが我々の医学なんです。まぁ一見、素人の方からすると、なんでこんなことまで聞くんやということはあると思うんですが。先生はそういう違和感はなかったんですか。

 杉本 いや、なかったんですね。

 蓮風 ああそうですか。

 杉本 あの、私は元々ね、ツボだとか、それこそマッサージしてここを押すと内臓のどこに響くとかいうのが好きでね。

 蓮風 ああそうですか。経絡とか。

 杉本 昔はね、『主婦の友』なんていう雑誌の付録にツボの一覧の小冊子があったりしました。ああいうのを一生懸命見て。それでまぁ、やっぱり鍼灸みたいな手法で自分の身体を良くするというつもりでこちらに伺ったわけですから、問診の細かさにしても、当然だなと思うんです。

 蓮風 ああそうですか。でも、考えてみるとああいう経絡なんていうのは、ある意味では神秘的に見えますでしょう…。素人の方には、今の西洋医学で言うところの神経系とかホルモン系とかということで説明するんですけれど、先生はそういうことに関しては、これはこれとしてあるんだとお考えなのですか?

 杉本 もともとそうなんです。

 蓮風 はははっ(笑)。なかなかそういう患者さんは少ないのですが。

 杉本 その意味では、何だかスレていて、あまり面白くない患者かもしれないです。全然反対のことを考えてた人がコロッと傾くのではなくて(笑)。<続く>

《参考》

「正倉院薬物について」
藤本漢祥院・各務祐貴

はじめに

正倉院所蔵の「種々薬帳」に記載されている薬品(現存38品目、亡佚22品目)について、議論がなされた。以下に「蓮風の玉手箱」の付記として、種々薬帳の概要と、薬品の効能をまとめた。効能については、一般社団法人「北辰会」の藤本蓮風代表ならびに特別専門講師・島内薫氏が確認をした。

種々薬帳の品目構成と効能一覧

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※全部表が入らないので別に保存

参考文献
1)神戸中医学研究会『[新装版]中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社、2011
2)鳥越泰義『正倉院薬物の世界 日本の薬の源流を探る』平凡社、2005
3)杉本一樹『正倉院』中公新書、2008
4)渡邊武「正倉院薬物が語ること」『日本東洋医学雑誌』第51巻第4号、2001