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「鍼の力」をさまざまな方向から語ってきた杉本雅子・帝塚山学院大学教授と蓮風さんの対談も終盤に近づいてきました。今回は患者が育った風土で治療の仕方も違ってくるという話が出てきます。不思議な印象も受けますが、心身は生活する環境に影響を受けるので当たり前のことかもしれませんね。蓮風さんの診察の段取りの説明も出てきますが、舌をみたり脈をとったりもしますが、一番大事なのは…? それはおふたりのお話をお読みくださいね。(「産経関西」編集担当)
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 杉本
 打鍼なんかは、特にどういう人に打ったらいいとかあるんですか?

 蓮風 ん、これはね、あの中医学で言う「虚実錯雑」。

 杉本 あ~弱い人?

 蓮風 まあ、複雑だということですね。普通、虚証だったら虚ばかり。で、実だったら実ばっかり。

 杉本 そうですね。

 蓮風 虚と実を比べれば、実のほうが治しやすいけれども、虚と実が同時に存在する場合があるんですよ。これに対して、この打鍼は非常に有効なんですよ。だから、ガンの中期以降の末期にかかる人は殆ど、もう虚実錯雑で、それを巧みに操って長生きさせていくんですよ。ある女性は、乳がんから骨に転移した。それを僕はずっと治療しとって、まあ、抗がん剤やってますけども、なんと、もう7年。

 杉本 へぇ~

 蓮風 これも現実なんですよ。だからそんなんが出てくると、工夫次第でどないでもなる部分が見えてくると、もう、それはそれは素晴らしい世界が。

 杉本 そうですね、だからやめられないんですね。

 蓮風 そう、だからやめられないんです。やめられない止まらない(笑)。

 杉本 ま、是非、突っ走って頂きたいと思いますね。

 蓮風 くたびれてるのに、わ~はっはは!

 杉本 なんかね、今日、先生とお話してたら、前から私、今日も出てきた「手当て」とか「病は気から」みたいなのはね、中国(の研究を)やってますから、言葉の関係として、中国語から来てるんやなと思ってたんですけども、そうそう、「無邪気」もそうですね。無邪気っていうのは、日本だったら赤ちゃんみたいなもんですね。邪気が無いっていう、その言葉の持っている意味ね。赤ちゃんって、お母さんの免疫持ってますから、本来は母乳飲んでるうちは、あんまり邪気が入っていかないんですよね。だから無邪気っていう言葉使うんだろうなと思ってるんですけど。

 今、先生がおっしゃったことで、「虚々実々」っていうのもそうかも?虚々実々っていう日本語も結局ルーツはここかっていうようなね。うん。虚々実々なんていうのは、これまで、あんまり意識してなかったんです。今の先生のお話聞いてて、あ、虚々実々もかって思います。ってことは、この中国医学みたいなのが、もう凄く浸透しきってて、そこで日本に来たかっていうことなんやねという。

 蓮風 そうそう、そういうことですね。
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 杉本 よくわかるんですよ。それだけ日常の中に入ってるっていうことなんで、まあ、使い古された言葉でいうと、古代からの智恵ですよね。
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 蓮風 そうそう。

 杉本 本当、智恵ですよね。今それね、中国では東方科学とかね。

 蓮風 はぁ、東方科学ね。

 杉本 残念ながら科学を振りかざす人達に対して、東方科学って、結局「科学」ってコトバを使わなきゃいけないようなね、わざわざそんな言葉を使わなきゃいけないような状況っていうのが、まあちょっと気の毒な状況で。さっきも話題になった、(中国の)広州中医院でやってる老中医の技の保存の取り組みなんか、物凄い危機感の表れだと思うんですよ。ちょっと話かわりますけど、同じ中国医学って言っても、その土壌によってあり方が違う。日本は農耕文化、中国も農耕文化。

 蓮風 そうそう。日本も農耕民族ですが。

 杉本 日本も農耕ですが、やっぱり風土が違うから違うふうに入ってくる。

 蓮風 そうそう。風土も違うし、体質も違う。そして、生活信条みたいなものも違うし。だから、同じ中国医学のオリジンを持ちながらも、その地域しかない、そういう部分に限定されて、独自の医学を作ってきた。それが日本の医学だということ。と、まあいつでも言うわけなんですけど。中国人に比べると、やはり日本人は繊細です。だから太い鍼をブスブスやられたらね、これはもう死んじゃいますよ。

 杉本 そうですか。

 蓮風 はい。ところが、今言うように中国人はそれが合う。ところが、ここ数十年前までは、中国の鍼は太いやつでやっとったんだけど、最近細いのでやってる。

 杉本 細いですね。本当に。

 蓮風 なんでか言うと、やっぱり、現代的な都会人が増えてきたんですよね。だからね、(中国の古典医学書の)『霊枢』の中に書いてある。「貴人は皮毛を刺すべし。」と。

 杉本 え~?

 蓮風 位の高い人達はほんの浅いとこちょっと。

 杉本 あれですね、豆をマットの下にひいて寝ても痛がったお姫様みたいなものですね。すごい感覚がデリケートなんで、そういうのでやれっていう…。

 蓮風 だから、とにかくデリケートな鍼せんとダメだいうのが、古典にも書いてある。それは、やっぱり現代人自身がそういう風になってるんですよ。で、やっぱり激しい肉体労働をしている人は皮膚も丈夫やし、まあ、ある程度鈍感でないとできませんわな。そうすると、ある程度、鍼もちょっと強いめにすると良いんです。

 杉本 先生が使われる鍼はいつも一種類なんですか? 鍼の太さは色々なんですか?

 蓮風 色々あります。特に田舎行く場合には色々持っていきます。

 杉本 へ~。

 蓮風 ここでね、鍼しとって、例えば0番鍼(直径0.10ミリメートル)という一番細い鍼がありますが、田舎行ったら、この細い鍼ではダメです。

 杉本 え~?

 蓮風 5番鍼(直径0.24ミリメートル、タフリー社製の「蓮風鍼」は直径0.25ミリメートル)以上使うんですよ。肉体労働している人で、もうしょっちゅう、お日さんにあたって刺激を受けている人に対しては太い鍼でないとダメです。だから、それは同じ日本人でもそんなんです。

 杉本 それが全部、観察でわかるんですよね。望診というのか何と言うのか。

 蓮風 そう、だからそういうのを鋭く敏感に感じさせなあかんのですよ。今日も弟子達に早よせい!いうて、ゆっくりしておったらねダメなんですよ。

 杉本 ふーん。色んなところ関連づけて。全部を。

 蓮風 そうですね。

 杉本 診断で一番先生が大事にされるのはなんですか?

 蓮風 診察ですか?

 杉本 診察ですね。

 蓮風 やはり、まずパッと入って来た時の患者さんの雰囲気ですね。今日は何かおかしいなっていうのが直感でわかるんですよ。

 杉本 初めての人でもですか?

 蓮風 初めての人でも。これは、これやなと。それから、筆跡鑑定やるんですよ。患者さんに自分の名前と住所を書かすと、その癖が出てくる。

 杉本 へ~。

 蓮風 今、心の中で何を気にしているか、大体わかるんですよ。

 杉本 筆跡で、ですか?

 蓮風 それもね「筆跡に見る心のひだ」として、また本を書こうと思っているんです。

 杉本
 先生、それこそ怪しいですよ(笑)。

 蓮風 いやいや怪しくない。ちゃんとした理論があるんです。

 杉本 へ~!!そうなんですか。

 蓮風 心の内が見えてくるんですよ、こう。

 杉本 筆跡で? 不思議やわ~。

 蓮風 いや、まあ、それは臨床家の目でそういう事やるわけですけども。まず、雰囲気。一番大事です。それから、やっぱり、舌診、脈診。それから、体表観察。その次が問診を重ねていくんですね。問診は弟子たちがほとんど1時間半から2時間ほどかけてします。
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 杉本 あ~最初にね、してくださいますね。そういえば、問診って先生が治療される時はあんまりないですよね?

 蓮風 あの、彼ら(弟子たち)が問診したやつを僕は点検するんですよ。点検して本当に、ここん所は本当はどうやったんか、曖昧やったら、もう一回聞き直させると。それで、いわゆる病因病理と証(証とは、その時点での病の本質を示す言葉で、東洋医学の専門用語)が決まればもう方向性が決まっているから、後はもう、ちょっとした事聞くだけです。あとは変化追うだけやから。

 杉本 ふーん。そしたら一番診てらっしゃるのは、全体の雰囲気で、次が脈ですか?

 蓮風 脈、舌。それから、顔面の気色。

 杉本 気色? 気色が悪いという。これも中国語ですよね。気色。気色つまり顔色や血色が悪いっていうのは病人の証拠。今の日本語では気持ち悪いみたいな使い方しますけど、まあ病人の顔のことですよね。

 蓮風 『霊枢』の診察法でね、鼻を中心にして五臓の動きがよく見えるって書いてあるんです。その通りやると、やっぱり出てますね。

 杉本 ふ~ん。じゃあ、やっぱり(『霊枢』などをもとにした中国古典医学書の)『黄帝内経』はバイブルなんですね。

 蓮風 あれを信じられなかったら、もう絶対成り立たないですね。だから、あれ無しで出来るか言われたら、もうダメですね。自分の足元切られたようなもんで。もうあれこそが!

 杉本 でも、それを普通に鍼灸の学校ではやるんですか?『黄帝内経』を学ぶんですか?

 蓮風 少ないですね。

 杉本 そしたら、それ先生おかしいですよね(笑)。それがバイブルなのにそれをやらないって。

 蓮風 だから、それを教える人も無いんや。本当にはっきり言ってお粗末ですよ。これ、オフレコにして。

 杉本 あはは(笑)〈続く〉