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藤本蓮風さん=奈良市学園北の藤本漢祥院

 鍼(はり)の力を探る「蓮風の玉手箱」をお届けします。宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も終盤に近づいてきました。どのようにして東洋医学を未来に伝えていくか、という課題について考えた前回の続きです。蓮風さんが代表となって臨床研究や後進の育成を行なっている一般社団法人「北辰会」には様々な動機で伝統鍼灸の技や文化を探求する方々が集まって現在、そして未来の医療に活かそうと研鑽を積んでいます。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 我々は鍼灸師の育成もすすめていますが、若い医師が関心を示して意外とついてきてくれるんです。

 杉本 うん。

 蓮風 彼らは医学部でしっかり勉強して、それから研修医を経て一人前になっていく。現場で経験を積んでいくと、西洋医学がどうしても乗り越えられない部分に突き当たる。そんな場合(鍼灸に)臨床価値を感じてるみたいです。実験室でやってる基礎研究などではそうでもないけど、実際に臨床をやっていきますと中々スッとは治らない。例えば、子供のネフローゼとか。そういう人たちに、我々はこの「鍼は安全で、比較的上手く適切に術を施すと効くんだよ」という話をすると、ついてくるドクターも結構多いんですわ。

 杉本 それは非常に有効だと思いますね。我々の業界と言いますかね、文化財の関係でも、やっぱり文化財を扱っている美術館・博物館で、扱っているような人たちに、「正倉院でこんなことやってますよ」って言うと、やはり沁み込み方が違うんですね。

 蓮風 なるほど。

 杉本 やはりそれなりに自分たちの所で抱えてる課題なり何なりがあり、それをすぐに解決するための特効薬にはならないんですけど、ひとつ、ちょっと見方を変えて…。

 蓮風 うん。

 杉本 ヒントにしてもらえるところはあるんですね。

 蓮風 そうすると正倉院の、ああいう御物…宝物を研究する学者先生たちも(正倉院に)どんどん出て来てもらえるわけですか?

 杉本 そうですね。学術的な価値ってのは非常に高いし、何しろ他にあまりないものが正倉院にあるということでね、それは非常に大事にはされてるんですけれど。まあ、学術的な価値っていうのも、いろんな形で伝えることができる。例えば写真。その写真を使いやすくすれば、かなりのところまでは…。高かったハードルが下がるしその品物を実際に手にとってみなければ分からないというのはごくごく限られた範囲になりますので。我々はその実物を「はい、どうぞ」とご覧に入れるってことはまずありませんけれど、その代り既に調べて分かってること、あるいは撮った写真、そういう情報は、もうなるべく広くお伝えしようという事で、インターネットに載せたりしているわけです。
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 蓮風 なるほど。話はまた変わるんですけれども、古代の中国思想の中で五行という考え方がありますね。

 杉本 ええ。

 蓮風 木火土金水があって、それから世界はできてるんだという…。それは相互に影響し合って、この世の中は動いてるんだという考え方なんですけども。その五行についての、一番古くて確かな資料、ということになると…私も調べたんですけど、『尚書』(『書経』の古名)の洪範篇というところに実際は書いてあるとされている*1わけですよ。ところが、そういう古い書物についての研究が進展しますとね、現代では「あれは偽物だ」という中国の学者さんの意見も出てきて、それが圧倒的に説得力を持ってくると事実だとされてきたことが怪しくなってくる*2。五行についても専門書が色々とあるんですが、その根拠になっている書物が偽物だったとか何とか言われると、学問にポッカリと穴が空くように感じるのですが、同じようなことは先生の所ではないですか?

*1:吉野裕子著『五行循環』(人文書院、1992年)による。
*2:2012年1月5日、「清華大学所蔵の竹簡研究の結果『古文尚書』は偽物であることが判明した」というニュース
が中国のウェブサイトを通じて報じられた。

 杉本 そうですね。物としてそこにある、今、現にあるというものは、そのものがそこにあるという、そのこと自体には疑いがないと。

 蓮風 ないわけですね。

 杉本 これがまあ、正倉院のひとつのありがたいところで…。

 蓮風 うんうん。

 杉本 先にたとえば、偽物が作られたとして、それが自由に出たり入ったりするような環境にあると、もう何が正しくて何がダメか…っていうスタンダードがね、非常に混乱するわけですけれど。

 蓮風 そうなって来ると、先ほどの話と関わって、やっぱり…頑(かたく)なに守らなきゃいかんものがかなり大きいですよね。<続く>