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対談する杉本一樹さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市の藤本漢祥院
伝統鍼灸に基づく臨床研究や後進の育成を行なっている一般社団法人「北辰会」代表で、鍼灸師の藤本蓮風さんが鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。蓮風さんが正倉院事務所長の杉本一樹さんを迎えた対談の6回目です。正倉院の時空を超えたイメージを「タイムカプセル」や「宇宙」と重ねる方は少なくないはず。今回は杉本さんがあらためて正倉院を「生命」と重ねて語ってくださっていて、身体を「宇宙」とも捉える東洋医学の思想との歴史学の共鳴が興味深い内容になっています。(「産経関西」編集担当)
蓮風 我々素人は、正倉院といえば「校倉造」という言葉を思い浮かべます。湿気の多い雨の時にはちゃんと木が膨張して穴を塞いで、お天気が良くて乾燥してくると木が縮んで窓が開くという、すごい仕組みです。
杉本 あれもちょっと俗説みたいなところもあってね、非常に面白い話なんですけれど、まぁハッキリ目に見えるように隙間が開いたり閉じたりということはないんです。
蓮風 ああそうですか。
杉本 ええ。ただ、全部木でできている建物の中にものが置かれた場合、しかも、あれだけ広い空間になるとですね、木が吸放湿します。木も呼吸してますから。この結果、温度も湿度も変動が、外に比べた場合、中ではずっと緩和されて、格段に良い環境ではあるんですよね。ただまぁ湿度は全体に高め安定ですから、ずっと昔からカビが生えやすいとかそういうのはある。まぁそのための知恵で虫干し、曝涼(ばくりょう)が行われていましたけれど。
蓮風 なるほど。なるほどね、正倉院自体が木造で、しかも高床式ですね?あれ。
杉本 そうですね。
蓮風 高床式で校倉造ということが非常に意味があるんだということですね。
杉本 まぁ、奈良時代当時では最先端のやり方でしょうね。
蓮風 あの当時としてはね。
杉本 礎石の上に建てるというのも、仏教と共に入ってきて、その後主流になる工法です。
蓮風 非常に合理的で。iPS細胞の話のとき、先生はサラッと、「私は毎日新陳代謝するんで、いつの間にか人間が変わってるかもしれんけど私は居るんだ」という趣旨のことをおっしゃいました。これは非常に興味深いご意見だと思います。西洋医学はどうしてもそういう方向でずっと突き進もうとしていますよね? そういう中にあって東洋医学っていうのは全体として、そして、その全体は単なる個体としての全体じゃなしに大宇宙としての全体としての調和というか、そういうものを目指しております。そういう中で西洋医学と東洋医学がどのようなあり様をしたらいいのか、あるいは医学的にどのような協調ができるのかなど、何か先生のお考えがあればお聞かせ願いたいのですが。
杉本 お答えが全部、正倉院のお話になってしまいますが…。
蓮風 そうそう。それでいいんです。
杉本 正倉院も西洋医学に相当する科学分析の方を非常に重要視しています。やはり客観的なデータで分かること、正倉院の環境ひとつにしても温度・湿度の環境を絶えず数値化してやっていますしね。そこが大きく狂わないようにという配慮をしています。若い頃は多少過酷な状況に置かれていても大丈夫であっても、人間と同じように暑くなく寒くなくじゃないですけど、超高齢になってきますと、手厚くしないと…。
蓮風 はい。いい環境の中で。
杉本 いい環境の中で。気温が急激に上下する環境はやはり品物の“身体(からだ)”にはよくないので、そういう意味で科学的なデータに基づいた保存というのは心がけています。最近、一番進んだところでは、材質の調査にX線を使って解析するとかね、そういう手法がある訳です。その材質が何か、ってのは、やはり一回触っても分からない。見たところ似たような色をしている絵具だけれど、やっぱりこれは材質が違うというようなこと。科学の力を使って見極める訳です。それは、材質が違えば何をすると、そのものに悪いか、それぞれ違うわけで、そういうところは西洋医学の科学分析、検査みたいなものを非常に重視しています。で、重視するのと同時に、一方でそれだけにならないようにする。
「もの」の立場に身を置く、といいますか、その品物自体がどういう状態で、どうされると本人にとって楽なのか、ということ。それを忘れない限りは、科学分析みたいなものも非常にプラスになる、武器になるということですね。我々は品物の保存と同時に、それを調べて分かったことは、学術的な成果としてどんどん出していく。だけれどやっぱりものから教わったことですから、その「もの」に返してお礼がしたい。「もの自体」のより良い保存に役立つようにって。これを御題目のようにくり返している訳ですけど、医学でもそうなのかなと思います。
蓮風 ああ、そうですか。
杉本 つまり先生が治療することを通して分かったことは個別の患者さんに返っていくんだろうなと考えるわけです。そういうような、ちょっとおこがましいですが先生のような立場に身を置いて普段の仕事をしたいなというふうに自分では思っています。また、正倉院の、周りの人にもそう思ってほしいなと思います。
蓮風 なるほど、分かりました。命というものを大切にしながら、しかし、それをある程度分析できるときには分析したほうがいいと。やっぱりその両面を大事にせにゃいかんのやという、そういうお話だったと思いますが、それでよろしかったでしょうか。
杉本 まぁ一番当たり障りない結論ではありますが、そういうことをまぁ仕事を通じて時々感じますので。<続く>
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