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藤本蓮風さん(写真左)と関隆志さん=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東北大サイクロトロン・ラジオアイソトープセンター(CYRIC)高齢者高次脳医学研究部門講師の関隆志さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の11回目をお届けします。前回から対談に同席されていた小山修三さん(国立民族学博物館名誉教授)も加わっての鼎談となりました。今回は「気」をテーマにした科学的な論文の執筆は可能か、という前回の話題の続きからドイツでの伝統医学の現状に焦点が移っていきます。(「産経関西」編集担当)

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 小山 この間、蓮風さんと話をしていて鍼灸は民族学に非常に似ているという話で盛り上がりました。「なんで人間が生きてきているのか?」とか、「なぜあんな所で生活できているのか?」というような疑問を持って探っていくと、結局、観察というか、そこに生きてきた人の経験から導き出された知恵に至る過程や結果を科学とみなすほかない。物理的にどうこうというのとはどうも違うなというような話はしていたんですね。

 だから、言葉で証明するのは難しいけれど、病気や人間というブラックボックスがあって、身体のここを押したり刺激したりしたら、こういう症状がこう変わったとかいうのがあって、そこから身体の構造や病気のメカニズムの理論を構築していったのが鍼灸や漢方だという関先生の説明は面白かったですね。

 もうひとつ面白かったのは、日本の鍼灸というのは、明治維新以後、すごい迫害をされてきたわけでしょ。僕らからすると、なんで鍼灸は生き残れたのかと思うぐらいなんです。でも庶民は知っているんですよね。鍼の効果というようなものを。私の子供時代をふりかえっても、ずいぶん経験があるんですよね。暴れて背中に灸すえられたとか、夜尿症とかね。それが臭いとか、痛覚とかそういうのと入り混じっていて「ああ、こういうふうに生活の中に鍼灸は染みついていたんだなあ」というのを思い出す。蓮風さんみたいな人が治療法則を研究したり、学術理論を高めていったり理論化しようとしたりしていますし、よく日本人は伝統医学を捨てなかったものだと感心しているんですけれどもね。

 この前、民間薬を調べていて『神農本草経』ぐらいから、もう少し具体的には『延喜式』※※の時代からピターッとシステムを受け入れてそれがずっと続いてきて、江戸時代に入るあたりの1604年以前に『本草綱目』※※※が出てきて、地方などで一生懸命に薬草とか調べて、なかなか努力したラインがあるんですよね。人間は「病気と死」には敏感だったんでしょうね。それをぱっと捨てられなかった、いや捨ててしまいそうになったというのがおかしいんですよね。

神農本草経:中国最古の薬に関する書物。個々の生薬の効能について書かれている。

※※延喜式:平安時代の法令集。この中に、典薬寮(てんやくりょう)=当時の宮中で医薬を扱った役所=で用いられた薬のリストが掲載されている。

※※※本草綱目:中国明代に、李時珍が著した薬の専門書。膨大な内容を誇り、現在でも珍重されている。
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 関 なぜなくならなかったかという理由は2つあると思い ます。ひとつはやはり、患者さんがですね、これはいいんだと、あの先生に鍼を一本刺してもらったら良くなったと、そういう実体験があるわけですね。これはなくなるはずがないんです。

 あともうひとつはですね、やはり教育ということになると思います。一般の患者さんに治療をして、鍼灸に対する正しい意識を植え付けるというのも教育ですけれども、やはりプロフェッショナルとしての医者の教育に伝統医学がなければ、やはりおかしいと思うのは当然の反応ですし、ですから患者さんのこういう風にやると良くなるという経験があったことと、なんとか(伝統医学を)残そうとした医者がいたのも間違いないわけで、それでなんとか残ってきているんだと思うんですね。

 実はこれは日本だけではなく、中国も西洋医学が入ってきた時に、今までの伝統医学がダメになりかけたわけですね。ただ毛沢東が昔の伝統医学を集めて今の中医学の基礎を作らせたりとか、それも非常に功績あったと思います。とはいえ、どこの国でも近代化の過程で一度つぶされそうになったけれども、患者さんが、あれ(伝統医学)で救われたという思いがあって残ったのではないかと私は思っているんです。

 小山 そのような例はオーストラリアに行ったり、アメリカのインディアンの所に行ったり、それからベトナムにこの間行ったりとかして、割合見ているんですけれども、ドイツでびっくりしたのは薬草のすごさね。あれもちょっと分かれているのかな、ドイツ医学と。

 関 ドイツはですね、ナチュロパシー(自然療法)といいまして、薬草というのはすごい経験医学としての蓄積があるんですね。あとドイツで驚くのは、薬草関連でいうと、中国医学も入っていますし、それからアーユルヴェーダも入っていますし、ホメオパシーというのですが、これもものすごく普及しているんですね。その他もろもろ薬草関係で全く違うその国の学問がものすごく受容されている国なんですね、ドイツは。

 蓮風 ドイツはそういうところがあるんですか?

 関 はい。鍼治療もものすごく人気があって、人によって言う事が違うんですけど、医者の2割から3割ぐらいが鍼治療の認定医資格を持っている。ドイツは日本と全然違って、認定医になるのがえらく大変なんですよ。200時間から300時間以上も週末にカリキュラムをこなしてさらに講習を受けなければ認定医になれないんですね。それでも2、3割の医者が認定医になってるんですね。〈続く〉