蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)


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藤本蓮風さん(写真左)と児玉和彦さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の2回目をお届けします。前回は児玉さんが医師となった環境の話題から始まりました。『HAPPY!こどものみかた』(日本医事新報社)という本やDVD『こどものみかた シミュレーションで学ぶ見逃せない病気』(ケアネット)の制作にも関わりながらも、臨床の悲喜交々(ひきこもごも)のなかに面白さを感じるとお話しになりました。今回は、その続きとなります。(「産経関西」編集担当)

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 児玉
 本を書いたりとか、DVDをつくったりする仕事もすごく刺激的で面白いんです。両方ともすごく楽しんでやってます。

 蓮風 なるほどね。

 児玉 なんですけど、ちょっと(臨床とは)種類が少し…。

 蓮風 違いますか?

 児玉 違うかなぁと。

 蓮風 先生は僕の目から見ると、東洋医学的なね、物の見方、考え方…。特に人間を見つめる目が僕によく似てると思うんですけれども、結局、臨床の中で患者さんが良くなるということは、どういうことなんですかねぇ?

 児玉 先生に最初にお会いした時にそのお話をしましたね。その時はたぶん「僕が必要でなくなることだと思う」とお答えしたのではないでしょうか。医者が必要じゃなくなるっていう状態が患者さんが良くなる、治るっていう状態なんだろうなっていう風に思ってまして…。

 蓮風 あー、そうですか。

 児玉 ええ、今はまたちょっと考え方が少し変わってきてまして。

 蓮風 ちょっとずつ変わりますでしょ。

 児玉 はい、変わってきてますねぇ。

 蓮風 やっぱりねぇ、色んな患者さんに出会って自分の世界が変わっていくからでしょうね。

 児玉 先生にお会いして色んなお話をさせていただいたのが一番大きいかと。

 蓮風 いやいや(笑)。
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 児玉 やっぱり「藤本漢祥院」で学ばしていただいたことっていうのは、医学そのものもそうですし、哲学的って言うと変かもしれないですけれど、どういう風に患者さんっていうか、人間を捉えるかっていう所とか。

 蓮風 そこ、そこですね。人間観ですね。

 児玉 そういう所をですね、すごく学ばせていただいてます。

 蓮風 いやぁ、嬉しいですわ。優秀な方ですからね。せっかくここまで西洋医学をやっておられて、東洋医学をもっと深く学ばれたら、恐らく先生自身がさらに変わっていくだろうと思います。今の段階で、ここまで来ているのですから、まだまだ変わっていかれるはず。それは僕も楽しみなんです。

 児玉 有り難うございます。

 蓮風 ちょうど自分の子供を育てるような気持ちで、色々と「こんなんもやれ」「あんなんもやれ」「どう考えますか」っていう課題を出していくのも楽しい。そして、その中で先生が大きくなられるのを見るのが一番の楽しみです。ただ、そういう意味で長い付き合いになると思います。よろしくお願いします(笑)。

 児玉 有り難うございます(笑)。先生も同じだと思うのですが、僕らが本を書くっていうのは自分たちが信じる医療を世の中に広めていきたい、より良い医療を受けられる人が増えていってほしいっていう思いからなんです。やっぱり先生が僕らに色々と伝えてくださるということからも、そういう思いをすごく感じてまして、そういう面でも勉強させていただいています。

 蓮風 なるほど。〈続く〉


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初回公開日 2015.1.10

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藤本蓮風さん(写真左)と児玉和彦さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は今回から、和歌山県岩出市の医療法人明雅会「こだま小児科」理事長で医師の児玉和彦さんをゲストにお迎えして、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんと対談された模様をお届けします。まず“本番”の前に児玉さんの略歴を以下にご紹介します。

 こだま・かずひこ 小児科医、医療法人明雅会「こだま小児科」理事長。昭和53(1978)年生まれ。和歌山県出身。京都大学医学部卒業。神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)内科研修医、医療法人鉄蕉会「亀田ファミリークリニック館山」家庭医診療科、医療法人同仁会「耳原総合病院」小児科医長などを経て現職。日本小児科学会小児科専門医、日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医医療専門医、同指導医、日本内科学会認定内科医。日本小児科学会、日本小児心身医学会、日本プライマリ・ケア連合学会、日本内科学会に所属。

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 蓮風 児玉先生、「蓮風の玉手箱」へようこそ。

 児玉 お招きいただき有り難うございます。

 蓮風 きょうは、よろしくお願いします。ドクターのゲストには毎回最初に聞いているんですけど、先生はなぜ医者を目指されたのでしょうか。ここらから聞かせていただきたいと思います。

 児玉 はい、そうですね。「なぜ医者に?」っていうのはよく聞かれるんですけれど、うーん、そうですね、父と母が医者だったのと、父方の大叔父が軍医でしたので。

 蓮風 ほー。

 児玉 南方の島で戦死してるんですが、そういう繋(つな)がりもあって、医者というものに対してのイメージがあったわけですよね。

 蓮風 そうでしょうね。

 児玉 はい。ですから、医者を目指すとか医者になると決めること自体はすごく自分にとっては自然なことでありましたね。

 蓮風 はいはい、環境がね。そしてやっぱりお父さんお母さんが患者さんを治していく姿を見られて、やはり良い仕事だなと、そういうことですね。

 児玉 そうです。自宅で診療してたわけじゃなかったので、実際に治してる場面には出会わなかったんですけれども。

 蓮風 あー、そうですか。

 児玉 夜でも求めに応じて出て行ったりとか…。やはりそういう仕事に対する真剣さっていうか、そういうのは感じてました。

 蓮風 それは大きいですよね。やっぱり、親の背中を見て育つというようなことを言いますがね。環境は大きいですね。

 児玉 はい。

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 蓮風 かくいう私も、そういう(鍼灸師の家系という)環境の中で育ったから、鍼灸を目指したということだろうと思いますがね。しかし最初は抵抗あったんですよ。

 児玉 あー、そうですか。

 蓮風 僕らがね、21歳いうとちょうど50年前ですから。非常に(鍼灸の)医療としての環境も良くなかったですね。特に西洋医学のお医者さんにすると、あれはなんじゃというような白い目で見られる。今でもありますけど、それでもずいぶん良くなりましたね。そうするとやはり、ご家族の影響が大きかったと。

 児玉 そうですねぇ。平たく言うとそうかもしれないですが、どちらかと言うと神仏のお導き的な所かもしれないです(笑)。

 蓮風 (笑)

 児玉 なんかこう自分のこう、なんていうか…。

 蓮風 意志というよりも、運命的なものがね。

 児玉 はい、そういう感じがします。

 蓮風 誠にそうだろうと思います。先生は小児科・内科がご専門です。『HAPPY!こどものみかた』(日本医事新報社)という著作やDVD『こどものみかた シミュレーションで学ぶ見逃せない病気』(ケアネット)の制作にも関わっておられます。お仕事に非常に熱心ですが、面白いですか?(笑)。

 児玉 あー、そうですね(笑)。面白いのは面白いです、やっぱり。ただ、僕は医者になって12年目になるんですけれど、面白さで言うとですね、やっぱり臨床をしてるときの方が面白いです。本を書いたり、セミナーをするのもすごく楽しいんですけども、すごく落ち込むのも、すごく幸せな気持ちになるのも両方ともやっぱり臨床ですね。

 蓮風 あー、そうですか。患者さんに出会って、患者さんの病気を治そうと格闘してる時。

 児玉 そうですね。すっごく上手くいかなくて落ち込むこともあるんですけど…。

 蓮風 あります、あります。

 児玉 やっぱりすごく、あぁやったなって思うのもそっち側で。

 蓮風 悲喜交々(ひきこもごも)があるわけですね(笑)。〈続く〉

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藤本蓮風さん(写真左)と関隆志さん=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。東北大サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)高齢者高次脳医学研究部門講師の関隆志さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談も最終回です。前回に続いて今回も、小山修三さん(国立民族学博物館名誉教授)も加わっての鼎談。ドイツの鍼治療事情の紹介で締めくくりとなります。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 ドイツに住んでいて帰国すると、うち(藤本漢祥院)へ治療に来る日本人がいるんですが、ドイツでいくつか鍼治療を受けたけれども、もうひとつスッキリしないというんです。だから、わざわざ2カ月から3カ月に1回治療にきます。(日本とは)鍼の技術には違いがあるんだけれども、福利厚生のシステム的には非常にドイツは進んでいるわけですね。

 関 医者の鍼治療の学会というのがちゃんとあるんですね。だいたい他の国は医者のライセンスを持っていて鍼治療をやるという方向になっていますね。あとは西洋の国々では、健康保険のからみもありますが、ものすごく鍼治療の人気があります。ドイツはですね、1990年代には鍼治療は全部健康保険適用でした。ものすごく保険料の支払い額が大きかったらしいですね。それだけ人気があった。

 蓮風 その患者さんも、僕が通院証明書を書いたら向こうで保険が下りると言ってました。

 関 ドイツはプライベートの保険(と公的保険との併用)です。ですからお金を多く払うと鍼治療もカバーされるとか色々ですから。あまりにも人気があるということでいったん保険適用をやめたんですね。それで、ドイツが偉いのはものすごい莫大な予算を使って、何十万人という鍼治療の患者さん対象に、科学的な調査をやりました。それで腰痛と変形性膝関節症と偏頭痛と緊張性頭痛…。これには明らかに中医学的に診断して鍼治療をやると効くという結果を出したんですね。それも超一流の臨床の雑誌に。

 小山 偉いなあ。

 関 偉いんですよ。それでいったん保険適用をやめたのを、5、6年くらい前に腰痛と変形性膝関節症はやはり極めて効果的だから、もう一回やろうということでまた適用にしたんですよ。ちゃんと検証して科学的なエビデンス(証拠)を示して、そういう根拠をもとに保険医療の適用も決めていく。非常に科学的にやっている国ですね。
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 蓮風 そういう検証によって、これは効果があるとかないとか決めるというのはWHO(世界保健機関)とよく似てますね。

 関 これはWHOというか今の西洋医学の論文を書くには、この病名にこうやったらこう良くなったという論文でないとですね、(東洋医学のように)こういう「証」(病の状態)にこうやったらこう良くなったと言っても…。

 蓮風 通らない。

 関 通りにくいんですね。

 蓮風 通らないのではなしに、通りにくいんですね。

 関 どういう事かと言うと、「証」という概念をみんな知らないので「証」というものをいかに科学的なものとして説明できるかということにかかっているんですね。ですから「証」というものを誰でも分かる言葉で科学的に説明できれば、科学的というのはなんて言うんでしょうね、これこれこういう症状があって、そんな感じでもいいとは思うんですが、そうすれば論文になるとは思うんです。ただあんまりそういう論文は今の所ないのが現状ですね。

 蓮風 そういう意味で昨日ちょこっとお見せしたんですけど「北辰会」で作った『北辰会方式 実践編』と『理論編』ですね、ああいう本はどうですか、先生?

 現在「北辰会」がノーカット無修正版を先行製作販売し、同会の定例会の一部のカリキュラムでテキストとして活用している。2015年内に緑書房社から正式発刊の予定で校閲作業進行中の本格的なテキスト。(註:「北辰会」)

 関 ああいう積み重ねがとっても大事で、先生のご著書で『実践から理論へ』※※というタイトルをつけていらっしゃるのが4冊ぐらいあると思うのですが、非常に素晴らしいことで、やっぱり実際に患者さんを治した中からエッセンスを導き出すというのが非常に大事。ですから伝統医学というのは古い学問ではなくて、進歩させなければいけない学問なんですね。それをまさに先生はなさっている。

 ※※『鍼灸医学における実践から理論へ』という本。パート1~4まで4冊が、たにぐち書店より既刊。臨床実践の事実、そこから導かれる多くの理論や問題提起などが展開されている。(註:「北辰会」)

 蓮風 ただ臨床家としてとにかく病気を治したい、そのための理論を伝統的な部分に求めてきているということなんですね。関先生、長時間ありがとうございました。小山先生もありがとうございました。<了>

次回からはゲストに小児科医の児玉和彦さんをお迎えします。

 

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藤本蓮風さん(写真左)と関隆志さん=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東北大サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)高齢者高次脳医学研究部門講師の関隆志さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の11回目をお届けします。前回から対談に同席されていた小山修三さん(国立民族学博物館名誉教授)も加わっての鼎談となりました。今回は「気」をテーマにした科学的な論文の執筆は可能か、という前回の話題の続きからドイツでの伝統医学の現状に焦点が移っていきます。(「産経関西」編集担当)

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 小山 この間、蓮風さんと話をしていて鍼灸は民族学に非常に似ているという話で盛り上がりました。「なんで人間が生きてきているのか?」とか、「なぜあんな所で生活できているのか?」というような疑問を持って探っていくと、結局、観察というか、そこに生きてきた人の経験から導き出された知恵に至る過程や結果を科学とみなすほかない。物理的にどうこうというのとはどうも違うなというような話はしていたんですね。

 だから、言葉で証明するのは難しいけれど、病気や人間というブラックボックスがあって、身体のここを押したり刺激したりしたら、こういう症状がこう変わったとかいうのがあって、そこから身体の構造や病気のメカニズムの理論を構築していったのが鍼灸や漢方だという関先生の説明は面白かったですね。

 もうひとつ面白かったのは、日本の鍼灸というのは、明治維新以後、すごい迫害をされてきたわけでしょ。僕らからすると、なんで鍼灸は生き残れたのかと思うぐらいなんです。でも庶民は知っているんですよね。鍼の効果というようなものを。私の子供時代をふりかえっても、ずいぶん経験があるんですよね。暴れて背中に灸すえられたとか、夜尿症とかね。それが臭いとか、痛覚とかそういうのと入り混じっていて「ああ、こういうふうに生活の中に鍼灸は染みついていたんだなあ」というのを思い出す。蓮風さんみたいな人が治療法則を研究したり、学術理論を高めていったり理論化しようとしたりしていますし、よく日本人は伝統医学を捨てなかったものだと感心しているんですけれどもね。

 この前、民間薬を調べていて『神農本草経』ぐらいから、もう少し具体的には『延喜式』※※の時代からピターッとシステムを受け入れてそれがずっと続いてきて、江戸時代に入るあたりの1604年以前に『本草綱目』※※※が出てきて、地方などで一生懸命に薬草とか調べて、なかなか努力したラインがあるんですよね。人間は「病気と死」には敏感だったんでしょうね。それをぱっと捨てられなかった、いや捨ててしまいそうになったというのがおかしいんですよね。

神農本草経:中国最古の薬に関する書物。個々の生薬の効能について書かれている。

※※延喜式:平安時代の法令集。この中に、典薬寮(てんやくりょう)=当時の宮中で医薬を扱った役所=で用いられた薬のリストが掲載されている。

※※※本草綱目:中国明代に、李時珍が著した薬の専門書。膨大な内容を誇り、現在でも珍重されている。
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 関 なぜなくならなかったかという理由は2つあると思い ます。ひとつはやはり、患者さんがですね、これはいいんだと、あの先生に鍼を一本刺してもらったら良くなったと、そういう実体験があるわけですね。これはなくなるはずがないんです。

 あともうひとつはですね、やはり教育ということになると思います。一般の患者さんに治療をして、鍼灸に対する正しい意識を植え付けるというのも教育ですけれども、やはりプロフェッショナルとしての医者の教育に伝統医学がなければ、やはりおかしいと思うのは当然の反応ですし、ですから患者さんのこういう風にやると良くなるという経験があったことと、なんとか(伝統医学を)残そうとした医者がいたのも間違いないわけで、それでなんとか残ってきているんだと思うんですね。

 実はこれは日本だけではなく、中国も西洋医学が入ってきた時に、今までの伝統医学がダメになりかけたわけですね。ただ毛沢東が昔の伝統医学を集めて今の中医学の基礎を作らせたりとか、それも非常に功績あったと思います。とはいえ、どこの国でも近代化の過程で一度つぶされそうになったけれども、患者さんが、あれ(伝統医学)で救われたという思いがあって残ったのではないかと私は思っているんです。

 小山 そのような例はオーストラリアに行ったり、アメリカのインディアンの所に行ったり、それからベトナムにこの間行ったりとかして、割合見ているんですけれども、ドイツでびっくりしたのは薬草のすごさね。あれもちょっと分かれているのかな、ドイツ医学と。

 関 ドイツはですね、ナチュロパシー(自然療法)といいまして、薬草というのはすごい経験医学としての蓄積があるんですね。あとドイツで驚くのは、薬草関連でいうと、中国医学も入っていますし、それからアーユルヴェーダも入っていますし、ホメオパシーというのですが、これもものすごく普及しているんですね。その他もろもろ薬草関係で全く違うその国の学問がものすごく受容されている国なんですね、ドイツは。

 蓮風 ドイツはそういうところがあるんですか?

 関 はい。鍼治療もものすごく人気があって、人によって言う事が違うんですけど、医者の2割から3割ぐらいが鍼治療の認定医資格を持っている。ドイツは日本と全然違って、認定医になるのがえらく大変なんですよ。200時間から300時間以上も週末にカリキュラムをこなしてさらに講習を受けなければ認定医になれないんですね。それでも2、3割の医者が認定医になってるんですね。〈続く〉

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藤本蓮風さん(写真左)と関隆志さん=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東北大サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)高齢者高次脳医学研究部門講師の関隆志さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の10回目をお届けします。今回は東北大での工学系の研究グループと漢方内科との共同プロジェクトについて関さんが説明してくださっています。それから東洋医学の「気」と現代科学との関係についても言及されています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風
 関先生がいらっしゃる東北大学漢方内科と「北辰会」が協力しあって患者さんのために今後何ができるでしょうか?

 関 非常に困難だとは思うんですが、蓮風先生がなさっている体表観察を機械でできないかなと考えています。東北大学は医学部よりも工学部…工学系のテクノロジーが世界のトップクラスの能力を持っている。今そこの先生たちと共同でいくつかのプロジェクトをやっています。

 たとえばお灸をする機械です。鍼灸治療の代わりに超音波を使う。普通の超音波ではなく「集束超音波」と言いまして、パラボラアンテナみたいな所から超音波を出して、皮膚から何ミリメートルの所に超音波を集束させるんですね。それで刺激を起こす。そうすると痛くも痒(かゆ)くもない刺激ができるんですね。

 蓮風 そういうので医療的に効果が出てきますか?

 関 普通のお灸、あるいは漢方薬と、お灸の機械を比較すると、たとえば「神厥(しんけつ)」…おへそにあるツボを温めた場合などが明らかですね。腸に血液を送る動脈で上腸間膜動脈というのがあるんですが、42度ぐらいに温めるとですね、20分から30分すると血流がガーっと上がるんです。「足三里」に鍼を刺しても同じように変化しますし「大建中湯」を飲んだ時にも同じように変るんですね。

 それから集束超音波を確か(足の甲にある)「太衝(たいしょう)」にあてるんですが、太衝に鍼をするとですね、上腕動脈の血流が増えるんですね。要するに冷え性が良くなったりとかいう現象のメカニズムだと思うんですが、それと同じように集束超音波をあてるとですね、やはり同じように増える。そうして鍼と超音波、あるいは鍼と温熱刺激、刺激は違いますけども同じような効果が出る可能性があるということが分かってきました。

 蓮風 そういうことを通じて体表観察を機械化できないかと考えてるわけですね?

 関 それで今は、サーモグラフィというのが昔からありますけれども、皮膚の直下の血流をもっと瞬時に定量化できる技術が開発されてきていまして、それを用いて新しい診断装置ができるのではないかと検討している所です。

 蓮風 僕もサーモグラフィというのは非常に面白い発想で、それで鍼の効果が客観的にわかれば、素晴らしいことだと思います。体表観察をどこまで機械化できるかというのは、ぜひともやって頂きたいと思います。できる可能性はありますか?

 関 かなり困難だと思いますね(笑)。
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 蓮風 そこなんですね。人間の掌というのはものすごく色んな要素を持ってますからね。東北大学というのは、工学関係が得意であってその部分でどこか突破口が作られるかもしれませんね。私が思うには、大学という環境ですから色んなデータをとっておられると思います。そういう難病治療の情報と「北辰会」が持っている症例データがありますから、相互にデータを活用して交流やっていったらいかがかなと思いますね。

 後は(鍼を刺さない)打鍼法というのは面白いでしょ。あれの効果というのは大きいものがあるので、お互いに講習会みたいなものを開いてみるとかね。ちょっと遠いけれども、惚れて通えば千里も一里。やっぱりお互いに道を志していけば、そういう距離も超えることができるかもしれませんね。
 
 あと何か先生に聞きたいこと、同席いただいている小山(修三)先生(国立民族学博物館名誉教授)はどうですか? 何か今までのお話を聞いて?

 小山 色々と面白かった。最後に「できる可能性はありますか?」と言ったら、「かなり困難だと思う」と言ったことが面白くて…。蓮風さんの、手で触って身体の中を調べる技術と鍼一本で治す技を、何億円も使って何年も研究をしても、結局は訳分からんなあという風になるんじゃないかなという場面を想像して、おかしかった。

 私が学会とかそういうインテレクチュアル(知的)なところに入っていって思ったんですが、私らの若いころは西洋医学が絶対だった。何が鍼だ灸だと、そんなん効くかという感じでしたね。うちの兄が医者をしていたんですけれども、全く表面上は受け入れない。気がつくと私らも鍼とか灸とかいうものに否定的になっていたんですね。ああいう迷信的なもの…「気」がどうのとかこうやったら分かったとか、私達の言葉の世界の中で証明するのが非常に難しいわけでしょ。

 「気」というのは。どうですか、学問的に。これでいけますかね。「気」とは何かという論文を、私たちのレベルの人たちが理解できるような論文として出せますか? 先生。「気」とはなにか?

 関 「気」に限らずですね、気(き)・血(けつ)・水(すい)、中国医学では水を津液(しんえき)と言いますが、日本の漢方だと水と書いて「すい」とよみますけれども、非常に概念的な、物体というよりは概念ですね。伝統医学というのは、病気とか人間というブラックボックスがあって、おそらくですけれども、その時に例えば身体のここを押したとか刺激したと、そしたらこういう症状がこう変わったとか、こういう草や葉っぱを煎じて飲んだらこういう症状がこう変わったとか、そういうブラックボックスに対して刺激があって、アウトプットがあって、そこから身体の中の構造というものを、あるいは病気のメカニズムを考えていったんだと思うんですね。その積み重ねで、それで理論的に構築していったのが、今の鍼灸や漢方の学問だと思うんです。

 ですから、あくまでも、やはりこうだろうという所だと思うんですね。それそのものを見ているというよりは、刺激に対する反応をみているというのが正解だと思うんです。たとえば「気虚」と言いまして気が足らない状態。そうすると疲れやすい、息切れがする、しゃべるのも嫌だとか、それが消化器系にでれば食欲がないとかお腹を壊しやすいとか、呼吸器にでれば風邪を引きやすいとか、そういう気虚というのがあって、それに対して、足らなければ補うという治療をするわけですね。

 これは西洋医学だけを勉強してたらそんな訳の分からないこと何言ってんだと思うわけですけど、実際にそういう患者さんに、たとえば薬でもいいですし、あるいは足三里などのツボに鍼治療でもいいんですけど、やれば症状が変わるんですね。そうすると気というのは何なのか分からないけれども、そういう風に昔の人は気が足りなければこうやればこう良くなりますよ、という通りにやるとそうなるので、そうすると気というのは本当に誰も分からないけれども、少なくともそういう現象はあるから、「気」というのはあるんじゃないかなという風に臨床して始めて感じましたね。ですから先生が今おっしゃった気の論文を書けるかというと、あくまでもインプットに対するアウトプットをみているので、そういう「気」というものを想定すると、どうも、うまくいく…そういうことではないのかなぁと私は思っているんですね。〈続く〉

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