医学ランキング
藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」
鍼(はり)の力を明らかにする「蓮風の玉手箱」は、医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の9回目をお届けします。今回も「痛み」を取り巻く状況の複雑さが浮き彫りになっています。症状を訴える患者それぞれの千差万別の事情があって、パターン化された“既製品”のような治療では根本的な解決にならないことがおふたりのお話からもわかります。今月11日で、東日本大震災から3年が経ちました。数字だけではなく、犠牲者や遺族、今も不自由な生活を余儀なくされている方々ひとりひとりに別々の環境や考え、生活歴があるという当たり前のことを見過ごさないようにしたいと思います。(「産経関西」編集担当)
蓮風 麻酔科と鍼灸医学との共通点、あるいは思想上の繋がりってのは何か見えますか?
藤原 患者さんの意識を問題にする点、それから患者さんの痛みを治すという点はやはり共通点はあると思いますね。
蓮風 ありますか?
藤原 あると思いますね。ただ繰り返しになりますけども、麻酔学は心と魂まではなかなか問題にしてません。慢性疼痛で悩んでる患者さんは色んな屈曲した気持ち、心、それからそういう患者さんを抱えた家族との問題もある。詐病っていうケースも考えられる。「痛いんや、痛いんや」って言ってれば、たとえば何か保険がおりるとか。あるいは実際痛いんでしょうけども「幻肢痛」っていうのもありますね? 切れてしまった手、ないはずの指や足が痛いんだとかね、そういう様なね。
蓮風 そうそう、幻肢痛とか言いますね。不思議ですね、あれ。
藤原 ええ、そういうものもやはり心、それから魂というものを問題にしないと…。
蓮風 説明がつかない?
藤原 説明がつかないですよね。で、じゃぁ幻肢痛で悩んでる人の、不幸にして、ないはずの手とか足とかに神経ブロックする訳にいかないですしね。
蓮風 多分この話を「蓮風の玉手箱」で読まれる人は幻肢痛ちゅうのは知らないと思うんですよ。簡単に説明しますと、たとえば手首をこう落としますね、すると完璧に指先とここらなんかなくなりますね。ところがその人達にとっては人指し指の先っちょが痛いとか、親指だけ痛いんやとか言いますよね。
藤原 そうですねえ。
蓮風 でも実際はないんだからこれは幻の痛み。幻肢痛。で、こういう現象について先生はおっしゃってる訳ですよね。やっぱりまだ分かりませんか?あれは、西洋医学的には。
藤原 西洋医学的にはやはり精神科の領域に入りますよね。だからそういう類の薬を、あてがうといったらちょっと語弊ありますけどね、処方するしかないですよね。うん。だから神経ブロックする訳にもいかんし、神経がないですからね。
蓮風 そうですね。ないからブロックしたかて意味がない。
藤原 そうなんですよ。ですからやはりそこはまぁ心、魂まで考えた治療…。そういう考え方を持って患者さんに接しないと治らない痛みっていうのは逆に増えてるんじゃないかと。たとえば東北の“あの地震”で結局心を病まれて、で、一般的な内科で治せるような病気もあったでしょうけども、やはりあれだけの災害を受けられたら心の病気っていうのは多々あると思うんですね。その方々が、みんながみんな精神病やと、あぁ心が病んでるんやいうて片づけてね…。
蓮風 ちょっと我々素人から見るとね、精神病やといいながらね、精神を治してないじゃないですか。
藤原 そうなんですよ。
蓮風 先にお話しした精神安定剤は実は「精神固定剤」なんだという話につながってきますけど、やはり、薬だけでは無理やり押さえつけているイメージがありますが、やはりそういうやり方だけでは間違いなんでしょうか?
藤原 間違いですね、やっぱりね。あれではやっぱり治ってないと思うんですよ。だからそういう世界にまで、ちゃんとそういう患者さんまで治療をするためには、やはり…。
蓮風 もっと人間を高次の部分まで診ていける医学にしなくちゃいけないんだということですね。
藤原 そうですね。
蓮風 ところで、先生自身は僕の鍼を何回か受けられたし、また、他の先生からも受けられたと思いますけど、一番印象に深かったのは?
藤原 そうですね、私自身がここへ研修に来させていただいた日に、一度、朝から非常にひどい下痢してしんどそうにしてた。「なんか今日はおかしいな」って先生に言われて、「いや、実はこうなんです」って白状したら、すぐさま「足三里」に、当時、(内弟子の)H先生がいた頃で、「おい、Hくん、左右の差(熱さの感覚)が整うまでお灸をしてみぃ」とおっしゃって、治療していただいた。その日の午後にはもう良くなってました。「あ、すごいなぁー」って思いましたね。
蓮風 ああ、そうですか。あの時の苦痛自体はなんやったんですか、腹痛ですか?
藤原 苦痛はね、全身倦怠感と下痢ですよね。「あー、もうこれ仕事にならんな」と思ってましたけどね。〈続く〉