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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回で倉敷中央病院初期研修医(対談当時、現・市立堺病院外科後期研修医)の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談もひとまず最終回となります。僭越ながら「玉手箱」を担当している私も質問をしております。対談をうかがっていると身体のそれぞれも部分も心も一体と考えるほうが合理的な印象を受けます。たとえば、極端な話、足の指の先と眼だってひとりの身体の中では一体のものでは無関係だとは思えないのですが、実際の医療現場ではそのような考えとは違うようです。(「産経関西」編集担当)

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「産経関西」編集担当(以下、産経) 笹松先生のお話を伺ってますと、病気の原因を探ったり治療方法を検討したりするときに、東洋医学は患者さんの生活環境なども考慮することを高く評価されていました。僕ら一般人の側からするとそちらのほうが理に適ってて、西洋医学というのはそういうことは全く考慮していないのかっていう驚きがあるんです。実際に西洋医学では、あまり個々人の環境などは考慮しないで、スタンダードに分類された病状で診断するというのが主流なんでしょうか?

 笹松 そうですね、そういうことに気づいている先生も少なからずいることはいるんですが、実際に大部分のドクターは、こういった言い方は失礼なんですが、あまり配慮されてないなという印象を受けています。

 産経 それは教育の問題なのでしょうか、それとも制度の問題なんでしょうか? 

 笹松 そうですね、もちろん教育の問題だとか制度上の問題は大きいと思います。もうひとつ考えられるのは、西洋医学がだんだん進歩していて非常に専門化してきたというので、物事をパーツに分けて診る傾向がある。

 たとえば身体は身体、心は心で。心は精神科におまかせします…身体は私たちが診ます…と。身体でも整形外科は手足は診ますけど、お腹は診ませんと。逆に腹部外科の先生はお腹は診ますけど手足の骨折だとかは診ませんと…。そもそも西洋医学は物事を分解して研究するという発想です。西洋医学というより西洋の思想が昔からそういう発想なんですが、今もどんどん分解していって、「統合」するっていう発想がなく、さらに細かくさらに専門化っていう流れがあるので、そういう流れに乗ってるとやっぱり、全体で診ようだとか患者さんの周りの環境に配慮しようだとかっていう発想は生まれにくいですし、そういうことに気づいても、周りの環境がそういう流れなので、「ああ、こういうことやってる場合じゃないかな」って、周りに潰されてしまうっていうことがあるんじゃないかなと…。

 産経 世界全般的にそういう…?

 笹松 はい。


 産経 先生は医学部に入る前に心理学を勉強されていましたね。ダニエル・カーネマンは心理学者ですけど、経済学と心理学を統合して行動経済学の研究を進めて2002年に心理学者として2人目のノーベル経済学賞を受賞しました。いろんな学問が融合していく流れの一方で細分化も進むという反対の動きもあるのでしょうか?

 笹松 そうですね。その矛盾に気づいて学問を統合しようだとか、いろんな学問をつなぎ合わせてもっと大きい事をしていこうという流れがひとつと、突き詰めてもっと細かく分けていこうという2つの流れがあるような気がします。

 産経 先生はその2つの流れがあるとしたら…。

 笹松 性格的な問題があると思うんですが、分割するより融合する方が自分の性格に合ってるなという気はします。

 産経 ありがとうございます。
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 蓮風 最後にね、僕が質問したいのは、iPS細胞のことです。いわゆる人工多能性幹細胞でいろんな臓器を作ろうとしてますね。それで、あらゆる難病が治るようなことを言っておるわけなんですが、東洋医学の立場では<気一元>ということで、あくまでもひとつのまるごと全体を意識するというのが生命だという考え方です。

 ところが、西洋医学は細胞レベルで良くなればいいという発想ですよね。昔、手塚治虫の漫画だったかなぁ。自分の身体が悪くなったらその臓器だけを機械に変えていって全部ロボットにしていく。最後に脳が悪くなったら脳を変えて、自分でなくなったという話で、そういう漫画があったと思うんです(笑)。そういう部分についてどうですか、先生のご意見は?

 笹松 iPS細胞が今後どこまで発達していくかっていうことはちょっとわからないですが、たとえば、指が取れてもまた仮に完全に生えてくるとしてですね、それで終わりかなという気がしますね。結局、心と身体ってつながっているので、身体の空白が埋まっても心の空白が埋まるわけでもないですし。

 蓮風 ああ、なるほど。

 笹松 もちろん、それで前向きな気持ちになって楽しい人生を送れるんであれば、それはそれでいいんですけど、逆に治ってしまったがために心の問題…。たとえば、考え方を変えることによって、病気になって初めて家族が協力して、今まで仲が悪かった家族が一つになっただとか、逆に失敗を経験することによって考え方が変わって、そこから今までダメだった事業が上手くいきだしただとか、病気をきっかけに心が変わることってよくありますよね。

 でも簡単にですね、たとえば、なくなった腕が生えてきたりすると、逆に無謀なことをするとか、交通事故に遭っても治るからいいじゃないかと言って乱暴な運転をするかもしれないですし、病気になってもどうせ治るからいいやと思ったら心の問題を解決しようとは思わないですよね。

 蓮風 そうですね、その辺りが大きな課題になってくるでしょうね。わかりました、今日はありがとうございました。<了>

次回からは医師で僧侶の佐々木恵雲さんと蓮風さんの対談が始まります。佐々木さんは「蓮風の玉手箱」への2回目のご登場です。