蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

カテゴリ: 倉敷中央病院初期研修医・笹松信吾さんとの対話


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初回公開日 2014.5.24
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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は今回から岡山・倉敷中央病院初期研修医の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談が始まります。まずは笹松さんが医師を志した理由からお話が始まります。前回までの鈴村水鳥さん(小児科医)もそうでしたが、子供のころの経験が大きく影響していたようです。(「産経関西」編集担当)

【プロフィル】笹松信吾(ささまつ・しんご)1982(昭和57)年、北海道生まれ。札幌光星高校卒業、広島大学総合科学部中退。2012(平成24)年、札幌医科大学卒業。岡山・倉敷中央病院初期研修医(対談当時)を経て2014年から市立堺病院外科後期研修医。

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 蓮風 「蓮風の玉手箱」へようこそ。先生は私が書いた『経穴解説』(メディカルユーコン刊)をお読みになって「北辰会」にいらっしゃったんですよね。
 

 笹松 『経穴解説』を最初に手に取ったのは、医学生のころなんですけど、その当時から東洋医学が、どういうものかということに興味を持っていて、本屋で面白そうな本を探していました。漢方については興味深い書籍が幾つかありましたが、鍼灸に関しては面白そうな本は見当たりませんでした。

 教科書的なことはひと通り書いてあるんですけど、実際に診療している様子というか現場の息遣いがあまり伝わってこない。その中で、『経穴解説』を読むと、実際にどういう風に治療が行われているのだとか、本を書いた先生の考え方や鍼灸に対する情熱が凄く伝わってくる生きた内容の本だと直感的に感じました。

 蓮風 臨床の具体性と、この医学の思想性が出とったということなんですね。

 笹松 はい。

 蓮風 このことについて、後で深くお聞きしますけども、まず何で医者を志したんでしょう?

 笹松 僕は元々身体が弱くて、小さいころからよく風邪をひいたり、入院したりしていたんです。そこで、点滴も沢山されましたし、薬も沢山飲まされて、もうこんな辛い思いはしたくないと…。子供のころにかかっていた小児科の先生で一人すごく優しい先生がいて、僕が疑問に思ったことに対しても優しく答えてくれたし、注射も上手で、そういう先生になりたいなと思って医者を志しました。

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 蓮風 自分の身体が弱いからということで、医学を志したと。自分と同じような人を救ってみたいということでしょうね。

 笹松 そうですね。あとは、幼いころの自分が、「この先生に診てもらいたい」と思えるような医者になりたいですね。

 蓮風 医療関係の職業は色々あって、お医者さんはそのなかでも代表的なものでしょうけど、その他色々ありますよね。鍼灸もその一つなんですけど、正統な医学というか、オーソドックスな医学を取り敢えずやってみたかったということですかね。

 笹松 そうですね。自分が知っているのは、いわゆる西洋医学で、当時は西洋医学といえば医者という考えしか頭になかったので、医者を志してみようと。

 蓮風 そうですね。念願の医師になった現在の心境をお聞かせください。志した医者になって、今の時点でのお気持ちというか、これからの抱負みたいなものがあったらお聞かせください。

 笹松 はい。まず、やっぱり医者になって良かったと思います。

 蓮風 何が良かったですか?

 笹松 働いていて身体が辛(つら)いことはあるんですけど、楽しいですね。

 蓮風 やりがいがある仕事だと。

 笹松 やりがいがあります。何でこんな仕事を選んでしまったんだろうとか、やっていて気持ちが辛いなということはなくて、人と関わるのは楽しいですし、医学の勉強をするのも面白く、やりがいを感じております。

 蓮風 そういう意味ではぴったりですね。しっくりいく目的に到達したということでしょうね。

 笹松 あと実際に医者になって思ったことなんですけど、直接患者さんの命に関わるということですね。自分の判断一つで、場合によっては患者さんの状態を非常に悪くすることがあるということで、すごく責任感というものを感じております。

 蓮風 ドクターと言えば、死亡診断書が書けますからね。ある意味で生殺与奪の権というか、生かしも殺しもできる立場にあるんで、これ大変な仕事ですよね。だけど非常に面白い。

 笹松 はい。〈続く〉


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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。前回から倉敷中央病院初期研修医(対談当時)の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談が始まりました。今回は笹松さんがなぜ、西洋医学を学びながら東洋医学にも関心を持ったのか、その理由について話してくださっています。外科と内科との関係にも言及されており、東西の両医学がうまく協力関係を築けるヒントがありそうです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 大学を中退されるなどドクターの大学(札幌医科大学)に入るまでに時間がかかっていますけど、その間、迷いはなかったですか?

 笹松 迷いはありました。まず、どうして時間がかかったかという話なんですけど、元々医学部をめざして勉強をしていたんですが、受験という壁があって、なかなか思う通りにいかなかった。そこで一度、医学部を諦めて心理学が学べる大学に進んだ。やっぱり医学部の受験というのは難しかったということですね。

 蓮風 そうですね。「玉手箱」に登場していただいている先生たちも、そんな簡単にスッと入っていないですね。ほとんどね。だから、それは当然と言えば当然だけど。「もうしんどいからやめたろ」という気はならなかったですか? 医学部に入るまでに。

 笹松 そうですね、心理学の大学に入っても医者になりたいという思いが捨てきれずに大学に通いながら毎年受験をしていたんですけど、途中でこのまま心理学の道を進んでもいいかなという思いには何回もなりました。ただ最初に自分でやりたかった仕事ができなくて、未練が残ったままで、果たして満足した人生を送れるんだろうかということを何度も考えて、この受験を最後にしようと思った年に、たまたま合格することができました。

 蓮風 うまくいったんですね。一時、広島大学に在籍しておられたんですね?

 笹松 広島大学の総合科学部というところに在籍しておりました。

 蓮風 それは医学と関係があるんですか?

 笹松 そうですね。色々なことを勉強できる学部なんですが、心理学を学ぶことを選んだんです。直接医学には関わらないのですけれど、人の心を研究する学問ということで、医学に近いところに立てるかなということを考えました。

 蓮風 なるほど。消化器外科専攻という風に聞いておりますが、そうですか?

 笹松 はい、そうです。

 蓮風 これは何か意味があるんですか? 僕はね、最初にお会いした時、内科向きの先生やなとつくづく思っとったんやけど、消化器外科ということで、ちょっと意外性があったんでお話を聞かせて頂きたい。

 笹松 僕も医学部に入ったころは、子供のときに小児科の先生によくお世話になったということで、小児科医になろうかなと思っていました。ただ実際に勉強していくうちに小児科はちょっと向いていないのかなと(笑)。子供の相手をするのが苦手ということもありまして。色々な科を回って勉強させてもらううちに、手を動かしているのが楽しいということに気付きました。他には、昔から思っていたことの一つに、目の前で倒れている人を救える医者になりたいというのが頭にありまして、そういった中で一番近いものは何かなと考えると、外科かなということで、選びました。

 蓮風 そうですか。
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 笹松 また、学生の途中から東洋医学を勉強していましたので、内科的なことは東洋医学でやって、東洋医学でやりきれないところを外科でやろうかなという、ちょっと欲張った思いもありまして。

 蓮風 その発想は確か『三国志演義』にも出てきた中国・漢代の華佗(かだ)という人につながりますね。華佗という名医の専門は、元々は外科なんです。だけどその前に内科的に治すことはないかということで、鍼灸をやっておられるんですね。どうしても(内科では)いかんやつを手術するんだということを書物の中で確か書いていたと思うんですけど。そういう発想に近いですねどっちかというと。西洋医学的には外科でやって、内科的にはむしろ東洋医学のやり方がいいんじゃないかと。それは何か根拠はありますか? 西洋医学にはもちろん内科はあるわけやし、いわゆる西洋医学の内科よりも東洋医学の方がいいんじゃないかという発想はどこから出てくるんですかね?

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 笹松 昔から自然の流れに逆らわないもの、人に優しいものが好きだったんです。自分がよく病気がちだったということもあったので…。そう考えるとですね、胃カメラや手術などを見てもらえればわかるように、西洋医学的な治療は東洋医学に比べると人に優しくない。東洋医学で治療された方が気分も気持ちもいいということもあって、できるだけ自然な治療法を選ぶということを考えたら、やっぱり東洋医学だなぁと思いました。途中までは東洋医学はどれくらい効くかっていうことが疑問だったんですが、実際に蓮風先生の治療を見ていると、西洋医学的な内科の治療にも匹敵するんじゃないかという思いもあって、これは東洋医学でいけそうだと。

 蓮風 そうですか。我々(西洋医学の)素人は消化器外科というものを分かっているようで分からないので消化器外科というものはどういうことをやるのか教えてくれますか?

 笹松 難しいですね。病院によっても変わるんですが、基本的には盲腸(虫垂炎)、腹膜炎、腸閉塞(イレウス)などの緊急疾患…あるいは消化器内科で、たとえば胃だとか肝臓だとかを見てですね、これは手術しなきゃいけないなといった患者さんが紹介されて来ます。癌の術前・術後で抗癌剤を使って治療しなきゃいけないというような方も消化器外科で対応することがあります。末期がん患者の緩和医療にたずさわることもあります。

 蓮風 それは消化器外科の領域に入るんですか?

 笹松 はい。〈続く〉

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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は倉敷中央病院初期研修医の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の3回目です。今回は笹松さんが鍼灸に興味をお持ちになったきっかけを話してくださっています。患者の視点に立つと、鍼灸の可能性や効果が見えてこられたようですが、症状を抑えることと、病を治すことの違いも明確に浮き彫りになっているのではないでしょうか。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 学生時代からこの医学に興味を持たれたようですが、西洋医学を志しながら、なぜ鍼灸に目が向いたんでしょうか?

 笹松 西洋医学は何となく人に優しくなさそうな気がする。検査とか注射とかもそうなんですけど、痛いですし不快感を伴う。西洋医学の先生の診療を見ていてもあんまり触ってくれないなぁというのもあって、もうちょっと人に優しい医療はないかと…。

 蓮風 それは患者さんからの視点ですよね。検査も良いんだけども、僕の身体はこうなんだよと触って診てほしいという。まぁ我々は常に“手当ての医学”という事をいうんですけども、そういう意味では東洋医学の方が優しい感じがするというわけですね。

 そういった鍼灸の優れた面に目を向けて頂いたんですけど、西洋医学がある意味で医学を支配しているわけですけれど、その中で鮮明に鍼灸医学が果たせる役割がありましたら、先生のお考えを教えてください。

 笹松 西洋医学は世の中を支配しているだとか、西洋医学は万能だっていう考え方をされている方もたくさんいらっしゃると思うんです。でも、実は西洋医学では治せない病気というのは非常に多いんです。簡単な例をとってみれば、肩こりもそうですし、頭痛もそうです。そういった西洋医学では治らないものを治療していけるのが東洋医学なので、まだまだ西洋医学に東洋医学がくい込んでいく余地はあると思います。

 蓮風 そうですね。その辺りがね、実際専門である鍼灸師が分かっていないんですよね。神経痛とか肩こりとか、それを馬鹿にするわけじゃないけど、それだけじゃないだろうというのが僕の考えなんですがね。

 難病治療というのは西洋医学にとって難病で、東洋医学にとって、やはり難病のものもあるけども、案外簡単に治るものも沢山あります。たとえば潰瘍性大腸炎とか、それに類するクローン病とか、意外と鍼がよく効くんですよね。そういうことに鍼灸を専門とする鍼灸師があんまり気づいてないんですよね。

 笹松 あともう一つ挙げると、みなさんがよくかかる病気として風邪があると思うんですけど、西洋医学で風邪というとですね、特に何もする事がないんですよ。たとえば細菌に感染した肺炎だとか、細菌が関係するものだと抗生剤を使うんですけど、ウイルス性の風邪っていうものは、抗生剤は当然効かないので、たとえば、熱冷ましを使うだとか、咳止めを使うだとかそういった症状を消す治療しかできないんですよ基本的に。

【メモ】一般の人が使う言葉である「風邪(かぜ)」は医学的に正確な定義がない。ここでは西洋医学における「普通感冒」、つまり、咳・鼻汁・咽頭痛・頭痛・発熱などの症状を呈するウイルス感染症を「風邪」とした。「風邪」は一般的に薬を飲まなくても自然に治る。「インフルエンザ」は症状が強いが「風邪」の一種と考えてよい。タミフル(R)はインフルエンザウイルスの増殖を抑える薬で、発熱期間が半日~1日程度短縮されるといわれている。インフルエンザウイルス以外の「風邪」ウイルスに対する特効薬は現時点ではない。(「北辰会」註)
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 蓮風 風邪を西洋医学的に正確に言うと急性上気道炎というような概念で捉まえてますね。もうその言葉自体がここらあたり(鼻から喉、気管の入り口にかけて)に炎症が起こっとるぞということを大まかに言ったもんだろうと思うんだけど、東洋医学で言う所の<風邪(ふうじゃ)>という概念が西洋医学には無いですね。風邪(ふうじゃ)というものこそ実は病の本質の大きな部分を表していると思うんですよ。

 というのはインフルエンザも含めて、同じ風邪でも人によって違うじゃないですか。『傷寒論』的に言うと、最初から陰証を示すものと、最初から太陽病からいくものと違いますよね。それから同じ風邪でも冬の風邪と春の風邪と夏の風邪はまた違うんですよね。それから同じ風邪でも中国で流行っている風邪と日本で流行っている風邪もまた違う。これを中医学的に言うと“因時制宜(いんじせいぎ)”=時に因る=、それから“因人制宜(いんじんせいぎ)”=人に因る=ですね。それから“因地制宜(いんちせいぎ)”=場所に因る=の3つ、つまり、時・人・場所(地理)によって色々違ってきますよ、ということを認識しています。こういう考え方を東洋医学はするんですけどね、西洋医学にはあんまりないですね。

  『傷寒論』:中国後漢の時代に張仲景という医者が著したとされる書物。当時、インフルエンザである村の人口が激減したときに、病がどういう進展をたどり、どの段階でどういう治療をすると治せるか、あるいは、こういう状態になればもうだめだ、という内容が薬の処方のみならず、鍼灸に関する記載も出てくる。最も初期の浅い位置を示すのが「太陽病」で、陽明病・少陽病とともに「陽証」の段階とされ、これらに比べより深い位置でより重篤な状態が「陰証」(太陰病、厥陰病、少陰病)である。その人の体質や誤治によってどの段階からスタートするか、あるいはどの段階に一気に進んでしまうか、など、十人十色である。(「北辰会」註)

 笹松 西洋医学にはないですね。西洋医学は気候による変化だとか、土地による変化だとか、人の心による変化だとかそういうものは切り離して考えるというかよくわからないのでそもそも考えない。

 蓮風 そこがね、東洋医学をやらないかん一番の理由にならないかんと思うんです。こういう考察をしていない。風邪一つでも時期により、それから人により、その場所によって全部違う。こういう発想がね、非常に大事な事やと思うんです。これはね、やはり東洋医学は自然とともにある人間を見つめている証拠なんですよね。西洋医学はそんなのを切り離してやってますよね。

 笹松 そうですね。実際に患者さんの話を聞いてると、腰が痛いおばあちゃんがいたとしてですね、やっぱり雨が降ると腰が痛いだとか、寒くなると腰が痛いだとか、そこを強調して言われるんですけど、西洋医学的に見ると湿気とか寒さと腰痛の関係というのは全然明らかにもなっていませんし、研究しようとする人もいないので、あぁそうですかと聞いて終わりなんですよね(笑)。〈続く〉

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笹松信吾さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼の力を探る「蓮風の玉手箱」をお届けします。倉敷中央病院初期研修医の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の4回目です。今回は笹松さんが東洋医学への魅力について話してくださっていますが、そのひとつが「体表観察」で病気が分かるという点。道具をつかわないで身体の中の状況を知るということですから神秘的でもあり、そこが現代西洋医学の立場からすれば、非科学的で不信の理由にもなるようです。しかし検査の数字や病巣だけを見て病気が分かるというのも乱暴な気がしませんか。人間の身体は年齢、環境、生活習慣などで千差万別ですからね。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 先生の場合は本格的に東洋医学をやろうとしておられるんですよね。ところが、一般的なドクターで東洋医学に興味をもって小手先で利用しようかなという人たちが多いような気がするんですよね。昔、肝臓病の患者さんにドクターが「小柴胡湯(しょうさいことう)」という薬を与えたら死亡した、なんていうニュースがあったでしょう。あれなんかは西洋医学でいう“肝臓病”と東洋医学でいう“肝の病”を一緒くたにしたために誤治したにすぎない。そういうことがあっちゃならんと思います。

 現に“冷え症”だから「附子剤(ぶしざい)」を処方する、というのも問題ありますよね。そういう意味で、小手先で利用しているとしか私には思えない。笹松先生は、そういう方向ではなしに本格的にやろうとしていると思うんですね。そんなドクターが東洋医学の考え、哲学思想、こういったものを自分の中でどういう風に消化なさるのかなと思って興味があります。西洋医学の世界観をもちながら、同時に東洋医学の世界を持っていくことについて何か考えがありますか? まあ矛盾する部分はあるんですよね。

 慢性肝炎、肝硬変、肝癌の患者さんに対して「小柴胡湯」を使用し、間質性肺炎(通常の細菌性肺炎とは治療法や予後が異なる)を引き起こした例が多数報告されている。なお、薬剤性間質性肺炎は漢方薬に限らず様々な西洋薬でも生じることがある。ツムラ小柴胡湯の添付文書の効能または効果に「慢性肝炎における肝機能障害の改善」という記述があるが、分別なく機械的に慢性肝炎に対して小柴胡湯を使用すると、例えば肝熱がなく肝血虚の状態に対して「黄●(=くさかんむりに今)」(おうごん、漢方生薬のひとつ)で清熱してしまうなど「証」に合わず副作用をきたすことがある。これは他の漢方薬にも言えることで、「漢方薬は副作用が少ないので安心」という言葉に騙されてはいけない。漢方薬はもっと厳密に使用するべきである。「漢方薬は証に合っていれば副作用が少ない」が正しい。(「北辰会」註) 

 笹松 そうですね。僕は基本的にできるだけ自然に生きて行きたいという考えをしていてですね、自然に生きて行くための手助けの一つの道具として医学があるという風に考えています。自然に生きて行くためには病気だけじゃなくて、自分の身の周りの環境だとか、心の問題だとか…。もちろん住む土地もそうですし、色んな問題があると…。
  

 蓮風 そうですね。

 笹松 医学というものは、本来そういうものもすべて含めて診ていかないといけないと思うんですよ。そういったことを考えた時に東洋医学の方が西洋医学より優れていると思います。先生がいつもおっしゃるように東洋医学は色んなものを診るじゃないですか。環境も心もそうです。

 人の本来の生活にそった治療をしていくと、治療が自然な流れにそっておこなわれて行くということですよね。なので、その人が本来持っている力を引き出したり、人が自然に生きるための手助けのひとつとして東洋医学を使っていこうかなあという風な考えをしております。

 蓮風 なるほど。また似たことを聞くみたいですけど、先生は「北辰会」本部定例会のドクターコースに熱心に来て、体表観察なんかをよくやっておられます。ひとつは先にも先生がおっしゃったように、触ってくれる…手当の医学がこの医学の魅力だろうと思いますけれども、その他に何かありますか?

 笹松 そうですねぇ。
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 蓮風 たとえばね、体表観察を一生懸命やる。西洋医学だと検査、検査、検査…。血液を調べて、場合によってはMRIとかCT使ったりして、身体の実態というか、「形」にごっつう意識を持っていきますよね。東洋医学というのは実態を直接相手にしていないんですね、結果的には。それは非常に哲学的になるんだけれども、生命というのをどういう風にみるのかということに関わってくる。体表観察というものはその最たるものですね。中の物を外から分かるというような発想ですから。どうですか、そこらあたりの東洋医学の魅力というか神秘性というか?

 笹松 そうですね。西洋医学ですと色んな検査をして病気を探して行くということをやるんですけれども、東洋医学の場合は体表観察を中心に診断をしていくと。道具もいらないですし、人と人とのふれあいだけで病気が分かっていくというのは、実際に冷静に考えると、どういう原理か分からないんですけれども、確かに気の流れというのも感じます。やっぱり自分の手一つで診断して、治療もしていけるということで、非常に魅力的だと思います。あと一つ思うことは、体表観察を勉強していると何となくですね、やっぱり自分の感覚が鋭くなっていくというのが分かってくるんです。

 蓮風 そうそう。

 笹松 昔は漢方薬飲んでもなんとなく効くなあとしか感じなかったんですけれども、最近は「葛根湯」を飲むと背中から首のあたりにかけて温かくなってくるなあとか…。

 蓮風 身体全体が敏感になってきた。

 笹松 そうですね。

 蓮風 なるほど。

 笹松 後は、身体に触れるということに関しての話なんですけど、僕、ふだん病院に行ってもできるだけ患者さんの身体に触れて診察するように心がけているんですが…。

 蓮風 それはいいことですね。

 笹松 よくご高齢の患者さんからですね、最近はこんなに身体を触って診てくれる先生はいなかったと、何十年ぶりだろうというような話をされていて、非常に喜ばれる方がいます。

 蓮風 そうですね。最近は聴診器を飾りにつけているだけで、ほとんど使っていないという(笑)。昔はこの聴診とか胸叩いて打診とかいってね、中の様子をうかがった。そういう意味ではとりあえず外からでも分かるんだという発想はやっぱり似た所はあるわけですよね。西洋医学そのものが「形」という実態にせまろうとしているから、どうしてもちょっと違うんですよね。

 笹松 ただ西洋医学も今は色んな最新の機械を使って検査をしようという流れにはなってはいるんですけれども、その一方でできるだけ患者さんの話を聞いて後は診察をして実際に触れてみて打診だとか聴診をして、それだけを使ってどういう病気かを考えていこうというそういった流れもあるんです。

 蓮風 それは、いいことですね。<続く>

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白衣姿の笹松信吾さん=市立堺病院

 鍼の力を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。倉敷中央病院初期研修医(対談当時、現・市立堺病院外科後期研修医)の笹松信吾さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談も中盤に入ってきました。今回の話題は笹松さんがめざしている方向性を中心にして東洋医学が西洋医学と併存して役割を果たしていく方法について語られています。結論は簡単に出ないようですが、それは患者の視点から、この課題に取り組んでいるから、ともいえるようです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 最近では、西洋医学における癌(がん)の「緩和ケア」でも、ひどい痛みの出る末期に至る前から、患者さんにどう対応するかということを考えているみたいですね。その中で、単に人間の心だけでなく、魂…スピリットの部分まで踏み込んでどのように対応するか、ということをテーマとする考え方も出てきているみたいですね。

 笹松 そうですね。

 蓮風 ということは、西洋医学の人間観みたいなものは変わってきたんですかね。

 笹松 昔に比べると心だとか環境の問題にも配慮する医者が増えてきたというように感じています。特に今、家庭医という分野に力を入れてきていると思うんですけれども…。

 蓮風 ホームドクター。

 笹松 家庭医をされる先生の中には、直接身体を触ったり、診察を大事にするだとか、人の心だとか人との繋がりを大事にしていくという(流れはあります)。

 蓮風 極端な話やけども、医療の機械も何もない所へ行って、ドクターたちは何ができるかといったら、ほとんど何もできないんですよ。血圧計ひとつなくても困るんですから…。

 東洋医学は脈をみて、舌をみて、身体に触れると分かるようになっているんですね。いわば野戦病院的な医者の姿が東洋医学にはあると思うんやけれども。機械がないと分からないというのは、機械さえあれば分かるということなんで一面的には便利、すぐ中身が分かるという所もあるんですけれども、同時に不便な所もありますよね。

 笹松 そうですね。

 蓮風 先生は体表観察をずっとやっていたら手の感覚がよくなるだけではなく、全身が敏感になるという話をなさいましたけど、非常に大切なことですよね。

 それから、先生は今、消化器外科として頑張っているんだけれども将来自分の医学としては、どういうものを作っていきたいですか? 何を求めていくんですか? この鍼灸を踏まえながら…。

 笹松 消化器外科をめざしているんですが、今めざしているところで、こういってはなんですが、最終的には僕はたぶん外科はやっていないと思います。

 蓮風 ああ、そうですか(笑)。

 笹松 多分10年かそこらで辞めて、内科に戻るという風に考えています。

 蓮風 まぁ最も西洋医学の西洋医学たる部分が外科ですから(笑)。性格的にはあなたは内科的にぴったり合うと思います、最初に言った通り。だからそれは向いているけれども、その真反対の部分を最初にやっておくというのは、これは意味がありますね。

 笹松 そうですね。最初にその西洋医学の花形の外科をやることで、逆に外科の限界だとか、どこまで外科でできるのかということがみえてくる。

 蓮風 そうそう、見えてきますよね。
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 蓮風 そうですね。西洋医学では手術せんといかんいう患者を、僕らは手術をしないでも、良いという判断をして、結果的にその方が患者にとって正解だったということがあります。最近の僕の症例ではね、これは有名な国立大学の医学部の教授が判断下したんやけど、肝硬変で、あれ肝癌やったかな? 生体肝移植。肝硬変?

 笹松 そういった考えもあって外科をやろうと思います。やはり最終的には外科の限界を踏まえたからこそ、できるだけ手術をしないで何とかしようと…。

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 弟子 肝硬変ですね。

 蓮風 ちょっとカルテ持って来て。

 弟子 はい。

 蓮風 もう生体肝移植しか救う道がないとドクターが言ったやつを、私は鍼で治療してね、良くなってきたですよ。

 笹松 そうなんですか。

 蓮風 はい。多分あなたが理想とするのはそういう世界じゃぁなかろうかと思って、(内弟子がカルテを持ってくる)良いですか? 先程言った肝硬変です。肝硬変の末期で、生体肝移植しか方法がないっていわれていたんです。最初、舌や脈を見て、それから腹部では右の季肋部…経穴でいうと右の「不容」の辺りに(肝臓が悪いことを示す)硬いものに触れたんですよね。 半年くらい治療して、最近触れなくなった。

 (その患者は)関東におられるんで、関東支部の仲間にある程度手伝ってもらってるんですけれど、ついこの間も再診に来て、もう非常に元気でおられるんですよね。こういう現実が幾つも起こって来るんですよね。そうすると先生がおっしゃるように、手術せんでもいけるやつが沢山あるんじゃないか。それこそね僕はこの鍼灸医学の果たす役割だろうと思うんです。

 ただ先生の場合、西洋医学の物差しと、それから東洋医学の物差しの2つの物差しを持つことになりますね。これがいつも平衡状態であれば良いんだけども、これがチャンチャンバラバラやる時があるんですよ。うん。そういった場合どうなさいますか?

 笹松 そうですね、それは非常に難しい問題ですね。

 蓮風 そう、非常に難しい。

 笹松 実際には自分のレベルによって変わって来ると思うんです。自分の西洋医学の技術と東洋医学の技術の…。なので現段階では何とも言えないです。

 蓮風 そうだね。まぁ医者に成りたてやからね(笑)。そらそうだ。

 笹松 ただどちらも同じような効果があるとしたら、やっぱり患者さんに聞いてみてですね。

 蓮風 患者さんが決めることね。

 笹松 はい。そうかなというふうに思ってます。やっぱり医療者というのは「こういった選択肢があるよ」ってのを、患者さんに提示するのが一つの仕事かなと思いますので。〈続く〉

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