医学ランキング
笹松6-1

笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。倉敷中央病院初期研修医(対談当時、現・市立堺病院外科後期研修医)の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談も6回目となりました。今回は蓮風さんが治療した症例も紹介されています。複数の同じようなケースを一定の方法で改善させた―とは言えないので、科学的には「例外」で片付けられてしまうかもしれません。つまり確率的に再現性が優位ではない…と指摘されそうですが、もともと人間そのものが千差万別なので条件によって症状もケースバイケースで無限なのが現実。そこに対応できるのが東洋医学の長所でもあり短所でもあるといえるのかもしれません。しかし改善した「事実」の意味は小さくはない。患者個人にとっては、それがすべてとも言えるでしょう。(「産経関西」編集担当)

笹松6-2
笹松6-3
笹松6-4

 蓮風 最近、脳挫傷の患者さんが来院したんです。軽トラックに乗っていて、何かの間違いで止まってたダンプカーにぶつかって前頭葉が潰れとんですよ。ちょっと写真(MRI画像)を見せますね。

笹松6-5

前頭葉の白く濁っているのが損傷している部分。特に右側がひどい。反動でぶつけたと考えられる後頭部と左側頭部にも損傷が見られる。(「北辰会」註)

 前頭葉が潰れて、意識が2カ月ほどなかった。意識が戻ったけども最初のうちは「あんた誰や?」という感じで家族の顔も認識できていなかった。最近はちゃんと分かる様になってきた、鍼をしだしてね。その鍼も刺すんじゃなしにかざすだけ。

 こんな症例もあるわけ。こういうことになってくると西洋医学との矛盾がかなり生じてきますよね。良いですか? これ脳、こういう感じ(MRI画像の説明)で、最初はトイレも一人で行けなかった。それからお母さんが「これ誰?」言うたら「おかぁんや」ていう様になったね。これもお臍の近くにある穴(ツボ)で天枢という経穴があります。金の鍼を5センチくらい離してかざすだけで大分良くなりました。

笹松6-6

笹松6-7


天枢:古典では一般的に禁鍼穴として鍼をするには危険なツボとされているが、藤本蓮風は逆にその陰陽を一気に変化させる(調整できる)経穴として、正しく施術すれば著効を得られると認識し、臨床で多くの結果を出している。専門的な内容の詳細は『経穴解説増補改訂版』(メディカルユーコン)に譲る。(「北辰会」註)

 うん。その他にね、てんかんの発作が1、2回あったのかな? それもよほど疲れた時しか出ないですけども、これも麻酔科のドクターに診せたら「これ、しょっちゅう、てんかんを起こすはずや」って怒られた。西洋医学との、意見がいつも一致しとれば良いけど、まったく真っ向から違う部分があるんでね。「笹松先生は、これからどうするんかな?」っという風に思ったけど「今の時点では分からない」とおっしゃった。それで正解だと思うんですが。「北辰会」以外の鍼灸師とも交流があるんですか?

 笹松 「北辰会」と主に交流があるんですが、「北辰会」以外の先生も何人かは知っています。
笹松6-8

 蓮風 先生は、初々しくもドクターの道を歩み出しておられる訳ですけども、そういう立場からね鍼灸師たちに何か言いたいことはありますか?

 笹松 そうですね、いくつかあるんですけど…。

 蓮風 はい、それ教えて下さい。

 笹松 まず、たとえば「北辰会」で鍼灸をやられていると、西洋医学的な疾患もどんどん治療していきたいなという風になって来ると思うんです。たとえば、盲腸…虫垂炎だとか。

 蓮風 あぁ虫垂炎。

 笹松 はい。まぁ色んなもの治療していきたくなると思うんですけど、西洋医学的な治療をしたら、すぐ良くなるけど、時間が経ってしまったがために西洋医学的にも手がつけられなくなるといった、けっこう緊急を要する病気がいくつかあると思うんですよ。

 蓮風 あぁ(病院に任せる)時期をずらしてしまったと。

 笹松 はいはい。そういうところは、鍼灸で治そうと思って無理に引っ張ったがために治療時期を遅らせることになった、ということは避けて欲しい。

 蓮風 それは、まったくそうですね。ただね、弁解じゃぁないけども、私が言うように脈を診て、そして舌を診て、それからいわゆる弁証をやっておればね、これは今触って良い、触ってはいけないという順逆というのがわかるんですね。

治癒に向かう力がある状態を「順」といい、反対に治癒する力のない状態、つまり死に確実に向かっていて、それを食い止めることがもう不可能な状態を「逆」という。(「北辰会」註)

 それもねあの、ここへ(患者として)来院している民俗学者の小山(修三)先生(国立民族学博物館名誉教授)という方がおられて、ある日突然お腹が痛い、吐き気がするいうて来られた。で、僕ずっと脈とか舌がどう変化するのかを診て、「これはいかん、これは西洋医学の病院に早く行きなさい」と、30分も経たん間にそう結論を出した。ところが、その病院を紹介して送ったら、4時間かかって盲腸からきた腹膜炎やということがやっとわかったらしい。

 だからね、しっかりした(鍼灸の)学問と技術を持っておれば、これはすぐに、西洋医学の病院に行った方が良いな、これは東洋医学のままでいけるぞと判断できる。その時の話をいまだに小山先生に話すんやけど、「一本も鍼打たんかったな」って、非常に感動しておられますね。鍼をすべきでない状態だと判断できるかどうか。そういう鍼灸師が出てこんといかんのですがね。う~ん。それは、まったく先生が言うように、その場で一回だけの鍼をするにはアブナイ、西洋医学に送らなければいけないやつを、その時期をずらしたために重くしてしまった、ということは気をつけていただきたいということですね。はい。〈続く〉