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藤本蓮風さん=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は、宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の第4回目をお届けします。前回、鍼灸医療に違和感はなかったという杉本さんが今回は歴史研究者ならではの視点で東洋医学の診療についてお話しされます。生命への畏敬あふれる、そのユニークな考え方を知ると正倉院の宝物への見方が変わると思いますよ。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 西洋医学は画像診断とか、血液検査などで症状の原因を探ったり、病状を判断したりするわけですが、我々のほうでは、五感を頼りに生体を探っていくという立場で患者に対峙していきます。先生は、このような感覚的なものを使って診断することにもご興味はお持ちですか。

 杉本 そうですね。非常に共感できる。角度を変えてお話をしますと、私は正倉院に入って勤めて30年で、最近は、管理職みたいな立場で、まぁさすがに現場の仕事とはちょっと距離を置かざるを得ないような状況になってきましたけれど、それ以前は、奈良時代の古文書などの調査をずっとしていました。他に、紙のものだけではなくて、工芸品、あるいは非常に壊れやすい繊維製品、そういうものも含めて、正倉院というのは非常に小さい組織ですから、やはり全部に関わっていかなくてはならない。

 そう思って周りを見渡すと、そこにいるのはみな非常に超高齢の患者さんみたいなものなんですよね。で、そこからまず我々が何をしようかというと、その人にできるだけ長く寿命を保ってもらって、天寿を全うしてもらいたいと思うんです。そのためのいろんな工夫をするというのが、正倉院のひとつの仕事であるわけなんですね。その際ですが、科学的な分析も、もちろんあります。でも、それと同時にやはり主には目を通じてですね、触ると壊れますんで。やむを得ない場合は触るなりなんなりしますが、まず、その品物がどう扱われたいかということを最初に掴まえてやらないといけません。やっぱり受けたくない治療、修理みたいなものは、その品物にとっても気の毒だろうし。

 蓮風 なるほど。先生にとっては、そういう品物というものがひとつの生命体みたいな感じで受けとめられていて、だからそこからどういう風に扱ってほしいか、触ってほしいかということが聞こえてくるということなんですね。

 杉本 いきなり検査で、手荒い検査をすると壊れちゃいますのでね。まず検査して大丈夫かというような気持があって、その前にまずは問診がやっぱりあるわけですよね。まず触らずにじっと眺めて、それからすでに今まで調べられてる過去の、その患者さんのカルテをじっくり読んだりする形で品物に対していく。ある意味でそれが全ての仕事のベースになっているので、自分が患者さんになった時も「それはそうあるべきだろうなぁ」とは納得できるんです。

 蓮風 そうすると先生は今は事務職でおられるわけですけれど、現場はむしろ長いわけですね。

 杉本 そうです。

 蓮風 それ大事ですね。

 杉本 いまでも隙を見て現場に…。(笑)

 蓮風 隙を見て…(笑)。むしろその方が面白いですか。

 杉本 面白いですね。だから五感を通じて、というのは非常に共感できます。

 蓮風 そうですね。

 杉本 専門といっていいのか自信はありませんけれど、紙というものでも、触る、それから見ること、ですね。それでまぁわかることが多いですね。でも、逆に新人が入ってきますでしょ。そうすると触っちゃダメと。まず見るだけ。(笑)

 蓮風 (身体に触れないで診る「望診」「聞診」や身体に触れる「切診」など東洋医学の診察法の)望聞問切をやろうという…。(笑)

 杉本 「見ることの中からどれだけのものを引き出せるの?」ということですね。まぁこれは時と場合でね。これがまた金科玉条で、それオンリーの硬直したものになってしまってはいけない。触って初めてわかることもあるんだけど。

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 蓮風 そうそう。我々の漢方医学、鍼灸の方では、五感でやるんだけれど、まず「望診」といいましてね、見るんですね。それも西洋医学みたいに「視診」という言い方はしない。望むという字を書くんですね。それは遠くからずっと見るんだけど、その本質を見極めようとする…。単に客観的に見るんじゃなしに。そういうところから始まって、「聞診」というのは患者さんの発する音、声、それから臭(にお)いですね。鼻で嗅(か)ぐ、これも聞診に入る。それから「問診」をやりまして、どこがどうやと患者に尋ねて情報を引き出す。そして最後にやるのが「切診」で、先生の仰るように触れてやっとわかる。これは生き物に対して非常に敬意を払ったひとつの姿だと思うんですけどね。そうですか、古代の物を触るのはやっぱりそのように慎重でなければいかんと。そういうことが本当の東洋医学の本質に近いものだろうと思うんですけども。どうですかね、先生は一般の鍼灸師とのお付き合いはありますか?

 杉本 そうですね、鍼もそれほど打ったことがないんですけどね。

 蓮風 そうですか。

 杉本 「耳ツボで痩せる」じゃないけど、体重を落とそうと思って。それは経験あるんですけどね。逆に、鍼灸師じゃないですけども、ウチの家内(中国研究者の杉本雅子・帝塚山学院大教授)の専属マッサージ師をやって。(笑)

 蓮風 先生が??(笑)

 杉本 昔からね、触るとなんとなくツボの感じはわかるんで。

 蓮風 でもそれは非常に大事なことなんで。そうですか、まさしく実践ですね。必要に迫られて(笑)。でもその中で感覚は練られていくわけなんです。戦後まもなくの時代と今と比べるとだいぶ慎重にね、患者さんを扱うようになったし、それから問診とかそういったこともだいぶ進んではおるんですけども、未だにまだまだ知見が浅い専門家、鍼灸師が多いんですね。例えば、これは悪口じゃなしに、鍼灸だけでやりゃいいのにほねつぎと兼用してやる、柔整鍼灸師って私は言うんですけども。こういった人たちが、それなりに2つの顔を持ってやることによって、沢山の人を救うという側面もあるんだろうけども、同時に両方やることによって鍼灸の独自性みたいなものを失っている面が現代にかなり多いと思うんですよ。そういったことに対して我々はある意味では義憤を感じているということがあるわけですが、こういう医療に関して、何かご意見ありますか?そこら辺り。

 杉本 医療に対しては素人ですからね(笑)。せいぜい患者の立場ということになりますが。

 蓮風 その患者の立場で結構ですが。あまりあちこちの鍼灸を知らないということでしょうかね。

 杉本 そういうことですね。鍼を刺すんですからやっぱり失敗したら恐いだろうなとかね。

 蓮風 そうですね、これね、結構プロでもね、いい加減なことを言う人がおるんですわ。「鍼は身体を良くすることはあっても、悪くすることはない」と断言する有名な方もおられるわけですけども、僕はけしからんことやと思うし、実際下手に扱ったら危ないですわやっぱり。それをいくつか経験しておるんですけどもね。

 例えばね、脈を診てしっかり力がある。これを《実》と言うんですけども、そういう人に例えば「内関」という穴があるんですね、手首の内側。ここに刺すと、我々の方では「肝鬱」と言うんですが、あるいは「肝鬱化火」とか、それから「心肝火旺」という証名がつくんですが、それには非常に良く効く。ところが、脈を診て非常に力がない、正気がない。舌を診てもすっと力が入らないという人にここをやるとショックを起こします。こんなところ一本で。決して脳とか胸とか刺さんでもショックを起こさせることはできます。漢方医学、鍼灸医学独自の医学としての原理とか、考え方を無視してやる人達が多いんですよね。今回のこういう話自体もそういう人達に対しても実は違うんだぞという啓蒙の意味もあるんですけども。なかなかね、一遍にいかないですけども。そういうことに対してどうですかね先生。例えば先生が今、奥様を手当てする場合にここを押したら危ないなとか(笑)。

 杉本 たぶん表層の所に留まっているので(笑)。治療に通い始めて最初の頃にね、割と足ツボマッサージなんていうのが好きですから、中国に行ったりすると施術を受ける。それはカミさんがやってくれないので(笑)。だから「併用しても大丈夫ですか?」と蓮風先生に聞いて、そういうお楽しみのマッサージは大丈夫だと…。僕らがやるのは素人のお楽しみレベルでしょうね。<続く>