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佐々木 ありがとうございます。よろしくお願いします。
蓮風 先生は、西洋医学のドクターであり、医学博士であり、住職であられ、大学の先生、それから患者さんの立場といういくつかの目を持っておられますが、今回はいずれの立場でも発言していただいてかまわないと思います。これらを総合した立場からのお話でも結構でございます。それではまず、先生のこの医学についてのご感想をお聞かせください。まぁ長らく(鍼灸の)治療を受けておられる患者さんでありますから、そのあたりも色々お話がありましたらお聞かせください。
佐々木 東洋医学について、ストレートに言うにはちょっと僕もまだまだ経験が少ないですので、まずは西洋医学とはどういう医学なのか、ということから掘り起こしていき、そこから東洋医学との違いを少しでも明らかにしていきたいと思います。
まず、西洋医学、まぁこれは西洋と日本、あるいは西洋と東洋の大きな違いだと思うんですけれど、自然観、いわゆる英語でいう“Nature”というものと、日本でいう「自然」という概念が、実は根本的に違うという点があるんですね。これは後にも話になりますけれども、たとえば「宗教と医学とのかかわり」というような話に出てくるかもしれませんが、やはり西洋においては、ユダヤ教、キリスト教、まぁこれはイスラム教も含めて、もとは兄弟のような宗教ですから、その影響を強く受けているわけです。
みなさんも聞かれたことがあると思いますけれども、キリスト教では、人間というのは神の姿に似せて創られている、だから人間というものは神聖である、という言い方をするわけです。
神は人間に自然というものを与えた。自然というのは、いわゆる動植物を含めたNatureというものを与えた。ということは、西洋では自然は人間の思うようにしていいんだ、というようなことがスタートにあるんですね。ですから、いわゆる自然=Natureで言いますと、外なる自然というのは、たとえばこの世界ですけれども、その端的なのが、原発ですね。たとえば核分裂とか、原子力そのものも人間がコントロールできる。ですから西洋の特色は自然を人間がコントロールできる、制御できるんだというのが根本的なスタートであると。医学で言いますと、医学というのは、「外なる自然」だけではなくて、「内なる自然」、これが仏教とも関わっていて「生老病死」という、これがいわゆる「内なる自然」なんですね。この「内なる自然」もすべてコントロールできるというのが西洋医学の根本的なスタートなんですね。
ですから、たとえば仏教ではこれを「生(しょう)」といい、呉音読みです。「生」というのは、「生まれる」ですが、「生きる」ではなくて「生まれる」。まず生まれるところからいきますと、たとえば受精卵検査。受精卵を前もって選別して、病気が出るのを(防ぐ)、まぁこれは優生思想に繋がるかもしれませんが、そういって産み分けができる。あるいは「クローン人間」……ちょっと下火になっていますけれども……を造るということも、すべて「生まれる」ということをコントロールできる、と考えていることですね。
そして「老」、これはみなさんよく聞かれるかもしれませんが、「アンチエイジング」、すなわち抗加齢医学という医学が、今ものすごいスピードで伸びていますが、つまり「老い」というものをコントロールできると考えるわけです。
「病」はもう言わずもがな、ですけれども、いわゆる臓器移植にしても、今盛んに言われています再生医療にしても、臓器を、ひとつの機械の部品のように交換していくという、根本的な考え方はそうですね。癌(がん)でも、その癌細胞を全部取ってしまう。それから感染症でいえば、外的である外から来たウィルス、細菌を徹底して叩こうという、そういうような医学なんですね。
それから「死」。この死という問題、これはまた大きなテーマなので、今日は充分お話しする時間がないかもしれませんが、たとえば、死をコントロールすることはなかなか出来ないことは西洋医学の彼らでもよくわかっているのですが、わかっているけれども、なんとかしてそれをコントロール出来ないかと。ひとつには、「有用な命」とか「価値ある命」とか言って死を選別していく動きがあります。ですから、西洋医学というのは、内なる自然=「生老病死」をコントロールしていく医学だと、僕は、最近そういう捉え方するのもひとつの見方かな、と思っています。
で、そしたら東洋的なものは何かと言いますと、自然観が全く違う。ひとつには、日本には、この間のご対談にも少し話が出ていましたけれども、神道では八百万の神が日本の自然にはいるというわけです。これは日本人の持っている根源的な考え方です。だから自然に対する畏怖といいますか、それが今回ものすごく出たのが東日本大震災ですね。
僕、すごく印象的だったのが、イギリスの記者が来ましてね、「イギリスでは災害があんまりないから、経験したことがないので、私たちにはよくわかりません」と言うんですね。僕は「えっ?」と思いましてね。イギリスには災害がない。フランスにもないと言うんですね。あっと思ったんですけれど、よく考えたら、日本ほど、地震、津波、台風、火山、それから豪雪の被害…とこれだけの災害があるような国は、たぶん、世界にほとんど無いんじゃないですか? これだけ全部兼ね備えた国は。これだけ厳しい自然というのはたぶん世界ではないのではと。で、その中で、自然にはかなわない、というような考え方が日本には根強く残っています。それに対して、いわゆる文明というか、三大文明、チグリス・ユーフラテス両域、インド・インダス、中国の黄河・揚子江といったような所でもそうですが、最古の神話といわれているギルガメッシュ神話は、森の神を殺すところから始まるんです。中国の儒教もよろずの神を認めないという――。
蓮風 中国の場合は、天の思想というか、まぁ広く自然一般というか……。
佐々木 ユダヤ、キリスト、イスラムというのは兄弟の宗教ですが、同じ中近東の所から発生していますので、それらはすべて森の自然、いわゆる自然の神々を駆逐していく歴史なんですね。ですから端的に言ってしまうと、西洋の自然には神々はいない。で、それに対して日本の自然には神々がいる。あとで言いますけれども、西洋の医学のやり方というのは、ブルドーザーのようなものです。東洋医学のような繊細さ、先生が「繊細な治療ですから」とよく言われますが、そんな繊細さとは対極的なブルドーザーのようにザァーっとやる医療が西洋のやり方ですので、そこらへんが東洋と西洋とのまったく大きな違いといいますか、根本的な違いがあるんだろうなと思います。ちょっとあまり、東洋医学からの切り口ではないんですけれども、西洋医学から言うとこんなふうになるのかなと考えています。
ですから、今日も「熱出した」という患者がおった。「何時ごろ熱出た?」と訊くと、「夜中に熱が出た」という。これは非常に深い熱だな、とわかる。こういうふうに時間によって、季節によって、人間の身体が動くんですよね。今は暦ではもう春(注:対談3月21日に行われました)はですが、寒い寒い。もうとっても寒い。もう春分だといってもまだ寒い。
まず我々(東洋医学)のほうでは、「寒い冬」には北西の風が吹いて正常なんですよね。菅原道真の歌で「東風(こち)吹かば 匂い起こせよ 梅の花…」というのは東風なんですよね。春になれば東風がもう吹かないかんのに、まだ北西の風が吹いとる。北西の風は何かというと、寒さと乾燥です。だから粘膜が全部やられちゃう。そこへもって、一応、暦でもすでに今(3月)は春ですから、春は春の芽生えを出して上へ上へと伸びようとしているから、人間も気も上に昇っていきます。春の上に向かう気と北西の乾燥した風の影響で、余計に目や鼻がやられて花粉症が出てくる。だからこれは実に見事に病気を作るようになっておるんです。そのあたりをよく考えると、大自然の動きによる人間の身体、そして人間の身体の自然状況はどうかということを常に尋ねていく、これが東洋医学だと思うんです。そういう意味では、先ほど先生が説明なさった西洋医学とは随分違っておりますね。
佐々木 先生の仰るとおり、まぁ僕のつたない知識ですけれども、内なる自然と言いましたけれど、まぁそういう小自然と言ってもいいかもと思いますが、大自然と小自然とのバランスを取る、というのが東洋医学ではないかと。もうひとつ、西洋医学がすべてそうというわけではないのですけれども「病」ということでちょっと言ってみますと、たとえば西洋医学ではいろんな疾患名、病名をつけていくわけです。たとえば臓器別というような感じになりますけれど、私が専門としています糖尿病、あるいは高血圧。ただ誤解があるんですけれども、「糖尿病」という病気がなんかこう、独立して存在するようなイメージを皆さん持たれるんです。まぁ確かに糖尿病というのは非常に怖い病気でもありまして、それが進行していくと、非常に重い合併症、たとえば腎臓とか目とか神経に合併症を起こしてくるのは事実ですけれども、人間を離れてその糖尿病という病気が実態として存在しているわけではないんですね。
あくまで人間というものがいて、その中に病気が存在するんですね。癌といえども、たとえば僕の身体の中にも、皆さんの中にも日々、癌細胞は生まれてきてるわけで、それを免疫の力で出ないようにしているのです。だから、そしたらその人のすべての人生が、すべてが癌なのかというと、そうではないわけで。
だから「人間」っていうものを離れてしまって、西洋医学でいう病気だけを見てしまう。それが今の患者さんに多いかと思うんですね。ただ見方を変えると例えば糖尿病っていうのは、その人間の生活を現す病気ですね先生。食べ過ぎである、あるいは運動不足。その人の生活、習慣というよりも生活。生き方みたいなものを現す病気であるかもしれません。癌というのは、これは細胞が増殖する。で、実は癌細胞っていうのは、普通の正常な細胞より遥かに強い増殖能力を持っているのですが、人間の生命も根幹はやっぱり増殖することなので、ですから生命の本質を表してるところもあるんです。他を食い尽くしてでも生きたいというのが癌細胞の特徴なんですね。ですから癌という病気はある意味そういう生命の生き方そのものを現しているようなところもあるんですね。だから難しいわけですよ。人間の正常な細胞に似てるのにそれが悪いことするわけですが、それがまた巧妙に、正常な細胞との区別がつかないように、つまり免疫から攻撃を受けないように上手く体を隠すようにこう、恐ろしく絶妙な動きをしとるわけですよ。
蓮風 ほう。
佐々木 ですからそういった人間と離れて病気を考えてしまうと、何を見てるのかも分からなくなってしまう。例えば糖尿病でいうと血糖値を見てそれだけで判断してしまう。でも糖尿病だけで生きてるわけじゃないんで。だから、「全人的」って言うたらいいのかわかりませんけど、人をトータルに、病気も含めてみる。逆に言えば僕が治療を受けてて思うのは東洋医学、鍼灸っていうのは人間をトータルにみる医学なんだろうなって、そこが魅力なんだろうと。
蓮風 そうですねぇ。そこで少しお話しさせて頂くと、西洋医学でも「プライマリ・ケア」というのが非常に意識されてきている。1970年代にきたらしいですけれども、多分、今先生がおっしゃるような、西洋医学の弱い点をなんとかカバーしようと。個別的にみるんじゃなくてトータルにみようと。人間のある側面だけ取り出してやるじゃなしに、もっとこう「全人的」という言葉を使いますけども、そういうことを追究する為に、過程というか、検査も良いけどもあらゆる面でその人の人間をみる。そういう立場をとってますねぇ。そういうことを東洋医学は実は3000年前からやっておるわけで。先ほど先生がおっしゃるように、癌といえども人間の生命においては非常に重要な意味を持つんだとおっしゃったことは非常に重要です。東洋医学は結局のところ病気というのは陰陽のバランスの崩れ。この中に癌も入ってると思うんですよ結局。だから癌があってもバランスが取れてるというのが非常に重要なことであって。まぁ別の言い方をすると正気と邪気という問題になるときもある。ですから今先生が西洋医学をおさらいしていただいたことは非常にありがたいことで、人間をトータルにみる。自然を含めてトータルにみるという観点が非常に大事だと思うんです。〈続く〉
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