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藤本蓮風さん=奈良・藤本漢祥院
鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回は帝塚山大学教授の川口洋さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の2回目。前回は川口さんのご専門の「歴史地理学」について簡単な説明が中心でしたが、今回は患者としての立場からの経験や意見を語っていただいています。古文書などをもとにして非常に緻密な検証をされている研究者が東洋医学に対して、どのような見方をされているのか。率直な感想をお読みください。(「産経関西」編集担当)
川口 幕末期にオランダ語の医学書が翻訳されます。中国でも西欧医学の書物が漢訳されて、日本に輸入されるわけです。漢籍に精通している宗教者のなかにも、漢訳の医学書を読んでいた方々がいました。幕末維新期に種痘の導入に携わった方のなかに、陰陽師の子弟、修験山伏の子供、神官の子弟といった宗教者の子弟が、相当いたのではないかと思っています。
蓮風 それに関わって、我々の鍼灸の方では、先生もご存じだと思いますけれど、江戸時代、1600年代に現れた杉山和一という鍼の名人がおります。その人の直弟子に石坂志米一(しめいち)という方、それから2代か3代か経って幕末に石坂宗哲という方がおられます。石坂宗哲は西丸奥医師にまで昇進しました。彼はバタビヤ総督と一緒に来たシーボルトに鍼の講義をしたんですよ。
この方が非常に面白いことをやっているんです。コレラ、当時はコロリ。コロッコロッと死ぬからコロリ(笑)。日本人は名前の付け方が非常に面白いですね。ある意味では実用的な名前をつけたわけですけれども。そのコロリを鍼で退治したという記録が残っているんです。ところが沢山の人は治したけれど自分がコレラにかかって死んだと言われています。こういうこともまた、お忙しいでしょうけれども、鍼が伝染病に対処した実例もございます。事実を拾い出していくことが先生のご学問のようですから、ぜひ頑張って頂いて、このような事実への着目も、またひとつお願いしたいと思います。
ところで、長期にわたって先生は鍼の治療を受けておられます。それを通じて、この医学に対する印象、ご感想みたいなものが頂けると有り難いなと思います。
川口 初めて藤本先生にお世話になったのは、15年くらい前のことです。ぎっくり腰になって3日間動けなかったんです。外科の先生に診察して頂いたところ、骨に異常がないかレントゲン撮って「異常ありません。」と言われました。「それでも、歩けません」と申しましたら、こんな大きな(両手で30センチ程の幅をつくって)注射器を出して、腰に注射を打ってくださったんです。「中身は何ですか?」って訊ねましたら、「麻酔薬で、痛み止めです」という答えでした。
とても痛かったので、麻酔打つのは仕方ないと思ったんですが、2度目に行っても同じ、3度目に行っても同じで、湿布薬と麻酔なんです。その時、これで大丈夫かなと心配になりました。3日ほどで、歩けるようにはなりましたけれどね。痛みがずっと引かなかったので、どうしようかと考えていた時に、藤本漢祥院を紹介してくださる方がおられて、それがきっかけで参りました。
毎年、職場で健康診断を受けるのですが、血液とか、尿とか、便とかを検査して異常なしと言われるんです。腰痛です、肩こりですと訴えても、「異常ありません」で終わりです。検査では異常なしでしょうが、現実に痛みがあると…。腰痛ってつらいです(笑)。慢性的な病気の場合は、身体つらいんですけれども、何にもしてくださらないんです。
蓮風 一般に肩こりとかちょっとした痛みとかいうのは「不定愁訴」と言うんです。それに対して西洋医学は病気じゃないんだという発想があるんですよね。
川口 腰痛や肩こりは、たいしたことではなくて、死に至るかどうか存じませんが、本人はつらいです。
蓮風 つらいわけですよね…。つらいということで変わりませんよね。
川口 なんとか治したいと思ってお世話になりました。先生をはじめスタッフの方が、来院した時に、「いかがですか」と親切に声をかけてくださいます。それだけで励ましになるわけです。丁寧に時間をかけて診てくださることが嬉しいですね。待合室では、いろんな病気の方が待っておらます。赤ちゃんからお年寄りまで、名古屋だとか非常に遠くから治療に来られていますね。
蓮風 ついこの間は、鹿児島の屋久島から来られました。
川口 こちらに来るのに1日かかりますねぇ。
蓮風 そうなんです。それでちょっと目の病気でね、重いから1回、2回では治らんから、泊り込みで来ておられるのだけれども。たしかにね、西洋医学にかかって治らん病気は結構あるわけで、それが我々の治療に頼ってこられて、なんとかならんかということでやるわけですけれど…。先生の場合は、もともと身体はあんまり丈夫ではなかったですね。
川口 そうですね。中学に入るまで、病気がちでした。
蓮風 大病はしてないと仰るけれども、どことなくスッキリしない、だから集中しにくいということはあると思いますねぇ。
川口 おかげさまで、この1、2年、自分でも大変元気になってきたように思います。
蓮風 ここ1、2年で一気に良くなられましたね。もうそれこそ、頭の先からお尻の先までいろんな病気をしておられるのです。まぁそういう意味で、あまり丈夫でなかったお身体が徐々に丈夫になられて、苦痛が減ってきましたね。東洋、西洋の医学の両方を経験されてきて、味わいというか、感覚的な違いのようなものはありますか。
川口 検査に現れない痛みとかつらさは、西洋医学のお医者さんも対処に困られるのではないでしょうか。私の職場でも、ぎっくり腰は職業病で、35歳あたりで教職員が、一度は動けなくなるようです。
蓮風 今ね、思い出すと、腰は腰ですが全身的な疲労感が、先生の一番弱い、まさしく腰を襲うんです。だから腰だけを治そうとしても治らんわけであって、まさしく東洋医学がいう気の歪みみたいなものを治すということが根本になければならないと思うわけです。一応、言葉ではぎっくり腰というけれども、その背景に非常に心身の疲労がおありで、先生はどちらかというと、精神疲労がかなり大きい。それが結果として肉体的に出てくるのが大方だったと思うんです。
川口 先生は、全体を診てくださるといいますか、私の性格や日々の行動パターンを含めて、総合的に判断して、治療に反映してくださっているような気がします。診察のときのジョークも含めて、蓮風先生の言葉が私にはよく効いて、効果があるようです。
蓮風 そうですね。
川口 西洋医学は…。医学だけではなくて、科学全般だと思うんですが、極めて分析的で、細かく、細かく分析して因果関係を見ようとするわけです。しかし、蓮風先生は、関係性といいますか、様々な現象のつながりを見てくださっているように思います。
蓮風 西洋医学もそれなりに因果関係とかを総合的に見ようとはしているのだけれども、結果としては検査のデータが基準になりますね。このことはあとでまた「生気論」とか「機械論」の話の中で出てくると思いますけれども。我々の場合は、最初に問診いたしましたように、その人の人間全体というか、身体はもちろんのこと、どんな生活をして、どういう食べ物を食べて、どういう仕事に従事されているか、実はこのことが大きく病気を醸成するというか、作り出す大本になっていると思うんです。
ですから知的な労働をなさるんやったら、知的な労働の中でやっぱり頚がこったり、肩が張ったり、当然出てくるわけで、これは無関心ではおられないんです。ところが西洋医学の場合は、結果として、血液のデータとか、結核検査で出なかったら「ない」とする。ここら辺りが大きな違いだろうと思うんですけれども。そういう意味では先生は東洋医学にある意味ではもう十何年もかかっている、どっぷり浸かって頂いたわけですけれども。医学・医療として満足度はいかがですか。
川口 自分の実感としては、改善がみられます。長く痔でつらかった時もあります。ここ数年、症状は出てきません。夏休みに診療受けに参りますと、私と一緒の周期で診察を受ける小さなお子さんがおられて、ひどいアトピーで可哀相やと思って見ていました。1週間ごとにみるみる症状が改善されていくので、大きな効果があるのだと通院するようになって初めてわかりました。通院する以前は、鍼の治療というと、肩こりとか、腰痛とか、痛みを取ることが中心なのかと想像していました。
蓮風 一般的にはそういうふうな理解がいまだに多いですね。
川口 通院して初めて様々な病気の方が来られて、改善が見られることがわかりました。素晴らしいと思っています。<続く>
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