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杉本一樹さん(写真右)と藤本蓮風さん=奈良市学園北、藤本漢祥院
「蓮風の玉手箱」は今回が宮内庁正倉院事務所長の杉本一樹さんと鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の最終回となります。前回は古代中国思想の「五行」についての古い資料が偽物だと報道されたことに話題が及びました。しかし、正倉院の宝物には疑義を差し挟む余地はないようでした。杉本さんとの対談の最後は、その話の続きから始まります。(「産経関西」編集担当)
杉本 (正倉院の宝物が)出て行くのは論外ですけど、中に入れないっていうのも、一つのポリシーとなっています。
蓮風 まさしく、セキュリティーをしっかりやらないかん部分なんでしょうけれども。研究によって中国の文献に対する評価がどんどん変わっていってるみたいなんですが、我々は20歳代に五行について考えた時、『尚書』の「洪範篇」が一番土台なんだと学んだし、時代が進んでどんどん文献が偽物だと言われると、何を根拠にして話して良いのか…。
杉本 (資料に目を通す)これは…またえらく簡単に結論づけて、真か偽かということで…(笑)。
蓮風 これは…古書のこういった文献研究としては、中国は相当進んでいるんですか?
杉本 古典研究は…。
蓮風 まあ、本家ですからね。
杉本 国家的なプロジェクトとしてね、お金をかけてやってますけど…。
蓮風 日本でも、そういうプロジェクトは大分しっかりしたものもある訳ですか?
杉本 日本はそちらの方への予算の掛け方は中々…。
蓮風 まだまだ、お話をお聞きしたいんですが、先生もお疲れでしょうし…。
杉本 いえいえ。出て来て、話を全部正倉院にむりやり繋げて結局、宣伝ばかりになりました。
蓮風 いや、ぴったり合うんですわ。
蓮風 いやいや充分、充分。正倉院の建物自体を身体、その中に収納保管されているいろいろな遺産や宝物が、五臓六腑であったり肌肉、筋、骨。そして、建物内の空気や湿度が気血に相当し、空気の入れかえや風を入れてあげることがすなわち、気血が円滑に循環している姿と捉えると、共通点があるように思われますね。
宝物をあるがままの状態でより長く保存するためには、外界の環境の影響を受けてもなるべく左右されないだけの内部環境が大事である、と。これは、我々人体にあっては、陰陽を整える力、つまり、自然治癒力を大いに発揮できる状態に相当すると思うのです。宝物は時間とともに劣化していきます。我々の肉体も同じです。そのなかにあって、より美しい健全な状態をある程度一定に保ち長持ちさせる働きこそが、我々人間においては気血の流れが流暢であることに相当すると思うのです。
そのなかでも特に「気」の働きが主となり「気」が重要なポイントになる、ということと類似していると思います。正倉院の宝物も、杉本先生のように、大事に大事に感謝の想いをもって扱ってくれる人がいて、そして、多くの観客の方々が興味深くじっくり観て古代に思いを馳せることによって、その宝物の価値がより高貴に保たれ続けるのだと思います。それと同じように、鍼灸医学の世界においては、術者側が「気」というものを大事に扱って、患者の「気」の状態、肉体面も心の面も魂の有り様もすべてあるがままを診て何らかの術を施すわけです。鍼を受けた方々も、病苦が少しでも和らぎ、自分自身の生きてきた歴史の中で関わってくれたすべてのものに感謝の想いをもってわだかまりなく心安寧に過ごすことができれば気の流れがますます安定し、より健やかに“数倍生きる”ことができるのではないか、と思います。そういう意味で、先生の正倉院でのお仕事と相通じるものがあると思いますよ。
杉本 そうですね。
蓮風 ありがとうございました!
杉本 はい。どうも失礼致しました。<終>
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★次回からは医師で鍼灸治療も行なっている「和クリニック」院長の村井和さん=写真=との対談が始まります。
村井和(むらい・かず)さん 和クリニック院長(内科、東洋医学)。1969(昭和44)年、和歌山県生まれ。神戸大学医学部卒業。同大学医学部付属病院、兵庫県立尼崎病院勤務を経て出産・育児休業中に藤本蓮風さんが代表理事をつとめる鍼灸学術研究会「北辰会」に参加。2003年から勤めた和歌山生協病院の内科で鍼灸を併用した治療に取り組む。2011年11月「和クリニック」(和歌山市吹屋町4-12-2)を開業した。北辰会正講師。