蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

2020年04月


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沢田勉さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 今年最後の「蓮風の玉手箱」をお届けします。吉祥院病院在宅医療部長・沢田勉さんと、北辰会代表の鍼灸師、藤本蓮風さんの対談も7回目となり終盤に近づいてきました。沢田さんの実際の体験を通じても現代の医療現場で、鍼灸が有効なことが示されてきましたが、今回もそんなケースが紹介されています。西洋医学と東洋医学をもっとうまく使い分けることができれば、患者に負担の少ない効果的な治療の可能性が広がってくるように感じるのですが…。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 かつて「急性虫垂炎」の治療について、お教えしたことがありました。それが当直のとき、役に立ったと言っておられましたが、どんな様子ですか? 宿直医になると、ある意味、全科にわたってやらないかんですね?

 沢田 病気って、夜中に重症になることが多いんです。面白いなと思うんですけどね。で、重症の患者さんが突然やって来る事があって、「急性腹症」…お腹が張ってくるというような症状と痛みを訴える。どうも(レントゲン)写真によると(腸閉塞などの)イレウスだということがありますよね。そんな場合は、「上廉(じょうれん)」1に鍼を刺してみたらいい、という話をうかがってました。特に6月とか7月とかね「湿熱」2の強い時期は、「湿熱」を助長するものをたくさん食べたり飲んだりして発症した場合には効くというわけですね。けっこう回復させました。あの鍼を入れるとね、何分後かに便が出て来るんですね。下痢便がドッと出たりするんですよ。ところが、ある時、凄いお腹で、やっぱりイレウスだったんですけどね。

 1:ツボの名称。正式には「巨虚上廉(こきょじょうれん)」といい、通称「上巨虚(じょうこきょ)」という。藤本蓮風著『経穴解説 改訂増補新装版』(メディカルユーコン刊)のp.88~93に詳しく解説されていますので、専門的な内容に興味のある方はそちらも参照してください。(北辰会)

 2:コッテリとした高カロリーな消化に時間がかかる食品。陰陽論でいう熱性の強い食材を多く用いた料理や揚げ物など。(北辰会)

 蓮風 イレウス?

 沢田 イレウスだったんですが、「上廉」で治らなかったんです。そんな場合、現代医学の治療はね、上から、腸に溜まった排泄液を吸うしかないので「イレウス管」という管を入れるんですよ。鼻から入れて、こうず~っと食道を通して、十二指腸まで通して…。エックス線の透視画像を見ながら入れるという、けっこう技術的に難しいことをやるんです。「イレウス管」をズッと小腸まで入れて、そこから排液して。排泄液がドンドン溜まればいつか破裂しますので、緊急性がある場合にするんですよね。まぁそういうことをしないといけないかという様な所までいってですね、で、その時、仕方がないから「胃兪」3とか「脾兪」3とかね、鍼をしてみたんですよ。すると、20~30分経ったころから、水みたいな便が(下から)ジャーと出るんですね。こんななってる〈大きなお腹の様子を示すジェスチャーをして〉ところからドンドンドンドン出てるんですよ。これはちょっとビックリしましたし…。

 註3:胃兪、脾兪というのもツボの名称。背部にあって、東洋医学でいう脾の臓や胃の腑の反応を示すツボで、そういう臓腑を調整することのできるツボ。専門的解説は『経穴解説』を参照ください。(北辰会)

 蓮風 「腸癰」(ちょうよう)っていうんですよね、東洋医学用語では。

 沢田 はい、はい。だから虫垂炎だけじゃなくて、そういうケースでも使えるんだなってことは確かに分りました。お陰さまでありがとうございました。

 蓮風 いやいや。

 沢田 まぁ一つ覚えでやってるんで、困ったもんですけど…。

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 蓮風 私の内弟子のひとりが内科でも色々あるのに、沢田先生が、なぜ呼吸器内科を選ばれたのか、ということに興味を持っています。それについてお聞かせください。

 沢田 胸部写真の読影が結構面白いんだなと思ったことがひとつのきっかけでしたね。

 蓮風 それがきっかけですか?

 沢田 はい。それから、わりと有名な先生がよく指導してくださってて、1枚の写真がどんな風に読めるかというようなこと、そういうことからでしょうね。それから病院からも呼吸器の医者がいないので、「お前、呼吸器やらんか?」というような要請がありましたので。面白そうだなというところもあって、そんなことです。

 蓮風 でまぁ、ついでにそこまで話が出たからちょっと先生にまた慢性の呼吸器不全の、慢性気管支炎ですかね。呼吸困難がおこる、その症例について、お話ししていただきたい。
    
 沢田 はいはい。ああ、ここ(藤本漢祥院)で、そういう症例がありましたよね。

 蓮風 あれ、治しましたね。あれはどうですか。西洋医学的にみたらどういうように評価できますか。
    
 沢田 それはすごいことですよね。気管支拡張症が治るってことは…。その方は写真の上での重症度はひどくはなかったですが、症状が非常に強かったですよね。それを見事に、症状はほとんどない様ですよね。

 蓮風 つい最近では山道を1万歩、歩けたというんですよ。

 沢田 西洋医学ではね、そういうことは聞いたことはございません(笑)。

 蓮風 先生にお診せしたころでしたか。最初来たころは冬場は沖縄にいかないと呼吸が苦しくてしんどい。沖縄の暖かい所だったら大丈夫。毎年行っとったんですよ。で、沖縄の鍼灸院で漢祥院のことを聞いて、“あんたの側にいい先生おるやないかい”ということで来たのがきっかけなんですよね。でまぁ、今では冬になっても(呼吸が苦しいのは)全然ないんですよね。

 沢田 現代医学の病気の評価というのが例えば“形”…。写真撮ってCT撮って、こんなに傷んでるんだから仕方がないというようなことになってしまうんです。でも、実は治す方法がいっぱいあるんですね。まぁ、先生はそれ(=治す方法)を使っておられると思います。やっぱり、そこのところ東洋医学の方が深いし非常に役に立つという理解ですよね。まぁ、上ですよね。実際、治してる訳ですから。どう考えても東洋医学の方がレベルが上ですよ。〈続く〉

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沢田勉さん=京都市南区「吉祥院病院」

 鍼灸師で北辰会代表の藤本蓮風さんがゲストを招いて鍼(はり)の可能性を探る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回は吉祥院病院在宅医療部長・沢田勉さんとの対談の6回目。「木を見て森を見ず」という諺(ことわざ)があります。人間の身体も一部分だけに注目して全体を見ないと、具合が悪い、という考えの方が素人にも理にかなっている気がするのですが、実際の医療現場ではそうでもないようです。沢田さんが時計職人だったお父さんの言葉を交えて、ちょっと怖い実情も話してくれています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 伝染病は鍼灸漢方で治らんということじゃないけども、西洋医学のほうが便利はいい。利便性ちゅうのはありますよね。

 沢田 ありますね。

 蓮風 それが、明治政府が漢方鍼灸を否定して、西洋医学でないと医学でないという風にもっていった理由の大きな柱だと思いますね。

 沢田 そうですね。特にドイツ医学ですよね。あの森鴎外は、森林太郎といいまして、あの陸軍、陸軍軍医、なんだっけ? 中将とか?

 蓮風 軍医総監。

 沢田 軍医総監ですか。トップの地位だったんですね。彼はドイツに留学してるじゃないですか。彼らが選択したのは、結局ドイツ医学だった。軍隊が強くなって、その軍隊のために必要なもの。で、それを支える様な医学が絶対必要だということでそちらに行ってしまった。

 蓮風 まぁあの連中が、そういうことを叫んだんでしょうね。結局ね。実は、あの森林太郎、森鴎外こそは、実は漢方医と深い関わりがあるんですね、実際は。だけども、日本の当時の国状からいって、どっちかいうと西洋医学に傾いた方が得だということをどうも考えとったみたいで。その点については、大分前ですけど、大阪大学の衛生学の丸山博先生がよく研究して発表しておられまして、私はその話をよく聞いたんですわ。実は僕、丸山先生の腰痛を治していたときに、その話をうかがったんです。

 で、次に行きたいんですけど、先生は時々「時計を時計屋さんが壊す」と言うお話をなさいますが、これについての“謂われ”とその意味をちょっと教えて頂けますか?

 沢田 はい。私の父親は時計職人でした。割と上手だったらしくて、まぁ子供の記憶ですけどもね。時計って昔はね、ゼンマイ時計って知ってます? 今は骨董品の様になってるでしょう? ゼンマイを全部こうギューッと凝縮させて、その力で、エネルギーでね、歯車動かしたり。それから解かれる時の周期性あるじゃないですか。それを時間としてね、刻むようにして。まぁそんな様なものだったんですよ。

 どうも父親は製造もしたことがあり、そういう工程を知っていたらしくて。(人間でいうところの)病気、壊れるポイントが有るっていうのを知ってたんですよ。で、他の時計屋さんはそれを知らないために、結局、私の父親の言い方によるとね、「いじり回して壊してる、悪くしている」と、そういう言い方をしていました。だからまぁ7割は時計屋が壊すと言うんですよ、時計を(笑)。

 蓮風 これはやっぱり何か暗示してますか? 医療に於いても。

 沢田 私は、医者が7割壊すという様なことはよう言いませんけども。ただ似た例はいっぱいありますよね。

 蓮風 ありますね。

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 沢田 いじり回して、結局全体が大事なのに壊してしまう。医者が一番否定するけどね。「医原病」って実はあるそうです。

 蓮風 そうそう(笑)。こういう字でしたかな、「医原病」。医者が基で起こる。これ、最近は言わなくなったけど昔はよく言いましたね。今から2、30年前は。

 沢田 そうそう。医者の治療が、或いは薬の治療が、良かれと思ってやった薬の治療がね、別の病気を引き起こして、そういうことが…。まぁ実際あるんですね。

 蓮風 僕の場合は『鍼灸ジャーナル』(休刊中)の「難病シリーズ」でおわかりのように癌(がん)の治療をよくやってるし、今もやってるんですけども、どうもね、西洋医学が上手く行かないのはね、癌をいじくり回すからじゃないかな。すると、癌も反発してね。「そんな、いらんことするな」っていう…(笑)。何かそういうとこも実際あるんじゃないですかね。だから時計の話と似とるけど、いじらんかったらそれなりにうまくいってるのにいじるために潰れるという(笑)。こういう部分、ないとは言えませんね。

 沢田 ありますよね。或いはね、僕らが一番悩まされたのは、手術でお腹を開けた時です。腸ってね、空気に触れるとベタッとくっつき易いんですね。そういう習性っていうか、そういう風になるらしい。

 蓮風 癒着ですね?

 沢田 癒着をするんです。だから切った処に癒着するだけじゃなくて、色んな処にこう癒着するらしくて。そうするとね、(腸閉塞などの)イレウスを起こすんですね。で、本人さんは苦しいから「何とかしてくれ」って言うでしょう。そうすると医者はね、その願いに応えてね、もう一回また開け直す。

 蓮風 応えて…。

 沢田 他に方法がもしなければ、そうならざるを得ないじゃないですか。で、患者はドンドンそれを要求してくると、もうドクターの方も、まぁ外科医の方もね、もう断り切れずにやってしまうってことで「ポリサージェリー」っていう名前がついてますけどね。ポリは沢山って、サージェリーは外科手術って意味ですけどね。そういうことも有り得るんですよね。まぁそういう意味では、やっぱり、いかに生体を傷つけない様にして元気にっていうか、治していくか、みたいなものが中心に成らざるを得ないだろうなという風に…。

 蓮風 この「玉手箱」では村井和先生とも対談をやったんですけども=「和クリニック院長の村井和さんとの対話」(1)~(10)参照=、彼女がしきりに言うのは、やっぱり西洋医学は非常に侵襲性が強い(=身体への影響が大きい)部分があるということ。それに対して東洋医学は侵襲性が非常に少ないんだと…。それがやっぱり東洋医学の魅力のひとつなんだということおっしゃったことありますが、そういうことでしょうね。

 沢田 全くその通りですね、はい。〈続く〉

 

 

 

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