蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

カテゴリ: 歴史地理学者の川口洋・帝塚山大学教授との対話


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初回公開日2013/2/16


鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は今回から10人目のゲストをお迎えしてお届けします。鍼灸師の藤本蓮風さんと対談をする新しいお相手は帝塚山大学教授の川口洋さんです。川口教授のご専門は「歴史地理学」です。古文書などをもとにして近代移行期の人口について研究されています。そのような学問がこのシリーズのテーマの東洋医学とどうリンクしていくのか
…。人口という現象から見える人間の生き様や社会の“形”を通じて身体を考える興味深い対話が期待できそうです。

(「産経関西」編集担当)

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川口洋(かわぐち・ひろし)氏 

帝塚山大経営学部教授(歴史地理学、歴史人口学)、博士(文学)。
1960(昭和35)年兵庫県生まれ。筑波大・大学院博士課程・歴史人類学研究科中退。同大学学術情報処理センター、東京家政学院筑波短大、帝塚山大経済学部などを経て現職。古文書史料から人口分析を行なう情報システムを開発、公開している。07年、情報処理学会・山下記念研究賞受賞。共編著に『歴史GISの地平』『大和を歩く-ひとあじちがう歴史地理探訪-』。共著に『歴史人口学からみた結婚・離婚・再婚』
『アジアの歴史地理 第1巻 領域と移動』『生活・文化のためのGIS』『近代移行期の人口と歴史』など多数。

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蓮風 先生は長く私の患者さんとして来ていただいて、いろんな面で東洋医学の実際面と理論面とを理解されてらっしゃると思うんですけれど、まずはじめに、先生のご専門の歴史地理学について簡単に説明していただくとありがたいのですが…。


 川口 歴史地理学は、昔の人々の暮らしをありのままに「復原」することを目的とした、長い歴史のある分野です。

 蓮風 いわゆる歴史学の中のひとつということでしょうか。

 川口 地理学の一分野です。

 蓮風 どっちかというとジャンルとしては地理学が中心になるのですか。

 川口 はい。前世紀まで、歴史学をはじめ、社会科学の多くの分野では、イデオロギーに流されて、事実をありのままに見るということができにくい状況でしたので、歴史地理学を選びました。

 蓮風 いわゆる皇国史観といわれるものですか。

 川口 それは大東亜戦争以前の話でしょうね。私の学生時代は、マルクスの影響が強い時代でした。過去に生きた人々の姿をありのまま復原したいというのが、歴史地理学の目標です。

 蓮風 ああそうですか。私の知っているのでは、明治の頃に環境地理学という学問があって、その中で中山忠直というジャーナリストが出てきまして、その当時のお灸の名人の澤田健という人をある本の中で紹介したんですね。そしたら東洋医学が一気にね、盛んになったんですね。

 川口 ほう。

 蓮風 その当時はご存じのように、皇国史観というか、国粋主義というか、そういう時代を背景に出てきているわけなんですけれども。中山忠直ってご存じですか?

 川口 よくは存じません。どのような方ですか。

 蓮風 明治以降、非常に衰退した東洋医学を盛り上げてくれた方なんですねぇ。

 歴史地理学と環境地理学とはどういうふうに違うんですか?

 川口 地理学は非常に幅の広い分野です。人間の生き様を描くことをめざしています。自然環境と人間の暮らしぶりとの関係を重視する分野でもあります。今世紀に入って、地球温暖化やエネルギー問題をきっかけに、環境と人間との関係を模索する新たな動きが地理学にもみられます。

 私自身は、江戸時代から明治時代にかけての人口について研究しています。医学との関係で申しますと、幕末期にジェンナーの発明した種痘の痘苗が、長崎出島にあるオランダ商館の軍医を通じて導入されたために、天然痘死亡率が少しずつ減っていきます。コンピューターを使ってその状況を復原しようとしているところです。

 蓮風  はぁそうですか。今はそれを中心にやられていると。

 川口 はい。

 蓮風 先生は文科省から助成金をもらって研究されている方で、学者の中でも秀でた方でご尊敬申し上げているわけですけれども、いつでしたか、先生から頂いた面白い論文がありましたね。陰陽師が、子供が生まれたらどうこういう。あれを少しお話しいただけますか。あれ面白かったですわ。

 川口 江戸時代の人口問題のなかでも、間引きや堕胎が欧米の研究者の関心を引きます。貧しい人々が子供を育てる自信がない場合、大人が生き残るために、生まれてきた子供を間引くと考えられてきました。
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 川口 はい。中絶の方法もありましたが、生後の場合には、「間引く」とか、「返す」と古文書に書かれています。間引きの実態を示した史料は、私が発見したもの以外に報告されていません。

 蓮風 ほほう。

 川口 私が見つけたのは、福島県会津地方の元禄期の日記です。子供を返した記録が、素直に書いてあります。日記を書いた方は、江戸や京都と大きな取引をする、会津を代表する大麻の商人です。豊かであるにもかかわらず、3人の子供を返しています。性別占いの結果と異なる性別の子供が生まれたから返すと日記に書いています。

 蓮風 それに結局、占いと関わって陰陽師が活躍するわけですね、暗躍というか。

 川口 はい。修験山伏が胎児の性別占いに関わっていた可能性があります。

 蓮風 ああそうですか…。我々が二十歳(はたち)ぐらいのときに、世間のお年寄りの名前を、非常に不思議に思ったんですねぇ。たとえば「捨蔵(すてぞう)」とか「捨児(すてご)」、女の人だったら「トメさん」とか「マタトメ」とか、これは明らかに子供が生まれてきたら困るんだ、という発想が名前に乗っているみたいなんですが、やっぱりそれとつながるんですか。

 川口 そうですね。トメというのは、「この子で終わりにしましょう。」という意味です。

 蓮風 だから「マタトメ」といったら、結局止まらんでまたできた子…。

 川口 名前にも呪術的な意味があって、女性でも「イヌ」とか「トラ」とか、元気な動物の名前を付けます。

 蓮風 「クマ」とかね。

 川口 元気に育つようにという魔除けの意味があるわけです。名前にも大きな意味がありました。

 蓮風 陰陽師はいろんなことに活躍というか暗躍を、当時の庶民にいろんな影響を与えて、文化的に影響を与えたというようなことを仰ってたんだと思うんですが、何かそれで面白い例があれば…。

 川口 そうですね。陰陽師にしても修験山伏にしても、よろず相談受付所のような役割をしていました。人間の生活のなかで、今も昔も悩みの中心は「生病老死」です。病気に関しても、村人の相談に乗るわけです。幕末にコレラが大流行しますし、天然痘は流行を繰り返しています。そういう時には、陰陽師や修験山伏などの宗教者に祈祷してもらいます。

 蓮風 はい。

 川口 陰陽師や修験山伏は、オカルト信奉者ではなくて、高い漢籍の教養を持っておられました。そういう方々は、祈祷で病気が治らないことは百も承知だと思います。一方、祈祷には、癒やしの力があると思うんです。一心不乱に病気平癒を祈ることによって、病気の子供達や親御さんを勇気づける、力づける、という役割が大きかったのではないでしょうか。

 蓮風 これは私も目標にしようと思うんですけれども、医学・医療というものにはひとつの願いがある。だからお医者さんの人格みたいなものが大きく影響すると思うんですけれども、この場合もそうでしょうね<続く>

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藤本蓮風さん=奈良・藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回は帝塚山大学教授の川口洋さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の2回目。前回は川口さんのご専門の「歴史地理学」について簡単な説明が中心でしたが、今回は患者としての立場からの経験や意見を語っていただいています。古文書などをもとにして非常に緻密な検証をされている研究者が東洋医学に対して、どのような見方をされているのか。率直な感想をお読みください。(「産経関西」編集担当)

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 川口 幕末期にオランダ語の医学書が翻訳されます。中国でも西欧医学の書物が漢訳されて、日本に輸入されるわけです。漢籍に精通している宗教者のなかにも、漢訳の医学書を読んでいた方々がいました。幕末維新期に種痘の導入に携わった方のなかに、陰陽師の子弟、修験山伏の子供、神官の子弟といった宗教者の子弟が、相当いたのではないかと思っています。

 蓮風 それに関わって、我々の鍼灸の方では、先生もご存じだと思いますけれど、江戸時代、1600年代に現れた杉山和一という鍼の名人がおります。その人の直弟子に石坂志米一(しめいち)という方、それから2代か3代か経って幕末に石坂宗哲という方がおられます。石坂宗哲は西丸奥医師にまで昇進しました。彼はバタビヤ総督と一緒に来たシーボルトに鍼の講義をしたんですよ。

 この方が非常に面白いことをやっているんです。コレラ、当時はコロリ。コロッコロッと死ぬからコロリ(笑)。日本人は名前の付け方が非常に面白いですね。ある意味では実用的な名前をつけたわけですけれども。そのコロリを鍼で退治したという記録が残っているんです。ところが沢山の人は治したけれど自分がコレラにかかって死んだと言われています。こういうこともまた、お忙しいでしょうけれども、鍼が伝染病に対処した実例もございます。事実を拾い出していくことが先生のご学問のようですから、ぜひ頑張って頂いて、このような事実への着目も、またひとつお願いしたいと思います。

 ところで、長期にわたって先生は鍼の治療を受けておられます。それを通じて、この医学に対する印象、ご感想みたいなものが頂けると有り難いなと思います。

 川口 初めて藤本先生にお世話になったのは、15年くらい前のことです。ぎっくり腰になって3日間動けなかったんです。外科の先生に診察して頂いたところ、骨に異常がないかレントゲン撮って「異常ありません。」と言われました。「それでも、歩けません」と申しましたら、こんな大きな(両手で30センチ程の幅をつくって)注射器を出して、腰に注射を打ってくださったんです。「中身は何ですか?」って訊ねましたら、「麻酔薬で、痛み止めです」という答えでした。

 とても痛かったので、麻酔打つのは仕方ないと思ったんですが、2度目に行っても同じ、3度目に行っても同じで、湿布薬と麻酔なんです。その時、これで大丈夫かなと心配になりました。3日ほどで、歩けるようにはなりましたけれどね。痛みがずっと引かなかったので、どうしようかと考えていた時に、藤本漢祥院を紹介してくださる方がおられて、それがきっかけで参りました。

 毎年、職場で健康診断を受けるのですが、血液とか、尿とか、便とかを検査して異常なしと言われるんです。腰痛です、肩こりですと訴えても、「異常ありません」で終わりです。検査では異常なしでしょうが、現実に痛みがあると…。腰痛ってつらいです(笑)。慢性的な病気の場合は、身体つらいんですけれども、何にもしてくださらないんです。

 蓮風 一般に肩こりとかちょっとした痛みとかいうのは「不定愁訴」と言うんです。それに対して西洋医学は病気じゃないんだという発想があるんですよね。

 川口 腰痛や肩こりは、たいしたことではなくて、死に至るかどうか存じませんが、本人はつらいです。

 蓮風 つらいわけですよね…。つらいということで変わりませんよね。

 川口 なんとか治したいと思ってお世話になりました。先生をはじめスタッフの方が、来院した時に、「いかがですか」と親切に声をかけてくださいます。それだけで励ましになるわけです。丁寧に時間をかけて診てくださることが嬉しいですね。待合室では、いろんな病気の方が待っておらます。赤ちゃんからお年寄りまで、名古屋だとか非常に遠くから治療に来られていますね。

 蓮風 ついこの間は、鹿児島の屋久島から来られました。

 川口 こちらに来るのに1日かかりますねぇ。
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 蓮風 そうなんです。それでちょっと目の病気でね、重いから1回、2回では治らんから、泊り込みで来ておられるのだけれども。たしかにね、西洋医学にかかって治らん病気は結構あるわけで、それが我々の治療に頼ってこられて、なんとかならんかということでやるわけですけれど…。先生の場合は、もともと身体はあんまり丈夫ではなかったですね。

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 川口 そうですね。中学に入るまで、病気がちでした。

 蓮風 大病はしてないと仰るけれども、どことなくスッキリしない、だから集中しにくいということはあると思いますねぇ。

 川口 おかげさまで、この1、2年、自分でも大変元気になってきたように思います。

 蓮風 ここ1、2年で一気に良くなられましたね。もうそれこそ、頭の先からお尻の先までいろんな病気をしておられるのです。まぁそういう意味で、あまり丈夫でなかったお身体が徐々に丈夫になられて、苦痛が減ってきましたね。東洋、西洋の医学の両方を経験されてきて、味わいというか、感覚的な違いのようなものはありますか。

 川口 検査に現れない痛みとかつらさは、西洋医学のお医者さんも対処に困られるのではないでしょうか。私の職場でも、ぎっくり腰は職業病で、35歳あたりで教職員が、一度は動けなくなるようです。

 蓮風 今ね、思い出すと、腰は腰ですが全身的な疲労感が、先生の一番弱い、まさしく腰を襲うんです。だから腰だけを治そうとしても治らんわけであって、まさしく東洋医学がいう気の歪みみたいなものを治すということが根本になければならないと思うわけです。一応、言葉ではぎっくり腰というけれども、その背景に非常に心身の疲労がおありで、先生はどちらかというと、精神疲労がかなり大きい。それが結果として肉体的に出てくるのが大方だったと思うんです。

 川口 先生は、全体を診てくださるといいますか、私の性格や日々の行動パターンを含めて、総合的に判断して、治療に反映してくださっているような気がします。診察のときのジョークも含めて、蓮風先生の言葉が私にはよく効いて、効果があるようです。

 蓮風 そうですね。

 川口 西洋医学は…。医学だけではなくて、科学全般だと思うんですが、極めて分析的で、細かく、細かく分析して因果関係を見ようとするわけです。しかし、蓮風先生は、関係性といいますか、様々な現象のつながりを見てくださっているように思います。

 蓮風 西洋医学もそれなりに因果関係とかを総合的に見ようとはしているのだけれども、結果としては検査のデータが基準になりますね。このことはあとでまた「生気論」とか「機械論」の話の中で出てくると思いますけれども。我々の場合は、最初に問診いたしましたように、その人の人間全体というか、身体はもちろんのこと、どんな生活をして、どういう食べ物を食べて、どういう仕事に従事されているか、実はこのことが大きく病気を醸成するというか、作り出す大本になっていると思うんです。

 ですから知的な労働をなさるんやったら、知的な労働の中でやっぱり頚がこったり、肩が張ったり、当然出てくるわけで、これは無関心ではおられないんです。ところが西洋医学の場合は、結果として、血液のデータとか、結核検査で出なかったら「ない」とする。ここら辺りが大きな違いだろうと思うんですけれども。そういう意味では先生は東洋医学にある意味ではもう十何年もかかっている、どっぷり浸かって頂いたわけですけれども。医学・医療として満足度はいかがですか。

 川口 自分の実感としては、改善がみられます。長く痔でつらかった時もあります。ここ数年、症状は出てきません。夏休みに診療受けに参りますと、私と一緒の周期で診察を受ける小さなお子さんがおられて、ひどいアトピーで可哀相やと思って見ていました。1週間ごとにみるみる症状が改善されていくので、大きな効果があるのだと通院するようになって初めてわかりました。通院する以前は、鍼の治療というと、肩こりとか、腰痛とか、痛みを取ることが中心なのかと想像していました。

 蓮風 一般的にはそういうふうな理解がいまだに多いですね。

 川口 通院して初めて様々な病気の方が来られて、改善が見られることがわかりました。素晴らしいと思っています。<続く>

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談笑する藤本蓮風さん(写真左)と川口洋さん=奈良市、藤本漢祥院

 3月に入り、もうひと月もすれば例年のように各地でサクラも見頃です。今シーズンは厳しい寒さが続きましたし、まだまだ冷え込む日は少なくなさそうです。お身体の調子はいかがでしょうか。気候が日々違い季節が移り変わるように私たちの身心も変化しています。そんなことも、この「蓮風の玉手箱」ではよく話題になりますが、今回は“普段の状態”も、ひと様々という、お話。帝塚山大学の川口洋さんと、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談を読んで身体のこと、医療のことを考えてみてくださいね(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 西洋医学の先生とのつきあいが多いんですが、「いったい何がご専門ですか?」って聞かれます。そうしたら「私はゼンカ(全科)モノです」と答えます(笑)。

 川口 はい、はい(笑)。

 蓮風 目だろうが鼻だろうが、足だろうがお尻だろうがね。みんなやっちゃうんですよと…。昔の漢方医というのはほとんどもう全科にわたってやった。場合によっては出産の時も付き合ってみたり、そういうことも全部やってる訳ですねぇ。

 確かに専門というのは非常に立派な考えで、これはこれで必要だと思うけど、人間はバラバラにあるわけじゃない。全部繋がってるから、全体への視点が必要で、全科にわたって包むような思想がやっぱあるんじゃないかというのが、僕の考え方なんです。川口先生が、ぎっくり腰で、痛み止めの注射を打たれたという話が出てきたんですけど、(病院では)検査漬けといわれるくらいに検査をされますね。東洋医学はたいして…たいしてというか全くそういう検査やらない。その代わり脈を診たり舌を診たり、手足や背中やおなかなどのツボや経絡上の反応を診るために身体中を触りまくりますねぇ。これについてどうですか?手当てという医学について。

 川口 そうですね。治療を始める前に長い時間をかけて問診で、今までどういうスタイルで生活してきたか聞いてくださる。慢性病だと、自分が気づかないうちに何か、おかしな習慣が身についている可能性があると思うんです。丁寧に問診していただいて、こういう風に聴き取り調査をするのかとびっくりしました。毎回、脈を診ていただいたり、症状によっては舌の裏を診ていただいたりして、また、びっくりしました。丁寧に観察して、普段と違うところを見つけてくださるのに驚いています。

 蓮風 ああ、そうですか。

 川口 私は、1週間に1回ずつくらい診ていただいています。元気な時と、元気でない時の違いを観察してくださっていると思うと安心できます。

 蓮風 ああ、そうですか。

 川口 お医者さんに普段の状態を知っていただいている方が、安心です。

 蓮風 そうなんですね、そこが非常に大事なんです。普段、どういう生活をなさって、最近は身体とか、心にどういう負担をかけていらっしゃるかと、いうようなことに常に興味を持ってます。やっぱり安心ですよね。それ非常に大事なことやと思うんです。それで、人によってはもう、うち(藤本漢祥院)の玄関入っただけでなんか楽になるとかね、ここもう、これなんかある種の信仰みたいになってくるかも知らんが、最初はそうじゃないんですよね。段々段々、助けてもらったという意識みたいなもんがあって、で、そういう人間の、この交流こそが医療の土台やっていうのが私の考えなんですけども、それがやっぱりこう、うまく行くと本当にこう、治療家とその患者との関係を超えてですね、非常に信頼関係を持っていただくっちゅうのねぇ、ありがたいなって思っとるんですけれども。

 川口 病院へ行くのは、どこか故障がある時です。我々患者が、普段とどのくらい違うか、病院の先生方は、わかってくださるのかなと心配になる時があります。

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 蓮風 そうですね、我々の方では「未だ病にならざる=未病」と言うんですがね、病気かいうと病気じゃないんだけど、かと言ってほな健康か?いうたら健康じゃないという。その段階で、まぁ西洋医学的に言うと予防医学というか、そういうこの未病の段階でこう診たてて、そして病気にならんようにしていくという考え方が基本なんですわ。ですから、先生がおっしゃるように、その平生のものと病気になってからとの違いをどう見てるんか言うと、おそらく西洋医学はそういうことをわかってないと思うんですよねぇ。で、これ非常に重要なことですよね?

 川口 はい。患者の立場では、体調が悪くなるのを予防することができれば、ありがたいです。

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 蓮風 はい。まず健康があって、未病という段階を経て本当の病になる。だからその流れを知ってるのと知らないのとでは、えらい違いですけども、西洋医学は検査による結果が中心なんですよね。この間もネフローゼの子供の患者さんを診て、かなりびっくりするような効果をあげました。この患者さんは、西洋医学で色々やって治らんで、ステロイドもどんどん多量に…ムーンフェイスになってね。私はこういう(治療に使う打鍼を取り出して)金とか銀で作ったこういう太い鍼=写真(1)=を、お尻のあたりにあてるだけでね、数回で良くなってきたんですよ。それが西洋医学の検査でも変化が出る程度にまで効果が出ました。

註:太い鍼をツボにあてるのみで治療するという専門的な内容は、緑書房の『鍼灸ジャーナル』Vol.26、27、30に、「蓮風打鍼術の応用」として3回にわたり連載している。写真(1)(2)は同誌より。

 川口 それは素晴らしいですね!

 蓮風 はい。ほいで子供やからねぇ、まぁ、こども病院とかいろんな小児科行って、まぁ言ったら、注射などで痛い目あわされとる訳ですよ。だから最初は鍼を怖がったけど、「怖くないよー」と言って、先の丸い太い鍼をツボにあててやった=写真(2)。それからもう全然、怖がらんと鍼を受けるようになって、どんどん良くなった。

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 川口 まず、信頼が重要だと思います。

 蓮風 そうなんですよね、はい。子供自体が安心して、もうこの頃は玄関入ったら飛びついてきます。で、先生がおっしゃるように、まぁ、どっちかいうと優しい医学だと私は思うんですけどね。この優しい医学を知ってる人はいいけども、知らんとね、鍼を受ける機会もないというのはもったいない。早い段階で鍼を受けていたら、もっと簡単に楽に治るだろうし、それから、亡くならなくても助かったのに、知らんために亡くなっちゃったいうのは、僕ものすごく悔しいんですね。で、そういう事がないようにと思って、まぁひとつの啓蒙ですね。それをやってるのが、この「蓮風の玉手箱」なんです。そういう点でまぁ、先生が実際に患者として来られてどういう感想を持たれたかいうような事をお聞きしてるわけなんです。<続く>

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歴史地理学者で、帝塚山大学教授の川口洋さん=奈良市の藤本漢祥院

 啓蟄も過ぎて日増しに春の気配が強まってきています。四季のある日本でも季節感が薄れてきているといわれますが、やはり春夏秋冬それぞれで人々の装いは違いますし街の表情も変化します。今回の「蓮風の玉手箱」は季節と健康についての話題も出てきます。歴史地理学者の川口洋・帝塚山大学教授と、鍼灸師の藤本蓮風さんがそれぞれの視点から身体に言及する会話を楽しんでください。(「産経関西」編集担当)

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 川口 今、お寺の過去帳を整理しています。過去帳には、亡くなった方の死亡年月日が書いてあるわけです。ひと月ごとに整理して、いつ頃亡くなる方が多いのか、季節によって亡くなる方がどのくらい
あるのかということを調べますと、19世紀いっぱいは、夏場と冬場に2つの山がありました。

 蓮風 ああ、そうですか。どっちかいうと穏やかな時にはあんま死ななくって、暑いか寒いか、極端な時に亡くなる人が多かったということですね。

 川口 そうです。20世紀に入って夏場のピークはなだらかになってきましたが、1960年代の高度経済成長まで冬場の山は健在でした。1年の中で冬場の寒い時に、比較的多く亡くなるんです。地理学にしても、人口学にしても、自然環境と人間の病なり苦しみといった関係を知りたいのですが、とてもそこまでは至っていない、というのが本当のところだと思います。

 蓮風 西洋医学との対比で見ますとね、西洋医学は病名が決まったら同じ治療なんですよ、基本的には。春夏秋冬に関係なくね。

 川口 そうですか。

 蓮風 ところがね、東洋医学は季節によっても治療法が違ってくる。それは人と自然は一体であって、自然が春であれば春の身体にならないかん。夏であれば夏の身体にならなくちゃいけない。これは秋、冬も然りなんですね。ですから同じ人物であっても身体の状況が季節によって変わるという発想があるんです。ところが、西洋医学の場合はほとんどそれはないですね。気温が高いから、ちょっと今日はこうしようか、というようなことはやるかもしれませんが…。

 だから東洋医学の場合には、春には春の脈、「弦脈」というんですけど、ピーンとこう、ギターの弦を張ってそれを震わさすと、ビーンと響きますね。弓の弦のような、これ弦脈と申します。で、夏場は「鈎脈(洪脈)」いうて溢れるような脈。夏は暑く陽気は盛んやから身体の方も陽が活発になって血流も旺盛になるので洪脈になります。で、秋になるとこう力が抜けて、今度、脈が全体に浮いてくるというんですね。これを「毛脈(浮脈)」と申します。冬場はその陽気が一気に隠れちゃうから、脈も隠れちゃうというんですよ。これを「石脈(沈脈)」といいます。そういう脈が人間の本当の健康、それに逆らうのはみな病気なんだと…。こういう見方するわけですよね。

 川口 同じ人間でも季節によって、脈の打ち方が変わるのですか?

 蓮風 変わるんですよ。そうなんですよ。だから、それが変わらないと、今度は病気だということになる。面白いですねぇ。季節による、その人間の移ろい、自然の移ろいに従っとらないかん。自然と人間は一体だという考え方が根底にあるわけです。だからこういう医学っちゅうのはね、もっともっと僕は研究されていいと思うんですけどね、なかなか、わかってもらえないんです。

 我々の東洋医学というのは2500年の歴史があるわけです。東アジア、特に中国に起こりましてね、朝鮮半島それから日本と伝わってきた伝統医学なんです。この伝統は非常に深い意味があります。やっぱり東アジアという地域ということにも限定されるわけですけれども、そういったいろんな民族がこの数千年にわたって色々と医学実験をやって、その中で本当に効果のあるものが残ってきた医学なんです。その中で、先生もお調べになってわかるように、明治以降っちゅうのは西洋医学が日向になって、東洋医学は相対的に日陰になって、全然ダメになった。まぁ最近ちょっと西洋の方でも、ああ東洋医学っていうのはやっぱりすごいことやるんだなという、雰囲気にはなってきておりますね。
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 川口 アジアの中でも日本は、春夏秋冬の四季がはっきりしています。アジアでも雨季と乾季しかないような場所もあります。年柄年中、季節が不安定といいますかね、乾燥地帯なんかは、季節というよりも一日の間に冬から夏まであるようなところもあります。

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 蓮風 はいはい。チベットなんか特にそうですね。

 川口 そこで暮らしている方がおられるわけですのでね、身体の調子もその場所その場所で…。

 蓮風 違いますね、はい。

 川口 出てくる病気というか、身体の不調も住んでいる場所でずいぶん違うんじゃないかと思うのですが、いかがでしょう。

 蓮風 はい、それはね我々の聖典である『素問』という本の中に「異法方宜論」という篇がありまして、そこには海辺に住む人、山に住む人、平地に住む人、みな違う。食べ物も生活様式も違うから、それに合わせろと、書いてあるんですね。すごい考え方だと思うんですよ。この医学の源泉は中国にあるわけですけど、特に華中ですね、華中のあたりは今はもう砂漠に近いですが、2500年前はかなり…緑なす大地だったと言われております。これはもう、ちゃんとした学問でわかるみたいです。だから日本と同じように四季があった。

 だからこの「陰陽五行」というんですけど…。「五行説」という四季の移ろい、場所によって変わるんだという考え方が出てきたみたいですね。これは西洋医学は同じ人間で同じように生活しとったら同じ身体やっちゅうこと前提にやってるわけですが、東洋医学はやっぱり緑なす大地における人間のこう、センスというか、ある意味で芸術性だと思うんですけど、そういったものがものすごく研ぎ澄まされて出来た医学。だから先ほど言ったように春の脈とか夏の脈、こういうきめ細かなことをね、観察しながら、人間の身体、健康、病気っちゅうようなことを考えたみたいですね。

 川口 サラリーマンや大部分の職業の人間は、あんまり季節性ということ考えずに仕事しています。しかし、家で飼ってる犬にしても猫にしても鳥にしても、季節で大きく変わりますでしょ。

 蓮風 そうそうそう。少なくとも夏毛、冬毛という風にね、あらゆる動物そうですよね。

 川口 はい。猫なんか夜明けに、オスもメスも元気に鳴く季節というのは、年に1回ですか、2回ですか。決まってますでしょ。

 蓮風 そうそう、そうです、そうです。

 川口 人間だけは、ほかの動物とは違う部分があるのかもしれません。

 蓮風 それは自分たちの作った文化がそうしたんでしょうね。

 川口 犬とか、猫とか、鳥のように、人も季節、季節で身体に変化があったのでしょうね。本来は人間の社会にも、それぞれの季節ですべきことが、細かくあったのでしょう。それが段々、仕事の変化といいますか、世界の変化で…。

 蓮風 平均化された世界に入っていくんですよね。

 川口 季節性のないような過ごし方に変わってきたんでしょうね。ここ暫くの間に季節性がなくなってきたような気がします。

 蓮風 そうですね。確かに人間の発展の中で理知という世界が大きく働いて、それによってまぁ、ある意味で自然に逆らった生活をね、やるようになって、それが実はまた病気の素にもなっていくわけなんですけどね。そういう意味でまぁ、東洋医学っちゅうのはある意味で「自然に帰れ」という発想にもつながると思うんです。<続く>

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初回公開日2013/2/16

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藤本蓮風さん=奈良市の藤本漢祥院

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。歴史地理学者の川口洋・帝塚山大学教授と、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の5回目です。今回は東洋医学の考えを知るキーワードともなる「生気論」についての話題から始まります。「生気論」と聞くと、古代ギリシャの哲学を思い浮かべる方もいらっしゃるでしょうが、実は東洋医学の思想と通底しているというわけです。身体をめぐる様々な考え方をもとに生命について思いをはせてみてはいかがでしょうか。(「産経関西」編集担当)

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 川口 「生気論」とはどういうものですか? 簡単に教えてください。

 蓮風 簡単に言いますとね。「生気論」の反対が「機械論」なんですね。人間の身体はメカニックで、部品が寄り集まってできてるから、その部品をひとつずつ点検…。つまり検査ですね。部品をひとつずつ点検して問題がなければ異常は「ない」とするわけです。これが「機械論」。これに対して「生気論」は、そんなバラバラに、生命ちゅうのはできないんやと…。元々ひとつの、つながった全体で、もっとこう、エネルギッシュな何かが動いて、人間の身体を動かしてるという考え方ですね。で、この生気論というのは元々ギリシャの哲学者アリストテレスあたりが、既にそういうことを言っているんですよ。

 川口 なるほど。

 蓮風 はいはい。現代もね、生物学上では「機械論で説明できる」「否、生気論でしか説明できない」とする連中同士が論戦しています。現代、医療現場では機械論のほうが勝っているのが現実です。だけど、我々の方から見ると、先生がおっしゃったように「肩が痛い」「頭が痛い」「腰が痛い」…。だのに、なんぼ検査をやっても(原因が)出てこない。それは、部品を見てるからですね。ところが我々は「生気論」全体の「気」という、ひとつのプシュケーみたいなもの考えてるわけです。それに歪みがあると考えると、説明つくんです。だからそれに対して治療すると実際、楽になったでしょ? 先生?

 だから、この事によって「生気論」ちゅうのはやっぱり間違いはないんです。だけど、もっと公平に見ていくと確かにね、いま心臓の移植などの臓器移植なんかに見られるようにですね、機械論の部分もある程度あると思うんですよ、公平に見てね。東洋医学はもっぱら「生気論」ですけども、全体として生命を見た場合に、やはり「生気論」の方が本当に生命の実像に迫っているんじゃないかというのがまぁ、僕の考え方なんですがね。こういう事でどうでしょうか?

 川口 「機械論」と「生気論」は、スタンダードが違うわけですね。

 蓮風 そうそうそう、土台が違うわけです。

 川口 出発点から違うということですね。
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 蓮風 はいはい。それが実は、西洋医学と東洋医学の違いというか、根幹的、根本的な違いになる。我々、臨床家から見ますとですね、癌(がん)で西洋医学では「絶対ダメだ」と言われた患者さんが、私の治療を受けてますが、例えばね、乳癌で骨転移してもうだめだと医者から言われていたのに、鍼を併用して疼痛も緩和されてもう7年保っているんです。抗癌剤もやってるけど、抗癌剤だけではそれだけの効果はふつうは出ないそうです。これは生気論の有効性を証明していると思うんです。

 川口 人間の身体も、心も含めてトータルに診て、体調の改善を図るということでしょうか。

 蓮風 その場合のトータルも部分部分を寄せ集めてのトータルじゃなしに、元々ひとつだったんだと、分ければこうだという発想と、バラバラのものがひとつになって統一だという考え方の大きな違いだろうなと思うんですがね。どうですか、こういう考え方?

 川口 地理学は英語で「Geography(ジェオグラフィー)」と言います。「Geo(ジェオ)」が地球とか大地という意味で、「graphy(グラフィ)」が叙述する、描写するという意味です。2つの言葉からできているんです。グラフィという語尾がつく分野には、他に「Bibliography(ビブリオグラフィー)」、書誌学ですとか、「Demography(デモグラフィー)」、人口学ですとか、そういう分野があります。同じGeoが付いても「Geology(ジェオロジー)」、地学のように、「logy(ロジー)」という、理性や真理を意味するギリシャ語のlogos(ロゴス)を語源とする言葉が語尾に付く分野があります。グラフィの方は、先生がおっしゃることにつながるかどうかわかりませんが、百科全書的に総合的に見たいという分野です。地理学では、その場所に住んでいる人々の暮らしを総合的に見なければ、その場所の特色がわかりません。逆に、分析的な科学には語尾にロジーがつきます。西欧の学問分野のスタイルにも、大きく2つか3つくらいあるのかなという気がします。私の専門は地理ですので、先生が御著書の中で詳しく書いておられる、総合的につながりを見たいというお考えに親近感を覚える気がいたします。

 蓮風 そうですね。私ね、ここ6年ほどね中国語を学んでるんですわ。年寄りがね(笑)。その中で、この間、面白い言葉を教わりました。「離不開」。中国語では「リーブカイ」と言いますが、離そうとしても離すことができない。いい言葉ですね。バラバラのように見えても、実際は切っても切れない関係。こういう中国語があるんですよ。これは生命というものは「機械論」の部分もあるけれど、最終的にはこれだろうと私は思うんですよね。非常にいい言葉で、もう物忘れのひどい年寄りですけれど、これ忘れることが出来ないんですわ。ええ言葉を教えてくれました。はい。



 川口 ちょっと話が変りますが、私は学生さんの発表や様々な会議で研究発表を聞く機会が多いわけです。同じ分野の方だと10年以上の付き合いになります。同じ方でも、身体からエネルギーがバーっと出ているような発表される時と…。

 蓮風 いわゆるオーラのある?(笑)

 川口 ええ、同じ方でも、丁寧なご報告ではあっても、あまりエネルギーを感じない時があります。この発表は素晴らしいと思う時には、その方からオーラが出ているように感じます。

 蓮風 ああ、そうですか。中身もあるんだけども、なんかその言葉とかそういうもの超えて、なんかこう光り輝くもの感じると?

 川口 はい。そういう時があるんじゃないかと思います。若い院生や若い先生からも、すごい迫力が伝わってくるような時があります。同じ人でも、場面によって気迫が変わりますね。<続く>

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