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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は倉敷中央病院初期研修医の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の3回目です。今回は笹松さんが鍼灸に興味をお持ちになったきっかけを話してくださっています。患者の視点に立つと、鍼灸の可能性や効果が見えてこられたようですが、症状を抑えることと、病を治すことの違いも明確に浮き彫りになっているのではないでしょうか。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 学生時代からこの医学に興味を持たれたようですが、西洋医学を志しながら、なぜ鍼灸に目が向いたんでしょうか?

 笹松 西洋医学は何となく人に優しくなさそうな気がする。検査とか注射とかもそうなんですけど、痛いですし不快感を伴う。西洋医学の先生の診療を見ていてもあんまり触ってくれないなぁというのもあって、もうちょっと人に優しい医療はないかと…。

 蓮風 それは患者さんからの視点ですよね。検査も良いんだけども、僕の身体はこうなんだよと触って診てほしいという。まぁ我々は常に“手当ての医学”という事をいうんですけども、そういう意味では東洋医学の方が優しい感じがするというわけですね。

 そういった鍼灸の優れた面に目を向けて頂いたんですけど、西洋医学がある意味で医学を支配しているわけですけれど、その中で鮮明に鍼灸医学が果たせる役割がありましたら、先生のお考えを教えてください。

 笹松 西洋医学は世の中を支配しているだとか、西洋医学は万能だっていう考え方をされている方もたくさんいらっしゃると思うんです。でも、実は西洋医学では治せない病気というのは非常に多いんです。簡単な例をとってみれば、肩こりもそうですし、頭痛もそうです。そういった西洋医学では治らないものを治療していけるのが東洋医学なので、まだまだ西洋医学に東洋医学がくい込んでいく余地はあると思います。

 蓮風 そうですね。その辺りがね、実際専門である鍼灸師が分かっていないんですよね。神経痛とか肩こりとか、それを馬鹿にするわけじゃないけど、それだけじゃないだろうというのが僕の考えなんですがね。

 難病治療というのは西洋医学にとって難病で、東洋医学にとって、やはり難病のものもあるけども、案外簡単に治るものも沢山あります。たとえば潰瘍性大腸炎とか、それに類するクローン病とか、意外と鍼がよく効くんですよね。そういうことに鍼灸を専門とする鍼灸師があんまり気づいてないんですよね。

 笹松 あともう一つ挙げると、みなさんがよくかかる病気として風邪があると思うんですけど、西洋医学で風邪というとですね、特に何もする事がないんですよ。たとえば細菌に感染した肺炎だとか、細菌が関係するものだと抗生剤を使うんですけど、ウイルス性の風邪っていうものは、抗生剤は当然効かないので、たとえば、熱冷ましを使うだとか、咳止めを使うだとかそういった症状を消す治療しかできないんですよ基本的に。

【メモ】一般の人が使う言葉である「風邪(かぜ)」は医学的に正確な定義がない。ここでは西洋医学における「普通感冒」、つまり、咳・鼻汁・咽頭痛・頭痛・発熱などの症状を呈するウイルス感染症を「風邪」とした。「風邪」は一般的に薬を飲まなくても自然に治る。「インフルエンザ」は症状が強いが「風邪」の一種と考えてよい。タミフル(R)はインフルエンザウイルスの増殖を抑える薬で、発熱期間が半日~1日程度短縮されるといわれている。インフルエンザウイルス以外の「風邪」ウイルスに対する特効薬は現時点ではない。(「北辰会」註)
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 蓮風 風邪を西洋医学的に正確に言うと急性上気道炎というような概念で捉まえてますね。もうその言葉自体がここらあたり(鼻から喉、気管の入り口にかけて)に炎症が起こっとるぞということを大まかに言ったもんだろうと思うんだけど、東洋医学で言う所の<風邪(ふうじゃ)>という概念が西洋医学には無いですね。風邪(ふうじゃ)というものこそ実は病の本質の大きな部分を表していると思うんですよ。

 というのはインフルエンザも含めて、同じ風邪でも人によって違うじゃないですか。『傷寒論』的に言うと、最初から陰証を示すものと、最初から太陽病からいくものと違いますよね。それから同じ風邪でも冬の風邪と春の風邪と夏の風邪はまた違うんですよね。それから同じ風邪でも中国で流行っている風邪と日本で流行っている風邪もまた違う。これを中医学的に言うと“因時制宜(いんじせいぎ)”=時に因る=、それから“因人制宜(いんじんせいぎ)”=人に因る=ですね。それから“因地制宜(いんちせいぎ)”=場所に因る=の3つ、つまり、時・人・場所(地理)によって色々違ってきますよ、ということを認識しています。こういう考え方を東洋医学はするんですけどね、西洋医学にはあんまりないですね。

  『傷寒論』:中国後漢の時代に張仲景という医者が著したとされる書物。当時、インフルエンザである村の人口が激減したときに、病がどういう進展をたどり、どの段階でどういう治療をすると治せるか、あるいは、こういう状態になればもうだめだ、という内容が薬の処方のみならず、鍼灸に関する記載も出てくる。最も初期の浅い位置を示すのが「太陽病」で、陽明病・少陽病とともに「陽証」の段階とされ、これらに比べより深い位置でより重篤な状態が「陰証」(太陰病、厥陰病、少陰病)である。その人の体質や誤治によってどの段階からスタートするか、あるいはどの段階に一気に進んでしまうか、など、十人十色である。(「北辰会」註)

 笹松 西洋医学にはないですね。西洋医学は気候による変化だとか、土地による変化だとか、人の心による変化だとかそういうものは切り離して考えるというかよくわからないのでそもそも考えない。

 蓮風 そこがね、東洋医学をやらないかん一番の理由にならないかんと思うんです。こういう考察をしていない。風邪一つでも時期により、それから人により、その場所によって全部違う。こういう発想がね、非常に大事な事やと思うんです。これはね、やはり東洋医学は自然とともにある人間を見つめている証拠なんですよね。西洋医学はそんなのを切り離してやってますよね。

 笹松 そうですね。実際に患者さんの話を聞いてると、腰が痛いおばあちゃんがいたとしてですね、やっぱり雨が降ると腰が痛いだとか、寒くなると腰が痛いだとか、そこを強調して言われるんですけど、西洋医学的に見ると湿気とか寒さと腰痛の関係というのは全然明らかにもなっていませんし、研究しようとする人もいないので、あぁそうですかと聞いて終わりなんですよね(笑)。〈続く〉