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「鍼(はり)」の力を探る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回で帝塚山学院大学教授の杉本雅子さんと蓮風さんの対談もいよいよ最終回。中国の研究者としての視点だけでなく患者の立場でもさまざまな意見を示してくださっている杉本教授と蓮風さんの軽妙で深遠なやりとりを読まれて鍼への見方が変わった方もいらっしゃるのでは…。今回は「モノ」として目に見えない生命のダイナミズムに話が及び医学や人体の本質に迫っています。異文化への考察も興味深いですよ。(「産経関西」編集担当)
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 蓮風
 (中国古典医学書の)『霊枢』の経水篇というところがあって、そこには「其死可解剖而視之(人が死んだら解剖して視てみよ)」と書いてある。

 杉本 そうなんですか?

 蓮風 で、全けき機械論としての生命体も認めたんです。だけど、それだけではもう生命全体のこのダイナミックな動きを説明できない。だからそれを気の世界でもう一回見つめ直した。それが経絡、臓腑なんですね。

 ところが歴史的に見るとまた面白いことに、明治以前に杉田玄白、前野良沢とか、彼らが『ターヘル・アナトミア』を翻訳して『解体新書』を著した。その『解体新書』ができるにあたって、彼らが何を言っとったかいうと。追本記がありましたな。あれ、そうそう『蘭学事始』。その中に、我々は医学をこんだけやっとって、人の身体の中も知らんとやっとったわけです。述懐するとこあるんですよ。そこが、過ちなんです、まず。解剖せずして見るから生命の躍動が判ったのに、解剖をして限局してしまった。だから僕はね、『解体新書』何ものぞ!と。「異文化に接して初めて自分の文化が築かれる」っていうこと確か、杉本先生がおっしゃたと思うけど。

 杉本 前に言いました。

 蓮風 それは漢方医学もそうなんですよ。西洋が入ってきて、西洋と自分はどこが違うかいうたら、また『霊枢』のとこへ戻ってきたわけです。だから我々みたいなものが今出てきて、本当の漢方鍼灸の鍼をやるには(『霊枢』などをもとにした古典医学書)『黄帝内経』に基づかないかんという理論になっていくわけです。

 杉本 いや~『解体新書』が間違ってたんですね。

 蓮風 極端に言ったら杉田玄白の犯罪性という話になってくる。

 杉本 そりゃ、本当にね、面白いですよね。『解体新書』というのは。まあ普通に考えれば、あれで日本の西洋医学が発達したっていうふうに見られてるわけですから。

 蓮風 『解体新書』いうのは、人間の身体を解体したんじゃない。医学を解体した(笑)。

 杉本 要するに、解体して一個一個、でもこういうふうに考えるとが、まさに西洋医学なんですよ。一個一個のものをバラバラにみると。一個一個バラバラに見るっていうのは、西洋医学のたぶん基本なんですよ。肝臓が悪い、で、おしまい。肝臓が全体の中でどういう位置づけで、どう悪くなっているかでなくて、「肝臓が悪い」みたいなのは、さっきのその中国医学の考え方とは全く…。

 蓮風・杉本 (声を合わせて)違う!

 蓮風 そういうことですね。その部分がよく誤解されるんです。

 杉本 まあ、わかりやすいからですね、西洋医学は、要するに、これだけ切り刻んでみると、ほらここにガンある。目に見えたらみんな納得しますからね。

 蓮風 そうそう、そうそう(笑)。
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 杉本 逆にいったら切り刻んだりしないで治るのが、本当のさっきの気持ちいいっていうやつ(杉本さんとの対話の第8回参照)で、すごいのに。

 蓮風 そう、切り刻まんからこそ生命のダイナミックな部分が見えていく。

 杉本 昔ね、人間の身体をこう宇宙みたいに見立てて描いた、みたいな絵もありましたよね。

 蓮風 ありました。あれはね、道教です。

 杉本 まあ、元々道教思想と絡んでて、ああいうもの出てきてますから。正にそういう感じですよね。小宇宙みたいな感じで、身体の中が。

 蓮風 そう、それも極めて有機的に描いている。

 杉本 日本でも、でも昔はそういうふうに描かれてましたよね。昔の本にはそんな風に描いてあったりしますけど。
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 蓮風 ただ、やっぱり日本なんかでは、それに疑いを持った連中がね、カワウソを解剖したら何か違うなと。おまけに処刑された人間のお腹切ったら違っとったぞと。その辺から、段々段々機械論の方へ目が向けられていくんです。だから歴史というのは大事なんで。なぜ、こういうことが起こったかということを知っとかんといかんねや。

 杉本 そうですね~。

 蓮風 だから、僕がお世話になった先生、学問の基本は解剖学者なんですよ。学問やるんやったらこういうふうに考えるべきだと。その基本が解剖学やった。だから、それに対する、非常に執着と同時に、アンチテーゼがあるわけです。それが、東洋医学の気の思想であり、経絡であり、開いても開いても出てこんじゃないか、という話に繋がっていくわけです。だから、結構ね、僕もそのロジックの面を解剖学者に学んだんですけど、そのロジックの立て方自体が、もう西洋医学そのものなんですよね。で、僕は東洋医学には東洋医学のロジックもあるだろうという事で、まあ、太極陰陽論とかなんとかいってやってきてるわけです。だから、そのロジックの面も整理せないかん。

 杉本 まあ分かりやすいようにっていうふうに、何かみんなで納得したいみたいなのがあるんですね。

 蓮風 それはあります。
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 杉本 何かしらんけど治った、よりは、ちょっと説明されると安心する、みたいな。一般庶民としては。
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 蓮風 やっぱり人間の性(さが)でしょうね。

 杉本 ですよね。

 蓮風 業というか。

 杉本 ちょっとそこら辺のところもね、何か分かりやすくなったらいいですけどね。先生にそこのところを分かりやすく書いた本いっぱい出して頂いたら。

 蓮風 まぁね~。書きまっせ。(一同笑い)年いってるけど結構元気なんです。

 杉本 いえいえ「超」元気ですよ。

 蓮風 「超」元気?わっはっは!

 杉本 もう、大丈夫かと思うくらい元気ですけど。まあ、それは元気でいてもらわないといけませんけどね。いっぱい人育てて頂かないと困りますから。

 蓮風 先生に最初に挨拶で言い忘れたのは、僕個人もお世話になっていますけども、北辰会が中国の団体と学術交流のようなこともできるようになったのは先生のおかげです。あれがまた大きな原動力になってね、今度、国際学会みたいなところに出してもらえる事、これはすごいことですよ。

 杉本 逆に言うと、中国がね、今本当の中医学が危ない状況にあるってこと、中国の偉い先生はよく分かっている。分かっているから、なんとかね、日本もこんなことやってるぞ、というのを刺激として与えておかないと、本家本元がダメになる。きょう、しみじみね、本当にやっぱり鍼の先生は難しいわと思いました。

 蓮風 難しいでしょ。色んなもん抱えすぎてるねん。それも本質に関わるから。本質に関わる部分が、ずれ落ちてるんでしょ。それをもう一回こうやって、しかも鍼灸師を育てるというのは大変な事ですよ。

 杉本 そうですよね。マニュアルじゃない鍼灸師をちゃんと育てていただかないと。患者のためですからね。

 蓮風 そうです。きょうはどうもありがとうございました。

 杉本 いえいえ、ありがとうございました。  <完>

 

 

次回からは、九州大学医学研究院教授の外須美夫さんと蓮風さんの対談が始まります