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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談編も10回目となります。今回は蓮風さんが鍼の可能性が広がる材料を示してくれています。また「最後まで患者に希望を失わせてはいかん」という言葉も重い。正解がないのは当然ですが、治療を受ける私たち自身が「本当の医療とは何か」を考えるきっかけにしていただければと思います。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 またちょっと話は変わりますけどね、視神経萎縮というのがありますよね。

 川嶋 はい、ありますね。

 蓮風 眼科のねえ…その方はレーベル病で視神経が萎縮して、ほとんど全盲。治療は鍼を一本。加えて、人はこうあれば上手くいくぞというような、ちょっとした人間の生き方の基本を説いた『数倍生きる』という私の著書を患者さんの奥さんに朗読して聞かせるように言いました。すると携帯の大きい文字が見えるようになりました。自分の名前を書けるようになりました。

 私はこれでね、やっぱり心と身体というものは非常に密接に繋がっているんだと確認したんです。昔からよく「眼は心の窓」といいますよね。だから身体と心を一体にして捉まえる世界。東洋医学でいえば、誰でも彼でも「気」やと言うのですけど…。「気」という概念は非常に奥が深いもので、そういう意味で私は臨床家として、それを実証できると確信した。ちょっと面白いでしょ。視神経萎縮というのはほとんど戻らないでしょ。西洋医学では。

 川嶋 普通に考えたら戻らないものですよね。

 蓮風 足の「厥陰肝経」の「太衝」という原穴に一本刺して、そしてそれをやったんです。本当に3カ月も経たない間に「見え出したー」と言うてやって来た。

 川嶋 すごいですね。

 蓮風 そういう西洋医学が難しいとする患者や、川嶋先生からのご紹介でも難病の方がいらっしゃる。100%はいきませんけど。先生が知られるとおりのそこそこの結果を出せているのですよね。

 川嶋 気功の先生に学んだように、やはり病気にはすべて原因があると思っています。ですからそこを正すような指導をしながら、我々がやっていることはサポートに過ぎない。ステロイドホルモンが有効な疾患ならばステロイドホルモンを自分で作れる体にすればいい。毎日新しい細胞が生まれているのだから。だから(改善の)可能性は無限大にあるような気がします。萎縮してしまったら治らないというのは、治らないんじゃなくて治せないんですよね、きっと。

 蓮風 私が大阪市立大学の解剖学教室に通っていた若いころ、神経は再生しないという当時の常識があったんです。ところが、途中から段々と神経は再生するということを言い出したんです。そうなってくると、西洋医学はあかんというけれども、実際は良くなるやつも、たくさんあるのです。いろいろやると、どれがどう効いたのかということがね、明確にならないから、そこのあたりは医学としてどう捉えるのかという問題はありますよね。

 川嶋 科学者としてはですね、そういうことを分かるようにしたいと思っているのですけど。

 蓮風 そういうシステムはありますか。

 川嶋 国立がんセンターなどその典型ですが、今やっていることが、確実に有効であるかどうかを見極めるために、その治療の影響が出そうな他のことをすべて止めさせるわけですね。患者さんは治れば良いのでいろいろやりたいのですが、そうはいかない。

 蓮風 これは有効か、有効でなかったかという答えをはっきり出すということは簡単にはできないんですね。
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  川嶋 いろいろなことを同時にやってどの治療が有効かを示すことはできないですね。

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  蓮風 それは西洋医学のお医者さんとしては、非常に珍しいお答えですね。この前、九州大学の先生とお話したんだけど、ある程度統計を使うんだと。
   

 川嶋 ええ、使います。

 蓮風 でも、統計では本当のところは実際分からないと、自らおっしゃっていたんです。

 川嶋 統計学的な有意差というのは絶対的な有効性を示すものではないからです。

 蓮風 難しいですね…(笑)。

 川嶋 たとえば、抗癌(がん)剤の有効性は50%にも満たないものがほとんどですが、絶対的に有効は3割であっても、偽薬(プラセボ)と比較して有効性に差が出れば有効ということになってしまいます。

 蓮風 半分も効かないと言われると、なんか患者の立場からしたらね…。

 川嶋 そこが個人差ということになるのです。その3割を、3割バッターと捉えるか。3割打てたら一流バッターですね。それとも30%しか効かないと捉えるのか。

 蓮風 それに関してね、先日、面白い経験したのです。先生もお会いなさったと思うのですが、村井和先生(和歌山・和クリニック院長)という女性のお医者さんね、患者のひとりが大腸癌の末期でどう治療しようかと相談に来られた。カルテを見て、村井先生に「これは逆証で絶対治らんよ」と言った。

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 ほう。

 蓮風 鍼以外はなんにも使ってない。ところが面白いことに、その緩和医療のドクターが、大便小便が出なかったらいかんから、下剤としてマグネシウムとかを飲ませているわけです。ところが、鍼がだんだん効いてきたら、腹水がなくなってお腹ぺっしゃんこになって、今度は脱水が起こった。で、村井先生が、ここの病院で点滴とか輸血するかと患者さんに聞いたら、本人は嫌やと言う。それで(入院は続けながらも)鍼を続けてたら脱水も治ってきた。これは全部記録に残してある。そういうことをみるとね、西洋医学は一体何をやっているかということが、かなり見えてくるし、鍼一本で最後まで看取った方が良い面もあるなと。

 川嶋 たくさんあると思います。

 蓮風 ねえ。昔の鍼医者はそうやったのですよ。たとえ死ぬ病でも最後まで鍼をして、漢方薬も処方して。なんでか言うと、本人はもう死ぬとわかったら希望を失うから。医者は最後まで患者に希望を失わせてはいかん。こういう医者魂みたいなものが東洋医学に伝わっているんですね。村井先生はそれを実行した。結局亡くなったけど、患者さんの写真を見ると、どちらかというと笑ったような顔で亡くなっているのですね。

 川嶋 人間は100%絶対に死にますから。

 蓮風 今、世間では緩和医療がどうのこうのと言うし、鍼灸師もね、すぐ図に乗って緩和医療の手伝いができるとアピールするけど。そうじゃない。鍼灸を中心にやってここまでいけるということが現実に起こったんですよ。これは大事なことだと思うのです。それと先ほど先生がおっしゃったように、西洋医学では30%しか効かない薬でも使うという話。こういう話を聞いてしまうと…。本当の医療とは何かを考えさせられますね。患者さんに苦痛を与えないで、治療をできるということになると、我々、鍼にもっと自信を持たないといけないですね。

 川嶋 先生は、僕自身のやっている事がばかばかしくなってしまうような印象を持たせてくださる数少ない先生なんです。一体僕は今まで何をやっていたのだろうと、初めてお会いしたときに、首をかしげてしまったくらい…。〈続く