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沢田勉さん=吉祥院病院(京都市南区)

 鍼(はり)の力を探る「蓮風の玉手箱」は公益社団法人京都保健会・吉祥院病院在宅医療部長の沢田勉さんと、鍼灸師で北辰会代表の藤本蓮風さんの対談の5回目をお届けします。喘息(ぜんそく)の発作を繰り返し起こす女性に入院してもらったら発作がなくなったという沢田さんのエピソードで前回は終わっていました。家庭不和がストレスになって症状の原因になっていたらしいという話でした。今回は、その続きです。(「産経関西」編集担当)

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 沢田 ストレスが、きつい病気を引き起こすっていうのは、自分の体験として分かります。その時も、患者さん本人は自分の病気がなんでひどくなるのか、よう分からんかった。だんだん話してて「きっとストレスや」と思ったんです。「どう考えたってほかの原因がないんやから家にいること自体がストレスなんじゃないですか。何か心当たりある?」って聞いたら「うーん、やっぱり旦那かな」…みたいなことを言い始めるんですね。それで僕も納得したんですよ。

 蓮風 なるほど。

 沢田 ですから、その人の治療法は簡単。引き離すということが一番なんですね。ですから、そういう方向が、確かに効いていることは効いているんですよ。でも(西洋医学と東洋医学は)方向が違うじゃないですか?

 蓮風 そうですね。

 沢田 鍼灸って、患者さんの生活全体と、その中で病気が起こる理由がないだろうかという見方をするじゃないですか? 気管支がどうだとか、そういう(身体器官を個別に診る)理解や考え方はもちろんないですよね。でも、その方が実は治療として正しいですよね。

 蓮風 私が21歳で開業してまもなく、喘息の患者さんが来ましてね。発作が起こった状態で1日治らなくって苦労しました。これはなんとかせなあかんということで編み出したのが左の心兪(しんゆ/背中の左右にある経穴=ツボ=のひとつ)への鍼です。とりあえず呼吸困難がとれてくる。その当時は中医学もそこそこまだ勉強し始めてない時代で、今になって分かるのは「肝鬱」から起こった喘息の発作であって、その発作を解くのに「心」と「肝」の同源というのがありますね、臓腑学説に。その理論で説明できるという考えに至ったのです。

心肝の同源:東洋医学で言う「肝」と「心」は、肝は血を蔵し、心は血脉を主る、といった具合に、血の循環などに密接に関連している。それゆれ、肝の病理を主とする患者に対して、心の臓に関わる経穴を使って、肝の臓を調整することができる。またその逆(心の臓の病理であっても、肝の臓に関わる経穴を使って心の臓を調整する)も然りである。(北辰会)

 沢田 じゃあ先生は手探りで…。いわば本を見ているわけじゃなくて手探りで、このツボがきっと…。

 蓮風 そうです、その当時はもう学問も何もないですね。

 沢田 いいんじゃないかということで先生自身が…。

 蓮風 とりあえず効いたわけです。喘息の発作の多くは実喘※※ですけれども、そういうことを繰り返しやる中で、多くは効くことがわかった。ずーっと20年ぐらいたってからかな、やっとこれが、こういう理由で効いているんだなということがわかってきた。

 ※※実喘と虚喘:正気の弱りが主となって起こる喘息を「虚喘」と言い、正気の弱りはさほど顕著ではなく湿痰や水飲や邪熱などの邪気が主となって起こる喘息を「実喘」と言う。(北辰会)

 沢田 本当に実践から理論ですね。

 蓮風 まさしく実践ですわ。とにかく効けばいいんだと。それが、法則的に効くということになると、あるいはどういう条件の中で効くかということさえ分かっていれば、これはどういう理論が成り立つのかなと、いうわけ。そういう考えでずっとやってきたのが、左の心兪です。

 沢田 ああそうですか。
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 蓮風 まあそういう話から、だいぶん西洋医学と東洋医学の特徴、それから役割みたいなのが見えてくるわけですけれども。そういう中にあって、依然として西洋医学は西洋医学で必要なんだということだと僕も思うし、僕もそれは大事だと思います。東洋医学は常に全体の、先程の難聴の話でもそうやけども、身体全体のバランスがとれると治ってくるんだという、これは東洋医学の考え方やけれども、西洋医学はあくまでも耳が聴こえないと聴覚だけの問題にしてるんですね。

 でも、そのなかで西洋医学の一番いいところはというと、何になるんでしょうかね?

 沢田 体験的に言えば感染症の抗生剤ですよね。これは沢山の人にどっと使えるじゃないですか。鍼灸は沢山の人に一度にやれるわけがないですからね。それから救急蘇生するとか、どうにもならない時の心臓マッサージとか、救急救命とか。それに外科はどうしても現代医学には必要ですよね。あとはお年寄りでも脱水で死にそうな人にね、点滴をすると、確かに元気になったりという事があります。熱中症でもそうですけど。

 蓮風 いやいや。今、先生がおっしゃった西洋医学の特徴いうのは、実は徳川時代まで日本の正当医学やった漢方、鍼灸の医学が、西洋医学にとって代わられた大きな理由の一つなんですね。明治の時代、特に漢方鍼灸、まぁいうたら両方良いとこ残せば良いのに、漢方鍼灸を投げ捨てて西洋医学にいった、これの根本理由はね、私は軍人医学にあると思うんです。明治以前はやはり非常に近代化が遅れとって、これを克服して西洋列強に対応する、そのためには先ず富国強兵でしたな、あの時代は。そうすると、軍人医学というのに物凄く力点が置かれる。そうすると戦争やって、切ったり貼ったりしてやる医学、弾を取り出したり、お腹を開いたりしてやる医学は有利ですね。

 沢田 そうですね。

 蓮風 漢方にそれはないかと言うと、実はあることはあるんだけども、先程の話のように、一人ひとり丁寧にやるから間に合わない。それと伝染病が起こった場合には、これは西洋医学の方が上手いですね。

 沢田 そうですね、薬が効けばね。

 蓮風 うん、ある程度ね。〈続く〉