蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

タグ:東洋医学


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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の8回目となります。今回からは川嶋さんの“専門”ともいえる「統合医療」についての話題に入っていきます。対談のなかで、「統合医療」が生まれたプロセスを聞いた蓮風さんが想像とは違っていたとおっしゃっていますが、お読みになれば蓮風さんのように“誤解”していたことに気づかれる方は多いのではないでしょうか。ある意味、日本の医学が世界の中では歪(いびつ)な道をたどって遠回りしているのかもしれません。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風
 「気功」にしても、先生は「怪しい」とかなんとかおっしゃいながらも、自分で体得して効果を検証して、医学者としては、ある意味、当たり前のことをスムーズにやってこられましたね。「統合医療」も、そのひとつかもしれませんが、アメリカで、なぜ発生したのでしょうか?

 川嶋 通常の医療ではないものをアメリカではオルタナティブ・メディスン(alternative medicine)といいます。この「オルタナティブ」という言葉は、1970年代に、国の体制が良くないことをアメリカの若者が世間に訴える手段として、奇抜な格好をして町を闊歩しました。ヒッピー族です。この時に(現状以外にも代替可能な選択肢があると)反体制を訴えて「オルタナティブ」という言葉が使われました。似た言葉でオルタネイト(alternate:二者択一)という言葉もあります。

 1990年ごろに、一般市民の調査が『The New England Journal of Medicine (ニューイングランドジャーナルオブメディスン)という西洋医学の一流雑誌に掲載されました。それによれば、すでに30%を超える人が、民間療法すなわち代替医療を受けていました。

 蓮風 ほう。純粋に西洋医学だけをやっているのじゃなしに、いろんなことやっとったと。

 川嶋 やはり日本と違って、健康保険制度がなく、普通に医者にかかるとべらぼうに医療費がかかるものですから。

 蓮風 アメリカは特にそうですね。

 川嶋 はい。お金をかけられないので、病気にならないための手段のひとつだったわけですね。それを受けて、「National Institutes of Health」(アメリカ国立衛生研究所)…日本の厚生労働省にあたるところですが、そこが「Office of Alternative Medicine(オフィス オブ オルタナティブ メディスン:OAM)という研究室を1992年に作りました。

 まずはオフィスからスタートしたのですが、6年後の98年にナショナルセンターに格上げになりました。要するに国立補完代替医療センターですね。97年に出た『JAMA(Journal of the American Medical Association)』(ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション)という雑誌によるともうすでに40数%の人たちが、代替医療を利用している、そして支払っている医療費の半分以上が代替医療であると。ナショナルセンターになり、研究費も論文もうなぎのぼりです。

 さて、ヨーロッパですが、ヨーロッパというのは伝統医学をそのまま受け継ぎながら西洋医学をやっていて。たまたま日本がドイツ医学を選んだ時に(今の)西洋医学のみが入ってきて、ドイツの自然療法はまったく入って来なかった。

 おそらくですね、あの脚気論争(脚気の原因を食糧内容とみるか菌感染とみるかの論争)で失敗した(軍医の)森林太郎(森鴎外)に代表される当時の医者たちは、自然療法には興味を持たず、輸入しようとしなかったのではないかと思います。外科なり内科なり近代西洋医学といわれるものだけを、取り入れてそれを日本の主流にしてしまったのでしょう。ヨーロッパでは、流行(はや)り廃(すた)りはありますが、近代西洋医学と伝統医療が併存し続けているんです。

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 川嶋 日本は明治時代に、もともと持っていた伝統医療を国が強制的に捨てさせましたよね。鍼灸も漢方薬も、細々と視覚障害者とか蓮風先生のように代々継いでらっしゃる方々が残しはしましたが、医学の主流からは外れたところに追いやられてしまったのですよね。

 でも、アメリカもヨーロッパも補完・代替医療にも注目し、2000年を過ぎたあたりから、もちろん代替医療も良いけれど、西洋医学だって捨てたものじゃないということで、それらを統合した「Integrative(インテグレィティヴ)」という言葉を使った医療が謳われるようになってきたんです。

 蓮風 うーん。僕の想像しとったのは、西洋医学やっとって、なかなか問題が解決しないから、西洋医学だけじゃなしに他の医療を使ってみようということだと思っていたのですけど、ちょっと違うのですね。

 川嶋 まあ、それもあります。たとえば腎臓病は難治性の病気ですし、当然西洋医学だけじゃどうにもならないことも結構ありますし、ステロイドホルモンや免疫抑制剤といったかなり強烈な薬を使うものですから、自分だったら一時的に使うことはあっても、それを生涯にわたって使うというのは、やはり抵抗があります。

 ステロイドホルモンが効く病気というのは、自分の副腎からその必要な量だけステロイドホルモンが分泌されれば、要らなくなるはずであると僕は思っています。多分、こういうことを言っている腎臓病学者、膠原病学者というのは、世界に僕しかいないのではないかと思っているのですが。でもこの理論は間違っていないのではないでしょうか。十分な量の副腎ホルモンが分泌されれば、ステロイドの必要な病気にはかからないし、かかってもステロイドを十分に分泌できる体に戻してあげられれば治るに違いないと思って診療しておりますから…。けっこう重い膠原病でも腎臓病でもステロイドホルモンをやめられるようになった例が、僕の外来では複数件あります。<続く>

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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。今回は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の7回目。前回は「気」に強い関心を持った川嶋さんが1995年夏に奈良・生駒へ気功団体「真氣光」の合宿に借金をして行ったというエピソードが語られました。その続きです。(「産経関西」編集担当)

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 川嶋 合宿の最終日に、別室に数人呼び出されたんです。「気を出しなさい」って言われて。出し方なんて習ってないのに、見よう見まねで周りに合わせていたら、(「真氣光」を創設した)中川(雅仁)先生(先代、1936~95年)が気を出している両手の間に手を入れて行って…。「戻っていいですよ」と言われて、元の部屋に戻ったところ、「今から名前を挙げる方は気功師です、頑張って下さい」と言った。その中になんと僕の名前が入ってまして…。そんな馬鹿なと…。何も教えてもらってないし…。とはいえ、駄目もとでやってみようかとも思って、東京に戻って、膝痛を訴える透析患者さんに手をかざしてみたんです。すると、ものの30秒もかざさないうちに、「あ、先生!良くなったよ」って言うんです。「えっ!?嘘でしょ!?」って感じでした。

 蓮風 (笑)

 川嶋 「いや嘘じゃない、嘘言ってもしょうがないだろ」「本当ですか!?」「本当もなにもこの通り」というわけです。こうなると面白くなって、複数の透析患者さんにやりまくりましたところ、かなり良い成績が出てたんで、これを日本透析医学会に報告しました。口頭発表後、場内から「プラセボ(偽薬)じゃないか」と質問され、代金もとっておらず患者さんには何の被害もないので、「プラセボでいけませんか?」と返しました。

 要するにプラセボは効果があるからプラセボ効果なんです。もしもこれがプラセボ効果だとしても、お金は一銭も掛かってないし、人を騙してるわけじゃないので、「僕がやってる以上にプラセボ効果を引き出す良い方法があるのなら教えて下さい」とさらに追い打ちをかけましたら、場内がシーンと静まり返り、それ以来、日本透析医学会では、変な奴になっちゃいました。

 気功を知って、見えないエネルギーの存在に確信を持ってしまい、それからは見えないエネルギーの勉強を始めることになりました。すると、日本にも「波動」なるものがあったり。ヨーロッパに目を向けると「アロマセラピー」や「フラワーエッセンス」さらに「ホメオパシー」なる医療もあって、そういう勉強も次々に始めました。

 蓮風 はいはい。

 川嶋 世の中は見えないものだらけでした。
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 蓮風 今のお話を聞いていますと、どっちかと言うとちょっと、世間では怪しげな医学というか、医療に色々と、平気で飛び込んでおられますねぇ。

 川嶋 ええ。当然本業である西洋医学は決して自分の力が衰えないようにしっかりとやりながら、もちろん若いドクターたちへの指導も怠りなくやってるわけですから、誰からも後ろ指さされるようなことはないわけです。あとは、趣味みたいなもんですから、勉強してました。

 2年経ったところで、東京女子医大の東洋医学研究所に空きができて、(北海道大学から移った東京女子医大の)腎センターを辞める覚悟で行くことにしました。行って驚いたのは、まず、「医者に鍼は打たせない」と、所長の代田(文彦)先生から言われたこと。「どうしてですか?」と聞いたら、「大した腕でもないのに、医者が打ち始めると患者は医者っていうだけで鍼灸師を無視して医者の方に行くからな」と。「だから鍼を打つ医者は鍼灸師に嫌われてるんだ」とも。

 蓮風 (笑)

 川嶋 「だから打つもんじゃない」と言われまして。

 蓮風 うーん。

 川嶋 …と言いながら、代田先生ご本人は外来ではサービスで皮内鍼を打っている。だから僕もそれちょっと真似してました。

皮内鍼(ひないしん):細く短い鍼を皮膚組織内に刺入し、絆創膏などで固定して、1日から数日間留置する治療法である。昭和初期に鍼灸師の赤羽幸兵衛(あかばねこうべえ)氏が考案した。 「北辰会」方式では、置鍼しすぎると反って悪化することもあり、本来の鍼治療を正しくできない可能性があるため、皮内鍼は一切取り入れていない。(「北辰会」註)

 蓮風 ずっと聞いてますと、先生は、どっちかと言うと怪しげなものを平気で受け取られる。私も素人やからわからんけども、そういう素地がある中に「統合医療」という考え方が出てくるのはやっぱりアメリカ医学からですか?

 川嶋 「統合医療」という言葉は2000年を過ぎたころからアメリカから世界に広まって来たものです。それまでは西洋医学を含まず、「代替医療」とか、「補完医療」と言う言葉が使われていましたから、ルーツはアメリカかもしれませんね。

 (腎センターに籍を置きながら見習い研究者のようなかたちで)東洋医学研究所に約1年勤務したところで、(東洋医学研究所から正式に所員として)「来ないか?」と誘われました。ただし「条件がある」と…。忘れもしません。当時の教授と助教授の2人に面と向かって言われたのです、「西洋医学を捨てなさい」と。「はっ? どういうことですか?」と尋ねたところ、「我々は漢方の専門家を育てたいのであって、君の西洋医学は出来すぎて邪魔だ」と言われたのです。そんなこと言われるとはとても思っていなかったので…。

 東洋医学研究所では、自分の考えていた医療は実現しないと認識し、腎センターに戻ることにしました。腎センターに戻った僕は、理想的な部署を目指し、当時の(女子医大の)理事長、学長、学部長、病院長のところにほぼ日参しました。

 新しい資料があると持って行って「(代替医療も)必要じゃありませんか?」と、訴えていきました。あんまりにもうるさく通い続けたせいでしょうか、ついにそれから5年したところで、「分院でそういう外来をやってみるか」とお声がかかりました。(診察日は)週にたったの半日でしたが、すぐに満杯になりました。それから1年弱、専務理事の先生から、「青山に美容外科の教授がクリニックを出す。美容外科だと聞こえがあんまり良くないから、君がずーっと言っていたものをくっつけてやるか?」と言われて。まったくお門違いのものが合体するのですけど、千載一遇のチャンスに違いないと思って受けることにしました。〈続く〉

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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の6回目です。米国で西洋医学の研究をしていた川嶋さんは方向を転換して、日本で治療に鍼灸を取り入れることを決意、急きょ帰国して北里大学の東洋医学研究所の門を叩いたのに、けんもほろろ断られたのでした。今回はその続きです。(「産経関西」編集担当)

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 川嶋 留学前に、できたばかりの東京女子医大の東洋医学研究所にも誘われていましたが、名前だけで中身はほとんど伴わないだろうと思っていたんです。でも北里大学の先生から「女子医大の所長は代田文彦先生だよ」って言われました。(父親が鍼灸師で、医師と鍼灸師が協力して治療するチームも作った実績のある)代田先生が所長なら女子医大でなんとかなると判断しました。

 そこで代田先生に電話を掛けたんですが、代田先生に「結構うちは人気があって、いっぱいだから今は駄目だよ」と言われたので仕方がなく(母校の北大の)腎センターに戻りました。

 何となく悶々としながら、腎臓病の仕事に戻ったのですが、これは忘れもしません、1995年4月19日の朝、突然右の耳が聴こえなくなりまして…

 蓮風 はぁー。

 川嶋 アメリカではリサーチばっかりやってたもんですから、臨床の勘は狂っていました。花粉症はボストンではなかったんですが、3月に日本へ着いた途端にその晩から窒息しそうになり、花粉症だったことに気づくと同時に悩まされるはめに…。これは花粉症に伴う中耳炎だろうと思ってしばらく放置してしまいました。それで治療が遅れまして。

 蓮風 うんうん。

 川嶋 しばらくして周りから「お前、それ突発性難聴じゃないのか」と言われて「えっ!?しまった!」と…。だとしたら間に合わないかもしれないと思ってすぐ耳鼻科に行って、ステロイドをはじめとする治療を受けたんですが、全くよくならない。1カ月したところで廊下ですれ違いました時に担当医から「どうですか?」と聴かれて、「変わりません」と言うと、「あっ、そうですか。じゃあ、もう一生治りませんから」って、ポーンと言ってのけられちゃったんですよね。これは結構きついなと思いました。

 蓮風 (笑)

 川嶋 僕には、まだ鍼灸や漢方がありますからいいんですけどね。これ一般の患者さんはどうしていいか分かんなくなっちゃうだろうと思いました。

 蓮風 うんうん。
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 川嶋 当時、僕は30代。人生まだ半分あるのに、半分耳が聴こえないまんまって言われた人間がどんな思いになるかっていうのが分かったわけですね。一般の方だったら、鍼は鍼灸師さんのところに行かなきゃいけないし、漢方薬も薬屋さんとか医者のところ行かないと処方してもらえません。

 鍼灸も漢方薬も「気」のコントロールなのだから気軽にできる「気」のコントロール法を考えました。何も使わずに気をコントロールするには気功だと単純に発想して、勉強を始めました。驚いたことに、気功には3000以上も流派があって。何が何だか分からなく途方に暮れているところで外来のナースから、「うちの腎センターの所長がやってる」っていう話を聞いて、そんな馬鹿なと…。「人工臓器の権威が気功なんてやってるはずないじゃないですか」って言ったら「嘘だと思ったら見に行きなさい」って言われ、行ったら、本当に外来で患者に対して手かざししていたんです。「何やってるんですか?」って言うと、「見りゃ分かるだろ、気功だよ」って…。「先生それ教えて下さい」って言ったら、「いや駄目だよ、あんたなんかに分かりっこないよ」って。

 蓮風 ふふ(笑)。

 川嶋 北大の先輩だったので、いや先生、僕は母校に東洋医学研究会作って、「気」の勉強とかしてないわけじゃないんですけど、って言ったら、そうか、じゃあ教えてやる、ということで、「真氣光」という気功の団体を紹介してもらいました。当時、その団体の長である中川雅仁先生は、カリスマ気功師で、何でも治しちゃうような方だったんですけども。そこへ連絡して、体験をしたいと告げたら、合宿に来なさいということになりました。

 無一文で帰国したので、借金をして、その合宿に夏休みを潰して出ることにしたんですが、それが生駒なんですよ。

 蓮風 はぁー。

 川嶋 奈良の生駒の山の中に合宿所があったんです。実は中川先生が、脳卒中で倒れて僕の参加する合宿には来ないんじゃないかって言われてたんです。ところが奇跡的にその僕が行った時には来られてまして、それから半年後に亡くなってしまうんですが。

 蓮風 うーん。

 川嶋 その合宿所に入りましたら、中川先生が、「今から気を出しますので、みなさん座って下さい」とおっしゃる。その気功なるものが始まったら、体をゆすり出す人、歌を歌い出す人、泣き出す人などが続出して…。

 僕が帰国した1995年は1月に阪神大震災、3月に地下鉄サリン事件があった年なんです。

 蓮風 ほーぅ。

 川嶋 テレビで白装束のおっかないオウム真理教の人たちを見てたもんですから、いやーこれは、ひどいところきちゃったなぁと…。オウム真理教の親類か?みたいな印象を受けたんですが、実はそんなことはありませんでした。

 そこには体が悪くて治したい方もたくさん来ていました。それに東京工大の先生が「気」を科学的に解釈する話をしたり…。驚くようなことも少なくありませんでした。中川先生自身も、昔は、ただただ片っ端から治していたんですが、脳梗塞で倒れ、それはいけないことだとお気づきになったそうです。要は片っ端から治すんじゃなくて、やっぱりなぜ病気になってしまったのかということに患者さん自身が気付かないといけないんだと。

 とにかく「気」のシャワー、専門家の説明、繰り返し気づくことの重要性の講釈で、だんだん“洗脳”されてくるんです。食事は玄米菜食だし、その道場の掃除は全部させられるし、朝に晩にヨガもさせられるもんですから、10日も居れば“洗脳”され、こういう場所も悪くないなぁと思い出すんですね。

 蓮風 (笑)〈続く〉


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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の5回目です。前回は西洋医学にどっぷり漬かって米国留学をした川嶋さんがひょんなことからMIT(マサチューセッツ工科大学)で鍼や「気」の講義をしたら、日本では想像できないくらいに注目されて、危機感を覚えたという話でした。今回はその続きですが、本題の前に川嶋さんの多彩多能な一面の話題から。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 話がそれますけど、フランス語をとても立派にお話しなさるようですね。

 川嶋 ええ、まあ。僕は中学、高校時代は第1外国語がフランス語なんです。

 蓮風 ははは(笑)。

 川嶋 当時、英語は、第2外国語だったので、入試は全部フランス語で受けました。

 蓮風 あー、頭の良い人は何でも出来る(笑)。

 川嶋 いや、そんなことないです(笑)。

 蓮風 あー、そうですかぁ。

 川嶋 はい。

 蓮風 そういえば、フランス人のお坊さんを紹介していただきましたよね。

 川嶋 ユウカイさんですね。面白かったですね、あの人。

 蓮風 面白かったですよー。

 川嶋 奈良のお寺で会いました。

 蓮風 今フランスに帰ってるでしょ? 確か。

 川嶋 はい、帰っていると思います。

 蓮風 「フランスの友達連れて来たいけど遠すぎてなー」って言うてはりました()
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 川嶋 欧米人が「気」や鍼の分野にまで興味を持って、進出する気満々だという(前回の)話にもつながりますが、マクロビオティックなんて日本食です。それが、日本では相手にされず、欧米が注目して広がり、日本に逆輸入。これ、日本の恥ではないでしょうか? 「気」や鍼も逆輸入なんてことになったら、それこそさらなる日本の恥だと、急に腹が立ちまして。欧米は時間もお金もふんだんにあって、しかもノーベル賞取った人間がやり始めたらこりゃ大変と思ったわけです。
 
 蓮風(笑)

 川嶋 そこで突然、気が変わっちゃったんです。日本へ帰って腎臓病学の中に漢方薬や鍼灸を取り入れようと。

 蓮風 今の話をずーっと聞いておったら、なんか最初から統合医療みたいな感じですね、先生のは…。

 川嶋 ははは!そうかもしれないですね()

 蓮風 西洋医学も医学やし、東洋医学など西洋医学側からすれば周辺にある医学も医学なんだという自由な発想が先生にはあったわけですね。だから欧米人の積極的な関心に危惧を抱いたということでしょうか?

 川嶋 そうですね。僕は先生の様に代々続いた医者ではありませんし、医者の何たるかっていうそういうコンセプトもありませんでしたから。まぁせっかくやるんなら何をやってもいいだろう、という感覚はありました。

 蓮風 なるほど。

 川嶋 ですから一番被害を被ったのはうちのワイフで。日本には帰らない心づもりでアメリカに来たのに、ある日突然帰って、鍼・漢方を取り入れるぞって言い出したもんですから、よくぞまぁ未だに飽きずに付いて来てくれてるもんだと。頭が上がらないような状況が続いています。それで、すぐ帰国して、まず、東京女子医大に帰る前に、実は北里大学の東洋医学研究所の門を叩いたんですが、もうその時は本当にけんもほろろに断られました。

 蓮風 はぁ。〈続く〉

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藤本蓮風さん(写真左)と川嶋朗さん(同右)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の知恵を語る「蓮風の玉手箱」は東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科教授の川嶋朗(かわしま・あきら)さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表の藤本蓮風さんとの対談の4回目です。大学で西洋医学を本格的に学ぶ前に東洋医学に触れたことが川嶋さんの医師としての“下地”になったようでしたね。今回は本格的に大学で臨床や研究に関わってくると“西洋医学漬け”になってしまったという、お話。そんな川嶋さんがなぜ再び東洋医学に“目覚めた”のか。それには意外なエピソードがあったのです。(「産経関西」編集担当)

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 川嶋 東洋医学と西洋医学の両方を勉強しながら、鍼は免疫に関わるのではと考えて、免疫系に絡んだ専門を選ぼうと思いました。本来免疫をやろうと思ったら、臨床では血液内科に行くんでしょうけれども、当時は学生ですから、そういう頭があまりありませんでした。
 

 蓮風 なるほど。

 川嶋 たまたま先輩が腎センターに居て、見学に行った時に、腎臓移植を見せられて、当時の免疫抑制の実態を知りました。そういえば腎臓病は免疫に関わる部分が多いと気づいたんです。腎臓は免疫のターゲット臓器ですしね。

 また、北海道は腎臓に関しては不毛の地と申しますか、あまり重点が置かれていませんでした。自分としては不得手な方面で、その不得手なものを補う方が良いという感覚もあって、腎臓内科を選んだわけです。そして、最初の数年は完全な西洋医学漬けです。臨床研修も普通に周り、それから研究も自分なりにやりたいことができて、西洋医学漬けの日々を送りました。

 蓮風 あー。

 川嶋 研究テーマを決めるとき、教授に「免疫をテーマにしたい」と主張したのですが、一向に首を縦に振ってくれず…。

 蓮風(笑)

 川嶋 そこで卑怯な作戦を考えました。当時まだうちの教室は講座になったばっかりで、大学院生がいませんでした。僕は「研修医」として医局に入る前に大学院(への進学)はどうでしょうと質問したことがあったのですが、まあ無駄だし、自分は(大学院生を)取る気もないから止めとけと言われ、あぁこの先生は(大学院生は)嫌いなんだという印象を持ちました。

 しかし、僕が免疫と言うと、駄目だと許してくれない、やりたくもないことをやれとおっしゃるのであれば、研究だけの生活を送る必要があるので、大学院に入って臨床は二の次にしますよ…、と脅したつもりで(大学院生になりたいと言ったはず)だったんです。すごく臨床を大切する先生だったので、断られるかと思ったら、「良いだろう、入りなさい」って言われてしまって引っ込みがつかなくなり、結局、うちの教室の大学院生第1号になってしまいました。

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 蓮風 うん。

 川嶋 そこからは、今度はリサーチ漬けです。基礎系のリサーチをずーっと4年間やって学位を取りました。基礎系の勉強をすると今度は海外に行きたくなりました。“留学病”です。もうあちこちに手紙を書いて。それでOKが出たのがたまたまハーバード大学(米国)だったので、ハーバード大へ留学したんです。

 その時は頭も全く西洋医学漬けですので、鍼も漢方薬も自分の中では補助的に持って行くぐらいの感覚でした。留学前に実は(東京)女子医大に東洋医学研究所ができて誘われたんですが、もう頭の中には東洋医学の選択肢はなく、そこに移ろうなんて気は毛頭ないまま留学をしました。

 鍼はワイフの肩凝り用くらいのつもりで持参しました。それから花粉症気味だったので、そのための漢方薬も少し持っていきました。ところが、ボストンに行きましたら、花粉症が出ることがなくなってしまい、漢方薬は、お蔵入り。鍼は、かろうじてワイフに使用する程度。とにかく研究の日々でした。研究のシステムは全然違ってますし、もともと日本だったら8時間かけなきゃやれないことが、3分の1くらいの時間でできちゃうので、やはり、この国じゃなきゃノーベル賞は取れそうにないと、半ば大それてはいたのですが、ここでノーベル賞を目指す気持ちも湧いていました。

 そんなある日、うちの(実験助手などをする)テクニシャンが、首を寝違えてラボに来まして。痛そうにしてたんで、「治してやろうか?」って言うと、「何するんだ?」と…。「オリエンタルマジックだ」って言って、たまたま鍼を打ったら、あっという間に効いてしまったんですね。それを周りが面白がってですね、俺も俺もって言うんでもうしょうがない。

 「じゃあ打ってやるよ」みたいな感じで、みんなに打ったりして、遊びながらやっていたら、ある日、マサチューセッツ工科大学から、「セミナーをやれ」と言ってきました。当然僕がやってる遺伝子の発現調節の研究に関するセミナーだと思っていたら、「そうじゃない、アキュパンクチュアーだ」と。acupuncture:鍼という意味の英語

 蓮風(笑)

 川嶋 「そんなもん、できるわけないでしょ」って、最初は断っていたのですが、しつこいんです。とにかく、うんと言うまで何度も。あんまりしつこいんで、分かった、どうせ(鍼には)無知の連中相手にやるんだから大したことないだろうと思って、受けることにしました。

 ところが、そこではたと気づいたのが、鍼の専門用語を英語で一切知らなかったこと。慌ててニューヨークまで車で飛んで行き、紀伊国屋(書店)で探しまくって、1冊だけ英語の鍼の本が見つかり、それを頼りに専門用語を自分の頭の中に叩き入れました。

 それでMIT(マサチューセッツ工科大学)でノーベルプライサー(ノーベル賞学者)を前に、鍼の講釈をたれてしまいました。日本人は質問が少ないのが特徴なんですが、欧米人は違います。黙っていてわかる人種ではないので、アメリカやヨーロッパで発表すると、マイクの前に質問者がずらっと並びます。ましてや今回は天下のMITで、ノーベルプライサーもいるわけですから、どんな質問が飛び出すやら、ヒヤヒヤしていました。

 ところが、終わった途端に僕の教壇が(受講者たちに)囲まれまして「脈を診ろ」って言われたんです。診ましたら、これはまた非常に分かりやすくって、「liver(肝蔵)が弱いんだろ?」って言ったら、「何で分かるんだ!?」って始まるわけです。さっき話ししただろと。「ここの指はliverを表していて、この脈の弱さはliverの弱さを示していると説明したはず」と。「面白い、どうしてそんなことを日本人はやらないんだ」って言うので。

 だから「日本人は頭がかたいんだ」と返しました。セミナーでは見えないエネルギー、つまり「気」の話もしました。日本なら頭ごなしに否定されてしまうような内容でもノーベルプライサーたちはそれを面白いととらえ、気も研究対象にしようというのです。日本人がやらないなら俺達がやっちゃおうかみたいな会話まで飛び出してきました。冗談じゃない!気や鍼まで黒船か?と、突然反発心が湧き上がってきました。〈続く〉

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