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鈴村水鳥さん(写真右)と藤本蓮風さん(同左)=奈良市「藤本漢祥院」
鍼の知恵を語る「蓮風の玉手箱」をお届けします。小児科医の鈴村水鳥さんと鍼灸学術団体「北辰会」代表で鍼灸師の藤本蓮風さんとの対談の4回目です。今回は患者の距離感についての話題から始まって医師が鍼を持つことに対する蓮風さんの思いが率直に語られています。これは鍼灸師に対する叱咤激励でもあるようです。病を癒やすという職業への誇りをどれだけ高く持てるかということにもつながってきそうです。(「産経関西」編集担当)
鈴村 いくつか質問があります。竹本喜典先生(奈良・山添村国保東山診療所長)がこの「玉手箱」に登場されたときのお話の中にも患者さんとの距離感みたいな話が出てきていたと思うんです。踏み込むけれども近づきすぎない、だけど、先生はたくさんの重症患者さんを診られているので、時々密着しすぎる…と言ったら変な話ですけれども、そういうこともあると思うんです。そんな場合は…。
蓮風 要するにどういう距離感で患者さんとの関わりをもってやっているかということですね。それは、非常に大切なことやと思います。特に臨床家と患者さんとの関係は信頼の上に成り立つ。だけど、その場合に一番私が心がけているのは「付かず離れず」という、あんまりこっちが親切なつもりでおっても、患者さんにとってはあんまり近づかれるとちょっとヤバいなという部分があります。誰にでも自分の弱い所とか、あんまりあからさまにしたくない部分があるわけで、それをあまりずかずかと近づかれるとかえって敬遠されるということがありますね。
かといって離れすぎると患者さんとのコンタクトがとれない。私は常に若い人たちには「付かず離れず、ひっつきすぎてもいかんし、離れすぎてももちろんダメだ」と言っています。そこんとこの加減をですね。ちょっとゴムが伸び縮みするように…。その人間関係…これものすごい難しいことですね実際は。同じ患者さんでも、その日の気分によって変わりますでしょ。昨日はあない言うとったのに「なんで今日は?」ってのが、よくあるんですよ。私のように50年やっていると「またやな」という感じで人間というものがほぼ分かってきます。だから相手の出方をみる。やっぱりいつも同じように対応していてはダメだなというのはありますね。
全体としてやっぱり温かい気持ちで患者さんを見守ってあげるということは当然忘れちゃいかん。けれど、熱が上がって近づきすぎると患者さんに嫌われたり、かえって病気を治しにくくすることはあります。先生はこれからやらないといけないので、大変ですね。僕らの目から見たら、かなりお若いし、ご両親からずっと大切にされてこられた方だと思うんですけれども、世の中さまざまな人がおります。最初からすっと心が通じる人もあれば、なかなか心を許さない人もおりますし、そういった人達をすべて患者さんとして見るならば、やっぱりつきあい方が違います。そういう風に考えざるをえないですね。
鈴村 逆に言うと、心を開かなくても治療はできるみたいな所もあるということですかね?
蓮風 そういう部分もないとは言えない。それはね、ひとつは治療に来ているんだから、鍼を受けるわけですよ。鍼を受けるということはどういうことか…。心が打ち解けてこなくても身体の方が緊張をほぐしてあげると心まで変わってくるということなんですね。私は「器と中身」ということをよく言うんだけれども、心と身体は相応に独立しながら繋がっているわけですよ。身体の面で緊張をほぐしてあげるとね、ふっと心が緩んで打ち解ける場合もあるんです。西洋医学はそういう部分はあんまりないと思うんですけども、そういう手段ね、精神安定剤ですか、そういうものあるけども、鍼とまた全然違いますよね?
鈴村 そうですね。
蓮風 それは先生も受けておってよく分かると思うけど、鍼をして良く効いたときは必ず「あぁホッとした」という様な安堵感みたいなのがあるでしょう?
鈴村 ありますね。
蓮風 そういう様なものをつくっておくと、患者さんも打ち解けやすいという面はかなりありますね。
鈴村 ありがとうございます。
蓮風 他に何か私に聞きたいということがあれば…。
鈴村 先生は「ドクターコース」を「北辰会」で設けられて、医師が鍼を持つということを助けて下さっていると思います。先生のお考えになる医者が鍼を持つということの長所と短所みたいなものがあればお伺いしたいです。
蓮風 それはね僕に言わすと本格的な東洋医学を分かっておられれば長所も短所もないですわ。ええとこだけです。ただ安直にその鍼が効くからいうて我流でね、勝手なことやられるとそれはもぅ話にならない。ええときはええけど、アカンときは全然アカン。即ち患者さんに対する本当の医療にならないということですよね。だから東洋医学の根本、考え方、物の見方をしっかり身につけていただいて、そして西洋医学の考え方や診方と相互に検討してどうしたら良いか…。つまり西洋医学との併用が良いか、それとも単独で鍼だけが良いのか、あるいはこの場合はまた別の方法を取ったが良いとかね、そういう事を考えて戴くと一番ありがたい。
だからせっかく本格的に鍼をやるんであれば、鍼灸師に負けないような学問と技術を持っていただきたい。むしろそういう事の方を僕は鍼灸師を育てる以上にね、世の中に鍼を浸透させる大事な部分だと考えているから「ドクターコース」を物凄く重視してます。だからこれから鍼を伝えていくのは…。こういう言い方すると誤解されるかも知らんが…。鍼灸師より本当に鍼の分かったドクターの方が真実の鍼を伝えていくんじゃないかなというぐらいに思っております。医学部に入るぐらいですからね、セレクトされた賢い人達が多いっていうことと、それから本当の医療とは何かということを真面目に考えている人が多いと私は見てるんです。そういう点で鍼灸師はちょっと甘いというかね、だからそういう点で僕はドクターに鍼を持たすことに物凄く意義を感じています。
鈴村 鍼は効きもするけど悪化させることもできるということを、学ばせていただきました。だからこそ鍼を持つことに対するハードルが最初のころより上がったイメージもありまして…。
蓮風 あぁそうですか。今となっては、逆に。
鈴村 はい、逆に(笑)。
蓮風 面白いね(笑)。〈続く〉