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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談をお届けしています。9回目となる今回は川嶋さんがご自身のテーマとなさっている「統合医療」についての踏み込んだ説明をしてくださっています。「統合医療」は患者自身が自分の人生を考える医療のようです。医師からの一方通行の診察や治療だけでは成立しないとも言えそうです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 話がまた、ちょっと変わりますけれども、先生と出会って、一番印象に残っているのは、確か「北辰会」の定例会に先生が来てくれたときだと思いますが…。ちょこっとみんなに挨拶して言ってくれたのが、「西洋医学で今、なんだかんだ言っても抗生剤とステロイドを使わなかったら、大変なことになる。極端に言うと、それが中心なんだ」というようなことを仰ったんです。これはまた珍しいお医者さんやなと思ってね。

 川嶋 現時点では命を救う方法がそれくらいしかないのです。治している訳ではありません。あくまで一時しのぎです。コントロールに過ぎません。

 蓮風 そのお考えは今でも変わらないのですか。

 川嶋 はい、全く変わりません。

 蓮風 なるほど。

 川嶋 西洋医学は病気を「敵」とみなしてやっつけるものですから、敵がはっきりしているものでなければ、治しようがないわけですね。「敵」ではないものはやっつけられないのでコントロールするしかないわけです。

 蓮風 そういうことを、大学で教える立場でものを言っていると、いろいろ衝突が起こるでしょう。

 川嶋 これはもう大変なことで。学生達にはウケるのですが、その結果が今の僕の状況をつくっているわけで…。

 蓮風 なんかそんな感じですね。いやー、非常に清々しい感じがしますね。

 川嶋 そうですか。

 蓮風 「ええもんはええんじゃないか」という発想、これは僕も非常に大事だと思うのです。

 川嶋 しかし、今の医者たちはすぐにエビデンス(根拠となる証拠)と言います。

 蓮風 ただね、「それぞれの良い面があるから一緒にやっちゃえ」というのは受け容れられにくいかもしれません。少なくとも医学としては、メカニズムとか、ある程度、普遍化できる法則性や再現性の担保は求められるのではないか、という気はします。私の鍼を観られたから分かるように、ほとんど一本鍼でやります。これはあまりにも純血主義というか(笑)。あれこれやっても実際分からないし…。

 昔の本を調べましてもね、『医学入門』という鍼の本の中には「鍼はようけ打っちゃいかん、効き目が悪くなる」と書いてある。そういうことも手伝いまして、もう50年もほぼ、1本ではなくても非常に少ない数で治してきたんですけれども。そういう立場からいうと、漢方生薬も良い、それから西洋医学もやりましょう。やっている中で、どれがどういう風に効いたかという整理はできますか?

『医学入門』:中国明代に李梃が著した書物の名前。この書物の巻一の「附;雑病穴法」というところに「百病一針為率、多則四針、満身針者可悪」とある。(「北辰会」註)

 川嶋 難しいこともあります。ただ…。

 蓮風 だいたいはできる?

 川嶋 実際に医学の世界では、エビデンスというものを重視しますよね。エビデンスが高いと認められている方法に「二重盲検」という検査があります。本薬と偽薬を患者にも医者にもわからないように投与してその効果の違いを見る方法です。意識の効果を排除する検査です。

 この「二重盲検」が決してできない西洋医学の領域があります。外科手術です。一方は、お腹を開けて腫瘍を取らないでおく、一方は、お腹を開けて腫瘍を取る。両者の予後を比較するなどということは倫理的に無理です。だから外科医がエビデンスを強調すると墓穴を掘ることになるんです。

 また治療というのは複合することによって効果が出てくる場合もあります。漢方生薬なんかもそうですね。一つ一つの生薬の薬効は当然ありますけども、配合の妙といいますか、それを混ぜ合わせることで相乗効果が期待できる。ですから西洋医学のみにこだわらず、鍼灸を併用したり、心理療法を併用したり、結果良ければ全て良しということになる。「統合医療」は患者さんが満足する医療であるとも言えます。日本の医療の特徴の一つは患者さんが全て医者にお任せという点です。その結果、日本の医療のもう一つの特徴である医者のパターナリズム、つまり押しつけ医療が生まれたわけです。

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 川嶋 それから、もう一つ。医療訴訟がだいぶ取り沙汰される時代になってきています。医療訴訟を起こされては困るので医者の防衛策…僕は「エクスキューズ医療」と言っているのですが、要するに訴えられないための医療も日本の医療の特徴の一つです。たとえば、癌(がん)患者さんも基本的にお任せですから、医者行けばなんとかしてくれるだろうと思って自分では考えずに医者に「どうしたらよいでしょう?」と尋ねます。任せられた医者は一生懸命考えて、抗癌剤という結論を出す。すると患者から初めて「抗癌剤はちょっと」とお任せしていたにもかかわらず否定的な返事をする。これでは、誰でも頭に来ます。だからこそ、患者さんもお任せをやめてもっと自分の体や病気について勉強すべきなのです。

 日本の患者さんのレベルは非常に低いと言えます。うちのある患者さんですが、「いつも健康診断で高血圧と言われ、医者から薬を飲まなければいけないと言われるんですが、薬は飲むべきなのでしょうか」と質問されました。そこで僕が、「そもそも高血圧って何ですか?」と聞くと、「血圧が高いことです」と答えてきました。「じゃぁ何で血圧が高いといけないんですか」と突っ込みました。すると、「脳卒中や心筋梗塞が起きるから」と返してくるから、「血圧高い人全員ですか? そんなことはないでしょ。起きない方もいるじゃないですか。もっと正確に説明してください」と言ってもなかなかできませんでした。

 医者も医者です。飲まなければいけないという表現は正しくありません。高血圧の場合、あるラインを引っ張ってそれよりも高い人と低い人を比べれば、高い人の方が将来的に脳卒中や心筋梗塞が発生するリスクが高い。あくまでリスクで、絶対に発生するものではありません。それより低い人はリスクが低いだけで発生しないと断言はできません。

 「あなたリスクはどうしておきたいのですか」という質問を患者さんにすべきなのです。「それは低い方がいいですよ」と言ったら、「じゃあ、確実なのは薬です。ご希望になりますか」とさらに問いかければ良いのです。患者さんが希望すれば薬を処方すればよいし、希望しなければ「では高いリスクを抱えて生きていかれるのですね。あなたのご家族も同意見ですね」と確認すればよいのです。

 高血圧についてはこんなパターンもよくあります。「飲み始めたら一生飲み続けなければならないんでしょ」と質問され、医者は「そうです」と答える。患者さんの丸投げと医者の価値観の押しつけにほかなりません。僕がこの質問に対して、「120歳まで飲みます?」と言うと、「いやそれは…」と言うから「100歳だったら?」と「いやそれも…」とこうくるわけですよ。だいたい皆さん平均寿命くらいまで生きていれば満足と漠然と考えているようで、「生きなくてもよくなったら、その時止めればいいじゃないですか」と言うと「それもそうですよね」となるわけです。

 なぜ最初から自分の人生に責任を持てないんでしょう。そもそも高血圧の治療は必要か否かも議論すべきです。北欧で降圧薬を服用していない80歳の高齢者の5年生存率をみた報告があります。一番生存率が低いのが121―140、最も高いのが180以上。これ、どういうことでしょう。もちろん、高い方が脳卒中の危険性、心筋梗塞の危険性が増すのでしょうけど、死亡率で単純にみると、高いほど死亡率が低いのですよ。なぜなんでしょう。

 たとえば、キリンの血圧は高いのです。260くらいあるのです。心臓が下にあってですね、頭がとても高い位置にありますから。高い位置まで血液を上げるためには血圧が高くないとまずいですよね。人間も立っていますから、心臓よりも高いところにある。頭に血液を上げる為にある程度は血圧ないとまずいですね。時々、血圧高い人に向かって「下げるためには四つん這いの生活をすれば下がるよ」と話をすると、「いやあ、それは…。」となる。「そうでしょ?できないでしょ? できないのだから、それでも血圧を下げたいのだったら血圧の薬を使うのが確実なんです。

 ただ年を取ってくれば、血管は硬くなるし、細くなって。脳に行く血流も減っちゃうわけですよね。そしたらそれと同時に脳を活かしとこうと思ったら、血圧も上がってこなかったらまずくないですか」と言うと、「そうですよね」と納得される。

 血圧が高くなれば確かに脳卒中や心筋梗塞のリスクは高まる。でも脳の血流が維持されるから、逆に死亡率が低くなるのではないでしょうか。高血圧に代表されるように、ひとつのデータだけを見ず、データは幾つもあるのでそれを自分たちが知った上で自分たちの人生に照らし合わせてさらに、死にまで照らし合わせて、自分たちがどうするかを決める。これがあるべき姿ではないでしょうか。

 医学にも矛盾があります。その矛盾に患者さんも気づくべきです。そのために、患者さんをどうやって教育していったらいいのかなって、常々考えています。ですから、「統合医療」とは、西洋医学とそうじゃないものを単純に合わせたものではなく、患者さんの年齢、性別、性格、環境、人生設計などありとあらゆることを考えて、患者さんが幸せになるために、手段を選ばない医療と言えるんです。西洋医学も代替医療もただの手段に過ぎなくて、要は最終的にそれを用いる人たちが幸せになってくれるような医療。そして死ぬときに、一番悔いがなく死んでいけるような医療が、僕の考える「統合医療」で、いつもそれを考えながら患者さんを診るようにしています。〈続く〉