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鍼灸師で「北辰会」代表の藤本蓮風さんと帝塚山学院大学教授の杉本雅子さんの「鍼(はり)談義」の第8回目をお届けします。今回は杉本さんが患者側の率直な疑問や、願いを蓮風さんに伝えてくださっています。買い物をするときは「賢い消費者」が得をするのと一緒で、病気になったときも「賢い患者」になったほうが得なのは当たり前のようです。ただ人それぞれの価値観や「体の性格」があるので選択肢も多様のようですね。回を重ねるごとに「鍼」への印象が変わってきた方も多いようです。今回は「鍼」も色々だということがさらに理解できるのではないでしょうか。(「産経関西」編集担当)
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 蓮風
 薬で(病気が)治るのも不思議やけど、鍼で治ること自体が、もう、ほんとに生命は上手く出来とって、それをよく見つめた人たちが鍼の名人になれるんです。

 杉本 うん。まぁそこがまた難しいところですけどね。今日先生と改めてお話しして、やっぱり鍼って難しいんよね、っていうのは思いますよね。でも、広めてほしいですね、ぜひ! このあいだ、たまたまここ(藤本漢祥院)にいるときに、お弟子さんたちが「初診予約の患者さん、時間の折り合いがつかなくって、キャンセルになりました」って話してるのが耳に入ったんです。家帰ってね、「今日、鍼のね、初診をキャンセルしてた人がいたんだよ」って夫に話したら、夫が「それは惜しいことをした。その人せっかく治るチャンスを無くした」って言って、私もそう思ってたんで「そうだよね、せっかくのチャンスなのにね」って言い合ったんですけど、いくつかの選択肢があって受けないのと、知らないで受けないのと、全然違いますからね。

 蓮風 医療の本質に関わる問題やけど、西洋医学は確かにこっちを良くするっていうことをやるんだけど、反面また副作用とかがあるでしょう?これは(鍼灸治療をする内科医)の村井和(むらい・かず)先生(北辰会)がよく自分の言葉で「鍼には非侵襲性がある。決して侵さない、侵さずして治す医療っちゅうのは、やっぱ西洋医学にはあんまないな」っていうことをおっしゃるんですよね。

 杉本 結局、病気が重かったら重い薬というか、激しい薬を使わないといけないということですよね。この間、皮膚がかゆかった時に、結局、ステロイド飲むことになっていたんですよ。もの凄く腫れてたし。だけど医者もあまり使いたくないくらい強いので、どうしようかなっていう感じだったんですけど、結果的には出たんですね。勤務医時代にはその先生は出さなかったらしいんですけど。ここ(藤本漢祥院)に来るまで飲んでましたけど、1日かな?2日くらい。だけど、来てからはもう飲まないですみました。見事に小さくなっていったんですよ。本当に。うん。見事に小さくなっていって、びっくりしましたから。うーん。で、これは私みたいに鍼の近くにいる人間でも知らないんですよ。

 蓮風 そうそうそう。

 杉本 打鍼も知らないし。そうするとね、鍼ってね、やっぱり受けたたことのない人に聞いたら、なんか、もう怖いとか、痛いとか思ったりするかもしれません。こないだなんか、先生にここ(左手の尺側=小指側)刺してもらって頂いたとき、刺したときはちょっとはそりゃあ痛みとか感じることもありますけど、それよりもなんかね、入っていってね「あっ気持ちいい今日は」って思ってたんです、実は。

 蓮風 あぁ、それはいい。

 杉本 「あっこれ凄い気持ちいいわ」って。鍼刺されて気持ちいいってことなんて…。 
 
 蓮風
 ないでしょ普通。「気持ち良くなって、しかも治るんだ」という患者の声は、素朴にも当たっているんです。

 杉本 うーん。まっ、そうですね。
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 蓮風 で、それがね、起こることは、もうひとつ言えば、生命に適う医療ということ。良くすることはあっても、悪化さすことはないんだという。まぁ、これは技術的には悪くすることが、これはいかんよ。そうやけど、通常良くしようと思ってやって、それが適量であっても、西洋医学の場合はどっかを悪くすることがある。そうやけどこの医学は、生命にもともと適った医学やから、正しいやり方さえやってる分には全然問題ない。これはね、医療として非常に重要な部分だと思うんですよ。だから西洋医学をくさすわけじゃないんやけど、この医学の特徴って言ったら非常に気持ちよくなるんだって患者の声がね、私は当たってると思うんですが。

 杉本 先生、あれはどうお考えなんですか?そのぅ、手術をしなくちゃいけないような病気って、まぁあるじゃないですか。

 蓮風 あります。

 杉本 そうですよね。で、そういうようなものは、やっぱり西洋医学なんですか?

 蓮風 いや、それも切らずに済むようになるやつもあるんですよ。

 杉本 はぁ。

 蓮風 すべてじゃない。たとえばね、あの、盲腸。

 杉本 盲腸?

 蓮風 うん。

 杉本 はい。

 蓮風 前に中国へ一緒に行った内科のドクターで、呼吸器内科の先生がいましてね。その先生は宿直医なんですよ。

 杉本 うん。

 

 蓮風 宿直にあたった。そこで夜中に何が起こっても大抵処置しないかん。

 杉本 うん。

 蓮風 そのドクターが、腹痛の患者を診たらねぇ、やっぱり盲腸やということがあるんだって。 で、西洋医学的な鉄則からいくと本当は手術をせないかんらしいのだけども、「わしは鍼したら治ると思うんやけど、どないしたら良い?」ってそのドクターが(私に)聞くわけ。〈続く〉

 杉本 うん。

 蓮風 だから、鍼やるんやったら、「もしこういう反応出とったらこうせぇ、そうじゃなくこっちにこういう反応出とったらこうしてみたらええんやけどな」って(教えた)。そしたら、その通りそのドクターが自分の判断でやりよって、そのドクターが翌日(その患者を)覗きに行ったら、なんと! 治ってたらしい。

 杉本 あらら。

 蓮風 で、冗談で、その、内臓外科の別の先生が「わしの(手術の)仕事の邪魔したらいかん」って(笑)。これまぁ冗談やけども。そのようなこともできる。

 杉本 盲腸なんていうのは、どっかの炎症だからっていうことですかね?

 蓮風 いやぁ。我々は腸癰(ちょうよう)っていって、腸のおできというものは、やはり気血の巡りが悪くなっているから、上廉(じょうれん)=巨虚上廉(こきょじょうれん)、上巨虚(じょうこきょ)ともいう=というツボを使って、ほとんどが正気の弱りがさほどなく、邪熱や瘀血や湿痰などの邪気が中心となる“実型”やから、そういうツボに(実際に反応が出てれば)鍼を刺してうまく邪気を散らして気血のめぐりを良くする術をやると腹膜炎も起こらない。ところが…。

 杉本 ところが?

 蓮風 (国立民族学博物館名誉教授で大阪・吹田市立博物館館長の)小山(修三)先生っていうのは面白い人で、私の患者でもあるんやけど、ある日もう、吐き下ししてね「どないした?」って言ったら「いや俺は藤本さんの鍼を受けたら治るんや」って言って来たんやけど、脈診たらどうもおかしいんや。で、鍼一本もせんと、ちょっとツボを調べてみたけど反応が悪いから「これは先生すぐ外科行かなあかん」って。ほんであの時は病院に行ってもらった。なんだかんだ4時間かかって、やっと盲腸から来た腹膜炎やと言われた。

 杉本 はぁ。もう腹膜炎になってたんだ。

 蓮風 だから俺はもう危ないから早くやれって言うてるのに…。そこまで見破るんですよ。だから、そういう本当に腕のある人にかかったら、まぁ安心・安全。

 杉本 要するに先生は西洋医を否定しているわけじゃないんですよね、全然。

 蓮風 そう!してない。

 杉本 うん。それで何、西洋医はそれで調べるのに時間かかっちゃったんですね。

 蓮風 そこが面白い。機械をたくさん使って4時間かかってる。僕は脈診と舌と、お腹を触るだけでわかった。

 杉本 ほぉ~ん。

 蓮風 これも、東洋医学のやっぱ凄い点じゃないですか?

 杉本 そうですね。

 蓮風 人間の五感を頼りにしてやっているけど、なんか一見、主観的とかなんとか言われ、怪しげに見えるけど、そうじゃなしに、客観性をとらまえているから、そういうことが言えるわけ。


 杉本
 うーん。いや怪しげっていうのは多分ね、関係無くて、怪しげって思えるのは、そのなんか、やっぱ診立ての個人差があるからだと思います。

 蓮風 あぁ、なるほどね。

 杉本 診たての個人差がね。怪しげって見せてしまう。マニュアルがある方の医学は、マニュアル通りにやっていれば、まぁ当たらずといえども遠からず。10のうち8くらいは、ヒットするかなって。東洋医学はなかなかそういう風にいかない。マニュアルはあるけれども、そのマニュアルの使い方っていうのにマニュアルがいるくらい。

 蓮風 そうそうそうそう。

 杉本 そういうようなものなので、あまりにも、こう、深いものなのですからね。それ使うとやっぱり使う側の腕によって1から10くらいまで差が出てしまうかもしれない。で、その1の方を見た人は「あれ~?」って思う。10の人を見た人は「奇跡だ!」と思うかもしれない。

 蓮風 うん。うん。
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 杉本 このね、やっぱり、差が出やすいっていうのはね、これは、まぁもちろんですけども、鍼の先生方にそこはちゃんとして頂きたいというのが受ける患者としてはあります。

 蓮風 そうそうそう。

 杉本 でもそうするとね、患者も鍼にかかるときに、一体どこの鍼の治療に行っても、まぁ蓮風先生が盛んに鍼は凄いよってやってらっしゃるけど、でも一人、1から10のうちの1程度の腕の人に見てもらったら、それでいっぺんにね、鍼に対する評価がごぉーんっと落ちちゃうわけですね。ありましたよね、去年。あの、死んじゃった人。本当は打っちゃいけない人が打ったかなんかして。あぁいうことがあると皆今度は逆に鍼灸院を十把一絡げにして、だめだみたいな風に扱ってしまう。そこで、蓮風先生に、皆さんに向かって鍼は凄いよっていうのを言って頂くと同時に、だけど、鍼灸院は全部が同じじゃないよっていうね、そこはね認識して貰うようにしないと間違いが起きると思うんですよね。

 蓮風 そうですね。それはありますね。それをねぇ、40年間、私、業界に向かって、ずぅーっと発信してきた。

 杉本 そうなんですね。

 蓮風 だけど、もう疲れた。

 杉本 ははは(笑)。

 蓮風 だから、それやったら、消費者の側が賢くなったら、商品はよくなるというセオリーにしたがえばいいと…。患者さんが賢くなってちょっとでも鍼の本質がわかったら、どの先生が立派かってすぐわかるんだという立場で今ブログ(「鍼狂人の独り言」)とか、このサイト(蓮風の玉手箱)をやっているわけ。

 杉本 ぜひ本当に、根本のところを勉強した先生に、やって頂きたい、打って頂きたいと思いますもんね。

 蓮風 そうそう。そういうことなんですよ。

 杉本 で、先生、これから何か、こんなことしたいみたいなこと、おありになりますか?

 蓮風 あー、それはもう沢山ありますけどね。

 杉本 ええ。

 蓮風 ただやっぱり、なんと言ったかって臨床家やから、毎日鍼を持っている事だけで、もう大変な発見ができるんですよ。

 杉本 はぁ~。もう何人くらい診られましたか?

 蓮風 1日にですか?

 杉本 いやいや、延べで。

 蓮風 あぁ、延べで言うともう70万人近いんじゃないですか。だけど、そんだけやっても、毎日がワクワク、鍼を持つとね。

 杉本 どうしてワクワクされるんですかね?

 蓮風 いや、やっぱり、新たな発見があるから。

 杉本 ふーん。あっ、それはやっぱりあれですよ、オーダーメイドだからですよ。

 蓮風 うん。

 杉本 一人一人違うから、この人に合わせて、今日はどこにしたらいいかなっていうのは、先生がいつも考えてらっしゃるから。

 蓮風 そうそう。それでね、古典理論は使っているんだけど。古典を乗り越えるような理論が見え出してくるんですよ。それがまたワクワクする。〈続く〉