「鍼(はり)」本当の姿をできるだけ多くの方に知っていただく「蓮風の玉手箱」をお届けします。春日大社・権宮司の岡本彰夫さんと、伝統鍼灸に基づく研究や後進の育成を進めている一般社団法人「北辰会」代表の藤本蓮風さんの対談もひとまずは今回で終わりになります。これまで、おふたりが強調していらっしゃることを一言でまとめてみると「偏りはいけない」ということに尽きるかもしれません。最終回も「偏り」を戒める言葉がたくさん出てきます。世の中がおかしかったり体調が悪かったりするときは、どこかに「偏り」があるのではと問いかけてみるのがいいのかもしれません。(「産経関西」編集担当

岡本11-1
岡本11-2
 岡本 明治の漢方の立役者と言ったら、やっぱり浅田宗伯ですか?

 蓮風 そうですね。

 岡本 宮内省の侍医でしょ?
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 蓮風 そうです。素晴らしい学問と技術持っているけども、前にも言ったように政治が「西洋医学じゃないとあかん」という流れを作っていったんです。

 岡本 ふーん。

 蓮風 軍人医学を中心に据えたためです。富国強兵ですね。

 岡本 はいはい。

 蓮風 そういったものを背景にしてね、医学が歪(いびつ)な方へすすんだ。もちろん西洋医学入れていいんですよ。入れていいんだけど、少なくとも何千年の日本国民の体を守ってきた実績を無視したんです。

 岡本 そうですね。

 蓮風 そこから問題がおこるんです。だから今我々ここで今叫ばないかんわけです。

 岡本 うん。そうですね。

 蓮風 現実に治す力を持っているからこないして、生き残っているわけなんであって。

 岡本 そうそう。

 蓮風 はい。

 岡本 浅田宗伯の処方をもとにしたのが「浅田飴」。

 蓮風 そうです。そうです。

 岡本 あれだけですもんな、残っているの。

 蓮風 そうなんです。

 岡本 うーん。

 蓮風 浅田宗伯先生はね、年若くして、(漢方医学のバイブルの)『素問』『霊枢』とかね、それから『傷寒論』をそらんじておられた。

 岡本 あぁ。

 蓮風 たしか7歳か8歳で、お父さんにお前あそこに風邪で熱を出している患者がおるから見てこいって言われる。ほいで、薬籠持って出かける。帰ってきたらお父さんから「お前どういう治療したか」って聞かれる。宗伯先生は「脈は浮いて、首頭が痛いし、食欲もあるし、便通もある。だから『傷寒論』にいうその太陽病の一番浅い病気」やと答える。

 岡本 はぁ。

 蓮風 だから「葛根湯を処方した」というわけです。

 岡本 うん。

 蓮風 それを7、8歳でやっているんですね。

 岡本 凄いですな。
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 蓮風 昔の漢方医の子弟っちゅうのは、『傷寒論』などを全部そらんじられたんです。たぶん岡本先生達の祝詞もそういうことだろうと思いますがね。

 岡本 昔は意味わからんでもええさかい「とにかく暗記せぇ」っていうの、あれ大事なことですな。

 蓮風 大事なこと。理屈なしにね。

 岡本 理屈なしに覚える。

 蓮風 後から噛み締めて出していくとね、「あぁこういうことやったんだ」と分かる。そういうことをしないとあきませんねん。

 岡本 素晴らしいことですね。

 蓮風 そうですね。だから僕もやがては死んでいくだろうけどね、万葉集をね、丸暗記して亡くなる前に、体が弱ったら何もできないから、それを頭の中へ入れておいて復唱してたら退屈せんやろなって思ってます。

 岡本 うん、面白いですねそれ。

 蓮風 はい。多少ボケるやろうけどね。しっかり覚えておいたらね、出てくるんじゃないかと。

 岡本 でもね、江戸時代までの寺子屋いうのはね、『論語』とか『大学』とか、人間どないして生きていったらいいかっちゅう道を丸暗記させますわな。

 蓮風 そうそう。

 岡本 あれがやっぱり人生の岐路に立ったとき、言葉が出てくるんですわな。そやからね、正々堂々と生きられたと思う。だから、あんな千年二千年かけた人間どないして生きたらええかっていう書物を教科書にするっていうことは凄いことですわね。

 蓮風 そうですね。本当に、今、今の時代下手に持ってくるとね、思想の偏ったものが教えると批判される。

 岡本 うん。

 蓮風 学校の先生自体がそうなってきてるでしょ?

 岡本 そうです。大体その教師が自分を「聖職」やと思わん人がおりますわね

 蓮風 そう、そうなんです。

 岡本 聖なる職ですからね。

 蓮風 「君が代」を斉唱してね、やっぱ日本人やったら、そら敬礼するのが本当ですよ。

 岡本 だと思いますね。

 蓮風 「そっぽ向いていいや」っちゅうような発想がね、日本の国がどないなってるんかね。

 岡本 うん。そうですね。

 蓮風 まぁまぁそういう意味でも、神道の方でも頑張って頂いて、で我々漢方医学の方も、どんどん実績によってね、必要な医学であることを叫んでいきたいと思います。

 岡本 よろしくお願いいたします。私もまた時々鍼に来させて頂こうと思います。

 蓮風 是非是非。<終わり>

 

次回からは蓮風さんと医師で僧侶の佐々木恵雲さんとの対談をお届けします。