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川口洋さん(写真右)と藤本蓮風さん
歴史地理学の視点を交えて鍼灸に迫った川口洋・帝塚山大学教授と、鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も最終回となります。これまでの各界の著名な方々のお話をお届けしてきた「蓮風の玉手箱」をお読みになってきた方は東洋医学と西洋医学に優劣はないという印象を強くされたと思います。今回も、そんな話題から今後の医療の在り方や人間の幸福について話が及びます。「正解」がない問題を探る醍醐味を楽しんでください。(「産経関西」編集担当)
蓮風 日本で医学・医療というとほとんどイコール「西洋医学」というのが現状ですが、これまでのお話では、先生は西洋医学と、鍼灸などの東洋医学とを、患者がうまく使い分けできるほうが良いという、お考えですね。
川口 それが正解かどうかわかりません。私も、(蓮風さんの藤本漢祥院に)通院するチャンスがなければ、鍼灸の治療がどこまでカバーしているのか、知らずに過ごしたと思います。恥ずかしい話。
蓮風 いえいえ。
川口 鍼灸にこういう治療効果があることを知る機会が増えたら、苦しみが少なくなる方が増えると思います。
蓮風 そうですね。僕はもうすぐ70歳で年がいってますけど、できれば私の存命中にね、鍼灸専門の病院を創ってみたい。
川口 いいですね。ぜひ実現させてください。健康保険が適用されると、我々患者は助かります。
蓮風 これでやれたら、自分の本望だなという風に思うわけです。やっぱり僕らの患者さんの中には、西洋医学でどうにもならん病気がたくさんあるんですよね。医学が発達したといいながらもね、実際は難病で、もう治らん病気もたくさんあります。で、ある程度それは医学が発展する事によって、解決するわけですけども…。そういう意味でもね、発達するということは逆にいうと未完成だということです。
東洋医学の場合はね、根本は変わらんのですよ。気の歪(ゆが)みを治す、陰陽の調整という事で変わらない。この原則を外れないので、そういう意味では西洋医学ほど発達しない。逆に言えば発達しなくてもある程度対処できる、ということがいえると思うんです。だから、どれだけのことができるかということを実証してみせないかんわけです、だから「鍼灸病院」みたいなのがね、必要だなという思いがあるんですよ。こういう良い医学もあるんだよっていうことを知っておればいいけども、知らないのが大方ですよ。だからそういう意味で、この「蓮風の玉手箱」も、その使命の一環を成すものという風に思っているわけなんです。
近現代においては西洋文化が圧倒的優位に立っておりますが、今後これが逆転するということはあるでしょうか、先生の歴史地理学から見て、どう思われますか?
川口 地理学がどうということではなくて、価値観の問題ですのでね。どちらが優位かという設問自体が価値観の問題ですので、簡単に予測できません。
蓮風 あぁ、そうかそうか。
川口 価値観というのは、常に相対的です。近代の工業化社会、産業化社会に適する価値観を生んだのが、200年前のヨーロッパでした。その論理が世界を席巻して現在に至っているわけです。
蓮風 そう、そういうことを、まぁ優位だと言っているわけです。
川口 それは、あくまでヨーロッパ、西欧の主張です。2011年でしたか、ブータンの…。
蓮風 はい、はい、はい。あの国王夫妻が来日されましたね。
川口 ブータンというのは貧しい国です。しかしブータンでは「幸せですか」と尋ねられると「幸せです」と答える方が多いそうです。日本独自の価値観を主張する事がかなえば、つまり、一人一人が自分の幸せはこういうことですよと主張できれば、どちらが劣っているとか、優れているという議論は、成り立たないような気がします。
蓮風 なるほどね。
川口 自分が見た感じではアジアは元気です。台湾に行っても、ベトナムに行っても、タイに行っても、日本ほど豊かではないですが、エネルギーが街を覆っているように思います。(1983年4月から1年間、日本で放映されたNHK連続テレビ小説の)「おしん」が、途上国で翻訳されて、視聴率がすごく高いです。日本を見習えというわけです。これほど頑張れば幸せになれるぞ、とベトナムだとか発展途上国の方が考えておられる。「おしん」の世界に同調して見ておられるわけです。日本の若い世代、自分の教えている若い世代が「おしん」を見て、心からシンパシーを感じるかと言ったら、感じないんじゃないかと思います。経済が成長して豊かな生活ができることが、本当に幸せなのか、よくわからなくなります。若い者は…と言い出したら、年寄りになった証拠ですかね。
それにしても、今の若者は、頑張っておられる方も、たくさんおられるとは思うのですが、元気がないように思います。学生さんの年代で男女を比べたら、女性の方が元気です。一人一人がオーラを出して、幸せ感を持って生きることのできる社会を作るのが、政治の役割かと言ったら、ちょっと違うような気もしますが、我が国は心配な状況だと思います。活力が感じられなくなっているので心配です。
蓮風 まぁ、心配ですね。ある歴史学者が言っているんですよね。古くは東洋医学が優勢であったと、で近現代になってグーッと今度は西洋の方が勝っていく。そうするとこの波からいうと次には東洋文化が中心になるんじゃないかという説を立てておられる。それと先ほど先生が仰ったように幸せ度っちゅうのは、宗教と深く関わってきますね。例えばブータン(の国教)はチベット仏教の一つであって。何をもって幸せとするか、なかなか難しいですね、英語で言えば確かにハッピーなんですけど、じゃあアンハッピーとは何か。その幸福感というのは、全くそれぞれが持つ価値観によってまさしく変わりますね。だけど一応、まぁ幸せだと。僕もたぶん彼らは日本人から見れば幸せだろうなぁと思うけれど、大きく宗教というものが関わっております。で、東南アジアの方でもそういう傾向がありますよね。
ところが、この間、浄土真宗の佐々木恵雲先生(医学博士、藍野大学短期大学部教授)と話した時にも仰ったんですが、宗教というのは非常にまた難しいんですよね。凄く良い面と同時に、オウム真理教を生み出すような力も持っている。非常に爆弾を抱えているような、ある種の文化ですよね。だから、僕が一番言いたかったのは、先ほど歴史学者が言った、非常に古い時代は東洋が勝って、近現代においては西洋が勝って、次の時代に東洋文化が出てきた場合に、そのバックボーンとなる思想や考え方というものが、大いに見直される時代が来るだろうと思っています。僕は常に言うんだけど、東洋文化っちゅうのは根底には農耕文化があると思うんですよね。で、農耕文化というのは皆で手を携えて力を合わせないとできないんですよ。狩猟ちゅうのはある4、5人おればできるんだけど、農耕っちゅうのは、今は機械が発達したから、ある少人数でできるけど、基本的にはたくさんの人が協力してやる。ここにはある種の宗教性もあるし、多神教的でもあるし、そういうところに僕は人間の救済みたいなもんがあるじゃないかなという感じがしたわけなんですけども。今日は長い事、先生ありがとうございました。
川口 ありがとうございました。きょうは、日ごろ考えたことのない大きな問題を考えるきっかけを作っていただきました。江戸時代から明治時代までの東洋医学と西洋医学との関係について、これからも考えていきたいと思います。<終>
★次回は正倉院事務所長の杉本一樹さんとの対談をお届けします。