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対談する松田博公さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。鍼灸ジャーナリストの松田博公さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の5回目です。鍼灸も西洋医学と同じようなグローバルスタンダードを確立できるのか…。今回の話題は一見、患者の側からは関係ないようですが、社会の高齢化などのさまざまな要因にともなって膨張している医療費とも関係してくるテーマです。医療システムのなかに、正式なかたちで広く東洋医学を組み込むことで医療費を低減できる可能性もあるからです。そんな観点からも「玉手箱」を開いてみてくださいね。(「産経関西」編集担当)

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 松田 先生は前から「鍼は(体調を)悪くする事もできるんだ」と、おっしゃっています。だから昔から鍼に副作用がないとか危険性がないとかありえないと言ってますよね。

 蓮風 「鍼は良くなっても悪化させることはできない」と大家が言ってるんですよ。その場で怒ろうと思ったけど怒っても駄目だと思ったんで。

 松田 その方はそういう鍼をやってるということですよね。

 蓮風 そういうこと。そんないい加減な事ではね…。それが学校の先生をやっているんですよ。きょうは、なんか僕の愚痴を言う回になっていますね(笑)。いや、鍼が可哀想なんや、一言で、言ったら。

 では、早速、グローバルスタンダードの問題に行きたいと思いますが。先生は中国の覇権主義というような感じでおっしゃっているけども。

 松田 覇権主義は良くないです。

 蓮風 覇権主義というよりもやっぱり患者のためにある医学でしょ? そうすると西洋医学のまともな医者にかかると、こういうふうに診立てるというのがあるじゃないですか。東洋医学にも国が違っても、東洋医学的にみると、陰か陽か、少なくともね。そういう判断ができなくちゃいけないと思うんですよね。だから覇権主義とかなんとか言うより患者さんのためのスタンダードが東洋医学にもあっていいんじゃないかと私は思うんですがね。

 松田 それにはなんの異論もないです。そうでなくちゃいけないと思います。覇権主義と言っているのは、それを世界に広げようとする政治的テクニックが陰謀的で、例えば学会運営なども民主的じゃなかったり、国際会議で何も議論されてないことがどんどん決まっていってしまうとか、手続きの問題についてなんですね。
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 蓮風 (蓮風さんが代表をつとめる)「北辰会」も広州中医薬大学と学術提携しているんだけども、中医学自体は、ハッキリ言って大まかなところはできているけれどもキチっとしたものができていない。だからその中にいろんな奴がいると思うのですよ。広州中医薬大学っていったら中医薬大学の5大校の一つですよ。日本でいうと旧帝大系ですわ。その連中が非常に(蓮風さんを)尊敬してくれます。この間も50周年記念で大学に呼ばれて向こうで凄く大事な扱いを受けて。私が日本の打鍼(=鍼を刺入せず、皮膚表面に当てて木槌で叩いて刺激する日本古来の鍼法)をやると、あれは素晴らしいと言ってくれましたよ。香港の人たちも言ってくれたしインドネシアの人達もこんなものがあったらなぁって。だからどっちでもいいようなことよりも、僕に言わすと皆で団結して東洋医学をやろうよっていう話で行ったらいい。日本の鍼灸が中医学をもし包括できれば私はそれでもいい。

 松田 今のままでは包括できないでしょうね。
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 蓮風 できないでしょう。大は小を兼ねるけれど、小は大を包むことができない。じゃあ現代中医学はいいかというとこれまた、これだけでは完成品とは言いがたい。だから今度ね、緑書房から7月の末に『体表観察学』=写真=という本を出すんだけれども(対談は5月30日に行われ、本は既刊)、サブタイトルが「日本鍼灸の叡智」。

 松田 どーんと出ましたね(笑)。

 蓮風 それも広州中医薬大学の終身教授(鄧鉄涛氏)、日本でいう漢方医の人間国宝が、推薦の辞を書いてくれた。日本人は手の感覚を使いますが、(目、耳、鼻、言葉、手を使って診察する)「望聞問切」の中の一つなのであって、中医学はそれが抜けている、ずれ落ちている。

 松田 (東洋医学のバイブルともいわれる『黄帝内経』の元になったとされる)『霊枢』にも、触って確認して鍼をしろと明確に書いてありますよね。

 蓮風 だけど同時に日本が逆に論理的でない部分もあるわけで、お互いに弱いところを突いたところで意味がない。私は足らざるは補うべきだと思う。だから互いに中医学は中医学なんだけれど、足りない所は補ってやればいいし、間違っていたら直してやればいい。

 松田 僕も、いずれはそのように相補い合って世界鍼灸が統合されていくであろうと思いたいですね。

 蓮風 そうすると、日本の体表観察なんかあんまり(中国では)やってないから、こういうのがあるから入れておきなさいと言えますよ。なかったら言えないけどね。そういうことを北辰会はよくやっているんですよ。

 松田 単に日本の鍼灸というのはこうですよ、と紹介するのが日本鍼灸学でも何でもなくて、『黄帝内経』からの歴史を踏まえ、系譜上で総合的に現状を語るのが日本鍼灸学です。グローバルスタンダードというときに、今、日本の各流派にグローバルスタンダードはあったほうがいいのかどうなのか、いくら聞いても答えが返ってこない。だから、別の言い方として、あなたの流派で日本鍼灸学を創ってみなさいよと言いたいんです。創れないんですよ。創ろうと思ったらグローバルスタンダードが何なのか考えざるを得ないんです。僕は今の日本でグローバルスタンダードはこれだと言える流派は「北辰会」以外では「漢方鍼医会」。あそこは総合性を意識していると思っています。「東洋はり医学会」から出て、色んな流派の色んな文献を学んで学習会やったりして、総合性への傾向を持っている。小林詔司先生の「積聚会」も、根源に太極という全てを包含する生命論を設定するので、そこから説き起こし、『黄帝内経』を位置づけることで日本鍼灸学を創れると思います。

 蓮風 これを創ることによって世界に通じる東洋医学みたいなものをね、最初はぼんやりしたものだろうけど、徐々にそれを作っていって。西洋医学も素晴らしいけどこっちはこっちで素晴らしいぞと。彼らができないことをやれるぞと言ってやればね、まさしく『黄帝内経』に対して恩に報いることができると思う。<続く>