蓮風の玉手箱

このサイトは、2011年8月7日~2015年8月29日までの間、産経関西web上において連載された「蓮風の玉手箱」を復刻したものです。鍼灸師・藤本蓮風と、藤本漢祥院の患者さんでもある学識者や医師との対談の中で、東洋医学、健康、体や心にまつわる様々な話題や問題提起が繰り広げられています。カテゴリー欄をクリックすると1から順に読むことができます。 (※現在すべての対談を公開しておりませんが随時不定期にて更新させていただます・製作担当)

タグ:藤原昭宏


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藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を探求する「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も今回がとりあえずの最終回。まだまだ、話は尽きないようですが、それはまた次の機会に…。これまで西洋医学の問題点が指摘されてきましたが、締めくくりは藤原さんからの鍼灸医学への提言です。ちょっと苦みのある言葉で、関係者からは反論もありそうですけれど、客観的に的を得た意見ではないでしょうか。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 麻酔科といえば、日本では華岡青洲先生の話を思い出すんですけども、藤原先生は華岡青洲先生のことについて、ご存じですよね?

 藤原 はい、そうですね。

 蓮風 どうですか、あの時代に、アメリカ医学を凌ぐこと40年前に乳癌(にゅうがん)手術をやったとかいうふうに聞いております。

 化元年10月13日(1804年11月14日)、全身麻酔手術に成功している。これは、1846年にアメリカで行われた、ウィリアム・T・G・モートンによるジエチルエーテルを用いた麻酔の手術よりも40年以上前のことであった。

 不思議なことに、日本の医学部には華岡青洲先生の銅像はないんですよね。海外では、アメリカのシカゴのどこかに華岡青洲の遺品が展示されてあるんです※※。もっと日本の医学部に銅像あって然るべきだと思うんですよ。ここのところ辺り、日本人のプライドがどないなってるんかなと思うんですけども(笑)。あの時代は、それこそ麻酔やろうと思ったら大変なことでしょ?

 ※※シカゴの国際外科学会付属の栄誉館に資料が展示され紹介されている。日本では、近畿大学医学部の図書館に青洲の医療器具が展示されている。また和歌山県紀の川市に華岡青洲の像が建立されている。

 藤原 大変なことですね。

 蓮風 ねぇ。チョウセンアサガオの曼陀羅華(まんだらげ)ていうんですかね、あれでもって麻酔をかけて、それも自分のお母さんとか嫁さんで試してるでしょ。

 藤原 やはりね、患者さんの外科手術をするためには当然切るわけで、その痛みを取らないとダメやと…。それがまず第一で、当時、華岡先生が入手できる範囲で、完全に痛みを、しかも時間のかかる手術ですので、それだけの時間、痛みを取って、意識レベルも下げて、それでないと無理だというね。当時入手できたお薬を調合して、それでなんとかその手術をできるような麻酔を考えようという、そのパイオニア精神たるや、すごいですよね。

 あまり量を増やすと呼吸抑制がきたでしょうし、当時の事を書いた記録とか読んでも、何日も(昏睡から)覚めなかったとかね、それから、副作用でね、失明ですか、してしまいますよね。それだけのリスクをとって、危険を冒してまでやはりなんとか手術に必要な麻酔をしたいんだという、その熱意とその精神ですね。感心して頭が下がります。

 蓮風 あの時代ね、意識がどの程度になってるかいうの、まぁ、つねったりいろんなことして試してるんだろうけども、今だったらいろんな機械で制御してるでしょう。そういうのをなしでやってるんですね。信じられないぐらい。

 藤原 なしですよね。昏昏と眠り続けたっていいますから、それ、戻るかどうかわからないですね。

 蓮風 そうそう。薬の程度もね、どこまでが致死量かどうか、やってみんとわからん、そういう段階ですよね。

 藤原 わからないですよね。だから、先生もおっしゃいましたけど、日本で華岡青洲先生をもっと評価すべきやと思いますね。

 蓮風 そうですね。特に麻酔科は、日本にも誇るべき麻酔医が昔おったんだということでね、顕彰されてもおかしくないですよね。

 藤原 ええ、おかしくないですね。
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 蓮風 さぁ、いよいよ最後のテーマにいきたいと思います。北辰会方式はもちろん一緒にやってきたわけですけど、他の鍼灸もちょっとのぞかれましたか?「鍼の在り方」について何かご意見ありますか?

 藤原 他の鍼灸は、ほとんど覗いてないんです。私が他の鍼灸を、ちょっと味わうというか、匂いを嗅げたのは、何年か前に「北辰会」が主幹となって鍼灸学会、大阪でありましたよね? あの時にね、司会をしたときです※※※

※※※2009年に開催された日本伝統鍼灸学会大阪大会のこと。昼のセミナーや実技供覧などの司会を務めた。

 蓮風 ああ、学会の中で。

 藤原 学会の中で、司会をさせていただいて。経絡治療はこんなんだとかね。何通りかありましたよね。そうするとやはり、体表観察せずに、とにかくこことここのツボに、とにかく鍼をするんだと。そしたらなんか反応が出てくるんだみたいなね。そういうなのを「へぇー、こんなやり方があるんか」とかね(笑)。「もうちょっと身体をよく診たらいいと思うんだけどな」とかね(笑)。

 まぁ、その程度でね、他の鍼灸の方々というか、方式というかね。それぞれがやはり、それぞれ進まれた先生方がおられて、もちろん大家と言われる先生もおられて、患者さんもね、それぞれについておられるんだから、それぞれに、それなりのものをちゃんと持っておられて、達成されていると思うんですね。ですから、「鍼の在り方」ですが、どれだけお互いに交流ができるのかということ、それから良いところを(尊重して)ね…。

 蓮風 そうですね、鍼灸界に、藤原先生からのご意見ですね。

 藤原 たとえば西洋医学でね、大阪大学はこう、東京大学はこうで、慶応大学はこうでっていってね、それぞれ全く別の事ばっかりをやってたら、やはり「じゃぁ、どれがいいの!?」みたいな感じでね。ひとつの鍼灸全体としてのベースみたいなものが、ないとイカンと思うんですね。そうでないと一つとなって力も出てこないし、それぞれ、まぁ言ったら「あれは我流や、我流や」てお互いがお互いを非難してたらイカンと思うんですよ。

 だからベースとしてね、「北辰会」の体表観察っていうのは、僕は素晴らしいことやと思うんです。それを元に、患者さんの身体を実際に触って、体表観察をして、そのノウハウは他の流派でも必ず役に立つと思うんですね。その先生方がやられてれば。

 蓮風 そうすると、北辰会方式が中心にならないかんと(笑)。わかりました。

 藤原 そういうことですね(笑)。だから、そういうことがこれからの鍼灸全体のベースアップというか…。

 蓮風 ベースを作るために、ベースアップするために最低限、体表観察ぐらいやろうよと、いうことですね。それから先生が評価なさったように、人間観察を含めた問診が大事だということでしょうね。

 藤原 ああ、そうだ。問診も大事ですね。ですからこれは、患者さんを見るという立場に立ってる人は、まぁ整体にせよ鍼灸にせよ、もちろん西洋医学にせよ、大事なことですから。そういうことは必須条件としてね、これからやっていくべきやないかなというふうに思います。

 蓮風 はい、ご苦労様でした。結構な話をいただきまして、ありがとうございました。まぁ、今後とも宜しくお願いします。

 藤原 いえいえ、ありがとうございました。よろしくお願いいたします。<終>

次回からは小児科医の鈴村水鳥さんと蓮風さんとの対談が始まります。

 

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藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

鍼(はり)の力を明らかにする「蓮風の玉手箱」は、医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の9回目をお届けします。今回も「痛み」を取り巻く状況の複雑さが浮き彫りになっています。症状を訴える患者それぞれの千差万別の事情があって、パターン化された“既製品”のような治療では根本的な解決にならないことがおふたりのお話からもわかります。今月11日で、東日本大震災から3年が経ちました。数字だけではなく、犠牲者や遺族、今も不自由な生活を余儀なくされている方々ひとりひとりに別々の環境や考え、生活歴があるという当たり前のことを見過ごさないようにしたいと思います。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 麻酔科と鍼灸医学との共通点、あるいは思想上の繋がりってのは何か見えますか?

 藤原 患者さんの意識を問題にする点、それから患者さんの痛みを治すという点はやはり共通点はあると思いますね。

 蓮風 ありますか?

 藤原 あると思いますね。ただ繰り返しになりますけども、麻酔学は心と魂まではなかなか問題にしてません。慢性疼痛で悩んでる患者さんは色んな屈曲した気持ち、心、それからそういう患者さんを抱えた家族との問題もある。詐病っていうケースも考えられる。「痛いんや、痛いんや」って言ってれば、たとえば何か保険がおりるとか。あるいは実際痛いんでしょうけども「幻肢痛」っていうのもありますね? 切れてしまった手、ないはずの指や足が痛いんだとかね、そういう様なね。

 蓮風 そうそう、幻肢痛とか言いますね。不思議ですね、あれ。

 藤原 ええ、そういうものもやはり心、それから魂というものを問題にしないと…。

 蓮風 説明がつかない?

 藤原 説明がつかないですよね。で、じゃぁ幻肢痛で悩んでる人の、不幸にして、ないはずの手とか足とかに神経ブロックする訳にいかないですしね。

 蓮風 多分この話を「蓮風の玉手箱」で読まれる人は幻肢痛ちゅうのは知らないと思うんですよ。簡単に説明しますと、たとえば手首をこう落としますね、すると完璧に指先とここらなんかなくなりますね。ところがその人達にとっては人指し指の先っちょが痛いとか、親指だけ痛いんやとか言いますよね。

 藤原 そうですねえ。

 蓮風 でも実際はないんだからこれは幻の痛み。幻肢痛。で、こういう現象について先生はおっしゃってる訳ですよね。やっぱりまだ分かりませんか?あれは、西洋医学的には。

 藤原 西洋医学的にはやはり精神科の領域に入りますよね。だからそういう類の薬を、あてがうといったらちょっと語弊ありますけどね、処方するしかないですよね。うん。だから神経ブロックする訳にもいかんし、神経がないですからね。

 蓮風 そうですね。ないからブロックしたかて意味がない。
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 藤原 そうなんですよ。ですからやはりそこはまぁ心、魂まで考えた治療…。そういう考え方を持って患者さんに接しないと治らない痛みっていうのは逆に増えてるんじゃないかと。たとえば東北の“あの地震”で結局心を病まれて、で、一般的な内科で治せるような病気もあったでしょうけども、やはりあれだけの災害を受けられたら心の病気っていうのは多々あると思うんですね。その方々が、みんながみんな精神病やと、あぁ心が病んでるんやいうて片づけてね…。

 蓮風 ちょっと我々素人から見るとね、精神病やといいながらね、精神を治してないじゃないですか。

 藤原 そうなんですよ。

 蓮風 先にお話しした精神安定剤は実は「精神固定剤」なんだという話につながってきますけど、やはり、薬だけでは無理やり押さえつけているイメージがありますが、やはりそういうやり方だけでは間違いなんでしょうか?

 藤原 間違いですね、やっぱりね。あれではやっぱり治ってないと思うんですよ。だからそういう世界にまで、ちゃんとそういう患者さんまで治療をするためには、やはり…。

 蓮風 もっと人間を高次の部分まで診ていける医学にしなくちゃいけないんだということですね。

 藤原 そうですね。

 蓮風 ところで、先生自身は僕の鍼を何回か受けられたし、また、他の先生からも受けられたと思いますけど、一番印象に深かったのは?

 藤原  そうですね、私自身がここへ研修に来させていただいた日に、一度、朝から非常にひどい下痢してしんどそうにしてた。「なんか今日はおかしいな」って先生に言われて、「いや、実はこうなんです」って白状したら、すぐさま「足三里」に、当時、(内弟子の)H先生がいた頃で、「おい、Hくん、左右の差(熱さの感覚)が整うまでお灸をしてみぃ」とおっしゃって、治療していただいた。その日の午後にはもう良くなってました。「あ、すごいなぁー」って思いましたね。

 蓮風 ああ、そうですか。あの時の苦痛自体はなんやったんですか、腹痛ですか?

 藤原 苦痛はね、全身倦怠感と下痢ですよね。「あー、もうこれ仕事にならんな」と思ってましたけどね。〈続く〉

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藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を探求する「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も終盤に入ってきました。8回目の今回は藤原さんが鍼灸に関わり始めたときの不思議な体験から話が始まります。東洋医学で積み重ねられてきた知恵が西洋医学の現場で活用されれば、医学の新しい展開の可能性があることも示唆されています。また、いくら長い歴史を持つ法則でもこだわりすぎては事実を見誤る恐れも指摘されています。それも知恵や技として伝承されている東洋医学は千差万別の人間の身体に対応したオーダーメードの医療でもあるようです。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 先生と出会って初期のころ、先生が面白いことをおっしゃっいました。「内関」(前腕内側で手首関節の中央から肘=ひじ=側に向かって指3本分上の場所にあるツボ)へ1本、鍼をしたら、患者さんがちょっと失神したと。

 藤原 ああ、ありましたね(笑)。

 蓮風 こんなとこ(内関)でね、いやいやそのメカニズムがね…。あら探しみたいですけど、西洋医学にない理論だということですよね。鍼を1本やって意識がちょっとなくなったんですよね?

 藤原 そうなんです、ありました、ありました。

 蓮風 もちろんそれを蘇生させる術を持っておられる訳やけども、なぜこんな“とこ”で効いたと思う?

 藤原 う~ん。

 蓮風 やっぱりそれ不思議やったでしょ?

 藤原 不思議やったですね。(蓮風さんの著書の)『臓腑経絡学』には「内関は注意しないかん」と書いてありましたけど…。

 蓮風 そうそう、書いてある。

 藤原 書いてあって、読んではいましたけど私の治療でそんなことはないやろと思ってやったところが、おっしゃる通りありましたね。そういう経験が。ええ、有りました、有りました。

 蓮風 だから、意識レベルを動かすっちゅう、この内関のツボ、やっぱり不思議やったでしょ?

 藤原 不思議やったですね。

 蓮風 これ手の「厥陰心包経」の中の重要穴で、しかも奇経八脈の陰維脈というところ支配するツボです。だから特に精神状態を物凄く動かすんですね。逆にこれを上手く利用すると、それこそ西洋医学でも極端に言うたら意識を失わせるようなこともできんこともないと思うんですよ、逆に使えば。そういう様なことを西洋医学より安全にできたら、新たな何か麻酔科の一分野を切り開くことにも繋がりません?

 奇経八脈:経絡の流れは正当な流注として、十二種類存在する(十二正経脈という)。それとは別に、それらの経絡で溢れた気血を一旦溜めておいたり、十二正経脈の流れ方を調整するバイパス的な役目をする気の通路があり、それを「奇経八脈」という。「陰維脈」は奇経八脈のひとつで、内関というツボがその陰維脈を主治するツボとされている。

 藤原 そうですね。

 蓮風 また今後そういう点でも、先生に頑張って頂いて…。面白いですね。

 藤原 面白いですね。
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 蓮風 でまぁ大体先生のそういうご経験から『臓腑経絡学』が出て来る訳なんですが、その次のテーマにいきたいと思います。東洋医学には「陰陽五行」というのがありますね?

 藤原 はい。

 蓮風 陰陽については、私は『東洋医学の宇宙』という本の中で幾つかまとめましたし、まぁ五行については私はどっちかいうとちょっと一般的な伝統医学をやるもんにしては少し離れている立場なんですね。まぁ五行いうのは平たく言うと五運の中の木、火、土、金、水ですね、これが相互に影響し合って自然と人間、それから人間の体内で色んな現象を説明するという考え方なんですけども、これの中の一番重要な法則性の一つは「相生(そうせい)」と「相剋(そうこく)」ですね。「相剋」は、まぁ木は土を剋す、何でかいうたら土の栄養をとって木が大きく、伸びるちゅう考え方ですので。で、土はそういう考え方で水を剋す、で水は火を剋す、火は金を剋すという風にお互いに制約する関係を説明してる。

 藤原 はい。

 蓮風 その反対に「相生」は、木から火が生じ、火から土が生じるわけで。それから金を生じ、水を生じる。こういう循環を考える訳ですね。で、この「相生」と「相剋」によって森羅万象を説明しようというのが五行の骨子なんですけども、私は臨床的に見て、余りにもこの「相生」「相剋」に凝ると、ちょっと形式論理学というか、煩瑣哲学になるぞ、いうんでちょっと逃げてる訳なんです。でも大体「肝鬱」の人は脾、胃を傷めやすいとかね、便秘になったり食欲不振が起こったりするのは木剋土ですよね。必ずしも間違いじゃないと思うけど、じゃぁこれを金科玉条にすると臨床に実際に合わんことが多いんで、少し冷静に見てる訳なんです。先生はどうです? こういう考え方については。

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 藤原 僕もね、この学問をちょっと、かじり出したというか入りかけの時にね、五行というものに、非常に興味を持ちました。で、入りたてですから、鉄則の様に、ちょっと考えないかんのちゃうかと、思ってやってたんですが、今おっしゃったように、臨床の立場でずっとやってると、うーん、どうかな? という…。

 蓮風 そうそう、そういう部分もあります。

 藤原 あるんですよ。だからこれが鉄則なんだという風に考えると、患者さんを診て「このツボ、このツボ、こんなところにこんな反応がある!」といった時に、この法則に縛られすぎると、実際に患者さんの訴えと体表観察とで得られた大事な情報を、「いや、この規則があるからこれはちょっと無視せなあかん」とかね、そういう風になることが多々あった。ですから、患者さんの一人一人から得られる情報を大事にしていけば、これはまぁ原則はこうだけども、この人については当てはまらないと…(判断できる)。じゃぁ、なぜ当てはまらないのかを考えていこう。今は、そんな風な立場に立ってますね。

 蓮風 じゃぁ、陰陽の方はどうですか?

 藤原 僕は素晴らしいと思います。

 蓮風 ああそうですか。

 藤原 陰と陽とそういう風に分けるという考え方はもちろん西洋医学にないです。臨床の検討会でも、定例会でも先生がよく講義の時におっしゃいますけど、「そこを間違ったら、この患者は治らないんだ!」というそのターニングポイントにこの陰陽が関わっているというのはね、非常に大事でね。陰陽の考え方が根底にあって、この学問というのは成り立っているんだなというのがね、臨床的にも何度も思い知らされてます。「あっ、間違ってた」とか「違うかった」みたいな。そういう経験は非常に多いですね。〈続く〉

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藤原クリニックの治療スペースの中の一室での藤原昭宏さん=京都府城陽市

 現代医療のなかの「鍼(はり)」を考える「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談の7回目です。前回は、痛みと「心」「魂」の関係から「臓腑経絡学」の話題となりました。今回は、藤原さんが、その臓腑経絡学の知恵を生かして実際に患者さんに治療した経験を話してくださっています。病んだ「局所」に着目して集中的な処置で痛みを取り除いたり、患部の広がりを抑えるという西洋医学的な手法も有効ですが、人間の身心を全体的に捉え、取り巻く環境も意識して病気に取り組む東洋医学の方が大きな意味で理にかなっていて腑に落ちるような気がする方は少なくないかもしれませんね。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 鍼灸のどこが面白いか、という話になってるんですが、藤原先生は「臓腑経絡学」を最初に学んで、非常に関心を持たれたということでした。実際に、この臓腑経絡学を、お使いになったり、意識なしにやったけれど、結果的にはその理論にのっとっていたりしたという具体例があれば、お話頂きたい。

 藤原 西洋医学では「肝鬱化火」とかね、そういう考え方は全くなかったんです。そうするとその考え方を学ぶことによって、たとえば「百会」というツボ、それから「太衝」というツボ、あるいは「内関」とか、あるいは「後谿」とかね、そういうツボに実際に反応が現れてるんだということを、勉強してなかったら全く分からない訳ですよ。それでまぁ素人ながらね、そのツボに、鍼をしてみたと、そうすると実に驚くべき反応が出て、「エッ、これで痛みがとれてしまうのん?」という様なね。

 肝鬱化火:東洋医学でいう「肝の臓」の気のめぐりが鬱滞して、熱化した状態のこと。精神的ストレスが強くイライラしすぎたり、ジレンマを抱えると、肝の臓の気が鬱結してめぐらなくなり、その鬱結が長引いたり、強く起こると、火に化けたかのように熱化する現象が見られる。肝の火(熱)が心の臓の心神というものに影響を与えると、痛みを過剰に強く感じたりするメカニズムが働く。(「北辰会」註)

 蓮風 具体的に、どういう病気に、何処へ打ったらそういう痛みが取れたんですか?

 藤原 具体的にはですね…。

 蓮風 たとえば三叉神経痛(の患者に)にやったとか。

 藤原 あっ、三叉神経痛にもやりました。

 蓮風 やってみましたか?

 藤原 はい。

 蓮風 痛みの取れた例では、どこへ鍼をおやりになった?

 藤原 三叉神経痛で悩んでたご婦人なんですけどね、その方は「内庭」に鍼を刺して…。

 蓮風 「内庭」に鍼を?

 藤原 「内庭」に。
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 蓮風 三叉神経はね、人間の身体で、単一神経では一番大きいですね? 神経叢では坐骨神経が一番大きいんだけど、これを傷つけるとなかなか痛みが取れないということで。で、このなかで、大体まぁこの辺り(側顔面)ですから足の陽明経がやっぱり流注してますよね?見事当たったわけですよね。「内庭」※使ったわけですね。

 足陽明胃経という経絡(下図参照)が、顔面の目の下あたりから、足の人差し指まで流れている。内庭というツボは、足の人差し指と中指の付け根の分岐点あたりにあるツボ。足のツボで、三叉神経が支配する顔面の痛みが取れるのは、足陽明胃経の流注からも説明できる。(「北辰会」註)
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 藤原 西洋医学の場合、痛い局所を考えますから、患者さんも僕のところに来られるまでに大学のペインクリニックで、こういうところ(顔面側部)に神経ブロック…局所治療するわけです。注射の神経ブロックというのをしてね、アルコール入れたりね、何やかんやして一時的に三カ月とかね(痛みは軽くなる)。

 蓮風 それやったら局所麻酔と一緒ですよね?

 藤原 そうなんですよ。そうすると副作用でね、ちょっと痺(しび)れが出てね、その…。

 蓮風 酷かったら顔面麻痺おこして…。

 藤原 そうなんですよ。それでね、私は当時、臓腑経絡学というのを勉強させていただいていたので体表観察して「衝陽」「内庭」辺りに…。

 蓮風 「衝陽」「内庭」いずれも足の陽明胃経ですね。

 藤原 非常に反応がね、出てて凄い熱をもっておられましてね。普通にやってたんでは…。つまり(西洋医学のように)局所に、とらわれてやってたんでは全然効果がなかったという風なことを、患者さんからも聞いてたんで。で、大学からもそういう紹介状もらっていましたし…。

 蓮風 はっはっは、大学から(笑)。

 藤原 そうすると3回の治療で痛みがスーっと取れてね。

 蓮風 ほ~、何割ぐらい取れました? 大方(おおかた)取れました?

 藤原 大方です。それで大方取れて。

 蓮風 それは素晴らしい。

 藤原 あとはいわゆる食養生ですよね、わりとでっぷりの方だったんでね。

 蓮風 その話は非常に重要ですね。経絡は単なる経絡じゃなしに、五臓六腑と繋がってる。で、足陽明胃経の「衝陽・内庭」を使うということは、人間の身体に重要な脾・胃の働き(に関係するということ)ですね。分かりやすく言うと消化、吸収、運搬を主る脾の蔵、それから受納といって食べたもんを納めて消化するという、そういう臓腑を意識なさったから食養も効いたということですね。

 藤原 そうですね。

 蓮風 ふ~ん、なるほど。かなりストレートな捉え方ですね。そうですか。他に何かこんなんでびっくりする様な効果があった例はありますか。

 藤原 びっくりする様な効果が沢山ありすぎて…。やっぱりあれですね、痛み、慢性疼痛で悩んでる方は、やはり心の問題、魂の問題がはっきりと出て来てますので、先程申し上げた「後谿」それから「太衝」「内関」っていうのは、そういうツボが非常に有効だということを何例も経験させてもらっています。ですから、まずそこら辺りをベースの治療としてやっておいて、それで考えようというようなね(スタイルをとっています)、それは患者さんにも直接言いますし、私もそういう考え方でずっとやらしてもらってて効果が非常にあがっていますね。〈続く〉

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藤原昭宏さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」

 鍼(はり)の力を探求する「蓮風の玉手箱」をお届けします。医師で「藤原クリニック」院長の藤原昭宏さんと、鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんの対談も中盤に入ってきました。6回目となる今回は藤原さんが鍼灸の「面白さ」について語ってくださっています。西洋医学の立場からは非科学的に見えるようなことも実は理論や実践を積み重ねた事実であることに感心されているようです。蓮風さんがその大本となる哲学についても語っています。(「産経関西」編集担当)

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 蓮風 100億円やると言われたら、先生ならどんな病院を作ってみたいですか。心・魂を中心にする医学でなきゃいかん、という方向性は見えていますよね。

 藤原 そうですね。私はね「北辰会」方式の問診は非常に大事だと思います。

 蓮風 そうですね。先生は最初に来られたころ、問診に、とても感動しておられましたね。

 藤原 はい。

 蓮風 「これだけのことを普通は聞かないんや」とおっしゃっていましたね。確かにあれは蓮風流のひとつの人間観が根底にあって、こことここは聞かなあかんぞと出してるわけなんですけれども。女性カルテもあるし、男性カルテも作ってるでしょ。これも私のひとつの人間観。鍼灸病院を私の構想で作りたいと思うんやけれども、是非ともお手伝い頂きたいと思います。

 藤原 ありがとうございます。だから、そういう問診は、その人自身を個人として人間として大切にしているんだというひとつの現れだと思うんです。

 身体全体を診ましょうと言って、次から次へ、この検査、あの検査、この検査、ずっと全身検査しますよと言って各科をまわってと、結果がどうだったというのも大事ですけれども、それよりも「あなたの人生はどうでした」「あなたの今までの生活習慣はどうでしたか?」「これからどう生きますか?」みたいな…。そういうのをずっと時間をかけて聞いてあげる、あの問診ですね。それを聞きながら治療者は病気を治す手だてを探っているわけですけれども、聞かれてる方は「あっ!ここまで丁寧に自分の人生を聞いてくれる人っていない」って思うじゃないですか。

 蓮風 賢い患者さんは問診の中で「私、ここが間違っていたんだ」と気づくんですよね。

 藤原 ああ、それ、それ分かります。

 蓮風 そういう風に大事なこと聞いているんだろうと思います。そういう事を通じて、人間存在というものを意識する医学のひとつが鍼灸なんですけれども、よりいっそう直接的に言うと、鍼のどこが面白いですか?

 藤原 うーん、より直接的にですか…。

 蓮風 例えば(手の背側の親指と人さし指の根元にある)「合谷」(ごうこく)に鍼を1本刺して、歯の痛みをとってしまうとかありますよね。

 藤原 そうですね、それは西洋医学では全く考えられない。
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 蓮風 そうですね。その根底にある「臓腑経絡」なんちゅうものは、先生の眼にはどういう風に映ります?

 藤原 こちらへ研修なども含めてお世話になって初めて手にさせて頂いた(鍼灸の)本が、先生が間中賞をとられた『臓腑経絡学』なんですね。 油谷(真空)先生(元・藤本漢祥院の副院長、現在は独立し奈良市・大和西大寺で開院)がプレゼントしてくれたんです。この本は、当時の「北辰会」の定例会の教科書でした。解説されて、勉強するたびに面白さを発見しました。だから鍼灸のどこが面白いかというのは、やはりあの『臓腑経絡学』を通じて「あー、面白い」と思った。「こんなことを考えてやる学問があるんや」と。しかも、それは決して偶然でもなければ、なにかこのへんになんかつけてとか(左右のこめかみを触りながら)頭痛をとるとか、そんな俗説でもないし、確かに古代二千何百年前からの理論がずっーとあって膨大な実践があって、確かめられた学問なんだなあということですね。そこが非常に面白かったですね。

 『臓腑経絡学』は、藤本蓮風がかつて鍼灸学校で教鞭をとっていた頃の授業内容に加え、当時では最新の解釈なども盛り込んだ、東洋医学の基本書中の基本書と言える重要な内容が盛りだくさんである。平成15(2003)年にアルテミシアから出版され、当時良質かつ臨床的に価値のある書籍に与えられる「間中賞」を受賞した。一般社団法人「北辰会」は、2014年度から定例会スタンダードコース(大阪会場、東京会場)で、臓腑経絡学のシリーズ講義が復活開講する予定。(「北辰会」註)

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 蓮風 さらに言えば、五臓六腑という考え方がありますね。五臓六腑というのは五行の中に関わって関わらない。この背景には実は天の五運(木・火・土・金・水)というのがあります。これ五行そのものですよね? で、この五行だけで全部動くかいうと天だけじゃなしに、陰陽ですから地も無ければいけません。これ六気というんです。地の六気(風、寒、熱、湿、燥、火)、これで6つですね。天の五運は、まぁ古代の一種の天文学です。で、地の六気は地上に於ける様々な現象を説明する、六気論と言います。

 天の五運と地の六気が合わさって初めて自然界全ての現象を説明するんです。これを「五運六気」といいます。この「五運六気」がですね、これは大宇宙です。人間の身体は小宇宙であって、その中で五臓六腑となる。

 藤原 はい、五臓六腑ですね。

 蓮風 こういう哲学を基に色んな実践を経て、科学法則を出していった。だから僕がよく言うのは、西洋医学みたいにお腹を開いて見てこんなんがあって、それに基づく解剖性医学じゃないということ。大本はこの「五運六気」という哲学から起こってるんだということがポイントだと思うんですよね、はい。〈続く〉

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