蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)


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初回公開日 2015.4.18


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川嶋朗さん

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は今回から元・東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニック所長で、東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗さんをゲストにお迎えします。鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんと、どんなお話が展開されるでしょうか。

 まずは川嶋さんのプロフィルをご紹介して“本番”に入っていきます。

 川嶋朗(かわしま・あきら) 東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授。昭和32(1957)年、東京都生まれ。北海道大学医学部卒業。米・ハーバード大学医学部マサチューセッツ総合病院留学や、東京女子医科大学附属青山自然医療研究所クリニック所長などを経て現職。少年時代は児童劇団に所属し昭和45~46年、NHKのドラマ「へこたれんぞ」で主役を演じた。北大在籍中に東洋医学研究会創設・主宰。

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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」
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 蓮風
 川嶋先生とのお付合いというのは長いですよね。

 川嶋 長いですね、もう20年以上です。

 蓮風 そうですねぇ。今日はですね、先生がテーマにしておられる「統合医療」について、まったくの素人が聞きますので。

 川嶋 あ、いえ(笑)。

 蓮風 つまらんことを言うかもしれませんが、一つ御指導いただければ有難いと思っております。

 川嶋 こちらこそ。

 蓮風 事前に先生から私への質問をいただいてます。私の方からちょっと答えましょうか。

 川嶋 はい、お願いします。

 蓮風 まず、鍼灸を志した理由ですね。これねぇ先生にまだ言ってなかったんかなぁ。私のところは14代続く鍼医者の家系で…。

 川嶋 はい。

 蓮風 まぁ、300年以上歴史のある家に生まれて…本当は嫌やったんですよ。

 川嶋 そうですか(笑)。

 蓮風 父がやってる姿見てね。同じように人間の病気治しとんのにね…(一般の医者と比べて)華やかさがない、暗い。当時、当時のことですよ。今から50年前です。

 川嶋 はい。

 蓮風 そういうイメージがあって一回反抗して他の道を志そうとしたけど、それはやっぱりできなくて。これはやっぱり運命だなということから始まってですね。鍼をやり出したらもう面白くて仕方がなくなって、今年(対談日は2014年9月3日)でちょうど50年。

 川嶋 あ、そうでしたね。

 蓮風 半世紀。まぁ半世紀というぐらいやから、今までどうやったかという反省をする時期でもあると思っています。

 川嶋 ああ、良いですね(笑)。

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 蓮風 節目ですから感慨深いものがあるんですけれども、先生がドクターになられたのはどういう…?

 川嶋 僕はですね、これはちょっと話が長くなってしまうんですが。

 蓮風 はい、どうぞゆっくり喋っていただいて。

 川嶋 僕の身体には欠陥が2つありまして、ひとつは右の耳が聴こえない。これはもう1995年の4月の19日発症。そこまではっきり分かっている。突発性難聴で聴こえなくなったんですが、もう一つは、右足の腫瘍(しゅよう)です。

 蓮風 うん。

 川嶋 これは子供の時からのもので、僕は足が痛くないって人生(の期間)っていうのは一度もないんです。右足のふくらはぎがいつも痛いんですが、とにかく、医者にかかるのが大嫌いなんですね。

 蓮風(笑)

 川嶋 白衣を見たら床屋でも泣いてしまうぐらいの子で、世にも珍しい床屋で髪をほとんど切ったことがない子供でした。そのくらい嫌いなものですから、足が痛くても、なかなか親には言いませんでした。言うと(病院に)連れて行かれますから。で、まぁ、なんとなく黙ってそのまま過ごしてきたんです。

 でも、やはり子供の時ってのは、親と一緒に風呂に入ると体を洗ってもらったりします。その時にあまりにも足を逃がす理由を親がしつこく聞くのでついに白状しちゃったんです。

 蓮風 うんうん。

 川嶋 それからですね、おそらく東京の大学病院、総合病院で行ったことのない病院はないくらい受診しました。どこへ行っても答えは同じで、切らなければ分からないと言われました。実は当時、先生もご存じかもしれないですけど、僕は子役をしてまして、レギュラーの番組をいくつも持ってましたので…。

 蓮風 ほーう。

 川嶋 親も馬鹿というか根性があったと言いますか。メスを入(い)れれば、当然その間(テレビに)出られなくなりますね。ですから、あっちの病院、こっちの病院へ。でも、結局どこへ行っても切らせないから分からないわけです。これではもうどうしようもないですね。

 蓮風 うん。

 川嶋 自分でも悩んでましたし。じゃあいっそのこと自分が、その嫌いな医者になろうと思った。そうすれば、医者に診てもらわなくてすみますからね。

 蓮風 ははは!()

 川嶋 まぁそういう意味で一つの理由としては、自分の不調の原因を突き止めるためでした。

 蓮風 あー。〈続く〉

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鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談も今回でひとまず終了となります。前回は児玉さんの著述活動のひとつを紹介しましたが、小児救急教育にも携わっておられ、医師向けのDVD『こどものみかた ~シミュレーションで学ぶ見逃せない病気~』(上下巻各4200円+税/企画・制作:ケアネット)=写真=に講師役のひとりとして出演されています。このDVDは、子供の救急患者が診療所に来た場面のシミュレーションによって、処置、診断、家族への病状説明、小児専門医への搬送などを学ぶ構成になっています。では、児玉さんと蓮風さんの対談の最終回をどうぞ。(「産経関西」編集担当)

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 児玉 もうひとつ質問があります。

 蓮風 どうぞ。

 児玉 僕はコーチングなど心理系のことも勉強しています。昨日、コーチと話していましてね、その人が勉強している心理学的なテクニックの中での前提というのがあって、無意識は、有意識では処理しきれないので、すべて身体の症状で出てくるという前提というか…信念があると仰っていました。これをどう捉えるかです。うさん臭く捉えることもできるのですが、真面目に考えると、おそらく西洋医学も東洋医学も同じ枠組みで捉えることもできるんじゃないかなという風に感じたのです。

 蓮風 無意識をね。

 児玉 無意識をどう動かしていくかというのが、治療の根幹じゃないかなと…。そのうえで、同じ薬を出すにしても、そこの部分を念頭に置いて、どう薬を出すのかというのが最も重要じゃないのかな、と僕自身は思います。

 蓮風 そうですね。それはね、たとえば、鉛筆を持ってものを書く。動作自体は物理的な現象ですよね。だけどそれを動かすのはその人の心ですよ。その心がどういう風に動くか。基本は思った通りに書こうとするように心を動かす。しかし、その心の中にも、一定の無意識が入って来ます。こんなこと書いたらいかんのに書いてしまう。だから消しゴムで消すわけですけど。そのふっと出る無意識というものは、やっぱり意識のひとつですよ。

 だから人間が外界に働きかける場合には、必ず意識・意図があるわけです。しかし意識・意図の中に無意識の部分がある。これが案外本音なのですよね。

 僕は初診の患者の筆跡を鑑定します。見事に出てきますね。『筆跡に診る心のひだ』という題名まで付いて、その内容はすでにまとまってあるんですけど、どこか出版してくれると良いんだけどね。あれはある程度というかかなり有力な患者さんの心理状況を映していますね。そういうことで答えになりますか。

 児玉 なります。ありがとうございます。

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 蓮風 それから…患者さんにとって両医学の、どのような関わりが大切なのか…。どう思われますか。先ほどの無意識の部分では両医学が同じ枠組みで捉えることができるという話と繋がってくると思うんですけど。

 児玉 お互い尊重しあって(笑)。

 蓮風 一言にすればそういうことでしょうね。いわゆる統合じゃなしに、ひとつの病院の中に西洋医学の診察室もある、そして東洋医学の診察室もある。そういう病院を早く作った方がいいかという気がします。

 児玉 はい。西洋医学のスーパースペシャリストと東洋医学のスーパースペシャリストの両方がいるべきであって、どっちもアマチュアの人がいるべきではないと、僕は思っているんです。

 蓮風 それは、その通りですよね。分かりました。それから最後、これから医者を目指す若者、またその鍼灸師に対して仰りたいことは何でしょう。

 児玉 いやあ僕まだ若者なんで(笑)。

 蓮風 より若い人に。

 児玉 何でしょうね。

 蓮風 医学部を出て研修医になるじゃないですか。そういう人たちに「お前これだけは押さえて医学をやれよ」と言いたいことがあるでしょ。それと同じように鍼灸学校出て、これから鍼灸やる人たちに「これだけ守って欲しいな」ということがあったら教えていただきたい。

 児玉 そうですね。やっぱりベッドサイドを大事に、(「HAPPY!こどものみかた」の)あとがきにも書きましたけど「答えはベッドサイドにしかない」っていうのが、一番大事かなと思いますね。で、とにかく患者さんのベストになることだけを考えてやるようにと…。それから本はたくさん読まないといけませんが、論文ばかり読んで、患者を診ないような医者になってはいけない。

 蓮風 そうですね。理論が先行してね、生身の身体を無視してやっている。ようけありますね。鍼灸師でもそんなんがようけおります。生身の身体を診なさいと。

 児玉 そうです。

 蓮風 それは正解ですね。

 児玉 後は素晴らしい先生方を見て…先生もそうですけど…思うのは、やっぱり在り方をね、人間としての在り方を鍛えていくのが、一番医者として大事なことではないでしょうか。僕は医者の道というのは人間修養の道だと思っているんです。そこですね、在り方を鍛える。それが患者さんの無意識に関わっていくことに繋がる…。

 蓮風 非常に医学としての核心部分に触れたところで、どうも長いことありがとうございました。

 児玉  ありがとうございました。<完>

次回からは川嶋朗さん(東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授、元・東京女子医科大学付属青山自然医療研究所クリニック所長)をゲストにお迎えします。



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鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の13回目です。小説や映画にもなった江戸時代の医師、華岡青洲をめぐって「統合医療」の可能性について語られています。別の面から見ると、医師の技術や知識とは何か?という問いの答えを探る試みでもありそうです。「名医」の“意味”について考えるきっかけにする方もいらっしゃると思います。前回からは児玉さんから蓮風さんへの“質問編”で今回もその続きです。その前に児玉さんの活動のひとつを紹介させていただきます。

 児玉さんは診療とともに著述活動もされています。その成果のひとつが編著を担当した『HAPPY!こどものみかた』(日本医事新報社/4536円)=写真=という本です。子供を診察する若手医師向けの、いわば専門書なのですが、表紙をご覧になってもおわかりのように“やさしい”装丁になっていて、出版社によると、医師だけでなく保護者側からの注文も多いそうです。一般の方々も子供がどのように診察されるか、また大人の病気とはどのように違うのか、といったことを知る手がかりになるからかもしれません。

 この本の「あとがき」で児玉さんは蓮風さんについてもふれ、<藤本蓮風先生には、「医療は人間総合学である」「人間は完成体である」ことなど、医療に対する深い洞察を与えて頂いた>と謝意を表されています。また「答えはベッドサイドにしかない」と言明したうえで<「論文に縛られた医療」を脱却し、その医師「その人に結びついた医療」を行っていくべき>と強調されています。

 では今回の“本番”をどうぞ。(「産経関西」編集担当)

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 児玉 もうひとつ、どうしても聴きたいことがあります。自然治癒についてなんです。すごく大事なことだと思っていましてね。結局、西洋医学も自然治癒を活かさないと治らないんです。抗生剤や抗菌剤を使えば、菌は減るのですが、菌を減らしても治らない人というのが世の中に必ずいるんですね。

 ですから自然治癒というのをどう考えるか、というのがすごく大事になってきます。そういう意味では、僕は西洋医学でも東洋医学でも(自然治癒という)同じものを利用しているともいえます。(どちらの医学でも)原理は一緒だと思うのですけど、東洋医学における自然治癒というものを、先生はどう捉えていらっしゃいますか?

 蓮風 いろいろとあって一言では難しいですけど…。一言にすれば、自然治癒を大きく推し進める医学。それが鍼治療だと思います。だから少なくともそれを妨げるようなことはやっちゃいかんので、そのために「脈診」をしたり舌をみたり(顔の色や様子などを診る)「顔面気色診」をやったり「体表観察」をやったりする。そういうことだろうと思います。
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 児玉 その鍼の治療にはいろいろステップがあると思うんですけど、問診をするとか、話をする、診察をする、実際に鍼を刺す、そして抜いて…。先生はほとんどの患者さんに一言かけますよね。その一言まで含めて診察室から出て行くまでの間、そういう一連の流れはすべて重要だと思うんです。けれど、どこに鍼を刺すっていうことって、その診療過程の中では、どれくらい重要なのかなって…。

 蓮風 うーん。それはやっぱり重要なことですね。かなり重要なことです。

 児玉 大部分を占めている。

 蓮風 そうです、大部分。それを持って一応治す目処をつけている訳やから。そしてやっぱり、いくら話しても、患者さんの肌に触れる、それから鍼を刺すという行為自体が医療効果としては大きいですね。何もなしで治せればいいけど。

 児玉 難しいですよね。

 蓮風 いや、僕やったらやりますよ。こないだも内弟子が、咳コンコンやりだして止まらんから「目をつぶれ」と言って手を振りかざすと、スパッととれた。できるよ。出来るけども、しかし、やっぱり身体を通じて鍼をする。身体を通じて鍼をやることによって、身体が治るだけじゃなしに心に大きな変化が起こる。

 きょうも精神的な疾患の方がたくさん来ていましたけどね…。そういうことを通じて、これを先生はどういう風に受け取るかしらんけど、私達は身体と心と魂。魂の部分まで病んでるのを簡単に腕だけでは治せないです。だからそれは根気よく鍼を打つ、それから鍼で触れる、そのことによって身体が良くなる。身体が良くなることから“容れ物”が良くなるから、心も魂も安らかになっていく。それが本当の病気の治り方だろうと、こう思っております。

 児玉 鍼を信頼されて、ずっとその思いを維持し、こだわって伸ばし続けてこられた。やはりすごいな思いますね。

 蓮風 鍼のことしか知らんから(笑)。〈続く〉


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藤本蓮風さん(写真左)と児玉和彦さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談は今回で12回目。終盤に入り、児玉さんが率直に蓮風さんに質問しています。医療者と患者との「相性」という、ある意味、科学的とは言えない話も出てきます。でも治療には患者の回復への努力も重要でしょうから“やる気”を引き出すのは単なる医学の発達や技術の問題を超えた重要なことなんでしょうね(「産経関西」編集担当)

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 児玉 誰がどう考えても、先生は達人だと思うのですけども、先生の治療院(藤本漢祥院)に年間延べ何万人か来られる患者さんのうち全くの初診の患者さんの何%くらい治せるのでしょうか?今の時点で。

 蓮風 今の時点で。初診が来たら?

 児玉 かかる時間は様々だと思います。1年かかる方もいれば…。

 蓮風 一応治せるということで?うーん…一切合財を入れておれば、80%くらいかな。

 児玉 すごいですね。 

 蓮風 そうですか。80%は治していると思います。

 児玉 そうなのですね。

 蓮風 後の20%はいろいろあるんですわ。まずね、続けて来てくれるかどうかということ。それからどんだけこちらが腕を持っていても、人間同士の呼吸が合わないことがあるんですよ。そしたら治しにくいね。それから全くこちらの腕が悪くて治せない部分もまだまだありますから、そういうことを考慮すると大体80%くらいですかね。

 児玉 すごいと思いますね。すごく参考になりました。続けて来てくれるかということと、人間としての呼吸ですよね、ウマが合うとかなんとか。続けて来てくれるというのは、続けて来てくれることや、続けて来てくれないこと自体も医者の腕の中に入ると思いますか。

 蓮風 そうですね。だけど、腕があってもどうにもならんこともあるし。先生が自分はこうありたいと思っても、そうじゃない神様の力みたいなものによって、私は医者になったというようなことを仰ってたように、そういう部分はあると思います。

 しかし人生で起こったことはすべて無駄はない。意味がある。そういう意味では、出会いも別れにも、また意味がある。

 だから昔はごっつい気にしたのです。「これだけ、わしが治してやると思って、(治療を)しようとしたのに来ない」ってね。頭にきて、カッカして…。だけどね、これには深い意味があるんだと…。その深い意味をね、歳がいくと気付きます。どちらかといえば、今でもカッカする方ですけどね。だけどよく考えると、患者さんとの出会い・別れ、そして上手くいっての別れ、いろいろありますけれど、人間だけの力でどうにもならないところがありますな。そう思い始めたらね、さらにうまく運命が私を自由にさせてくれますね。実に不可思議な世界ですわ。

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 児玉 今の流れでもうひとつお聞きしたいのは、僕は今(医師になって)12年目で、ちょうど干支が一周りしたのですけども、先生が鍼灸を始めてそれくらいの頃、どれくらい(の患者さんを)治せると思っていましたか?

 蓮風 鍼をやって12年経ったら?

 児玉 今8割治せるということは、これすごい率やと思うんですよ。

 蓮風 12年ではね、まあ一人前になったな、というくらいですね。

 児玉 その時ってどれくらい治せているものなのですか?もしかしたら覚えてらっしゃらないかもしれないですけど。

 蓮風 50%。

 児玉 それで半分くらいですか。

 蓮風 なんか先生、ニコニコしている()

 児玉 いや僕は50%治せているか、ちょっと分からないですけど。確か、先生が仰られていたと思うんですけど、東大の教授が退官する時に自分の診断が合ってたのは半分にも満たなかったという話がありました。

 蓮風 言ったことありますね。

 児玉 その当時は大学に入院して亡くなられた方全員を解剖されておられたので、たぶん実際解剖してみてのことだと思います。名人と言われた人でも、確か半分くらいやったと思うんですけど。80%というのはすごいと思います。

 蓮風 自信ありますよ。

 児玉 僕自身は50%というのはちょっとあれですけど。

 蓮風 それも運命ですよ。やっぱりいろんな患者さんがいて、いろんな病気があっても、そのすべてが来るわけじゃない。私が50年やったといったところでですよ、セレクトされた人が来ているわけです。だからその中での80%やから大したことない。<続く>

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藤本蓮風さん(写真左)と児玉和彦さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の11回目。小説や映画にもなった江戸時代の医師、華岡青洲をめぐって「統合医療」の可能性について語られています。別の面から見ると、医師の技術や知識とは何か?という問いの答えを探る試みでもありそうです。「名医」の“意味”について考えるきっかけにする方もいらっしゃると思います。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 先生は基本的には(東洋、西洋の医学がひとつになる)統合医療はありえないという、お考えですよね。ところが、先生の地元の和歌山で、華岡青洲(1760-1835年)が世界で初めて全身麻酔での手術を成功させています。あれは西洋医学と東洋医学がドッキングして融合した世界だとする考え方は成り立たないんでしょうか?

 児玉 うーん。

 蓮風 「統合医療」はありえないという話と繋がってくると思うんですけど。

 児玉 僕は両方の達人じゃないので、自分レベルの立場で華岡青洲ほどの人をどう評価するというのはあり得ない…というのを前提としてですけれども、おそらくその時の東洋医学の達人、その時の外科の達人からして、青洲の外科や東洋医学の漢方の技量、知識がどうだったかということに尽きるんではないかなと思います。

 当時の達人たちと同じくらいのレベルならば「統合医療」と呼べるものではないと思いますし、それ以上の技量や知識があったのであれば一応は「統合医療」と言ってもいいのかもしれません。でも華岡青洲があそこまで評価されているのは、東洋医学の腕や外科医としての腕ではなくて、おそらく全身麻酔を発明したからです。

 ですので、青洲の評価には様々な考え方がある。大方一致しているのは、世界で初めて全身麻酔を発明して、それで乳癌(がん)の手術をやり切ったということへの評価です。もうひとつは、医学には、試してみて、また次にやってみるという実験…そういう手法があって、色々な医療を取り入れて最高のものを目指すという方向性を明確にした…。ただ僕は、それを「統合医療」だとは思っていないです。「青洲の医療」であると、思っています。

 蓮風 なるほど。話を差し挟むようですが、青洲の功績のひとつに麻酔があったと…。それから実験ということもあったということですね。しかし考えてみたら実験なしの臨床医学はあり得ますか。

 児玉 あり得ない。

 蓮風 ねえ。そういう意味では、必ずしも華岡青洲の功績ではないと。

 児玉 そうです。

 蓮風 そういうことですね。
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                 こだま小児科」=和歌山県岩出市


 児玉 僕は信念があってですね。医療、医学というものは本に書けないものというか、その人に結び付いた医療とか医学があるはずです。術者というか医者に結び付いた医学なんです。以前、落語家の方が仰(おっしゃ)っていたのですが、何回同じ話をしても、やればやるほどその人の落語、同じことを喋っているんだけど、その人に結び付いた落語、話である。

 医学も一緒で、その人に結び付いた医学なんですよ。名前だけの問題であれば「統合医療」でも何でもいいとは思うんですけど、混ぜればいいという話ではなくて、そこに自分なりの信念がないと良い医療とは言えない、僕はそう思っています。

 蓮風 特に鍼をやっていると、自分の鍼…それから弟子たちがやる鍼、それから「北辰会」の人間がやる鍼。何でこんなに同じこと教えているのに違うのかなと思います。先生が言うように、その人の人間性とかカラーが大きく影響しますね。もちろんそこから出てくる手の感覚とかそれに基づく鍼の操作とかセンスいうもんだろうと思いますがね。つくづく人間の個性が大きく関わっているなと思いますね。

 児玉 先生、どうしても聞いてみたいことがひとつあるのですけど。僕、先生は、すごいと思うんですよ。僕らには治せないものを治せると、思っていますけれど、先生ももう臨床50年になられました。そして、次の50年って人間的には、ちょっと難しいかなと思っています。先生だとあるかもしれないですけど(笑)。
 
 蓮風 (笑)。東洋医学の原典というか聖典には「100歳まで生きて100歳にして子を生す」と書いてありますから、そこまでいったら私もかなりのものだと思うのだけど()、せいぜい、あと20年は、鍼を楽しもうと思っていますね。
<続く>


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