蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

2026年03月


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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談をお届けしています。11回目の今回は現代日本で鍼が存在する意義をめぐって医師と鍼灸師の関係性について語られています。社会の高齢化が進み、西洋医学的なアプローチに限界が見えてきたなかで、医師と鍼灸師が対等な立場で「病」に取り組める状況が必要になっているようです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 「陰陽五行」とか「気一元」とか、こういう思想・背景を持つ鍼灸医学を医師としては、どのように、ご覧になりますか?

 川嶋 結局、ベースになっている考え方が前提になければ、この学問は成り立ちません。ですから「気」というものがあるということが大前提で、「気」は万物の元で、それが病むから病気になる。それをコントロールするのが、鍼灸であり漢方薬であり、「気功」ですから。ということは、根本的に病んでいるものを治していけるひとつの手段ではないかと(思います)。鍼灸は歴史に裏付けされたエビデンスがあり、それによって正しい中医学的所見を把握すべきです。

 蓮風 そこなのですよね。

 川嶋 何千、何万どころではありません。何億、何十億という例があって、中医学的な異常は鍼灸で正常化できることは誰にも否定できないことでしょう。問題は中医学的診断と西洋医学的診断が一致するか否かです。

 つまり西洋医学的診断による疾患を治癒せしめるかどうかが明確ではないんです。そこを結びつけていくのが、これからの医師であり、鍼灸師であり、そういう人たちの役割ではないかと僕は思っています。前提として、やはり「気」というものがあるのだということを考えていかないと成り立ちません。それをなくして、たとえば、自律神経反射だとかトリガーポイントで治療すればいいのだ、という考え方だとうまくいかないかもしれませんし、面白くないのです。

 蓮風 なるほど。それと関連していくのだけど、あるいはまったく関連してないのかもしれないけど、現在の一般の鍼灸家に対して、何か先生の考えがあれば。

 川嶋 単純に医者のサポーターだという感覚でいられたら悲しいことです。とにかく日本の医療を変え、さらに世界の医療も変えるんだぐらいの感覚を持っていただきたいと思っています。もともとは日本が持っていた伝統医学です。他の国はそれを利用してうまく融合しているにも関わらず、この国だけは西洋かぶれ。日本でこの融合を一番邪魔しているのは実は医者なんです。自分たちのプライドが許さないのでしょうか。自分たちのできないことで治療ができたら面白くないのでしょう。

 たとえば、抗癌剤を使用している患者さんが鍼灸を併用して完全寛解できたとします。そうすると抗癌剤が効いたのか、鍼灸が効いたのか分からなくなってしまいますよね。自分の治療の価値がわからないと困る。これはもう医者の勝手な都合ですよね。これって医学の本質ですかということを問いたいくらいです。だから鍼灸をやる先生方は堂々と、日本で守ってきたものをやって、医者にはできない領域にも挑戦していただいて…。

 蓮風 ところがね、私が一番言いたいのは、今の鍼灸家はどちらかというと西洋医学にすり寄っていくところがある。

 川嶋 そうですね。

 蓮風 それはそれで一つの考え方としていいのだけれど、でも、それでは本物の鍼の効果が出ない。

 川嶋 そうですよね。

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 蓮風 私たちも鍼をして治して、西洋医学のデータと一致する部分もあるし、一致しない部分もある。でも、一致しなくても良いんだと…。それぞれの医学をやっているのだからと思っているのですけど…。その中にあって、鍼灸家に問いたい。先生がおっしゃる存在理由みたいなものを…。「なんで鍼やるのよ」と聞きたい。

 これだけね、西洋医学が当たり前になって、医療は西洋医学だという時代に、なぜ鍼が存在しなくてはいけないかというね。その意識が鍼灸家には稀薄だと思うんです。

 川嶋 そうですよね。そこは勉強不足ではないかと思いますよ。じゃあ本当に今、西洋医学で全ての病気をカバーできるのかというと、そうじゃなくて、患者さんには不満が募っているわけじゃないですか。人間が50歳で死んじゃう時代だったら良かったんです。そしたらたぶん西洋医学だけで、他の医学はいらなかったかもしれません。ですけど、今は50歳で死にません。男も80年生きるし、女に至っては90年近く生きちゃうわけですから。

 そうなると西洋医学ではどうにもならないことが出てくるんです。老化はその代表です。病院行ったって、それは歳だからしょうがないと医者に言われます。でも病院に通う。完全に医療費の無駄遣いです。馬鹿みたいじゃないですか。医者にはどうにもならないのに。

 蓮風 そうですね。

 川嶋 あと、医者で(鍼灸の事を)分かっている人が少ないと思います。

 蓮風 そもそも、それを分からせることができる、腕の良い鍼の先生が少ないです。

 川嶋 そうですね。

 蓮風 それはね、やっぱりね、治してなんぼやからね。我々は鍼灸の免許はあるけれど、医師免許もなんもないですからね。治したら、先生みたいな方が「あれは効くぞ」と評価してくれるわけで。

 川嶋 「効くぞ」どころの話じゃないですよ。初めてお会いした時に、それはもう衝撃でしたよ、先生の治療は。

 蓮風 ありがとうございます。そんなわけで、日本の鍼灸家にもっとしっかりして欲しくて、常に啓蒙しているんですけれども、もう50年叫び続けて、でも全然伝わらない。

 川嶋 要するに、西洋医学で手も足も出なくなった患者さんを、鍼灸が良くした例をたくさん作って欲しいんです。〈続く〉


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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談編も10回目となります。今回は蓮風さんが鍼の可能性が広がる材料を示してくれています。また「最後まで患者に希望を失わせてはいかん」という言葉も重い。正解がないのは当然ですが、治療を受ける私たち自身が「本当の医療とは何か」を考えるきっかけにしていただければと思います。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 またちょっと話は変わりますけどね、視神経萎縮というのがありますよね。

 川嶋 はい、ありますね。

 蓮風 眼科のねえ…その方はレーベル病で視神経が萎縮して、ほとんど全盲。治療は鍼を一本。加えて、人はこうあれば上手くいくぞというような、ちょっとした人間の生き方の基本を説いた『数倍生きる』という私の著書を患者さんの奥さんに朗読して聞かせるように言いました。すると携帯の大きい文字が見えるようになりました。自分の名前を書けるようになりました。

 私はこれでね、やっぱり心と身体というものは非常に密接に繋がっているんだと確認したんです。昔からよく「眼は心の窓」といいますよね。だから身体と心を一体にして捉まえる世界。東洋医学でいえば、誰でも彼でも「気」やと言うのですけど…。「気」という概念は非常に奥が深いもので、そういう意味で私は臨床家として、それを実証できると確信した。ちょっと面白いでしょ。視神経萎縮というのはほとんど戻らないでしょ。西洋医学では。

 川嶋 普通に考えたら戻らないものですよね。

 蓮風 足の「厥陰肝経」の「太衝」という原穴に一本刺して、そしてそれをやったんです。本当に3カ月も経たない間に「見え出したー」と言うてやって来た。

 川嶋 すごいですね。

 蓮風 そういう西洋医学が難しいとする患者や、川嶋先生からのご紹介でも難病の方がいらっしゃる。100%はいきませんけど。先生が知られるとおりのそこそこの結果を出せているのですよね。

 川嶋 気功の先生に学んだように、やはり病気にはすべて原因があると思っています。ですからそこを正すような指導をしながら、我々がやっていることはサポートに過ぎない。ステロイドホルモンが有効な疾患ならばステロイドホルモンを自分で作れる体にすればいい。毎日新しい細胞が生まれているのだから。だから(改善の)可能性は無限大にあるような気がします。萎縮してしまったら治らないというのは、治らないんじゃなくて治せないんですよね、きっと。

 蓮風 私が大阪市立大学の解剖学教室に通っていた若いころ、神経は再生しないという当時の常識があったんです。ところが、途中から段々と神経は再生するということを言い出したんです。そうなってくると、西洋医学はあかんというけれども、実際は良くなるやつも、たくさんあるのです。いろいろやると、どれがどう効いたのかということがね、明確にならないから、そこのあたりは医学としてどう捉えるのかという問題はありますよね。

 川嶋 科学者としてはですね、そういうことを分かるようにしたいと思っているのですけど。

 蓮風 そういうシステムはありますか。

 川嶋 国立がんセンターなどその典型ですが、今やっていることが、確実に有効であるかどうかを見極めるために、その治療の影響が出そうな他のことをすべて止めさせるわけですね。患者さんは治れば良いのでいろいろやりたいのですが、そうはいかない。

 蓮風 これは有効か、有効でなかったかという答えをはっきり出すということは簡単にはできないんですね。
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  川嶋 いろいろなことを同時にやってどの治療が有効かを示すことはできないですね。

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  蓮風 それは西洋医学のお医者さんとしては、非常に珍しいお答えですね。この前、九州大学の先生とお話したんだけど、ある程度統計を使うんだと。
   

 川嶋 ええ、使います。

 蓮風 でも、統計では本当のところは実際分からないと、自らおっしゃっていたんです。

 川嶋 統計学的な有意差というのは絶対的な有効性を示すものではないからです。

 蓮風 難しいですね…(笑)。

 川嶋 たとえば、抗癌(がん)剤の有効性は50%にも満たないものがほとんどですが、絶対的に有効は3割であっても、偽薬(プラセボ)と比較して有効性に差が出れば有効ということになってしまいます。

 蓮風 半分も効かないと言われると、なんか患者の立場からしたらね…。

 川嶋 そこが個人差ということになるのです。その3割を、3割バッターと捉えるか。3割打てたら一流バッターですね。それとも30%しか効かないと捉えるのか。

 蓮風 それに関してね、先日、面白い経験したのです。先生もお会いなさったと思うのですが、村井和先生(和歌山・和クリニック院長)という女性のお医者さんね、患者のひとりが大腸癌の末期でどう治療しようかと相談に来られた。カルテを見て、村井先生に「これは逆証で絶対治らんよ」と言った。

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 ほう。

 蓮風 鍼以外はなんにも使ってない。ところが面白いことに、その緩和医療のドクターが、大便小便が出なかったらいかんから、下剤としてマグネシウムとかを飲ませているわけです。ところが、鍼がだんだん効いてきたら、腹水がなくなってお腹ぺっしゃんこになって、今度は脱水が起こった。で、村井先生が、ここの病院で点滴とか輸血するかと患者さんに聞いたら、本人は嫌やと言う。それで(入院は続けながらも)鍼を続けてたら脱水も治ってきた。これは全部記録に残してある。そういうことをみるとね、西洋医学は一体何をやっているかということが、かなり見えてくるし、鍼一本で最後まで看取った方が良い面もあるなと。

 川嶋 たくさんあると思います。

 蓮風 ねえ。昔の鍼医者はそうやったのですよ。たとえ死ぬ病でも最後まで鍼をして、漢方薬も処方して。なんでか言うと、本人はもう死ぬとわかったら希望を失うから。医者は最後まで患者に希望を失わせてはいかん。こういう医者魂みたいなものが東洋医学に伝わっているんですね。村井先生はそれを実行した。結局亡くなったけど、患者さんの写真を見ると、どちらかというと笑ったような顔で亡くなっているのですね。

 川嶋 人間は100%絶対に死にますから。

 蓮風 今、世間では緩和医療がどうのこうのと言うし、鍼灸師もね、すぐ図に乗って緩和医療の手伝いができるとアピールするけど。そうじゃない。鍼灸を中心にやってここまでいけるということが現実に起こったんですよ。これは大事なことだと思うのです。それと先ほど先生がおっしゃったように、西洋医学では30%しか効かない薬でも使うという話。こういう話を聞いてしまうと…。本当の医療とは何かを考えさせられますね。患者さんに苦痛を与えないで、治療をできるということになると、我々、鍼にもっと自信を持たないといけないですね。

 川嶋 先生は、僕自身のやっている事がばかばかしくなってしまうような印象を持たせてくださる数少ない先生なんです。一体僕は今まで何をやっていたのだろうと、初めてお会いしたときに、首をかしげてしまったくらい…。〈続く


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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談をお届けしています。9回目となる今回は川嶋さんがご自身のテーマとなさっている「統合医療」についての踏み込んだ説明をしてくださっています。「統合医療」は患者自身が自分の人生を考える医療のようです。医師からの一方通行の診察や治療だけでは成立しないとも言えそうです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 話がまた、ちょっと変わりますけれども、先生と出会って、一番印象に残っているのは、確か「北辰会」の定例会に先生が来てくれたときだと思いますが…。ちょこっとみんなに挨拶して言ってくれたのが、「西洋医学で今、なんだかんだ言っても抗生剤とステロイドを使わなかったら、大変なことになる。極端に言うと、それが中心なんだ」というようなことを仰ったんです。これはまた珍しいお医者さんやなと思ってね。

 川嶋 現時点では命を救う方法がそれくらいしかないのです。治している訳ではありません。あくまで一時しのぎです。コントロールに過ぎません。

 蓮風 そのお考えは今でも変わらないのですか。

 川嶋 はい、全く変わりません。

 蓮風 なるほど。

 川嶋 西洋医学は病気を「敵」とみなしてやっつけるものですから、敵がはっきりしているものでなければ、治しようがないわけですね。「敵」ではないものはやっつけられないのでコントロールするしかないわけです。

 蓮風 そういうことを、大学で教える立場でものを言っていると、いろいろ衝突が起こるでしょう。

 川嶋 これはもう大変なことで。学生達にはウケるのですが、その結果が今の僕の状況をつくっているわけで…。

 蓮風 なんかそんな感じですね。いやー、非常に清々しい感じがしますね。

 川嶋 そうですか。

 蓮風 「ええもんはええんじゃないか」という発想、これは僕も非常に大事だと思うのです。

 川嶋 しかし、今の医者たちはすぐにエビデンス(根拠となる証拠)と言います。

 蓮風 ただね、「それぞれの良い面があるから一緒にやっちゃえ」というのは受け容れられにくいかもしれません。少なくとも医学としては、メカニズムとか、ある程度、普遍化できる法則性や再現性の担保は求められるのではないか、という気はします。私の鍼を観られたから分かるように、ほとんど一本鍼でやります。これはあまりにも純血主義というか(笑)。あれこれやっても実際分からないし…。

 昔の本を調べましてもね、『医学入門』という鍼の本の中には「鍼はようけ打っちゃいかん、効き目が悪くなる」と書いてある。そういうことも手伝いまして、もう50年もほぼ、1本ではなくても非常に少ない数で治してきたんですけれども。そういう立場からいうと、漢方生薬も良い、それから西洋医学もやりましょう。やっている中で、どれがどういう風に効いたかという整理はできますか?

『医学入門』:中国明代に李梃が著した書物の名前。この書物の巻一の「附;雑病穴法」というところに「百病一針為率、多則四針、満身針者可悪」とある。(「北辰会」註)

 川嶋 難しいこともあります。ただ…。

 蓮風 だいたいはできる?

 川嶋 実際に医学の世界では、エビデンスというものを重視しますよね。エビデンスが高いと認められている方法に「二重盲検」という検査があります。本薬と偽薬を患者にも医者にもわからないように投与してその効果の違いを見る方法です。意識の効果を排除する検査です。

 この「二重盲検」が決してできない西洋医学の領域があります。外科手術です。一方は、お腹を開けて腫瘍を取らないでおく、一方は、お腹を開けて腫瘍を取る。両者の予後を比較するなどということは倫理的に無理です。だから外科医がエビデンスを強調すると墓穴を掘ることになるんです。

 また治療というのは複合することによって効果が出てくる場合もあります。漢方生薬なんかもそうですね。一つ一つの生薬の薬効は当然ありますけども、配合の妙といいますか、それを混ぜ合わせることで相乗効果が期待できる。ですから西洋医学のみにこだわらず、鍼灸を併用したり、心理療法を併用したり、結果良ければ全て良しということになる。「統合医療」は患者さんが満足する医療であるとも言えます。日本の医療の特徴の一つは患者さんが全て医者にお任せという点です。その結果、日本の医療のもう一つの特徴である医者のパターナリズム、つまり押しつけ医療が生まれたわけです。

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 川嶋 それから、もう一つ。医療訴訟がだいぶ取り沙汰される時代になってきています。医療訴訟を起こされては困るので医者の防衛策…僕は「エクスキューズ医療」と言っているのですが、要するに訴えられないための医療も日本の医療の特徴の一つです。たとえば、癌(がん)患者さんも基本的にお任せですから、医者行けばなんとかしてくれるだろうと思って自分では考えずに医者に「どうしたらよいでしょう?」と尋ねます。任せられた医者は一生懸命考えて、抗癌剤という結論を出す。すると患者から初めて「抗癌剤はちょっと」とお任せしていたにもかかわらず否定的な返事をする。これでは、誰でも頭に来ます。だからこそ、患者さんもお任せをやめてもっと自分の体や病気について勉強すべきなのです。

 日本の患者さんのレベルは非常に低いと言えます。うちのある患者さんですが、「いつも健康診断で高血圧と言われ、医者から薬を飲まなければいけないと言われるんですが、薬は飲むべきなのでしょうか」と質問されました。そこで僕が、「そもそも高血圧って何ですか?」と聞くと、「血圧が高いことです」と答えてきました。「じゃぁ何で血圧が高いといけないんですか」と突っ込みました。すると、「脳卒中や心筋梗塞が起きるから」と返してくるから、「血圧高い人全員ですか? そんなことはないでしょ。起きない方もいるじゃないですか。もっと正確に説明してください」と言ってもなかなかできませんでした。

 医者も医者です。飲まなければいけないという表現は正しくありません。高血圧の場合、あるラインを引っ張ってそれよりも高い人と低い人を比べれば、高い人の方が将来的に脳卒中や心筋梗塞が発生するリスクが高い。あくまでリスクで、絶対に発生するものではありません。それより低い人はリスクが低いだけで発生しないと断言はできません。

 「あなたリスクはどうしておきたいのですか」という質問を患者さんにすべきなのです。「それは低い方がいいですよ」と言ったら、「じゃあ、確実なのは薬です。ご希望になりますか」とさらに問いかければ良いのです。患者さんが希望すれば薬を処方すればよいし、希望しなければ「では高いリスクを抱えて生きていかれるのですね。あなたのご家族も同意見ですね」と確認すればよいのです。

 高血圧についてはこんなパターンもよくあります。「飲み始めたら一生飲み続けなければならないんでしょ」と質問され、医者は「そうです」と答える。患者さんの丸投げと医者の価値観の押しつけにほかなりません。僕がこの質問に対して、「120歳まで飲みます?」と言うと、「いやそれは…」と言うから「100歳だったら?」と「いやそれも…」とこうくるわけですよ。だいたい皆さん平均寿命くらいまで生きていれば満足と漠然と考えているようで、「生きなくてもよくなったら、その時止めればいいじゃないですか」と言うと「それもそうですよね」となるわけです。

 なぜ最初から自分の人生に責任を持てないんでしょう。そもそも高血圧の治療は必要か否かも議論すべきです。北欧で降圧薬を服用していない80歳の高齢者の5年生存率をみた報告があります。一番生存率が低いのが121―140、最も高いのが180以上。これ、どういうことでしょう。もちろん、高い方が脳卒中の危険性、心筋梗塞の危険性が増すのでしょうけど、死亡率で単純にみると、高いほど死亡率が低いのですよ。なぜなんでしょう。

 たとえば、キリンの血圧は高いのです。260くらいあるのです。心臓が下にあってですね、頭がとても高い位置にありますから。高い位置まで血液を上げるためには血圧が高くないとまずいですよね。人間も立っていますから、心臓よりも高いところにある。頭に血液を上げる為にある程度は血圧ないとまずいですね。時々、血圧高い人に向かって「下げるためには四つん這いの生活をすれば下がるよ」と話をすると、「いやあ、それは…。」となる。「そうでしょ?できないでしょ? できないのだから、それでも血圧を下げたいのだったら血圧の薬を使うのが確実なんです。

 ただ年を取ってくれば、血管は硬くなるし、細くなって。脳に行く血流も減っちゃうわけですよね。そしたらそれと同時に脳を活かしとこうと思ったら、血圧も上がってこなかったらまずくないですか」と言うと、「そうですよね」と納得される。

 血圧が高くなれば確かに脳卒中や心筋梗塞のリスクは高まる。でも脳の血流が維持されるから、逆に死亡率が低くなるのではないでしょうか。高血圧に代表されるように、ひとつのデータだけを見ず、データは幾つもあるのでそれを自分たちが知った上で自分たちの人生に照らし合わせてさらに、死にまで照らし合わせて、自分たちがどうするかを決める。これがあるべき姿ではないでしょうか。

 医学にも矛盾があります。その矛盾に患者さんも気づくべきです。そのために、患者さんをどうやって教育していったらいいのかなって、常々考えています。ですから、「統合医療」とは、西洋医学とそうじゃないものを単純に合わせたものではなく、患者さんの年齢、性別、性格、環境、人生設計などありとあらゆることを考えて、患者さんが幸せになるために、手段を選ばない医療と言えるんです。西洋医学も代替医療もただの手段に過ぎなくて、要は最終的にそれを用いる人たちが幸せになってくれるような医療。そして死ぬときに、一番悔いがなく死んでいけるような医療が、僕の考える「統合医療」で、いつもそれを考えながら患者さんを診るようにしています。〈続く〉

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