医学ランキング
藤原8-1

藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を探求する「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も終盤に入ってきました。8回目の今回は藤原さんが鍼灸に関わり始めたときの不思議な体験から話が始まります。東洋医学で積み重ねられてきた知恵が西洋医学の現場で活用されれば、医学の新しい展開の可能性があることも示唆されています。また、いくら長い歴史を持つ法則でもこだわりすぎては事実を見誤る恐れも指摘されています。それも知恵や技として伝承されている東洋医学は千差万別の人間の身体に対応したオーダーメードの医療でもあるようです。(「産経関西」編集担当)

藤原8-2
藤原8-3
藤原8-4

 蓮風 先生と出会って初期のころ、先生が面白いことをおっしゃっいました。「内関」(前腕内側で手首関節の中央から肘=ひじ=側に向かって指3本分上の場所にあるツボ)へ1本、鍼をしたら、患者さんがちょっと失神したと。

 藤原 ああ、ありましたね(笑)。

 蓮風 こんなとこ(内関)でね、いやいやそのメカニズムがね…。あら探しみたいですけど、西洋医学にない理論だということですよね。鍼を1本やって意識がちょっとなくなったんですよね?

 藤原 そうなんです、ありました、ありました。

 蓮風 もちろんそれを蘇生させる術を持っておられる訳やけども、なぜこんな“とこ”で効いたと思う?

 藤原 う~ん。

 蓮風 やっぱりそれ不思議やったでしょ?

 藤原 不思議やったですね。(蓮風さんの著書の)『臓腑経絡学』には「内関は注意しないかん」と書いてありましたけど…。

 蓮風 そうそう、書いてある。

 藤原 書いてあって、読んではいましたけど私の治療でそんなことはないやろと思ってやったところが、おっしゃる通りありましたね。そういう経験が。ええ、有りました、有りました。

 蓮風 だから、意識レベルを動かすっちゅう、この内関のツボ、やっぱり不思議やったでしょ?

 藤原 不思議やったですね。

 蓮風 これ手の「厥陰心包経」の中の重要穴で、しかも奇経八脈の陰維脈というところ支配するツボです。だから特に精神状態を物凄く動かすんですね。逆にこれを上手く利用すると、それこそ西洋医学でも極端に言うたら意識を失わせるようなこともできんこともないと思うんですよ、逆に使えば。そういう様なことを西洋医学より安全にできたら、新たな何か麻酔科の一分野を切り開くことにも繋がりません?

 奇経八脈:経絡の流れは正当な流注として、十二種類存在する(十二正経脈という)。それとは別に、それらの経絡で溢れた気血を一旦溜めておいたり、十二正経脈の流れ方を調整するバイパス的な役目をする気の通路があり、それを「奇経八脈」という。「陰維脈」は奇経八脈のひとつで、内関というツボがその陰維脈を主治するツボとされている。

 藤原 そうですね。

 蓮風 また今後そういう点でも、先生に頑張って頂いて…。面白いですね。

 藤原 面白いですね。
藤原8-5

 蓮風 でまぁ大体先生のそういうご経験から『臓腑経絡学』が出て来る訳なんですが、その次のテーマにいきたいと思います。東洋医学には「陰陽五行」というのがありますね?

 藤原 はい。

 蓮風 陰陽については、私は『東洋医学の宇宙』という本の中で幾つかまとめましたし、まぁ五行については私はどっちかいうとちょっと一般的な伝統医学をやるもんにしては少し離れている立場なんですね。まぁ五行いうのは平たく言うと五運の中の木、火、土、金、水ですね、これが相互に影響し合って自然と人間、それから人間の体内で色んな現象を説明するという考え方なんですけども、これの中の一番重要な法則性の一つは「相生(そうせい)」と「相剋(そうこく)」ですね。「相剋」は、まぁ木は土を剋す、何でかいうたら土の栄養をとって木が大きく、伸びるちゅう考え方ですので。で、土はそういう考え方で水を剋す、で水は火を剋す、火は金を剋すという風にお互いに制約する関係を説明してる。

 藤原 はい。

 蓮風 その反対に「相生」は、木から火が生じ、火から土が生じるわけで。それから金を生じ、水を生じる。こういう循環を考える訳ですね。で、この「相生」と「相剋」によって森羅万象を説明しようというのが五行の骨子なんですけども、私は臨床的に見て、余りにもこの「相生」「相剋」に凝ると、ちょっと形式論理学というか、煩瑣哲学になるぞ、いうんでちょっと逃げてる訳なんです。でも大体「肝鬱」の人は脾、胃を傷めやすいとかね、便秘になったり食欲不振が起こったりするのは木剋土ですよね。必ずしも間違いじゃないと思うけど、じゃぁこれを金科玉条にすると臨床に実際に合わんことが多いんで、少し冷静に見てる訳なんです。先生はどうです? こういう考え方については。

藤原8-6

 藤原 僕もね、この学問をちょっと、かじり出したというか入りかけの時にね、五行というものに、非常に興味を持ちました。で、入りたてですから、鉄則の様に、ちょっと考えないかんのちゃうかと、思ってやってたんですが、今おっしゃったように、臨床の立場でずっとやってると、うーん、どうかな? という…。

 蓮風 そうそう、そういう部分もあります。

 藤原 あるんですよ。だからこれが鉄則なんだという風に考えると、患者さんを診て「このツボ、このツボ、こんなところにこんな反応がある!」といった時に、この法則に縛られすぎると、実際に患者さんの訴えと体表観察とで得られた大事な情報を、「いや、この規則があるからこれはちょっと無視せなあかん」とかね、そういう風になることが多々あった。ですから、患者さんの一人一人から得られる情報を大事にしていけば、これはまぁ原則はこうだけども、この人については当てはまらないと…(判断できる)。じゃぁ、なぜ当てはまらないのかを考えていこう。今は、そんな風な立場に立ってますね。

 蓮風 じゃぁ、陰陽の方はどうですか?

 藤原 僕は素晴らしいと思います。

 蓮風 ああそうですか。

 藤原 陰と陽とそういう風に分けるという考え方はもちろん西洋医学にないです。臨床の検討会でも、定例会でも先生がよく講義の時におっしゃいますけど、「そこを間違ったら、この患者は治らないんだ!」というそのターニングポイントにこの陰陽が関わっているというのはね、非常に大事でね。陰陽の考え方が根底にあって、この学問というのは成り立っているんだなというのがね、臨床的にも何度も思い知らされてます。「あっ、間違ってた」とか「違うかった」みたいな。そういう経験は非常に多いですね。〈続く〉