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杉本一樹さん=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の5回目です。杉本さんとのお話だけに限らず、「玉手箱」ではこれまでにも人間は“部品”の寄せ集めか?という話題は出ました。今回もまた、その問題に話が及びます。実感として“部品”の集合体が個人の肉体になるという意見を肯定する方はほとんどいらっしゃらないと思いますが、実際の現代医学の現場では、その“部品”だけに着目して治療がなされているように感じるのも確か…。おふたりの対話から、人間を巡る様々な問いの答えを考えるヒントを見つけてくださいね。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 経穴(ツボ)というのは非常に敏感です。だからツボのある部分に鍼を慎重に近付けると反応するけど、適当に、その周辺の複数個所に鍼を刺すと効能が薄れてくる。それがセーフティネットにもなっているので素人にはありがたい面もあるんですよね。

 けれども我々専門家はそうはいかないので、やっぱりプロとしての本格的な認識と技術を持たないかんわけです。私も21歳で開業しましてね、50年近くもかかってちっとは分かるかというと、なかなか奥深い。こちらが鈍感なのかもしらんけど、なかなか難しい世界なんですよね。だから簡単に「鍼で人は死なない」だとか言われるのは私にとっては非常に困る世界なんです。だから若い人たちを育ててもっともっといい部分を引き出して、この医学が世の中に認められたら素晴らしいなと、こう思っているわけなんです。本質としての源流はやっぱり『黄帝内経』。2500年前から起こった漢方医学のバイブルですね。これに則らんことには本当の東洋医学は発揮できないと信じて50年近くやってきたわけですけども、やはりそのとおりですね、今のところ。特に西洋医学が難病だとする病に対する場合にはこの考え方に徹しない限り、うまくいかないですね。

 杉本 先に(「律令」のなかの)「医疾令」の話が出たけれど、ここには奈良時代の医学専門コースの教科書が列挙されています。

 蓮風 あぁそうですか。

 杉本 入学したら、最初に、医生は『本草』、針生は『明堂』『脈決』を読めと。次の段階で『素問』『黄帝鍼経』です。

 蓮風 ああ、もう書いてありますか、『素問』『霊枢』ね。

 杉本 ええ。日本の律令っていうのは実は「医疾令」の部分について言うと、中国の唐の条文をそのまま引き移して…。

 蓮風 スライドしてる訳ですね?

 杉本 ええ、だからそれに相当する実態が先にあって、条文が成立した訳ではないんです。逆にあるべき医療行政体制の姿の基底として、まず持ってきた。だけど(中国で新しい史料が出てきて、日本と中国の)両方を比べることが可能になりました。それによって何を採用して、何を受け入れなかったというのが、ちょっと見えてきたらしいです。たとえば中国の方に「吸い玉」の治療があるけれど、日本ではどうも受け入れなかった。それから日本では内科重視っていうか、そういうような傾向がありそうだとか。これやってるのが歴史学の方からのアプローチ、あるいはもうひとつは薬学の方のアプローチで、鍼灸の専門家からのアプローチってのはたぶんないと思いますので、(蓮風さんの弟子に向かって)みなさん、どなたかこのあたりで論を立てると、オリジナリティのある一言になると思います。
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 蓮風 iPS細胞を作り出すことに成功して山中伸弥教授にノーベル賞が贈られました。これは今の西洋医学を、ある意味で象徴する出来事やと思うんですよ。これが医療に大きな貢献をすることは間違いはないと思うんです。ただその考え方自体は部品を寄せ集めて一つの生命体ができるという考え方が根底にある訳です。確かに、そういう考え方での治療もあるんだけども、一方、我々がやっている東洋医学は、個々の部分は正常なんだけど全体として何か狂っているというアプローチです。この事についてどうですかね?先生。

 杉本 これはもう、もっともな事でね(笑)。別に毎日暮らしてる時に自分が部品の集合体という意識で暮らしてる訳じゃなくて、何となく自分がそこに居て、まぁ細胞レベルで言うと日々置き換わってある程度すれば別人になってるかもしれないけど、何となく相変わらず本人当人で過ごしてますからね。

 蓮風 これに関して、手塚治虫か誰かの漫画がありましたね。医学が発達して、あちこち内臓を全部入れ替えていく。で、やってるうちに段々、段々、脳が傷んだから脳を替えたら全然別の人間になったという話がまぁ非常に象徴的に出てる訳なんですけども。この全体と個の部分の問題、これはやっぱり大きく東洋医学と西洋医学を分ける部分だろうと思うんですけれども、先生はこの点に関してどうお考えですか?

 杉本 そうですね…。哲学的な話ですよね。

 蓮風 いやまぁ元々東洋医学というものは『素問』『霊枢』見ますと哲学的なんですよね。

 杉本 そうですね。

 蓮風 あの、人の病気を治すこと説いてるけれども、人はどう生きないかんとか、大自然とともに大自然の中で生きて行く、大自然に抱かれて生きてるという思想があるように思う。だから四季の移り変わりを物凄く重視するんですね、東洋医学では。だから春には春の身体、夏には夏の身体、脈も舌もそういう風に変化すると考えてる訳です。そういう大自然の動きに協調する、或いは大自然の中に抱かれて生きるという考え方が根本にあるから、西洋医学はそういうことないですよね?

 杉本 はい、そうですね。

 蓮風 ね?そういうことがやっぱり一つは東洋医学を特徴づける部分だろうと思うし、先生が仰るように確かに哲学的と言えば哲学的なんだけど、そういうことはやっぱり大事なことじゃないかなと僕は思うんですけどもね。

 杉本 それはそうですね。あの、周りの環境といえば、ちょっと意味合いは違うとは思うんですけれどね。正倉院のことをずっと考えているうちに、やっぱりあの正倉院っていうのは、ひとつ《場所》っていうのは否定出来ない要因だな、って。

 蓮風 はいはい。

 杉本 結局、今の正倉院という存在も奈良に置かれるべくして始まり、その本来置かれるべき場所にずっとそのままある。その事が非常に大きい意味を持っている。

 蓮風 あぁそうですか。

 杉本 これ、こう根っこから切り離してどっかへ持って行ったとして、それはそれで価値がある、まぁ別の多くの人が見るとかそういう風な意味では、あるのかも知れないけれど、でも切り離すことで失われる価値もあるだろうなと。

 蓮風 大きいでしょうね。

 杉本 宝物、宝物と言ってますけれどもね、中には本当の庶民の使った麻布の服、それがボロボロになったようなもの、みたいなものも…。

 蓮風 入ってる訳ですか?

 杉本 入ってますね。ですからそれ、仮に、正倉院という場所から離れて世間に出てもね…。

 蓮風 あまり意味持たないですよね。正倉院の存在自体がもう東洋医学的なんですね。

 杉本 そういうことは、よく感じますね。<続く>